Color!! ~ゲーム『こみっくパーティー二次創作』 : いろどり溢れる長谷部彩の物語~   作:拓田しろう

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20話 詠美再来

 

 開場してしばらくした後、瑞希さんと大志さんが来てくれた。

 一度顔を出してくれたが、和樹さんのブースが混みだすのはお昼頃のため、それまでに昼食と用事を済ませてくるとその場を後にした。

 

 開場から2時間が経ち、そろそろここら辺(創作ジャンル)にも人が訪れようとした頃だった。

 

 ――目の前を通り過ぎると参加者が私の同人誌を見てる。

 いつもだったら見向きもされない。しかし今は確かに見て、興味の眼差しを投げていた。

 期待に胸を膨らませながら、いつその時が来るかと待っていた。

 

「あの、同人誌拝見してもいいですか?」

 

 表紙を見て、興味を持った参加者が訪ねてきた。

 緊張する。咄嗟のことで声が出ない。『どうぞ』の一言が出ず、口をパクパクさせてしまう。

 どうにか首肯すると、参加者は訝しげな表情を浮かべて読みだした。

 

 ――この同人誌即売会では当たり前の光景なのに、鼓動が止まらない。

 手が震える。こんなに緊張するなんて――たった一冊。でも、されど一冊。参加者の一挙手一投足が気になる。

 なるべく期待しすぎないように意識しながら、読者の反応を待った。

 

「これ、いくらですか?」

 

 と、値段を聞いてきた。

 慌てながら値段を言うと、参加者の方はお代を払ってその場を立ち去った。

 

 ――瑞希さんを除けば、ここ数年で初めての利益。

 

 掌に乗っている200円が幻のように思える。

 初めて売り上げを手にした瞬間だった――。

 

 ――ついに、売れた。

 

 歓喜に踊り出してしまいそう。

 本当に売れた。夢のようだ。和樹さんのアドバイスを聞いて、素直に実践したら、本当に売れた。

 喜びのあまり、和樹さんの方を向く。

 

 しかし和樹さんのブースには、列ができ始めて忙しそうに対応していた。

 

「ありがとうございます! はい、こちら500円です」

 

 そう言いながら、対応していると瑞希さんが戻ってきて店番を手伝い始めた。

 デビュー数か月とは思えない参加者の行列具合に、思わず舌を巻いた。

 

「はい、こちら500円です。3部? それでは500円のお返しです。ありがとうございました」

「はい、2冊ですね。ありがとうございました!」

 

 人が人を呼び、壁サークルでもないのに、和樹さんのブースには一時人が溢れていた――。

 

 ――あとで、売れたことを伝えよう……。

 

 そう思い、またいつものように売り子に戻った。

 

 ---

 

「はい、和樹。お疲れさま」

「お、サンキュ、瑞希」

 

 15時より前に、和樹さんの同人誌は完売した。

 一斉に並ぶ人の姿が呼び水となり、「これは何かある」と感じた参加者たちが次々と足を止め、列に加わっていった。

 通行人の妨げになったため、スタッフが列整理の対応をしだしたほどである。

 

 和樹さんは達成感に満ちた表情で瑞希さんと笑っている。

 さっそく新刊を読んだ参加者が和樹さんの元へ来て、感想を言われて喜んでいる姿が目に映った。

 

 ――やっぱり、私なんかとは違うな……。

 

 比べてもしょうがない。

 単純に、ユニットを組んだことで私と和樹さんの差がより明確になっただけのこと。

 売り上げで得た200円を握りしめ、いつものように俯いて過ごした。

 

「和樹は~ん、前回のこみパぶりやんね~、ってもう完売してるやん!? 早っ! え、今日どんだけ部数用意したん?」

「お、由宇。300部かな。運が良くてな。なんか人が一斉にきて、ちょっと見ていこうって人が多くなったみたいで、一気に売れたんだよ」

「すごいやんっ! いやぁやっぱ頭角表してきた感じがするなぁ、って彩はんもいる。今日和樹はんと隣のブースなんやね」

 

 由宇さんが声をかけてきたことで、顔をあげる。

 ぺこっと頭を下げて応対する。先ほどのことで咄嗟に挨拶ができなかった。

 

「あれ、彩はんどしたん? 元気ないやん」

「いえ……そんなことは……」

「それにしても隣同士って偶然やね……まさか、あんたらユニット組んだん?」

「そう、実はな。先月誘ったんだ。彩ちゃんのこと」

「えーーーっ! 和樹はんと彩はん、ユニット組んでたん!? 和樹はん、ウチが先に誘ってたのに、切ないやん!」

「いや、悪い。あの時はなんとなく誰かと組むとかそんな気分になれなくてな」

「そんなぁ、ウチも和樹はんとやってみたかったのにぃ!」

「ちょ、おまっ! 大声出すな! 勘違いする人いるだろ、その言い方!」

 

「——ちょっと……それってホントなの?」

 

 声がした方向を振り返る。

 いつからいたのか詠美さんがそばに立っていた。

 

「……なんや、大バカ詠美か。こんなところでなにしとんねん」

「温泉パンダには用はないの。ていうか、パンダもユニット誘ってたとか、ちょー意外なんだけど。前途多難(ぜんとたなん)だと思って唾つけようとしたわけ?」

「それを言うなら『前途有望(ぜんとゆうぼう)』やろ? 相変わらず言葉の知らないやっちゃ」

「……ッ! うっさい温泉パンダッ! それよりあんた、どーゆーことよ! 詠美ちゃん様の誘いを断って、どこの鳥の骨かも知らないやつとユニット組むなんてっ!」

 

 不意に詠美さんにビシッと指を突きつけられ、思わず目を瞬かせて固まってしまった。

 ちなみに『鳥の骨』ではなく、『馬の骨』と言いたかったのかと思うが、そこは由宇さんが鋭く突っ込みを入れていた。

 

「あの時言っただろ? 詠美とは組まないって。確かに詠美の方が売れてるし、技術もあって学ぶところは多いと思うけど、それ以上に、彩ちゃんの方が学びが多いと思ったんだ」

「それ、どういうことよっ! マンガは売れてなんぼなの!? 売れない同人誌なんて価値ないんだからっ!」

 

 ――その言葉は、胸に刺さるものがあった。

 先ほど見せられた和樹さんとの差。その現実を、まさに言語化して突きつけられた気分だった……。

 

「ふんっ、なによ! オフセットじゃなくてコピー本なんか作って! ちょっとあんたの同人誌見せてみなさいよ!」

「ちょ、詠美! やめや!」

「なによっ! 見るだけでしょ!?」

 

 前回和樹さんの机の上の本を落としたことが頭によぎり、一瞬身構えたが、由宇さんの手前かそれはしなかった。

 ブースに並んでいた私の新刊を1冊取り上げて、目の前で読み始めた。

 

 ――なに言われるんだろう?

 

 あの和樹さんに対しても散々な物言いだった。

 それもあったので、揚げ足取りのようにネチネチと因縁をつけられるかと不安になったが、しかし、待てども詠美さんから何も言われない。

 思いのほか、真剣な眼差しで読んでいるのが印象的だった。

 

 新刊の本を閉じて、キッと私に視線を向けた。

 

「あんた、なまえは!?」

「え……その……」

「トロイ女ねぇっ! なまえきいてるだけでしょ!」

長谷部 彩(はせべ あや)……です……」

「ふん、彩ね。覚えておきなさい。売れない同人誌に意味なんてないんだからっ!」

「——ちょい詠美、ええ加減にしいや」

 

 詠美さんの不遜な態度に痺れを切らしたのか、由宇さんは低い声で語気を強めた。

 

「ふん、あんたこそいい気にならないでよ温泉パンダッ! いい? ぜーったい後悔させてやるんだからっ!」

「はっ! 通路が居場所の女に言われとうないわ! とっとと引っ込めや!」

 

 そこから何度か口論すると、詠美さんは我々のブースを後にした。

 そっと由宇さんと和樹さんの方を向くと、由宇さんは身を乗り出して、私の手を掴んできた。

 

「彩はん、負けちゃいかんで。意味ない同人誌なんてないっ! 情熱を向けて書いた本は必ず価値がある! あんな世の中のことなんもわかってない詠美の言うことなんて聞いたらアカンで!」

「あ……はい、ありがとう……」

「ウチもさっきは和樹はんと組めないことを残念がってたけど、ヤメやヤメ! ダサいっちゅうねん。ウチは和樹はんと彩はんのユニットを応援するでぇ!」

「……なんだか、ありがとうな由宇。励ましてくれたみたいで」

「ええっちゅうねん! 全部詠美のやつが変なこというから悪いんや。あ、でもでも、今度時間がある時、ウチも一緒に作業したいわぁ! そんくらいはええやろ、和樹はん?」

「ああ、全然構わないよ。いいよな? 彩ちゃん?」

「ええ……こちらこそ、お願いします」

「よっしゃ! じゃあ今度行く機会作って一緒に同人活動しようや! ウチもそういうの久しぶりやさかい、めっちゃ楽しみやわ~」

 

 ケタケタと笑う由宇さんを見て、私も気分が明るくなった。

 時間を見ると、そろそろこみパ終了の時間に差し掛かっていた。

 キリもいいところだし、片づけをしようか、という話になり、机の整理を始めだした。

 

「あ、そういえば彩ちゃん。今日はちょこちょこ人が来てたけど、何部売れた?」

「あ……いつもよりも売れて、6部売れたんです……こんなに売れたの初めてで……」

 

 前回の瑞希さんの分を除けば、初めての売り上げ。そして5年間で最高記録。

 ――和樹さんのアドバイス通りにやったら、本当に売れたんだ。

 お礼を伝えようと顔を上げたその時、ふと、和樹さんの表情が真顔になった。

 

「6部……」

 

 和樹さんはぽつりと呟き、視線を逸らした。

 一瞬だけ、握りしめた手が微かに震えていたようにも見えた。

 笑顔を作ろうとしている――でも口元がひきつっている。そして、俯いたまま小さく息をついた。

 

「ごめん……」

 

「え……和樹……さん?」

「ああいや、なんでもない! よかったなぁ、今までで最高の売り上げじゃないか?」

 

 明るく言ったその声には、どこか乾いた響きがあった。

 

「……はい、そうです……」

「うん、こりゃもうお祝いしなきゃ。どっかで飯食ってこうぜ。俺の奢りだ」

 

 そう言って、背を向けて片付けを始めてしまった。

 私の顔は見ようとしないまま、淡々と手を動かしている。

 

『売れない同人誌に意味なんてないんだからっ!』

 

 詠美さんの言葉が頭をよぎる。

 和樹さんの、真顔の表情が目に焼き付いて離れない。

 

 ――あれは、ショックを受けた表情だった――。

 

 今までで最高の売り上げを出したこみパで、私は初めて「成功」を手にした。

 でも同時に、決して忘れられない出来事が起きた日になった――。

 




最後まで読んでくれてありがとう。
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