オスティア拳闘技場、選手控室。そこで一人の青年が、自身の拳を握りしめていた。
「……あんま気負いすぎるのも、ヤバイんやないか?」
控室の向かい側のベンチに座り装備を整えていた黒髪の青年が呼びかける。拳闘士コジロー。ネギの友人である犬上小太郎が、年齢詐称薬で姿を変えた青年だ。
彼の向かいに座る拳闘士ナギ――――年齢詐称薬を服用したネギ・スプリングフィールドは、魔法世界に来てから終始こんな感じだ。ゲートポートでフェイト・アーウェルンクスの襲撃に遭い、仲間の全員と離れ離れになってから、ずっと自分を責めている。絡繰茶々丸と一緒だったところを見つけた時には、既に半ば自棄になっていた。あのまま放っておいたら自分の中の倫理観とか信念だとか大切なものと引き換えに、無理にでも力を求めかねなかったので、出合い頭に気合を入れてもやった。
それでもふとした瞬間にこうなる以上、まるで自分を追い込む天才だが……。
「……うん。大丈夫だよ、コタロー君。皆とはぐれたのも、奴隷になってしまったのも、僕一人の責任だし……絶対に皆を解放して見せる」
……微妙に会話が成り立っていなかった。気負うなと言ったのに、返って来たのは自分を極限まで追い込んだ勝利宣言。まったくちっとも小太郎の話を聞いていない。
(だから強ぉなれたんやとは思うけどな……大丈夫なんか?)
脇目を振らず、足元も頭上も確認せず前へと進んで……待っているのが果たして何なのか、小太郎の背筋に薄ら寒い物が走るのだった。
◇ ◇ ◇
「……結局のところ、ネギ・スプリングフィールド君に、今まで通りお金を稼いでもらうのが一番穏便だね」
オスティア行政府、帝国側大使の迎賓館にて、菊岡はそう結論を出した。周囲にいた3-Aクラスメートの三人は、いささか不満顔だが。
「まあ、それは分かってんだけどよぉ……もしネギ先生の案がポシャッたらどうすんだ? 今度の大会に出てくる奴らって、相当の強豪ぞろいなんだろ?」
チウの心配ももっともな話。今回オスティアで開催される大会は魔法世界の拳闘士の頂点を決める大会。当然選手もトップクラスの強者ばかりであり、一歩間違えればネギ先生の敗北も充分考えられる。
「まあ、大丈夫やないか? あの妙な技もあるしな」
そう言って天ヶ崎が視線を向けた先、空中に投影された画面の中では、噂の拳闘士ナギが激しい攻防を繰り広げていた。
『おーっとぉッ! ここで出ました、ナギ選手の謎のパワーアップ技!! 身体中から雷を放電させ、風と共に突っ込んでいくーーーッ! 相手選手は、その攻撃にまったくついて行けません!!』
画面の中のナギを中心に雷風が渦巻き、拳が奔る。たちまち相手の身体が弾き飛ばされ、闘技場の壁へと突き刺さった。
『強い、強いーーーーッ!! 謎の拳闘士ナギ選手、これで負けなしのまま決勝大会を迎えます! 一体どこまでいくのでしょうかーーーーッ!!!』
結果は、圧勝。相手は一度も土を付けることも出来ず、拳闘士ナギの勝利が決まった。
「いやー、強いねー、ネギ君。修行前の私たちじゃ敵わなかったかもだよ♪」
「……でも、あの技…………」
キッドは単にネギ先生の大幅なパワーアップをほめていたが、レーカの方は懸念を顔に浮かべる。それは多分ここにいる全員が感じていたこと。
「攻撃魔法と一体化する類の技だろうな…………やたら
「魔法とソードスキルという違いはあるみたいだがな…………」
ネギ先生の技を見た瞬間に感じた悪寒。それは、チウたちにとって、ずっと近くで見続けてきた代物だった。
「多分あの技は――――――≪狂乱剣≫と同じ性質の技だ」
「訂正しとけ、コウ……多分、あっちが『本家』。ヒースクリフがお前に渡した方が、『分派』か『改良品』だろう」
恐らく、ヒースクリフはネギ先生のあの技を直接的にか間接的に知っていて、それから着想を得て≪狂乱剣≫を作り上げた。魔法世界なんて遠いところで、本家に会うなんて思いもしなかった。
しかし余計に、ヒースクリフの意図が分からなくなってきた。一体彼は何をしたかったのか? どうして改良品を十のユニークスキルの一つに加えたのか、一向に分からない。
「ま……考えるのは色々な問題が解決してからでもええんやないか? いよいよ明日は、小国の王子様の許嫁になったとか言うクラスメートとの再会やろ」
天ヶ崎さんの言う通り、明日には小国からの親善大使として三人の王子が来訪する予定になっている。主な大使は鳴滝姉妹の許嫁となった双子の王子の兄だが、件の王子も来訪するとのことで、現在日程と訪問先のセッティングに追われている最中だ。
色々と消化不良の部分もあったが、それ以降議論が発展することは無く、翌日の調整に時間を費やす形となるのだった。
◇ ◇ ◇
そして翌日、オスティアに設けられた飛行鯨の港にて。
「おー♪ 長谷川に大河内たちじゃーん!」
「はわわ、ようやく知り合いに会えたね、お姉ちゃん」
鳴滝姉妹が港に到着し、日本政府と合流した。現在菊岡が向こうの外交大使と話し合ってはいるが、この後彼女ら二人については事故で遭難した日本人扱いとして日本の使節と一緒に帰還することとなる。彼女ら二人の身柄についてはもう心配いらないだろう。レーカもキッドも、チウでさえも再会とスムーズな保護に安堵していた。
だけど、そうした安心や気の抜けた間隙を、縫うように行動する者たちがいた。
「――――――Oh……それじゃはじめるか?」
瞬間、密集していた日本使節団と王子一行の中心に、煙を吐き出す手りゅう弾が投げ込まれた。
「な、なんだ――――ガッ?!」
「何が起きて――――グォッ!」
煙の中、周囲を取り囲んでいたオスティアの警備兵たちがバタバタと倒れていく。喧騒と混乱、それらが現場全体に伝播し始めていた。
「チウッ!!」
「おう! ――
チウの得意とする風系統の魔法で周囲の煙幕を吹き飛ばす。煙が晴れ、辺りの惨状がようやく見えてきた。
「ヒャハッ、ひっさしぶりだなぁー? 元気してたかよ、オイ」
倒れ伏した警備兵の中で勝ち誇り、手の中で緑色がかったナイフを弄ぶ頭陀袋の男。
「ようやく……ようやく! 目にもの見せてやれるぞ、クソガキども!!」
空間から発生させた鬼神の手で警備兵を握りつぶす、作り物めいた金髪の美貌の男。
「――――あ、あ……よう、やくだ…………」
鎧に鋭い貫通跡を刻まれた警備兵の中、幽鬼のように佇む骸骨のマスクを付けた男。
「…………」
苦悶に顔を歪めながら、ホルスターに油断なく手をかける拳銃使いの男。
そして。最後に、その男がいた。
「ようこそ、魔法世界へ。お祝い代わりに、とびっきりの歓迎だ――――イッツ・ショウタイム」
肉厚・幅広で血の滴る肉切包丁を構えた黒衣の男――≪
ラフコフと再会、死闘のはじまりです!とりあえず一般人の鳴滝姉妹がいるので、撤退戦になるかな……。
ネギ君は、精神的支えがいないせいで少しヤバイです。闇の適性が強まったとも言えるか?