Color!! ~ゲーム『こみっくパーティー二次創作』 : いろどり溢れる長谷部彩の物語~   作:拓田しろう

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70話 2人の大型新人

 

 詠美さんと一緒に和樹さんのスペースに向かう。

 

「お、さすがね。和樹(あいつ)ももう完売してるわ」

「ホントですね」

 

 ただ完売した後だというのに、和樹さんの顔には余裕がなかった。

 それもそのはず、目の前には澤田編集長がいて、たった今新刊を読まれている最中だった。

 その少し離れたところに由宇さんがいたので、近づいて声をかけてみた。

 

「由宇さん、こんにちは」

「あ、彩はん……と詠美かいな。2人ともどうしたんや? こんなところで」

「和樹さんに会いに来たんです。でも澤田編集長もいたから声かけづらくて」

「ああ、たった今澤ちゃんのお眼鏡にかかるか見てもらってるんや。もう10分もあのままやで。ウチもさすがに声かけづらくてな……」

 

 澤田編集長は和樹さんの新刊を真剣な表情で読んでいる。

 1ページずつ細かい観点を含めてチェックしているのだろう。視線は絵柄だけを楽しむ参加者のソレではなく、数字に不備がないか確認する検査官のようだ。

 少し離れた位置からでも、緊張が伝わってくる。

 私たちも固唾を飲んで見守る。最後のページを読んで、本を閉じた。

 

「うん、素晴らしい出来だったわ、千堂くん。この出来であれば、プロになってもやっていけると思う」

「……あ、ありがとうございます!」

 

 和樹さんが一際大きく声を出してお辞儀をする。

 緊張がふっと和らぐのがわかって、私たちもそばに駆け寄った。

 

「和樹さん、おめでとうございます!」

「お、彩!? 来てくれてたのか」

「和樹はん、まいど。澤ちゃんを納得させるなんてさすがやないの!」

「由宇も来てくれてたのか。ありがとう」

「猪名川さん、久しぶりね。相変わらずイベントの度に東京(こっち)に来てるの? いい加減こっちに住めばいいのに」

「実家のこともあるよってそうもいかんのや。それと東京は家賃高すぎやねん。なんせ新幹線往復とホテル代の方が安いからなぁ。どうや、和樹はんの本はお眼鏡にかなったんかい」

「ええ、素晴らしい出来だったわ。千堂くんなら、いいマンガ家になれるでしょう」

「アハハ、澤ちゃんにそこまで言わせるんやから、やっぱり和樹はんは大したもんやな!」

 

「――澤田編集長!」

 

 その場にいた全ての人が、声の主に集中する。

 そこには真剣な面持ちの詠美さんの姿があった。

 

「詠美さん……」

「彩、行ってくる。応援しててね☆」

 

 瞳は覚悟を固めた強い光を宿している。

 ゆっくりと澤田編集長の前まで歩を進めると、深々とお辞儀をした。

 

「大庭さん……?」

「すみません。少しお時間をいただけないでしょうか? 今までの非礼無礼驕り、全て反省していちから描きました。どうかご拝見いただきたく」

 

 今まで聞いたことのないような、しっかりとした言葉遣いで挨拶し、新刊を差し出した。

 そしてその光景を見て、一番驚いているのは間違いなく由宇さんだ。

 

「詠美……」

 

 由宇さんを見ると、見たこともない詠美さんの態度に驚いているようだ。

 困惑した視線を向けて、この後の行く末を心配しているように見えた。

 

「いい顔になったわね、大庭さん。いいわ、拝見しましょう」

「ありがとうございます!」

 

 そう言って今日2人目のマンガ家志望のチェックが始まった。

 ――和樹さん以上に、息が詰まった。今までの経緯があるからか、澤田編集長の顔つきはさらに厳しさを増した。

 検査官のような顔つきから、野生の鷹を思わせるような鋭い目つきに変わった。ページごと射抜くのではないかという眼光に緊張感が高まった。

 詠美さんの足が震えているのがわかる。さっき『売れる同人誌』から解き放たれて泣いていた詠美さんは、自らを奮い立たせて厳しい現実に向き合った。

 喉がカラカラに渇く、息が詰まる、目を背けたくなる。

 それでも、親友が勇気を奮いだたせて立ち向かっている姿に、目を逸らせなかった。

 永遠とも思える時間の中、澤田編集長の口が開いた。

 

「ふう……」

「ど、どうですか?」

「まったく、なんて日なの……」

「――――――、ッ!」

「2人の大型新人が出てくるなんてね……」

「……え……えっ? そ、それじゃあ……」

「おめでとう、大庭さん。本当によく成長したわね。あなたの勝ちよ」

 

 そう言って澤田編集長は右手を差し出して、握手を求めてきた。

 その手を握り返しながら詠美さんは、先ほどよりも更に大粒の涙を浮かべて、泣き出した。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「ほらほら、泣かないの。あなたは頑張ったんだから」

「だって、だって……ずっと、何度も失敗したから……」

 

 その場で泣く詠美さんに近づこうとした瞬間、横からハヤブサの如き速さで抱きつく由宇さんの姿があった。

 そして由宇さんの瞳にも、涙が溜まり頬を伝っていた。

 

「詠美っ! よかったな、よかったな!」

「由宇。ごめん、ごめんね……! あたしバカだったの……うっ、うぅぅ……」

「ええ! ええんや! ウチも、ウチも悪かったんや……売り上げで上回ったアンタのこと、認めてあげられんくて……ホンマに、堪忍な……」

「そんなこと、全然気にしてなかったよぉ……」

 

 詠美さんと由宇さん、2人して抱き合いながら大泣きしている。

 思えば、この中で一番詠美さんのことを思っていたのは由宇さんだった。

 積年の恨み辛みはどこへ行ったのやら。冷えて固まり切っていた関係性は、熱い涙と抱擁によって熔解していった。

 私も涙を流しながら、近寄って声をかけた。

 

「詠美さん、本当におめでとうございます」

「彩、本当ありがとう。あたし彩から、いっぱい勇気もらったから……」

「そんなことありません。全部詠美さんが頑張ったからですよ」

「彩はん、ウチからも礼を言わせてや。ホンマありがとう。詠美はずっと、プロになれんくて苦しんでたから……ウチはなんもしてあげられんかったから……ホンマに、ありがとう……!」

「いいえ、ずっと詠美さんのこと、想っていたじゃないですか」

 

 そんな3人を見守るように、澤田編集長と和樹さんは少し離れた場所に立っていた。

 編集長は腕を組んだまま黙って頷き、目尻に滲む光を袖で拭う。その表情は、冷徹な編集者ではなく、誰かの夢を祝福する顔だった。

 




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