Color!! ~ゲーム『こみっくパーティー二次創作』 : いろどり溢れる長谷部彩の物語~   作:拓田しろう

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69話 初めての完売

 

 3月のこみパはあっさりと終わった。

 

 ――呆然とする。今までの私の同人活動とはなんだったのだろう?

 

 参加者は私の目の前を素通りするばかりで、こちらを見てはいない。視界があまりにも(ひら)けていて不思議な気分。5年やってきて、この光景を見るのは初めてだった。

 考えてみれば、今日は初めての体験することが多かった。

 オフセットの新刊もそうだし、武者震いをしたのも初めてだった。考えてみれば恋人の家で洗濯して朝ご飯を作るのもそうだ。――そして、今この瞬間も。

 

「彩ー! 調子はどう?」

 

 声をする方向を見ると、詠美さんが手を振っている。

 手には2冊の同人誌。奇しくも今の私と同じだ。まぁ同人誌の母数は比較にならないわけだけど。

 

「……詠美、さん」

「……彩、どうしたの? そんなにボーっとして」

 

 詠美さんの声に緊張が混じっているのがわかる。

 少し早歩きになって近づいてくると、ハッと私のブースの異変に気付いてくれたようだ。

 私のブースの長机には、先ほど画用紙で即席に作った『完売しました』の用紙が置かれていた。

 

「彩っ! もしかして……!」

「はい、完売、したんです……!」

 

 時刻はまだ午後1時。

 私の同人誌は、なんと完売したのであった。

 

「すごいじゃない、彩。え、どういうこと? すごいじゃない、彩」

「はい……! はい……! 私もびっくりしすぎてさっきまでなんだかボーっとしてしまっていて……」

 

 あまりの事態に詠美さんの思考がまわっていない。その証拠に同じことを2度も言ってしまっている。

 かく言う私も同じだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 お互いに手をとって、その場で小躍りしてしまったほどである。

 

「どうなっているの? 確かに売れると思ってたけど、100部もう完売!?」

「いえ、()()()()()()()()()()。在庫一斉放出です」

「えっ!? ウソ、マジ!?」

 

 マジである。

 2カ月間自分のサークルで出店していなかったが、以前私の本を買ってくれていた人、また前回詠美さんのブースで売ったことで、知名度が上がっていたらしい。

 どうやって調べたかわからないが、私のサークルを探し当てて買いに来た。

 

 新刊は驚くほど早く完売した。予め和樹さんと詠美さん分に取っておかなければ残らないところだった。

 しかし、新刊が完売した後も客足は引かなかった。すると、一緒に並べていた5種類の旧刊を買い求める声が高まり、それも一気に売れてしまったのだ。

 私のサークル始まって以来の大快挙である。

 

「すごい! 100部くらいなら売れると思ってたけど、旧刊まで全部売れるなんて思わなかった。全部で何冊くらいあったの?」

「正確には覚えてませんが、おそらく200冊ちょっとかと……」

「ホントすごい! 彩、やったわね!」

 

 そういって詠美さんは抱き着いてくる。先ほどから詠美さんは『すごい』しか言えてない。

 自分ごとのように喜んでくれている詠美さんを見て、涙が出るほど嬉しかった。

 

「あ、詠美さん。これが私の新刊です。受け取ってもらえますか?」

「ありがと! じゃあこれは私の新刊。交換ね」

 

 お互いの作品を読み始める。そして改めて詠美さんの実力に驚かされた。

 今までの同人誌がなんだったのか、と思ってしまうほど、勢いのある作品だった。

 詠美さんの中でくすぶっていた情熱が、螺旋を描いて疾走していくような、そんなイメージが頭に浮かんだ。

 

 ――すごい。本当に、面白い。

 

 今までの詠美さんの同人誌は、行ってみれば計算しつくされた作品だった。しかし言い換えれば()()()()()()()()()()()()()()()()

 今回の新刊には、今までの小綺麗にまとまった世界観を打ち破るような勢いがあった。

 

「すごい面白いです! 詠美さん!」

「でしょ~? やっぱ~詠美ちゃん様って大天才! って感じ~」

「ええ、ええ! 詠美さんは天才です!」

 

 その一言に、詠美さんの動きがふっと止まり、真顔になった。

 なにか悪いことを言ってしまったか、と思った次の瞬間、詠美さんの頬に光るものが流れ始めた。

 

「……ほんと、に?」

 

 か細い声がもれる。そして、堰を切ったように目から雫がこぼれ落ちた。

 

「え、詠美さん! 私、なにか悪いことを言ってしまいましたか!?」

「ううん。違う、違うの。本当は、怖かったの……! ちゃんと描けてるか……思い切って描いても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 詠美さんの涙は止まらなかった。

 強がりで隠していた心の奥をさらけ出すように、詠美さんは震えながら言葉を紡いでいく。

 私は慌てて彼女の肩に手を添え、そっと支えた。

 

 ――そうだ。ずっと『売れる同人誌』の型に自分を押し込んで、詠美さんは苦しんでいたんだ。その呪縛を打ち破って挑戦したからこそ、怖くて仕方なかったんだ。

 

「詠美さん、本当に面白かったです。さすが、私の先生です」

「うん。ありがと……」

 

 いつかの時と逆だと思った。あの時は私がショックに打ちひしがれていたので全く状況は違うけど。

 私のブースの椅子に座らせて、落ち着くのを待ち続ける。

 目の前で参加者が往来する中、2人でひっそりと時間を過ごした。

 

「ありがとう! 彩! ちょっと落ち着いた」

「ええ、よかった。今から和樹さんのところに行こうと思うですけど、詠美さんも一緒にどうですか?」

「うん、たまには和樹(あいつ)のところも見ないとね。壁サークルになってから行けてなかったし」

 

 そう言って、初めてイベント中に完売したブースを片付け、その場を後にするのであった。

 




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