Color!! ~ゲーム『こみっくパーティー二次創作』 : いろどり溢れる長谷部彩の物語~   作:拓田しろう

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68話 武者震い

 

 そして3月のこみパの日を迎えた。

 目を覚まして時計を見ると朝5時。まだ日も上がっていない。隣には和樹さんが寝息をたてている。

 今回の新刊はマンガ家デビューがかかっていることもあって、いつも以上にクオリティを高める必要があった。連日遅い時間まで作業していたから疲れているのだろう。気持ちよさそうに寝ている。

 もう一度和樹さんの横で寝ようかと思ったけど、洗濯物が溜まってあったのを思い出す。出発までに全部片づけてしまおうと思い立ち、ベッドから出た。

 洗濯機をかけ終わった後、お風呂も入れておこうと思い立ち、湯を張った。台所に行って冷蔵庫を確認し、昨日のうちに買い込んでいた食材を取り出して、朝食用のお味噌汁を作り、同時にお米を炊き始める。

 そして今日のお昼用にサンドイッチを作ってタッパーに詰め込んだ。

 一通りの準備が終わったら、洗濯物が仕上がったので、ベランダに出て干し始めた。干し終えて部屋に入ると、まだ和樹さんは寝ていた。

 試しにほっぺをつついてみるけど、全然起きる様子がない。よほど疲れているのだろう。

 でもこみパのことを考えるとさすがにそろそろ起きなければならない。そろそろご飯も炊けるし、起きてほしいところだ。

 スースーと寝息が聞こえる。昨日行為を終えた後寝てしまったので、上半身裸である。始めの頃は男性の上半身を見るだけでドギマギしていたものだが、もうすっかり慣れてしまった。

 

「和樹さん、起きてください」

 

 軽く揺すってみても、むにゃむにゃと寝言を言うばかりで目を覚まさない。

 ならば――と、そっと唇を重ねた。

 

「……えっ!」

 

 驚いたように目を見開き、ガバッと体を起こす。

 その反応に思わず口元がゆるむ。前にもこうして起こしたことがあったっけ。

 童話のお姫様が王子のキスで目を覚ますように――やっぱり効果は絶大だな、と心の中で微笑んだ。

 

「和樹さん、おはようございます」

「あ、彩か……」

「お風呂沸いていますので、上がったら朝ごはん食べましょ」

「え、準備してくれたのか?」

「はい、洗濯物もやっつけちゃいました」

「マジか、なにからなにまで悪いな」

「どうってことないです。お風呂入って目を覚ましてください」

「ハハ、サンキュ」

 

 軽やかな足取りで浴室へ向かっていく。すぐに蛇口がひねられる音と、水の流れ落ちる響きが耳に届いた。

 そのあいだに私は朝食を整え、こみパに向かう荷物も手際よくまとめる。

 湯気を立てるご飯と味噌汁とおかずをテーブルに並べ終えると、ちょうど和樹さんがお風呂から上がってきた。

 

「お、久しぶりにまともな朝飯。うまそ~」

「ええ、召し上がってください」

「サンキュ、じゃあいただきま~す!」

 

 そう言って和樹さんは元気よくご飯を口に運んだ。

 湯気の立ちのぼるご飯を食べる姿は、まるで子どものように無邪気で、その光景を眺めているだけで胸が満たされていく。

 箸の音や味噌汁の香りが、静かな朝の空気と溶け合って、部屋いっぱいに〝幸せ〟が広がっていた。

 

 ---

 

 こみパに到着して、まずは和樹さんのブースに向かう。

 和樹さんのブースは外への出入り口の脇だった。

 壁サークルにもいろいろあるが、出入り口付近に併設されるサークルは、参加者が多く並ぶことを想定されているのだとか。

 わずか1年でここに辿り着いてしまうのだから、本当にすごいと思う。

 

「……いや、確かに1年で来れたのはすごいかもだけど、俺だけの力じゃないんだけどな……」

「……」

 

 そのセリフから、大志さんのことを思い出していることが分かった。

 ――先日、相談したことで南さんから2人に連絡をした、と聞いた。

 

『とりあえず話してみたわ。どうなるかは後は2人次第ね。でもお互い反省しているように感じたから、きっと大丈夫だと思う』

 

 南さんの言葉には気遣いがあった。

 電話しているだけでは本当に反省しているかなんてわからないと思うが、それでも〝大丈夫〟と言ってきたのだ。本当にいつも優しい人だと感じた。

 辺りに大志さんがいないか見回してみるが、姿は見えない。

 以前は売り子を手伝ってくれていたが、ケンカ別れをしてからは来ていないのだろうか?

 身を隠しそうな通路の角や出入り口付近など、どこを見渡しても見当たらなかった。

 

「どうしたんだ? 彩」

「いえ、壁サークルって新鮮だから、ちょっと見まわしてただけです」

 

 あまりキョロキョロしてたから不思議に思ったのだろう。和樹さんに声をかけられた。

 

「じゃあ、私は自分のブースに行かなきゃだからこの辺で」

「ああ、そうだったな。じゃあまた後でな」

 

 そう言って、和樹さんに頭を下げて自分のブースに向かった。

 

 ---

 

 ブースに到着すると、見慣れない段ボールが置かれていた。

 開けてみると私の新刊が入っていた。これぞ正真正銘、初めてのオフセットである。

 前回、詠美さんのブースでも出したけど、あれは『売れる同人誌』だったので、自分の作品というのとはまた少し違う感覚だった。今回は完全に自分が描きたい作品なので感動が違った。

 新刊をテーブルの上に置いて並べてみる。参加者側の通路に立って眺めると、どこのブースの本よりも光輝いて見えた。

 

 ――ちょっと感動かも。

 

「彩ちゃん、おはよ!」

「あ、瑞希さん」

 

 振り向いて瑞希さんを見ると、南さんと同じ、こみパスタッフの衣装を着ている。

 青色を基調とした服装が、瑞希さんの溌溂(はつらつ)とした印象にマッチしていてよく似合っている。

 加えて、瑞希さんの豊満な胸も強調されて、男性からの視線を釘付けにしてしまいそうだった。

 

「おはようございます。スタッフ衣装、すごくよくお似合いですね」

「ありがとう! ちゃんと褒めてくれて嬉しいわ。今日は私が見本誌チェックを担当するの」

「そうなんですね。瑞希さん、これが今回の私の新刊です」

「……うわぁ、なんというかカラーになったから急に見栄えがよくなったわね……」

 

 瑞希さんは目を丸くしながら本を受け取ってくれた。

 表紙の裏表を確認し、本を開いて内容を確認する。1ページずつ読み込む勢いで、しっかり読んでくれている。

 

「うん、すごいわ彩ちゃん!」

「ありがとうございます。……ちなみにチェックは大丈夫でしたか?」

「あ、チェックのこと忘れて読んじゃった! 問題なかったわよ!」

 

 慌てて声を出しながら見本誌を返却してくれる。

 本当にチェックできたか心許(こころもと)ない返事だが、まぁ変な内容を描いたわけじゃないし、大丈夫だろう。

 

「でも本当すごい! 私も見本誌チェックで壁サークルの人の作品を見るようになったけど、匹敵するくらいの出来栄えじゃない」

「そんな、褒めすぎですよ」

「ううん、そんなことない。彩ちゃん、2カ月間本当に頑張ったのね。感動しちゃった!」

 

 褒められ慣れていないので、なんだか照れくさくなってしまう。

 まだまだ話したりないような様子だったが、スタッフの仕事があるから、と足早に次のサークルに移動していてしまった。

 私もこれ以上褒めてもらっては溶けてしまう。ある意味ちょうどよかった。

 

『これより、こみっくパーティーを始めます』

 

 始まりを告げる鐘が鳴り響き、館内に放送が流れる。

 閉鎖された空間が開け放たれ、一気に風が流れ込んでくるような感覚があった。

 中央を見ると大量の行列が進みだし、一度館内の外に誘導されて、先頭から順に目的のサークルに散らばっていくのが見えた。

 私の周りのサークルにも参加者が見えだし、徐々に人の流れが良くなってくるのがわかる。

 

 ――よし、今日は声を出していこう……!

 

 こみパ参加して5年。始めて心の底から力が沸きあがってくる気分に襲われる。

 神経を通して頭から足の先まで電流が流れ抜け、全身の毛穴が開いたような感覚。

 血液まで踊り出して私を震い立たせてくれる。――初めての感覚。これが武者震いというものだろうか?

 参加者が通りかかるのを目にして、お腹の底から声を出して呼び込みを始めた。

 

「『Jamming Book Store』の新刊です! どうぞお手に取ってご覧になって下さーい!」

 

 こうして、3月のこみパは始まったのである。




最後まで読んでくれてありがとう。
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