Color!! ~ゲーム『こみっくパーティー二次創作』 : いろどり溢れる長谷部彩の物語~   作:拓田しろう

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56話 あなたが私を誘った理由

 

 いつも通り昼前には完売した。

 ブースのテーブルには『完売しました』の張り紙を貼り付け、販売スタッフの人を集めてミーティングをして解散した。

 隅に置いておいたカバンの元に行って、自分の荷物を片付けていると詠美さんが近づいてきた。

 

「彩、やったわね」

「……はい、本当に、ありがとうございました」

「だからあたしの言ったとおりだったでしょ? 絶対に売れるって」

「いえ、私の同人誌単体で売れたっていうよりは、詠美さんの影響力に助けられた感じですけど」

「なに言ってんのよ。彩の本のクオリティに納得したから買ったのよ。どんなに表紙が良くても、中身がスカスカだったら、いくら壁サークルだって買ってくれないんだから」

「……ありがとうございます」

「あと、はいこれ。早めに閉まっておいてね」

 

 そういうと詠美さんは茶封筒を差し出してきた。

 なんだろう、と思って受け取って中身を確認すると、見たことないような金額のお金が入っていた。

 

「え、えええ、詠美さんっ! このお金は!?」

「今日の彩の分の売り上げよ。印刷代と販売スタッフの依頼料は差し引かせてもらったわ」

「こ、こんなに受け取れません。そ、そうだ、教えてくださった授業料ということで詠美さんに……」

「変なこといわないの! ほら、絶対服従! 元々売り上げが上がったら還元するって約束だったでしょ? 500部売り上げた彩の正当な取り分なんだから、ちゃんと受け取りなさい」

「で、でも、多すぎではないですか?」

「そんなことないわよ。原価約400円の本を1冊1000円で売ったからそんくらいよ? 販売スタッフの日給10000円分は差し引かせてもらってるし」

「げ、原価って本当にそんなに安いんですか?」

「ほら、あたしって大量印刷するし? だから1冊当たりの原価って安くなるのよね。そう考えると妥当な金額でしょ?」

 

 計算して、お札の枚数と照らし合わせてみると、確かにそれくらいだった。

 とはいえ、いきなりこんなお金を渡されては、気が動転してしまう。

 

「ほら、早く閉まってしまいなさい。あんまり見せびらかしてると狙われちゃうから」

 

 もっともなことを言われて、すぐにカバンの中に閉まった。

 

「……なんだかこれだけで緊張してしまいますね」

「そうよね。けど次の印刷料金とか考えると、全部自由に使えるお金って訳じゃないわよ。次のためにしっかり蓄えておいてね」

 

 なるほど、確かにそうかもしれない。

 とはいえ、大金は大金だ。カバンの底に入れて、手放さないようにしておこう。

 

「じゃあ、ちょっとあたしお手洗いに行ってくるから、待っててね」

 

 そういうと、詠美さんは行ってしまった。

 私の10倍は稼いでいることを考えると、今もその現金を持っているはずだ。それであの余裕とは恐れ入る。

 やはりこみパの女王は伊達じゃないんだな、と思った。

 

 ふと、ブースのテーブル付近を見渡すと、和樹さんの姿が目に入った。

 見本用に置いてあった私の同人誌を、じっと手に取って読んでいる。

 

 ――思わず、心臓がドクンと鳴った。

 

 やっと、やっと胸を張れる。

 この2カ月間、必死に努力してきたのは、この瞬間のためだ。

 

 達成感と充実感で気持ちが高揚してくる。

 和樹さんは、褒めてくれるだろうか、喜んでくれるだろうか。『彩、すごいじゃないか!』と驚くかもしれない。

 高鳴る鼓動を抑えられないまま、和樹さんに歩み寄った。

 

「和樹さん」

「……彩」

「私の本、読んで……くれてるんですか?」

「……この2カ月、詠美のところにいたのか……」

「ご、ごめんなさい……嘘ついて……あの……怒ってますか……?」

「いや、怒ってないよ」

「あ……よかった。あの、これ……」

 

 和樹さん用に取っておいた新刊を差し出すと、和樹さんはちらりと視線を向けた。

 

「すごかったんです。あんなに……500部も刷ったのに、午前中にはみんな完売して……」

「変わっちゃったんだな……」

「え……?」

 

 低く押し殺した声に、耳を疑う。

 和樹さんの表情を伺おうとする。俯いていて全く伺い知ることができなかった。

 

「彩。彩はこういったものが描きたかったのか? 自分が描きたかったマンガが、あったんじゃないのか?」

「……え……あ」

 

 予想していた反応と、全く違う。

 先ほどから和樹さんは一度も目を合わせない。俯いたまま、噛み殺すように声を震わせている。

 

「俺は……彩のことを導いてきたつもりだった。でも、それが全部余計なお節介だったなら……もうやめるよ」

 

 ――胸がズキリと裂ける。

 頭から血の気が引いて、全身が冷たくなっていく。

 

 鼓動が早い。胸が苦しい。口の中が乾いてく。

 どうして喜んでくれないんだろう? なにを間違ってしまったんだろう?

 嫌な予感が頭の中をグルグル回り始めた。

 

「俺は……俺はあの彩のマンガが、好きだったから……」

 

 ――その瞬間、胸を鷲掴みされたように、呼吸が止まった。

 

「彩の、あの心がこもったマンガが……俺はどうしようもなく好きだった。だから、もっと多くの人に見てほしかった。……()()()()()()()()()()()……俺はユニットを組んだんだ」

 

 ――――――。

 

 背骨に稲妻が落ちたみたいな衝撃。

 鼓膜が破れたように、周囲の音が消える。

 自分の心臓の鼓動だけが、やけに大きく耳に響く。

 

 好きだった……? あの、全然売れなかった、私の本を……?

 ユニットを組んだのは、(あわ)れみからじゃなくて、私の本を売らせたかったから……?

 

 ――そんな理由だったなんて。

 

「だから、その本は受け取れない。…………さよなら、彩」

 

 言い捨てるように背を向け、雑踏の中に消えていく。

 その背中を追いかけようとしたのに、足は鉛のように動かず、私は呆然と見送ることしかできなかった。

 

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ……。

 だって私の本が好きだったら私がやった行為は完全に裏切りで……。

 違う違う違う違う違うっ……。

 そんなんじゃないだって和樹さんといるなら売れなきゃいけなくて私の本は売れなくて売れるようになるにはどうしても詠美さんの力が必要ででもだとすると和樹さんの気持ちを裏切ってて……。

 違う違う違う違うんですっ……!

 

 思考が定まらない。なにがなんだかわからない。どうしてこんなことになったのか。

 私の選択は? この2カ月間の努力は? 好きな人と一緒に居たいと思って行った行動は、全て間違ってたというの?

 頭がくらくらする。視界が歪んで、吐き気が止まらない。

 大地が割れて、地の底に落ちていくような絶望感。足に力が入らず、その場に座り込んでしまう。

 

「……ッ! 彩っ、どうしたの!」

 

 頭から完全に血の気が引く。

 視界がボヤけて、項垂れているところに、詠美さんが駆け寄ってきて声をかける。

 

「彩っ、お願い、返事をして! どうしたっていうの!? とりあえず向こうの椅子に座ろっ!」

 

 肩を揺さぶられ、頭が揺れる。

 腕を引っ張られて無理矢理立ち上がらせられると、引きずるように椅子まで移動させられる。

 

「大丈夫? なんとか言って! ……ッ! ちょっと待ってて! 人を呼んでくるから!」

 

 そういうと、詠美さんは背を向けて走って行ってしまう。

 

 人、そうだ。あの人だ。あの人のところに行って、話さないと――。

 ふらふらと、力なく立ち上がり、その場を後にする。

 

 ――和樹さん――。

 




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