Color!! ~ゲーム『こみっくパーティー二次創作』 : いろどり溢れる長谷部彩の物語~   作:拓田しろう

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57話 なんでも言うこと聞きますから

 

 和樹さんの家の最寄り駅を降りて、力なく歩いていく。

 空は曇っており、既に暗くなっている。呼吸をする度に白い息が吐かれる。目には涙が浮かべており、すれ違う人が振り返ってくる。

 風が冷たい。あれから2カ月しか経っていないというのに、ずいぶん昔なように感じた。

 

 ――和樹さんっ、和樹さんっ、和樹さんっ……!

 

 流れる涙を拭うこともせず、ただ和樹さんの家に向かって歩き続ける。

 鉛のように体が重い。力が全く入らない。でも、そんなこと関係ないっ!

 あの人に……和樹さんに事情を説明したい。ちゃんと、話を聞いてもらいたい。

 

 知らなかったの。和樹さん(あなた)が私の本を好きだったなんて。

 私の本が売れるようになってほしくて、あんなに真摯にアドバイスをくれたなんて……ユニットに誘ってくれたなんて考えもしなくて。

 憐れんでいたんじゃなかったんですか? 私があまりに売れてないから。だから売り上げが悪いときに、あんなに悲しそうな顔をしてたんじゃないんですか?

 

 自分に釣り合わないからガッカリしていたと思ったんです。隣に相応しくないって……。

 あの時に浮かべる和樹さん(あなた)の顔が辛そうで……。あまりにも見るのが辛かったから私……私っ!!!

 

 思いが溢れてきて思考が定まらない。

 激情に心が揺れるたびに涙が溢れる。嗚咽が止まらない。なにがなんだかわからない。

 全て自分の勘違いだったなんて、この2カ月間の努力が、全部和樹さんを裏切っていたなんて――。

 

 ――こんなの、嫌だよぉ……。

 

 嘘までついて、あんなに苦労して。それが全部全部全部っ! 和樹さんを苦しめるだけだったなんてっ!

 どうすればいい? なんて言えばいい? どう謝れば、和樹さんはわかってくれるんだろう……?

 

 和樹さんのアパートの前に着く。見上げると空はすっかり暗くなっている。が、和樹さんの部屋に明かりは灯ってない。

 

 ――まだ、帰って、ない?

 

 会場で和樹さんのブースに行ってみたら、既に完売して片づけられていた。

 荷物もなく、帰っていると思ったけど、どこかに寄り道をしているのだろうか?

 

 足に力が入らない。ふらふらして、電柱に寄りかかるように体を預ける。

 和樹さんが帰ってくれば、この道を通るはず。ここで待っていよう。

 

 今日は一段と冷え込んだ。今朝の気温は1℃だったが、今は氷点下になるだろう。

 寒さで手がかじかみ、震えながら和樹さんの帰りを待った。

 追い打ちをかけるように、ポツリッポツリッと雨が降ってきて、次第に強まってきた。

 服が濡れて、体温を奪っていく。ガタガタと震えが止まらなくなるが、それでも、この場を離れるわけにはいかない。

 少しでも早く、和樹さんに事情を伝えないと。

 

 次第にその場に立っていられず、その場に座り込んでしまう。

 スカートの裾から、雨に濡れた地面の水滴を吸い上げ、腰回りまで冷えていく。

 ただただ、雨に打ち付けられ、俯いてしまう。

 

 ――ああ、いつかのこみパみたいだ。

 

 昔の参加している時は、ずっと俯いていた。

 顔も上げず、呼び込みもせず、売れない同人誌を認識するのが嫌で黙って過ごしていた。

 

 あの頃は毎回辛かった。血潮にかけた同人誌が見向きもされず、目の前を通り過ぎていく参加者。

 自分1人だとどうすることもできなかった。

 

 そんな時、初参加した和樹さんに挨拶で新刊を渡したんだっけ?

 他の人たちは渡しても、少し嫌な顔をして見抜きもしなかったのに、あの人は真剣に読んで感想を伝えてくれたんだ。

 子供のように喜んで、本当に楽しそうに話してくれた。

 日の光のように暖かで、明るく真っ直ぐな眼差し。すぐ好意を抱いた。

 一緒にいると安心して、でもマンガの話をすると、心が躍った。お互いの本の感想を言い合いながら、ずっと笑ってた。

 ああ、本当になんて楽しい日々。あの時間さえあれば、売れなくても良かったんだ。

 和樹さんが喜ぶだけで嬉しかった。和樹さんが笑うだけで心が躍った。和樹さんと一緒にいるだけで、私は幸せだった――。

 

 ――不意に、雨が止んだ。

 

 天気が変わったわけではない。辺りはまだ雨音でうるさい。それでも私に降りかかっていた水滴はなかった。

 街灯の明かりが遮られ、影が私の目の前を覆う。

 見上げるとそこには、和樹さんが立っていた。

 

「彩……」

「……」

 

 部屋の明かりは、まだ灯っていない。

 手荷物がないことから、和樹さんは帰宅してきたわけではなく、自宅にいたのだとわかる。

 和樹さんが手を差し伸べる。

 

「……帰ろう、彩」

 

 その手を掴み、ゆっくり引き上げられていく。

 そのまま手を引かれながら、和樹さんの部屋に通され、入るとすぐにバスタオルを手渡される。

 

「それで体を拭いて。風邪ひくぞ。今風呂用意してやるから」

 

 久方ぶりに和樹さんの家で聞くその声は、どこか淡々として冷たかった。

 目を合わせることもなく、背を向けて準備に取りかかろうとする。衝動に突き動かされるように、私はその背中にしがみついた。

 

 和樹さんの身体はピクリと動いたが、振り払うことはなかった。

 私の濡れた服から染み出した水滴が彼の服を濡らしていく。それでも、背中は確かにそこにあって、拒絶されることなく受け止めてくれていた。

 

「彩……?」

 

 掠れた声が、背中越しに聞こえてきた。

 その響きに胸が熱くなり、こらえきれず言葉が溢れ出す。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「なんで、謝るんだ?」

「私……和樹さんに……ずっと……迷惑かけてた……いつも……和樹さんが描くの……邪魔してた……」

 

 背中は動かない。ただ黙って、私の言葉を受け止めていた。

 

「和樹さんが……なんでユニットに誘ったか……わからなかったの……もう……これ以上……迷惑かけたくなかったから……でも……一緒にいたかったの……ずっと……ずっとそばにいたかったの……」

 

 告げるように、搾り出すように、和樹さんに思いを伝える。しがみつく腕に力を込める。

 

「だから……だからひとりでいっぱい売れるマンガを描けたら……そしたら……和樹さんの邪魔にならないから……描くときも……こみパのときも……ずっと一緒にいれると思ったから……」

 

 呼吸が荒い。震える声は止まらない。

 

 「お願い……嫌いにならないで……なんでも言うこと……聞きます……どんなことしても……いいですから……」

 

 暗闇に吐き出した言葉は、自分でも惨めに聞こえた。

 けれど、それでも伝えずにはいられなかった。

 

「だから……」

 

 必死に縋るように告げた瞬間――。

 

 「バカッ!」

 

 和樹さんの怒号が、全てを吹き飛ばした。

 




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