Color!! ~ゲーム『こみっくパーティー二次創作』 : いろどり溢れる長谷部彩の物語~   作:拓田しろう

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16話 初めての教え

 

 原稿を始めて1時間が経過した。

 他の人と原稿をやるなんて初めてだから、最初は戸惑うかもしれない、と思ったけどそうでもなかった。

 描きはじめてしまえばいつも通りだ。

 

 8月の即売会で出すためのアイディアは既に固まっていた。

 全体感を構成するためのプロットを終え、ネーム作成にとりかかる頃だった。

 和樹さんに呼ばれる声がして、ハッと顔をあげる。

 

「お、やっと気が付いた。すごい集中力だね彩ちゃんは」

「あ……すみません、何度も声かけてました?」

「何度もってほどでもないけど、4・5回かな? 1時間くらいやったから少し休憩にしようかと思って。なにか飲む? 冷たい飲み物の方がいいよね?」

「あ……ありがとうございます。それでは冷たい飲み物で……」

 

 昔から作業している時は周りの人の声が入ってこない時が多かったけど、今回もそうだったらしい。

 和樹さんは台所から飲み物を持ってくると、私の目の前に置いてくれた。

 

「温かい飲み物も用意したんだけど、今日くらい暑いと冷たいもの以外は飲みたくないね」

「そうですね……原稿中は温かい飲み物片手に描くことが多いけど、今日は無理ですね」

「それにしても、彩ちゃんすごい集中力だね。いつもそんな感じなの?」

「そう……ですか……? いつも1人で描いているから、あまり意識したことがなくて……」

「いや、すごいよ。原稿目の前にしたらすぐ集中してたもん。それにしても原稿描く道具たくさん持ってるんだね」

「そうですね……ペン入れや下書きとかでも使い分けてます」

「すげぇ! 俺なんか1本で使いまわしてるのに」

 

 以前も少し聞いた話だが、和樹さんは原稿道具をあまり持ってないようだ。

 聞いてみると、種類はGペンとペン入れ用を1本ずつ、後はインクと原稿用紙だけしか普段は使っていないらしい。

 試しにインクを見せてもらうと乾きにくいことで有名なものを使っていた。品質が悪いため、私のアルバイト先でも取り扱っていないほどだ。

 

 10数ページのマンガを描くのであればこれでもいいけど、確かこの間の新刊は50ページ近くあったはずだ。

 それだけのボリュームを、たったこれだけの道具で描くのだから凄まじい。

 

「あの……私のペン少し使ってみませんか? 使いやすいと思います」

「お、ありがとう。じゃあちょっと使ってみるよ」

 

 そう言って和樹さんは新しい原稿用紙を1枚持ってきて、おもむろに絵を描きはじめた。

 ペン先が紙を滑る、心地よい音が室内に響く。

 数分ほどで、美少女を描きあげた。

 

「下書きなしでここまで描けるなんてすごいですね」

「ありがと。前に詠美がファンの子にやってたのを思い出してやってみたんだ。いや難しいね」

「詠美さんって、この間ユニットに誘ってくれていた詠美さんですよね?」

「そう。あいつに初めて会った時、ファンのスケブでやってたんだよ。サインペンであっという間に描いてさ。今できるかな、と思ってやってみたんだけど、やっぱりまだまだだな」

 

 なるほど、それは確かにすごい。

 絵が描き慣れている人で下書きなしで、正確に描く人がいるけど、詠美さんもその類の人なんだ。

 さすがこみパの女王と呼ばれるだけはある。

 

「ペンありがとうね。確かにこのペン使いやすいね」

「……ペンやインクの組み合わせによって使いやすさが違うので、いろいろ使ってみるのがおすすめです」

「なるほどなぁ。今度試しに買ってみるかな……。そうだ彩ちゃん、ちょっと『美少年』と『美少女』を描いてみてもらえる?」

「えっ……」

「うん、ちょっと見たいことがあるんだけど、描ける?」

「わかりました……」

 

 急にどうしたんだろう?

 とはいえ、なにか確認したいことがあるみたいなので『美少年』と『美少女』を描いてみた。

 

「あの……できました」

「ありがとう。……彩ちゃんの絵ってデッサンっぽいね。なにか美術とか専攻してたの?」

「いえ……専門的なことは特に。美術関連の本を一通り読んだのと学校の授業で習ったくらいですね」

「なるほどねぇ。ちなみに線を多くしている意図ってなにかある?」

「……私自身の好みでしょうか? 細かいところまで描写したかったので自然とそうなった感じです」

「そっか、それでデッサンみたいな描き方になってるのか。確かに細かいところまでよく描けてるね。ただマンガを描くのであればもっと線は少なくした方がいいね」

「えっ……?」

「例えばなんだけど……ほら、これが彩ちゃんのこの間の新刊ね。表紙も随分こだわって描いてたと思う。これをね……」

 

 和樹さんは後ろにあった机から私が渡した新刊を取り出すと、そのまま立ち上がって、玄関の方まで歩いて行ってしまった。

 

「彩ちゃん、さっきの新刊だけど、今はどう見える?」

「あっ……。なんだか……表紙が真っ黒に見えますね」

「そうだね。距離でいえば3~4メートルくらいかな? でも同人誌即売会の時の参加者がブースの本を見るのはこれくらいの距離だよね?」

 

 ……なるほど。和樹さんの言いたいことがわかった。

 私の同人誌は白黒のコピー本だ。それに印刷の質も良い方ではない。

 今まで手元でしか見たことがなかったけど、少し離れるだけであんなになにを描いているかわからなくなるものなのか。

 

 参加者がなにを見て同人誌に興味を持つかと言えば表紙だ。

 その表紙になにが描いてあるかわからなかったら、不気味がって誰も手に取らないだろう。

 そんな当たり前のことに今更ながら気が付いた。

 

「言いたいことはわかってくれたみたいだね? こだわりは大事だよ。『神は細部に宿る』って言うしね。でも、同時に〝伝わる工夫〟も必要なんだ。売るのが目的じゃなくても、まず手に取ってもらわなきゃ始まらないからね。だから細かく描写するところとしないところは考えなきゃいけなんだよ」

 

 ……おそらくこれが、この数年間、一度も参加者から手に取ってもらえなかった原因の1つだろう。

 私自身、手に取られなかった理由は『技術力がない』と思っていた。

 だからこそ、頑張って技術を磨いてきたというのに――それが仇になっていたなんて皮肉なんだろう――。

 

「落ち込むことはないよ。原因がわかったんだから、後は対処すればいいだけだ。プロット終わってこれからネームだろ? 今回は『参加者興味をひく表紙を描く』ことを意識すればいいんだから」

「あ……ありがとうございます」

「あ、あとね。一般的な人たちの『美少年』と『美少女』も覚えておいた方がいい。さっき彩ちゃんに描いてもらったキャラは確かに『綺麗な男性と女性』ではあるけど、『美少年』と『美少女』ではない。少年少女という割には、だいぶ年齢が高かったからね。全部が全部一般的な人たちに寄せなくてもいいけど、ある程度『参加者が持ってるイメージ』というのを把握してないといけないよ」

「えっと……そんなに参加者の人と違うイメージでした?」

「そうだね。ちなみにね、『美少年』と『美少女』を描いてと言われたら、俺だったらこんな風に描くかな。さっきは『美少女』を描いたから『美少年』だったらこうかな?」

 

 そういうと和樹さんは、また紙にペンを滑らせる。

 出来上がったキャラクターを見せてもらうと、確かにそれは、多くの人がイメージする『美少年』『美少女』のように思えた。

 

 ――以前、瑞希さんが言ってた話を思い出す。

 即売会の中にはインスタント食品のような作品が多いと。

 しかし、和樹さんの絵はそんな単純なものでなく、洗練された作風のように思えた。

 

「どうしてこういうイメージを持っておかないかというとね。例えば『一人の少年が世界を救う』的な宣伝文句のマンガがあったとするじゃん。でも表紙が筋肉隆々な中年男性だったら、あれ? と思うんだよ。多少好みの差はあるかもしれないけどね。文字だけのイメージで参加者は来てくれることはあるかもだけど、絵を見て実態にそぐわなかったら帰っちゃうんだよ。だからなるべく『参加者が持ってるイメージ』というのはわかっておいた方がいい」

 

 和樹さんは饒舌に、そしてわかりやすく教えてくれた。

 

 ――私はそんな単純なこともわかっていなかったのか。

 

 言われてみればもっともだ。

 少し考えればわかりそうなものを、私は全然理解できてなかった。

 

 おそらく和樹さんは、私の同人誌がどうして売れないかを気付いている。

 しかも、これからネームに取り掛かることを知った上で、丁寧に、自然な流れで教えてくれたんだ――。

 

 ――改めて、和樹さんのすごさを目の当たりにした。

 

「休憩、って言ったわりにすっかり話し込んじゃったな。じゃあ作業再開しよっか」

「……はいっ!」

 

 和樹さんから教えてもらったことを参考に、早速ネームに着手するのだった。

 




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