アデュー達が宿に辿り着き宿帳への記帳を済ませると、銀色の髪を横に束ねた白い着物姿の少女が2階から姿を現した。
『お待ちしておりました、藍様、杏樹様。』
『おう、久しぶりだな。
そういえばお前は太刀花家のお抱えになったんだったな。』
顔見知りらしくサルトビが声を掛けると少女は過剰なアクションで怯え慌てて机の影に隠れた。
『さ、サルトビくん!?
ってぇええええええ!?
おおおおおお、男の人がいるじゃななないですかー!』
先ほどまでの堂々とした態度はどこへやら。
少女はアデューを指差してガタガタ震えている。
『アデュー、この方に何かなさったのですか?』
『いやいやいや、初対面だよ。
忍びの女の子の知り合いなんてほとんどいないよ。』
不思議がる2人にフォローを入れるようにサルトビが紹介する。
『こいつは俺と同じアスカジにあるモモチの砦、通称シノビの里のくのいちだ。
アデューとは初対面だろうよ。
ほら、名前くらいは自分で言え。』
サルトビは少女を机から引っ張り出すとアデュー達の目の前に置いた。
小さく縮こまったまま少女は小さな声で自己紹介を始めた。
『…こ、ここ…小雪です。』
『…こいけ?』
小さくドモった声で紹介を始めたのが悪かったのか。
小雪と名乗った少女は小池と聞き間違えられた。
『こいけさんと申しますのね。
私はパフィー・パフリシアと申します。』
『太刀花藍です。
小池さん、今回の任務のフォローよろしくお願い致します。』
『杏樹です。
小池さんよろしくね。』
『俺はアデュー・ウォルサム!
よろしくな、こいけ!』
『…はい、こいけです。
よろしくお願いします。』
小雪改め小池は訂正する事を諦めた。
『コイツは昔っから男が苦手でな。
人の顔色ばかり窺ってて、同じ里で育った俺にも目を合わせないほどだ。
まして異国人のアデューはなおさら苦手なんだろうよ。』
『だだだだって、男の人って隙あらば私に酷い事をするじゃないですか!』
『お前だって俺にしびれ団子を食わせようとしただろーが!
自分だけが可哀想だと思うなよ!?』
『だってお師匠様が修行だからやれって言ったんだもん!』
サルトビが里の女性に苦労させられていたように、くのいちである小雪も里の男に苦労させられていたようだ。
シノビの里に安寧はないのかもしれない。
『それで小池さん。
首尾の方はどうですか?』
藍が尋ねると小雪は再び机の影に隠れて報告する。
『あ、はい。ごめんなさい。
標的は特に外には出ようとしていないみたいですが、念のため洞窟に結界を張って不死身を閉じ込めています。
結界はまだまだ保ちます。
発見者によると標的は金属でできていたそうですから恐らくはドゥームでしょう。
遠見で鑑定の出来る退魔師が目標を不死身だと鑑定しました。』
報告を聞いてアデューの目の色が変わると小雪は慌ててさらに遠くの机へ逃げ出した。
本当に男が苦手のようだ。
『ドゥームが相手かぁ。
俺達がいてちょうどよかったな。
腕が鳴るぜ。』
『もう、不謹慎ですよアデュー。』
パッフィーがアデューを嗜めると、旅の中心人物である藍が方針を打ち出した。
『結界はまだ保つそうなので急ぐ必要はありません。
今日はここで一泊して準備を整え、万全の状態で明日に討伐に向かいましょう。』
『賛成、ちょっと休みたい。』
藍と杏樹が休息を提案したので、アデュー達がそれに意見する道理はない。
『わかりました。
では明日の朝に洞窟前でみなさんをお待ちして封印を解きます。
では、失礼いたします。』
そう告げると小雪は天井へと消えていった。
『…別に天井に行かなくても泊っていけばいいんじゃないか?』
アデューがもっともな疑問を呈すると、サルトビは溜め息を付きながら答えた。
『…アイツは人のいない天井が一番落ち着くんだよ。』
『シノビの里って変わり者ばっかりなの?』
杏樹の言葉を否定したいが否定できないのでサルトビは無言を貫いた。
ともかくアデュー達は明日に備え男女別々の部屋に分かれて休む事にした。
『アデュー、さっきの話だが少し内容を変更しよう。』
装備を外しベッドの上で寛いでいるとサルトビが話しかけてきた。
声色からして先程2人で交わした約束の続きだろう。
『騎士たるもの敵に背中を見せてはならないとお前は言うんだろうが、今回ばかりは俺の言う事を聞いて欲しい。
不死身が強敵だった場合、お前はパッフィー様を連れて逃げてくれ。
俺は藍様達を連れて逃げる。』
サルトビの言う通り、騎士は敵に背中を見せない。
その提案はアデューには受け入れがたい物であった。
『イーヤーだ、俺は騎士なんだぞ。
敵に背を向けるなんて真似できるかよ。』
アデューの返事が想定通りだったのだろう。
サルトビは特に声色も変えずに続けた。
『俺はお前の騎士道を否定するつもりはない。
だが、その騎士道にパッフィー様を巻き込まないでくれ。
お前が逃げなければパッフィー様は絶対に逃げ出さないんだ。』
サルトビの言葉は正しいだろう。
自分が逃げ出さなければパッフィーも逃げ出さず、パッフィーを置いていけないのでサルトビも藍達を連れて逃げ出せない。
アデューの蛮勇が全員を危険に陥れる事になるのだ。
要は誰の犠牲も出さずに勝てばいい。
かつてのアデューならばそう答えたかも知れないが、激しい戦いと2年の一人旅を乗り越えたアデューの考えには変化があった。
そもそも仲間を危険に巻き込むような選択そのものが不義理であるという考えだ。
『…頼む!』
手を合わせて真剣に頼み込むサルトビに、アデューはまるで気にしてないかのように寝転がって答える。
『わかった、それでいいぜ。
騎士たるもの己の生き様に他人を巻き込んではならない。
そして騎士たるもの仲間を重んじるべしだ。
今回の件はそもそもお前の仕事なんだから、お前のやり方に合わせてやるさ。』
頭の固いアデューの説得には骨が折れるだろうと考えていたのでサルトビは言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かってしまった。
思えば出会ってから今日まででもアデューにはかなりの変化が見られる。
男子三日会わざれば刮目して見るべしという言葉があるが、2年ともなれば相当な物だろう。
そもそもアデューはまだ見習いであり、世界を救う偉業を果たしてもまだ伸びしろのある若者だったのだ。
『そ、そうか。
感謝するぜアデュー』
サルトビはアデューの変化を受け入れて素直に礼を言った。
『よせやい、お前にそんな事を言われるのはむず痒いせ。』
『けっ、口の減らない野郎だ。』
いつもの減らず口を交わし合い、互いに小さく笑い合う。
『それにしてもサルトビ。
パッフィーも藍も杏樹も絶対に守らなきゃいけないってのはわかるけど
お前が俺に頭を下げて協力を頼むなんて、いくら何でも心配し過ぎじゃないのか?』
不死身の情報は不明瞭で、今回は偵察も兼ねての任務だ。
現段階では敵がどれほど強力かわからないが、それでもサルトビの心配は明らかに過剰だった。
まるで敵が強力である事を確信しているかのようだ。
『そうだな、どう話せばいいか俺にもわからんが…。』
サルトビは天井を見上げ、考えをまとめ始めた。
部屋は数秒ほど沈黙に包まれる。
『…アデュー、俺達がどれだけの敵と戦って来たか言えるか?』
『えぇっ、急に言われてもな。
えっとまずはウエストガンズのメンチ三兄弟だろ?
それからオクタスライムに武人のカードの所にいたドゥーム。
それから…』
『多すぎると思わないか?』
アデューの言葉を遮るようにサルトビが話を進める。
『俺達が3人で旅をしていた時もそれなりには事件があったが
特にお前と出会ってから急に色々な事が起こり始めたんだ。』
旅にはトラブルが憑き物だと思っていたアデューはサルトビの真剣な瞳に気圧されてしまう。
『俺達が別れた後もお前は色々あったみたいじゃないか。
少なくとも俺はこの2年は平和なもんだったぜ。』
アデューの成長ぶりは様々な困難を乗り越えてきたからだろう。
それほどまでにトラブルに巻き込まれるアデューとは何なのか。
サルトビは1つの仮説に至っていた。
『な、なんだよ。
それじゃあまるで俺が何にでも首を突っ込むトラブルメイカーみたいじゃないか。』
頬を膨らませるアデューを静かに宥めるようにサルトビが言葉を返す。
『最初は俺もそう考えたんだがな。
どうもそれだけじゃ説明が付かない。
で、これは俺の仮説なんだが…。』
ここからはアデューの肝に銘じてほしい。
そう願うようにサルトビは僅かに溜めてから仮説を立てる。
『お前は運命…というか精霊だか神だかに導かれてるんじゃないか?
アースティアのために都合よく使われてると言ってもいい。
だから今回もお前が何か大きなトラブルに向かっていて、俺達はそのための舞台装置なんじゃないかと思ったんだ。』
『運命…』
アデューは母との別れを思い出す。
あの時も母は「魔族と戦う聖なる乗り手の運命」と口にしていた。
サルトビの仮説が正しいならば魔族との戦いはまだ続いているのだろうか。
『バ、バカ言うなよ。
邪竜族は1000年は戻ってこれないんだぜ。
第一、俺はずっと自分で行き先を決めてきたんだ。』
『邪竜族だけが魔族じゃない。
文献を読めばアースティアにはまだまだたくさんの魔が潜んでるんだ。
お前が行き先を決めたつもりでも、その先に眠る魔がお前に倒されるために目覚めさせられる事もあるんじゃないか?』
余りにも多すぎるトラブル、強大な敵、それら全てが何か大きな存在に仕組まれた事だったとしたら自分には永遠に平穏な時が訪れないのではないか?
やがて年老いて力を失い、何者かに打ち倒されるまで続く闘いの日々を想像し身震いをする。
『じょ、冗談じゃない!
邪竜族の件はお師匠とナジーの爺さんが偶然噛み合っただけだし
俺の旅がトラブル続きだったのも偶然に決まってる!』
アデューは恐怖を振り払うように温もりを求めて布団を被った。
『…まぁ仮説に過ぎんからな。
今はただ3人の安全を優先してくれりゃいい。』
サルトビは話を終えると静かに部屋の灯りを消した。