金剛のバスケ+10cm   作:藤原わさび

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6.帝光中学決勝ーー【鬼神】

 『ゾーン』。

 【黒子のバスケ】では真の天才しか入れない領域。青峰を除いて自力で入ることは不可能だと言われていたもの。

 100年に1人の天才である金剛阿含なら不可能ではないと思うが、ほとんどこの世界で生まれた概念に近いものだ。実際に過去に挑戦をしてみたが、極度の集中状態と何が違うのか分からなかった。おそらくあれは失敗したのだろう。

 

「(だが、俺は条件は全てクリアしている)」

 

 作中で黄瀬涼太は言った。

 

 

 

『俺も「ゾーン」を完全に理解しているわけじゃないっスけど、「ゾーン」へ入ることに必要最低限なことは、その競技に全てを懸けていること。平たく言えばバスケを何より好きであることっス』

 

 

 

 ……だと。

 

「(確かに、前世じゃ特別好きなスポーツというわけじゃなかったし、転生してみれば無理やり努力し続けるための、呪いの装備同然のものでしかなかった。バスケが何よりも好きかどうかと言われれば別に好きじゃない)」

 

 命が掛かったデスゲームを人生を懸けてする羽目になったとして、そのスポーツを好きでいられる人間などどれだけいるというのか。

 だが、確かに好きではないがたった1つだけ断言できることがある。

 

 

 

 

「この世界で俺以上に人生をバスケへ捧げてきた人間なんざ、一人たりともいるわけがねえんだよ!」

 

 

 

 

 楽しいからでも、向いているからなんて理由でもない。そうしなければ───死ぬのだ。それを回避するため全てを捧げてきた俺以上に、バスケというスポーツに向き合った人間がいるだろうか?

 俺と同じぐらいに生存本能を捻り出して、バスケしている人間が他にいるなら見てみたいくらいだ。

 

「(何故、『ゾーン』に入れないのか?俺という異物が入ったことによる弊害なのかは不明だが、できない以上は次の可能性に懸けるべきだ。

 つまり、赤司がやったように特定の環境を作り出して、トリガーとなる精神状態となることに)」

 

 赤司も『ゾーン』に自由に入れる数少ない人間ではあるが、そのトリガーのせいで【黒子のバスケ EXTRA GAME】では、最後まで『ゾーン』に入ることは不可能だった。

 それほど、『ゾーン』というのは入ることが難しい。なら、それを含めて俺の場合は、どんな環境下でどんな精神状態になれば『ゾーン』へ入ることができるのか?

 

 

「(俺が……金剛阿含が本気になれる瞬間はどんなときだ?そして、俺という精神と金剛阿含の肉体が求めるものは何だ?)」

 

 

 共通することなんか全然ない。阿含ほどの才能なんて何もない。それどころか雲水のような勤勉でもなかった。普通の才能に普通の努力で満足する、そんな凡人が俺だった。

 ───でも、今は違う。

 

 

「(……なんだ、簡単なことだったんじゃないか)」

 

 

 扉が(きし)む音がする。それはきっと幻覚で幻聴だ。でも、確かな確信がある。そう、つまり───これこそが、俺の核心だ。

 

「(許せない。幸運を掴んだ勝ち組の筈なのにこんなに必死に成らざるを得ない俺の運命が。

 許せない。こんなに努力し続けているのにチート軍団に叩きのめされることが。

 許せない。俺という存在を自分達の楽しい毎日を過ごすために、都合よく利用しようとする黒子テツヤ&桃井さつき(奴らが))」

 

 この世界は理不尽に満ちている。あの神が関わっている世界なのだから当たり前だが。

 

「(許せない。どうせ黄瀬を初めとしてどいつもこいつも経験済みの癖に、ヘラヘラしてるあいつらが。

 許せない。楽しい部活感覚で俺を倒そうとするあいつらが、俺が血反吐を吐いて努力している裏で女とキャッキャウフフなことをしている事実が……ッッ!!!!)」

 

 この怒り。この憎悪。全て我が力に変えてくれよう……!そう、俺と阿含の唯一本気になれる感情こそ───!!

 

 

 

 

 

 

「────ブチコロス

 

 

 

 

 

 

 純粋な殺意。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 タイムアウトが明けた3Q終盤の残り2分。帝光中の選手はタイムアウトを取る前の、阿含の荒々しさが無くなっていることに気付く。

 

「…………寄越せ」

 

「えっ!?あ、ああ……」

 

 ボールを受け取ると、阿含は赤司の前まで向かう。

 

「(いいだろう。受けて立つ!)」

 

 赤司の『天帝の眼(エンペラーアイ)』がキラリと輝く。阿含がするドリブルの数秒先の確定した未来を予測し、ボールを奪うために手を伸ばすが、未来には見えなかった動きで回避された。

 

「くっ……!(超反応による後の先……ッ!純粋たる肉体性能の違いで蹂躙してくるとは……化け物め!)」

 

 そのあり得ない馬鹿げた動きに内心で呪詛を吐く。この試合で発現した『天帝の眼(エンペラーアイ)』は、未だに金剛阿含のみしかその効力を発揮していないが、もし対面する相手がこの男でなければ、一方的に打ちのめせていただろう。

 

 

『───だが、この男には通じない。それが現実だ』

 

「(分かっている……!)」

 

 

 心の内から話し掛けられるその正論に歯噛みをする。絶対の力である筈の『天帝の眼(エンペラーアイ)』が敗れる事実は今の赤司の心を乱れさせ、ボロボロのプレイングを第1Qでは仲間達に見せてしまった。

 その状態から立ち直らせたのが、元の赤司の言葉だ。

 

『「天帝の眼《エンペラーアイ》」は()()には使えない、お前だけの力だ。だが、それが破られたからといってお前の価値が失くなるわけじゃない』

 

 能力があるからその人物に価値があるのか。その人物だからこそ、その能力に価値が生まれるのか。1つの人格として明確に定まり、ようやく表に出てきたばかりの彼には難しい問題だった。

 

「(……だが、『形のない(フォームレス)シュート』どころか、敏捷性も体力ですらも凌駕された大輝は、笑顔を崩すどころかさらに笑みを浮かべて調子が上がっていた)」

 

 負けても負けても挑み続けるその姿は、彼にとって斬新過ぎた。

 

「(帝光中学の正レギュラーで『キセキの世代』という看板まで背負っている状態での敗北。それで自分がどんな目で見られるのか分からないのか?)」

 

『青峰からすればどうでもいいのだろう。勝つかどうかでいえば勝つ方が嬉しいだろうが、「全力でバスケを楽しめるかどうか」を何よりも重要視しているからな』

 

「(バスケを楽しむ……)」

 

『お前もオレから生まれたのならバスケでの勝利だけではなく、バスケの楽しさを理解するべきだ』

 

 ベンチに一度下げられて元の人格である赤司と話す内に道が見えた。二重人格の世話までするなどどうかしているとしか思えない。

 ───だが、ただで負けることを許容することはできない。

 

「ボクの全力を尽くしてお前を倒す!」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 荻原はその動きを見ていた。だからこそ、口にすることができた。

 

「阿含ッ!また来るぞ!」

 

 第1Qでベンチに一度下がった赤司が、第2Qの初めで披露をした新技。桃井が様々なデータが書かれたクリップボードを胸に抱きながら、新たな赤司の新技を思い浮かべる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。抜かれた状態から金剛君の死角からボールを狙い澄まして弾く───『天帝の槍(エンペラースピア)』!」

 

 

 それは2年後に誠凛高校の伊月俊が生み出した『鷲の鉤爪(イーグルスピア)』と同じものだ。その技を赤司は……いや、赤司達は『金剛阿含に抜かれることを受け入れる』ことで独自に生み出した。

 これこそ、阿含が大量得点をできずにいた理由だ。『天帝の眼(エンペラーアイ)』のみならば『神速のインパルス』で突破できるが、そのあとの目で見えない死角に入られてからの、『天帝の槍(エンペラースピア)』の襲撃に反応することはできない。

 

 そのときの何かを思い出したかのような愕然とした金剛阿含の顔を見て、この方法が間違っていないことを確信した。

 

「くッ……切り返されたか!」

 

 今まさに赤司の手がボールに届きそうになった瞬間、右手にあったボールが左手にすぐさま渡る。

 ボールの位置はその広い視野で認識できるが、金剛阿含同様に相手を直接見ていない赤司も、『天帝の眼(エンペラーアイ)』での未来視はできない。

 この突破方法も既に第2Qで実演されている。

 

 つまり、この時点で赤司は阿含に完全に抜かれた。

 

 

 

『だが、忘れるな。お前が持ち合わせているものは「天帝の眼(エンペラーアイ)」だけじゃない。コートにある他のもの全てがお前の手札だ』

 

 

 

 赤司を抜いた阿含の元に向かう人影が1人。

 

 

「簡単には抜かせないっスよ!」

 

 

 黄瀬涼太。阿含に勝てるかと言われると難しいが、それでも『キセキの世代』は伊達ではない。無理やり切り返した阿含がボールを奪えに行ける。

 

「(涼太に求めることは金剛の3秒の足止めだ。そして、その3秒さえあれば───っ!)」

 

 赤司は振り返ると、すぐさま『天帝の眼(エンペラーアイ)』で未来を見る。阿含は後ろを向き完全に赤司を死角に入れた。この状態で『天帝の眼(エンペラーアイ)』を躱すことなど不可能。

 

 

 

「───だが、ここで仕留められるなどとは思ってはいない。ここからさらに選択肢を増やし続けたのがお前だ。

 ……ならば、最後の1秒まで付き合ってやる!この試合中にもうお前の脳を休ませてやるつもりはない……!」

 

 

 

 ここからさらに別の方法を編み出し、赤司を出し抜き続けたのが金剛阿含という男だった。阿含の言動と容姿からは想像もできない高度な頭脳戦。

 例え王手をかけられた駒から逃げようと、他の駒が動きを封じ再び王手をかける。金剛阿含との対決はまさに将棋と同じだ。

 詰めきれるか、逃げられるかの頭脳戦。新手(しんて)の開発など当たり前で、新たに戦法を思い付けなければ負け続ける。

 

『まさか、真太郎以上の指し手とバスケの試合で相見(あいまみ)えるようになるとはな。これだからバスケは面白い』

 

「(プレーはボクに任せて献策を生み出す雑事を請け負うなどと言っていたが……もしや、純粋に楽しんでいないか?)」

 

『当然だろう?オレ達はバスケをしているんだ。楽しくないわけがない』

 

 ……と、そんなやり取りをベンチに居る間に僕司と俺司はしていたが、外から見ている者には当然だが察することすらできなかった。

 

 

 

 ───だからこそ、その光景に驚愕する。

 

 

 

「「なっ……」」

 

 まるでその速度が倍になったかのような圧倒的なスピード。

 『天帝の眼(エンペラーアイ)』で見通した未来にあったボールが、突如消えたかと思いきや、いつの間にか黄瀬の後ろに金剛阿含の姿がある。

 

『そんな馬鹿な……青峰のチェンジ・オブ・ペースを利用したのだとしても余りにも速すぎる!一体何が……───まさかッ!?』

 

 そしてそのまま速度を落とさずにペイントエリアへ入ったかと思えば、ボールを掴みダンクの体勢になる。

 

「(踏み込みが深いっ!これだと何の小細工もできない)……つまりは、純粋なパワー勝負ってことだろ!!」

 

 この試合が始まるまでの紫原ならばしない思考。手の長さと反射神経にものを言わせたブロックで、どんな相手も捻り潰してきたからこそ何も考える必要がなかった。

 しかし、それも金剛阿含という男と出会ったことにより、スポーツIQが引き伸ばされたのだ。

 元々、頭の出来は良い方なため一つ一つ学習をして第3Qの中盤頃には、阿含も駆け引きの多さで勝負するようになっていた。その紫原相手にここでシンプルなパワー勝負。

 

「舐めてんじゃ、ねえよッッ!!」

 

 タイミングも姿勢も完璧なブロック。それこそ、帝光中学の人間でも見たことのない紫原の全力ブロックだった。

 

 ───だが、金剛阿含はさらにその上をいく。

 

 

 

「舐めてんのは、テメーだ───カスが」

 

 

 

 ドガシャンッッッ!!!!と、大きな音を立ててゴールリング軋ませて、バスケットボールが(ねじ)込まれる。

 

「───があッッ!?!?!?」

 

 青天。文字通り2メートル近くある大柄な紫原が、吹き飛ばされて地面に倒れ込む。その光景に全員が目を見開いた。

 

「徐々にブロックもできるようになっていった紫原を止めるどころか吹き飛ばすなんて……!」

 

 帝光中のコーチである真田直人が、ベンチから腰を思わず上げながら驚愕を露にする。彼からすれば今日のこの試合は何もかもが予想外。

 無名の選手があの『キセキの世代』を圧倒するなど、夢でも見ているかのようだった。

 

 そしてそこで試合を見ている者の中で、知識として知っているその単語を口に出す者がいた。

 

 

「あれが、『ゾーン』なのか……?」

 

 




赤司がいつの間にか、遊戯みたいな感じになってる……。
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