『見事だ。
よくぞ友の魂を救ってくれた。』
上空から尊大な声が響く。
突如上空から現れたリューが優雅に地面に降り立ち、静かに手をかざす。
『ア、リガ、ト…』
消え去りそうな小さな声でアマノハバキリが呟く。
アマノハバキリはまるで微笑むかのように顔をあげると、ゆっくりと塵となって消滅した。
『リュー・パラケルス…。
アーククラスのリュー…。』
『またアーククラスかよ。
今日は一体なんだってんだ。』
杏樹の鑑定を聞き、いきなり現れたリューに再び身構える一同を制止してアデューが一歩前に出る。
『その声はさっきの精霊だな?』
『ああ、そうだよ。』
言葉遣いは明るく穏やかだが、その声質は尊大でこちらに親しみを向けつつもどこか見下しているように感じる。
『精霊ですって?
まさかそんな…』
リュー・パラケルスはとまどうパッフィーを制止するように手をかざす。
『少し話をしてやろう。
礼は要らぬ、ちょっとした暇潰しだ。』
口ではそう言いつつも、本心は話したくて仕方がないという雰囲気を感じる。
長い年月を生きるとは、それはそれは退屈な日々なのだろう。
各員はリューを降りると精霊を囲むように集まる。
『せ、精霊様。
素晴らしい教えをぜひ私達にご教授願います。』
空気を読んで藍が祈りを捧げるようにうやうやしく手を組んで両膝をつくと、精霊は満足したような笑みを浮かべ語り始めた。
自分がいつから存在するのかはわからない。
精霊かどうかは自分でもわからぬが、人間が理解できるように例えるならばそのような存在であること。
『君達の言う主神ソーディン、もしくは六柱神と呼ぶ精霊神が生み出した存在なのかもしれないね。
ともかく私達は私達でアースティアで暮らし、アースティア各地に眠る不都合な存在と戦っている。
私達が敗北すればアースティアの環境は大きく変化するだろう。
君達は私達の恩恵を知らず知らずに受けて勝手に我が物顔で生きているだけだ。』
『へっ、別に頼んじゃいねぇぜ。』
『サルトビ控えなさい。』
身分の低いサルトビは仕える相手でなければ相手が何者であってもへりくだらないが、高貴な立場の杏樹が逆に上位存在にはへりくだる。
サルトビはプライドの為ならば死をも恐れないが杏樹はプライドで死ねない、生き方があべこべなのだ。
悪態を付くサルトビをすぐさま杏樹が制止した事で、精霊の機嫌は悪化するよりは良くなったようだ。
精霊は上機嫌で語り始める。
『君達が倒したアマノハバキリの搭乗者だが、彼は今から約2000年前の精霊の千年紀に生きた人間族だ。』
『やはり人間族(エクソディアン)だったのか。』
『人間がアーククラスに至ったというのですか…?』
ヒッテルは己の直感が導いた信じがたい結論が正しかったことに驚き、パッフィーはあり得ない事象に戦慄する。
エルフと邪竜族の混血であり長命種であったガルデンがアーククラスであるロードに至ったが、あれはガルデンが途方もない才能と執念を秘めていたからである。
『…人である事をやめて不死身となったからだ。』
精霊の脅すような声を聞いて一同は絶句する。
言い伝えではアーククラスは人の域を脱しているとされている。
逆に言えばアーククラスに至るとは人をやめる事なのだろう。
思えばあの時のガルデンは人でも邪竜族でもなくなっていた。
静かに黙り込む一同に満足するように精霊は言葉を続ける。
『ウォーム・ヤマタノオロチを討伐したスサノオノミコトという名を日の出国の者ならば知っているだろう。
そしてヤマタノオロチはスサノオノミコトの血を引くミカド一族を恐れ、今もどこかで眠っていると。』
精霊の言葉に我に返った藍がすぐに反応する。
『は、はい、存じております。
ヤマタノオロチを倒したスサノオノミコトの子孫であるヤマトタケルノミコトが私たち太刀花家にリュー・クサナギを貸し与え、兵を指揮してこの地に蔓延っていた悪を討伐して国を興した。
それが日の出国です。』
リュー・クサナギとは太刀花家の者が代々乗り継いでいるリューである。
藍が学び舎の優等生のように回答すると、精霊はまるで曲でも奏でるかのように手を広げて言葉を紡ぎ始めた。
『貸し与えたのではない。
ヤマトタケルノミコトは優秀な頭脳を持つ偉大な指導者であったが武の達人ではなかった。
そもそも彼はリュー・クサナギの乗り手ではない。
それ以前からずっとリュー・クサナギの乗り手は太刀花家の者だったのだよ。』
精霊の言葉を聞いて日の出国出身の者は息を飲む。
幼い頃から当然の知識として学んできた事が今まさに覆されようとしているのだ。
『では何故リュー・クサナギがわざわざ太刀花家の者を乗り手として選んだのかと言うと…』
『それは単に太刀花家が強かったからじゃねぇのか?』
リューは必ずしも子孫に受け継がれるわけではない。
サルトビの言葉を聞いて精霊は「それもあり得ない話ではないが」と微笑を浮かべる。
精霊は少し勿体付けるように間を置いて、藍と杏樹を指差した。
『太刀花家こそがスサノオノミコトの直径だからだよ。
リュー・クサナギは不死身と戦える君達の血筋からしか乗り手を選ばないんだ。』
突然の事に藍と杏樹が目を開いたまま固まってしまう。
その顔が見たかったとばかりに精霊は笑みを浮かべて言葉を続ける。
『ヤマタノオロチに対抗できる聖なる力を秘めたクシナダは最強の武人と呼ばれていたスサノオノミコトと結ばれた。
クシナダは神の使いであったとも言われているが真相はわからない。
ともかくスサノオノミコトはクシナダの愛によって、ヤマタノオロチが生み出す不死身を消滅させる聖なる力を得たのだ。
不死身を消滅させられるのが太刀花家の血筋だけだからリュー・クサナギは君達の血筋から乗り手に選ぶのだよ。』
藍も杏樹も苦しい修行によって不死身を消滅させる力を手に入れた。
だがそれは特殊な剣技を習得するのではなく、先祖から受け継いだ才能を引き出していたに過ぎなかったらしい。
『ミカドは日の出国を治めていたが、やがていくつかの派閥が跋扈し国が成り立たなくなってきた。
そこでミカドは自分達の権威を固めるために歴史を塗り替えたのだよ。
ヤマタノオロチはいつか蘇り、それを消滅させられるのはリュー・クサナギの正式な乗り手である自分達だけだとね。』
ここまで聞いてアデューとカッツェは首をひねる。
『なんだか話が離れちまってわからなくなってきたぞ。』
『結局のところアマノハバキリの乗り手は何者で、そこの小娘二人の家にあるっちゅうリュー・クサナギが一体何の関係があるんや。』
元々日の出国の神話に詳しくない2人は新しい情報が多すぎて理解できない。
2人の言葉を聞いて精霊が露骨に舌打ちをする。
もっと語りたかったらしい。
『学の無い輩のために結論を言おう。
アマノハバキリの乗り手こそがスサノオノミコト。
そしてその時のリュー・クサナギの乗り手はスサノオノミコトの孫娘だったのだよ。
スサノオノミコトはヤマタノオロチを討伐するのに数多くの勇者達の犠牲と50年の歳月を費やしたのだ。』
言い伝えではヤマタノオロチを倒したスサノオノミコトはクシナダと結ばれ平和に過ごしたが、それは塗り替えられた歴史だったらしい。
数多の勇者を葬り去ったヤマタノオロチを一夜にして打ち倒した聖なる血筋としたかったのだろう。
実際にはスサノオノミコトの人生は戦いの人生だったらしい。
ここまでの情報が先ほど藍達が見せられた映像とリンクしたので、2人は仲間に説明する。
『ではスサノオノミコトは自分を不死身にしてこの場に残る事で、何度も蘇るヤマタノオロチを倒し続けたのですか?』
『今この場にヤマタノオロチがいないから、成功したんだと思う。』
パッフィーの言葉に杏樹が頷いて答える。
『ヤマタノオロチは強かったよ。
私と仲間達が人間達とも協力してようやく倒す事が出来た。
みな勇敢で素晴らしい勇者達だった…。』
遠くを見つけるような精霊の瞳は敬意と愛で溢れていた。
基本的には人を見下しているが、戦友達の事は心の底から想っているようだ。
『そこのエルフが余計な事をしなければ永遠に眠り続けてもらうつもりだったのだが、
あの時の娘の子孫が世代を継いで現れて我が友の魂を解放してくれた。
私が消滅させるだけでは本当の意味では救えなかった、ありがとう。』
精霊は両手を広げると藍と杏樹を抱きしめた。
藍と杏樹は少し顔を赤らめたが、精霊の気持ちが伝わったのかすぐに穏やかな表情へと変化し受け入れた。
『多少のいじわるはしたが、少なくとも君達2人だけは守るつもりだったよ。
親友の残した血統なのだからね。』
少しイタズラっぽく微笑みながら2人から離れると、精霊の身体が光に包まれて徐々に薄くなっていく。
精霊の消失に合わせてアデュー達の装備も消え去っていく。
クラスチェンジは今回限りの裏技のようだ。
『太刀花家の者が居合わせたから私が助けてやったが
そうでなければ君達は無駄死にし、私も見せしめとして人間の国が2,3つほど滅ぶまでは手出しする気は起きなかっただろう。
全てはそこのエルフが招いた事態だ。
存分に痛めつけてやりたまえ。』
精霊の笑い声が響き渡る。
『そうだ!
元はと言えばカッツェが封印を解いたからこんな目に遭ったんじゃないか!!』
『余計な事には首を突っ込むなといつも言ってるだろう!』
『てめえはいつだってロクな事をしやがらねぇ!』
アデュー、ヒッテル、サルトビがカッツェに詰め寄る。
『そ、そやかてトレジャーハンターっちゅうもんは手付かずにお宝を求めるもんやん?
それに結果的には小娘のご先祖さんも救えたわけやしー…』
カッツェが言い訳を重ねるが、3人の目は険しいままだ。
謝罪は無意味だと判断してカッツェは逃げ出したが、サルトビに首根っこを掴まれそのままアデューとサルトビに飛び掛かられるのだった。
ボコボコになったカッツェを引きずって一行が外に出ると、こいけがパッフィー達に飛びついてきた。
こいけの周りには山賊達が倒れており、ヒッテルが倒してくれたのだとこいけはまるで白馬に乗った王子様が現れたかのように興奮気味に伝えてくる。
どうやらこいけはヒッテルに好意を抱いたようだが、ヒッテルは当然のことをしたまでだと目を背ける。
ヒッテルの春はまだまだ遠そうだ、少なくとも本人にその気が感じられない。