Color!! ~ゲーム『こみっくパーティー二次創作』 : いろどり溢れる長谷部彩の物語~   作:拓田しろう

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1話 たったひとりのこみっくパーティー

 ■■■

 

 無表情な視線。

 静かな口調。

 大人しい姿勢。

 賑わいに満ちた会場の中で、彼女だけが浮いている――ように見えた。

 

 両手で差し出される同人誌。

 彼女の最新刊を差し出され、自分の新刊と交換した。

 

 存在を忘れ去られたように、自ブースで佇む姿に、どういう訳か興味を惹かれた。

 

 手元には彼女の同人誌。

 開くと、彼女の作り出した世界に引きずり込まれる。

 

 愉快なようで、それでいて恐ろしい。

 臓器を優しく撫でられるような感覚。

 古い童話のような作風に、心を揺さぶられた。

 

 頭に浮かんだ言葉は『何故?』だった。

 本には作者の心が投影される。

 

 なんでこんな絵柄が描ける?

 どうしてこんな発想が思いつける?

 

 同人歴が浅い俺でもわかる。圧倒的技術とセンスが詰め込まれた作品――。

 

 ――だというのに何かが決定的に欠けた、色彩を忘れた作画。

 

『その本……どう……ですか?』

 

 合わすでも逸らすでもない、宙を漂う視線。

 囁きのような小さな声に耳を疑う。

 真夜中に迷い込んだアゲハ蝶のように、静かに問われた。

 

 ――ここでは当たり前のやり取りが、彼女の世界には存在しない――。

 

 素直に感想を伝えたところ、無気力な瞳に色彩が宿る。

 目の前に、彩り豊かな大輪の花が咲いたような錯覚を覚えた。

 

 それから次々と旧刊を渡されて感想を求められる。

 軽く目を通すだけで、彼女の描いた世界観に引き込まれる。

 そのことを述懐すると、まるで日差しを浴びたように、彼女の表情が輝きを増した。

 

 凍り付いていた心は期待に満ち、視線をあげてまっすぐと俺を見つめている。

 口調もどんどん饒舌になる。

 

 話を続けると、何かに気が付いて顔を赤らめる。

 大輪の花は萎み、先ほどまでとは違う、羞恥に紅潮した顔で俯いてしまう。

 

 ――その時に思ってしまった。

 

 彼女の感情を引き出してあげたい。

 彼女にもっと笑ってほしい。

 彼女にもっと喜んでほしい。

 

 それ以来、彼女のことが頭から離れなくなった。

 

 ---

 

 ――キーンコーンカーンコーン。

 

 鳴り響く鐘の音。一時静まり返る人の喧騒。天井を見上げる人達。

 

 『以上を持ちまして、こみっくパーティーを終了します』

 

 館内放送が流れると、会場は、膨らんだ風船が割れたような一瞬の静寂と、歓喜に包まれた。

 参加者は、微笑みあいながら拍手をしている。中には握手をしだす方もいて、互いの成果を称えあっている。

 

 周りの様子をみるために、下げていた顔をあげると首や肩に鈍い痛みが走る。

 ずっと同じ体勢でいたため、筋肉が硬直したのだろう。そして体だけではなく、思考も同様だったようで、状況を汲みとるまで少し時間がかかった。

 首と肩の痛みが和らぐのに比例して、だんだんと事態を把握できた。

 

 両手に紙袋を携えて歩く来場者。

 自分のブースを片付けるサークル参加者。

 人の誘導をする運営スタッフ。

 

 再び自分のテーブルに視線を落とし、積み上げられた本を見て、暗い気持ちになる。

 本は3種類並べており、全て同じ部数だけ積まれている。本の前には値札を置いているが、歩行者が通った影響からか、やや斜めになっている。

 それに対し本は、特に動いた跡はない。触れられた形跡すら見当たらず、キレイな長方形を保っている。

 

 ――その光景にため息も出ない。

 

 キャリーカートに本を積め込み、手早くブースを後片付けして会場を後にした。

 人混みに揉まれてやっとの思いで外に出て、人の波から外れてペデストリアンデッキで一休みする。

 

 振り返り、出てきた会場を見上げる。

 下ってきた階段は未だに行列ができていて、途切れる気配をみせない。

 道の端にスペースをつくり、本日の戦利品を見せ合い、談笑している人もちらほらいた。

 

 あの会場には20万人の参加者がいるという。

 これが、国内はおろか、世界を見ても最大級の同人誌即売会にして祭典、通称『()()()()()()()()()』、略して『こみパ』である。

 そして大規模な人数を収容する、象徴的な逆三角形の建物が、ここ東京ビッグサイトである。

 

 ――それだけの人数が、参加しながら、1冊も売れなかった。

 

 別に今に始まったことではない。ただ、改めて事実を認識してしまい、溜息をついた。

 20万人は東京都港区の人口と同じくらいだと聞いたことがある。これだけ大規模なイベントなのに、1人も見る人がいないと思うと気が滅入ってしまう。

 あまり悪く考えるのは良くないとは思いつつ、自嘲せずにはいられなかった。

 最後にひと際大きなため息をついて、その場を後にした。

 

 混雑した電車を乗り継ぎ、自宅に到着した。

 部屋に行き、荷物を片付けず、ベッドに顔から蹲った。

 もう同人活動を初めて5年近くになる。

 毎月のようにサークル参加をしているというのに、まるで売れない。

 

 購入者がいるわけではない。ファンなんているはずもない。

 それでも、毎月労力をかけて同人誌を描き続けている。

 ……いったい何のために? と、自分でも思うことがある。

 

 考えてみればおかしいことだ。本当になんのために同人誌を描いているんだろう?

 

 ああ、きっと私は疲れている。

 こみパが終わったばかりだし、結果もよくなかったから余計にネガティブなことばかり考えてしまうのだ。

 こういう時は考えてもロクなことを思いつかない。

 頭を左右に振り、強引に考えを断ち切る。

 今日はすぐ寝てしまおう、と寝る支度をした。

 

 ---

 

 教室の窓からボーっと外を見渡す。

 桜の花も散って久しいこの季節。私は最後の高校生活を迎えている。

 

 担任から進路希望の案内を提示され、来週末までに提出するよう指示を受けて、ホームルームが終わって帰路についた。

 自分の進路について真剣に考えなければいけないはずなのに、どうにも気乗りしなかった。この間のこみパが散々だったからだ。

 

 いつも通りと言えば、いつも通り。

 会場スタッフに見本誌として提示した同人誌以外、売れた本はなく、午後4時の鐘がなるまで、ひっそりとサークルブースに佇んでいただけの状態だった。

 少し前は辛いと感じたことがなかったけど、最近は少し――いや大分辛い。

 

 ――次の即売会、どうしようかな?

 

 進路、大学受験、家庭の事情。

 帰宅中、ふと参加しない理由を頭に並べており、頭を振って邪念を振り払った。

 昨日から悪い考えが止まらない。

 

 ――私の本って、どうなのかな?

 

 同人誌を描くことは好きだし、それだけで楽しい。自分なりに質を追求してきたと思う。

 でも実際に面白い作品が描けているか全然わからない。

 それどころか、なんのために描いているのかさえわからなくなってきた。

 

 ――考えていてもしょうがない。

 

 気分を変えよう。

 帰宅してから私服に着替える。そして今はとにかく、甘いもの。

 冷蔵庫からプリンを取り出して、一口食べる。優しい甘さが少しだけ心をほぐしてくれた。

 

 とりあえず5月のこみパに向けて、同人誌を描こう。

 そして進路もお母さんと相談して、ギリギリまで考えてみよう。

 机に向かって次のこみパの原稿に着手した。




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