金剛のバスケ+10cm 作:藤原わさび
笛が鳴りインターバルの時間となる。ベンチに座る『キセキの世代』の彼らの疲労はかなりのものだ。
その姿は数分前よりも遥かに消耗しているのだとハッキリと見て取れた。
「……まさか『ゾーン』がここまでだとは……!」
第3Qの残り2分は苛烈だった。阿含の動きのキレはもちろん、その『野生』の冴えも今までとはまさに別格。
今まで以上にパスを出すタイミングは厳しく、それぞれの連携をよりスムーズにしなければならず、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が大きくなっていた。
「96対102……たった2分でここまで差を縮めるとは」
それこそ、「もし赤司が『
「……黒子のパスにも反応しスティールをしていたぞ。『神速のインパルス』が人間の限界反応速度である0.11なのだとすれば……『ゾーン』に入ったことでその限界を超えたとでもいうのか?」
「ええ!?なんなんスかそれッ!?金剛っち人間卒業しちゃったんスか!?」
その事実が正しければ、金剛阿含は人外そのもの。不可能を可能にしているということなのだから。
「……いや、短距離走では0.09秒で反応しフライングになった選手が居た筈だ。それはつまり、真の人間の反応速度は0.09秒だと言えるだろう。現実的ではないがな」
「現実的ではない、とはどういうことですか?赤司君」
黒子が水分補給を取りながら赤司に尋ねる。赤司は思考を回して答えを出す。いや、出していたが信じたくはなかったというべきか。
「反応速度は文字通り、脳から指令を出した神経伝達速度だ。今まで陸上において0.1秒をフライングの基準としてきたのは、それ以上の速さは人間には出すことが不可能だと思われていたからに他ならない。
それをクラウチングスタートで陸上選手はその限界の突破を可能としたが、それは結局のところ特定の動きによるものでしかない。発砲音を耳にして動く、という絶対不変の条件を前もって知っていたからこそ、その異次元な反応速度を実現できた。
しかし、金剛阿含は常時その反応速度を出している。0.11秒を超えた0.09秒であらゆる局面を判断して反応しているというなら、僅か0.02秒の差だとしても体感速度は数段速く感じることだろう。
……そして、それは試合でボク同様にあの男の前に立ったお前達にもよく実感できた筈だ」
神妙に頷く仲間達を見て赤司は言葉を続ける。
「……俺達にできることはそう多くはない。まず第4Qは紫原は今まで通りに自陣でディフェンスに集中して貰う」
それを聞いた紫原が眉をしかめながら口を開く。
「……え~、俺も攻撃に出なくていいわけ?」
「あちらのチームの荻原という選手は、金剛阿含のワンマンチームでありながらも、隙ができれば積極的にゴールを狙ってくる選手だ。敦も彼のシュートを既に4回ほど通してしまっている事実があるだろう?
攻撃に集中すれば、彼を筆頭に他の選手が得点を取りやすい状況が生まれる。それは防がなくては金剛阿含に集中することはできない。敦の広範囲ディフェンスこそが肝だ」
普段の紫原ならばブロックできていただろうが。阿含のプレッシャーと何度も何度も負け続けたフラストレーションにより、阿含のプレーにのめり込み過ぎたことによる失点だった。
「第1Q~第3Qまでのプレーの中で、自分が敦のディフェンス可能エリアから外れたその瞬間を、彼は決して見過ごしはしなかった。ここ一番でシュートを外さない胆力と、剥がれたとはいえ『キセキの世代』の圧力をものともしない冷静さ。
阿含だけではない。また彼も警戒対象だ。それこそ黒子の
「むっ……分かった」
紫原からすれば荻原は雑魚に違いなく、真正面から挑めば絶対に自分が勝つと言えたが油断すれば得点される。
それが分かっていても何度も何度も負かされている相手に、やり返したい気持ちは抑えられなかった。赤司はそんな紫原を諭すように事実を口にする。
「そしてこれが最も大きな理由だが、阿含は『ゾーン』に入り体力を今まで以上に消費しているにも拘わらず、汗を流している程度だ。まだまだ体力に余力があるとみていいだろう。
敦でなければブロックできる可能性は無いのだから、ここは堪えてくれ」
感情に流されやすい中学生の身ではあるが、キャプテンに正論と共に諭されれば納得するしかない。紫原は相手ベンチを見ながら告げる。
「……ねえ、赤ちん、あれって本当に人間なの?」
「……ボクとしても信じられないが、現実として目の前に居るんだ。受け止めなくては始まらない。
最初はボクもそのようなドーピングを疑いもしたが、シャトルランを300や400往復したとして、人間がその運動量をすれば心肺機能に悪影響が出ないわけがない。あの様に平然とした顔でいられる筈がないからな」
それにも拘らず平然とした顔でいられる以上、もう金剛阿含とはそのような生物だと割り切るしかなかった。
「(この試合のあとで急死すれば話は変わるだろうが、金剛阿含という男の在り方からしてボク達を負かしたいがために、命を失うリスクを抱えるとは思えない。
ヤツが言っていた、『神に選ばれた人間』というのもあながち間違ってはいないかもな)」
「テツ君、大丈夫だった?金剛君と衝突してたけど、どこか怪我とかしてない?」
「そうっスよ!黒子っち!助かりましたけどどう考えても危険っスからね!?」
失点するかどうかの際に、黒子は影を薄くし阿含の意識から外れたオフェンスファールによって、阿含の猛攻を止めた。だが、あの阿含のスピードと正面衝突したのだ。普通に考えればどこか怪我をしていてもおかしくはない。
「いえ、問題ありません。ありがとうございます」
だが、黒子は一切痛みを感じた様子はなく平然としていた。
「……テツヤ。今の一方的ではない均衡があるのはテツヤの存在が居てこそだ。この2分で『ゾーン』が切れていることを祈るばかりだが、ボク達の予測を
自分の存在を軽く見てはいけない。いいな?」
「はい、すいません」
実際にいつ襲い掛かってくるか分からない存在がいるからこそ、阿含の勢いが削がれているという事実がある。それこそ、今ここで退場されては勝算が低くなるのが現実だった。
「でも、マジで怪我はねーのかよテツ。あの勢いで筋肉質な阿含とぶつかって怪我がねえとか、信じられねーぞ」
阿含のスピードを身をもって知っている青峰が黒子に疑問をぶつける。本来ならばラグビーやアメフト選手のタックルを防具なしで受けたようなものだ。
常識的に考えれば、骨折か骨に
「……僕もとっさに身体を動かしてしまって、金剛君とぶつかる衝撃に備えてたんですけど、
「「「「…………はあ?」」」」
その言葉に頭が疑問だらけになる帝光ベンチだった。
◇◇◇◇◇
2分が経過して第4Qが始まる。彼らの前に居る阿含の存在感は先程と同じ。つまり、『ゾーン』に引き続き入っていた。
「──って、うおっ!?マジっスか……ッ!」
赤司から受け取ったボールを両手から叩き落とされた。赤司のスティールと全く代わりがないほどのキレだ。
「(その動き出しの速さは赤司っちの『
最高速が違う以上は一度抜かれてしまえば見送るしかできない。そして、今まで以上のパワーでそのままダンクを捻込まれ、点を取られた。
96対102→98対102
そして、その光景を見て驚愕する者がもう一人。
「まさか、『
今のボール奪取は今まで自分がしていたものだった。ありえないと頭では思うが、金剛阿含ならばありえるのではないかと思えてしまういやな説得力があった。
『……いや、今のはそう見えるように演出したのだろう。お前の眼はいくら黄瀬や金剛阿含でもコピーすることは不可能だ。
今のプレーはお前の眼のように完璧な見切りではない。偶然の要素が多くあったと見ていいだろう。だが、俺達のプレーをコピーできない黄瀬に見せ付けることで生じる精神的な動揺は計り知れない』
だが、今のプレーはただのまぐれではないことも理解している。何か確信があって金剛阿含はスティールに手を伸ばした。
「(未来が見えるわけじゃないが、極度の集中状態である『ゾーン』状態では生半可なフェイクでは致命的な隙というわけか……)」
『……オレの見立てではそれだけではない』
もう1人の赤司が見解を述べる。
『オレの見立てが正しければ金剛阿含の今のプレーは「野生」によるものだろう。「ゾーン」による「野生」によって導き出される先読みは、肉食獣の狩りと変わらない。
百発百中というわけではないが、あの金剛阿含が実践で試す精度にまで高まっていると見ていいだろう』
「……後の先の超反応だけではなく、直感による高精度な先読みまで可能となれば、正攻法では倒すことは不可能だ。こうなれば今まで以上にボールが渡らないようにするしかないな」
電光掲示板を見る。その僅かな点数の開きを見て苦い顔をした。
「もう4点差か……化け物め」
ボールを紫原から受け取りながら口に出す。フェイクは意味はなく『ゾーン』状態の『神速のインパルス』を掻い潜るパスを要求されることは、精神的な圧迫が凄まじかった。
「やはり、黒子を多用していくしかないな。幾ら集中力の上がる『ゾーン』でも黒子の
問題はその予想外のボールの変動にすら反応してしまう『神速のインパルス』の速さ。間合いに入れば突発的な動きであっても、ボールをカットできてしまうその動きには恐怖心を抱いてしまうほどだ。
だが、それさえクリアしてしまえば問題はもうない。黒子で裏をかきつつタイムアウトを利用して、緑間の3シュートで引き離す。
しかし、先程の黒子の言葉に不安がよぎる。
「衝撃が軽いとは何だ……?」
◇◇◇◇◇
ピリついて全身の毛が逆立つようなプレッシャーがコート上を包む。赤司を含めたコート上に居る全ての選手が、その存在から意識を逸らせない。
そう、まるで肉食獣が居る空間に放り込まれてしまったかのような緊張感が漂っていた。
───だからこそ、黒子のパスが効果を発揮する。
「あっ、しま……」
「ナイスパスなのだよ。黒子」
抜け出した緑間に合わせて出されたボールを受け取り、高い弾道で放たれたボールはそのままリングに一切触れることなくネットを揺らした。
98対102→98対105
緑間のシュート以外の高レベルのテクニックが、着いていたマークを引き剥がす。阿含は当然のように『キセキの世代』を凌駕しているが、他の選手からすればどの選手も影さえ踏めないテクニックを持つ天才である。
完璧なディフェンスなど不可能であり、生まれた少しの隙を見過ごす赤司と黒子ではない。ダブルチームでも手に余るのが現状だった。
だが、今のプレーで冷や汗を流したのは明洸ではなく帝光だった。今のは間違いなく…………、
「(テツヤへのパスに触れただと……?ボクの思考を読まれた先読みか、あるいは『ゾーン』による『野生』の直感なのか?)」
今の動きは『神速のインパルス』だけでは実現不可能だった。明らかに見て動いたのではなく前もって動いていた。
だからこそ、金剛阿含が届く筈もない黒子のパスに触れられたのだ。
「……不味い流れだ」
そして、その赤司の直感は10秒後に当たることとなる。
◇◇◇◇◇
「(全ての条件は揃った。あとは証明してやるよ)」
黒子の影の薄さを利用した
だからこそ、『キセキの世代』という多くの光に囲まれる黒子を攻略することは不可能。
「(本当にそうか?金剛阿含は黒子テツヤという存在に白旗を挙げるしかないのか?────そんなことはない。あってはならないだろ?)」
金剛阿含は100年に1人の存在。それがここまで鍛え上げて才能を十全に発揮しているというのに、───たった1人に翻弄されて敗北をするなど許されるわけがない。
「だからこそ、攻略をするために何年も何度も考えて考え抜いた。パスが渡った相手に素早く『神速のインパルス』でブロックしにいく?そんな逃げる選択肢なんざゴミだ」
その上、原作知識まであるのにも拘わらず、攻略できませんでしたなんて話にもならない。
「金剛阿含の全てを費やして、対応できませんでしたなんてのは、死んでも許されねえ怠慢だ。何としても俺で攻略して無力化してやらねえとなあ?
───そして、気付いたわけだ。テメーを潰す方法をな」
「え……?」
黒子の死角からのスティール。それに呼応するかのように阿含が何も無いところでドリブルの手を入れ換える。
「そんな馬鹿な……」
「今のは確実に黒子っちの動きが見破られたっスよね……?でも、そんなことが……?」
信じられないその光景を目にした帝光メンバー。同じチームだからこそ、合図やあらかじめセットしている場所を把握して、黒子の位置を把握しているが、相手となればその一切は通用しない相手こそ黒子という男だ。
それがまさか、初めて戦う男に攻略されるなど夢にも思わない事態だった。
「まさか……」
何故、黒子は全速力の金剛阿含とぶつかっても怪我をしなかったのか。
───他でもない金剛阿含が、黒子とぶつかる際に減速をしていたからに他ならない。
その驚愕の事実にようやく気付き、目を見開く黒子と帝光メンバーを嘲笑いながら、阿含は言い放つ。
「ククククッ……『幻のシックスマン』だろうが何だろうが、