――その日は、いつもと変わらない日のはずだった。
「ナギのやつ、調子いいみたいじゃないっすか。良かったッスネェ、アニキ!」
「『伝説の男』がいるから優勝は無理でしょうけど、準優勝でも充分ウチらの拳闘士団の株があがりますね!」
「うるせェ!! はしゃぎすぎだテメエら!!」
闘技場裏の廊下をナギが所属する拳闘士団の一員、チンとピラという男たちとその兄貴分、トサカの三人が歩いていた。彼ら三人は今回のナギ・スプリングフィールド杯には出場していないものの、所属団員が入賞すればその分団の評価も上がる。そのため、大はしゃぎの二人の様子は決して間違いでも無かったのだが。
(才能だけのガキが……周りの迷惑も考えねえで突っ走りやがって……)
そんな二人を尻目に、トサカはナギに対して面白くない気分でもあった。その心情の名前は、『嫉妬』。かつて自分が何十年もかかって成し遂げた奴隷身分からの解放という悲願を、ぽっと出の十歳にも満たない少年がいとも簡単に成し遂げようとしている事実への妬み。しかし、彼にとって決してそれだけでも無かった。
(巻き込まれる『凡人』は、たまったもんじゃないぜ……)
『天才』には決して届かない、『凡人』ゆえの心情。引け目であり、劣等感。そしてどうしようも無い程の羨ましさ。ナギのすぐそばで彼のことを見守りながら、彼が姿を偽った為に傷を負った『凡人』を知ったがゆえに、非常に複雑な気分でもあったのだ。
「まあまあ♪ 今日はナギの本選出場を祝って、オススメの酒場に連れてってやりましょうよ」
「そうっすね! 準優勝を目指しての壮行会って感じで!」
「なんで壮行会なんぞしなきゃいけねえんだ。それに、アイツは(ガキだから)下戸のはず――」
そんなことを言いつつ本選出場者の控室に近づいて行ったところ――
――目の前でとある控室の壁が、爆発四散した。
「「「えぇぇぇぇええええええぇぇぇぇぇっ!!?」」」
飛び散る瓦礫の中から現れたのは、拳闘士界で知らぬものはいない伝説の男、超絶有名人、『千の刃』のジャック・ラカンだった。それから少し遅れて、ラカンに比べ余りにも小柄な紫の色調の少女が躍り出る。
「せまっ苦しいからな! 外でやろうぜ!」
「オッケー!!」
拳で自分の部屋の壁を粉砕して外へと誘うラカンに、ユウキが果敢に攻め立てる。その黒曜石の片手剣で、身体の至る所を突き続ける。最初の突きは胴体、次に眉間、脇、腿と突き分けて、斬撃も織り交ぜて攻撃し続ける。
「って、
攻め続けているのは、常にユウキ。だと言うのに、その攻撃が一向に有効打にならない。ユウキは先程からソードスキルも発動させてラカンの身体を貫こうとしているのに、皮膚を貫くことすら出来ない。まるでラカンの皮膚自体が強靭な装甲のようだった。
「だったら……!」
ユウキが右手に持った≪マクアフィテル≫を腰だめに構える。そのまま助走を付けて、一気にその刀身を突き出した。片手剣用単発重攻撃ソードスキル≪ヴォーパル・ストライク≫。ジェットエンジンのような轟音を奏でた剣は、ラカンの無防備な『胸板』へと吸い込まれた。
「おひょ♪」
ユウキ渾身の一撃は、ラカンのお道化たような掛け声に打ち消された。確かに突き刺さったはずの刀身は、その実ラカンの鋼のような『腹筋』で止まっており、その皮膚の下には1mmも突き刺さってはいなかった。その事実に下唇を噛みしめながら、ユウキが距離を取る。
「……やっぱり強いね、おじさん」
「オイコラ、誰がおじさんだ。俺様を呼ぶときは、名前の前に『伝説の男』か『史上最強』をつけるよーに」
ユウキの何気ない呟きにも、ふざけているとしか言いようのない返しが返って来る。それでも目の前の男は、確かに『最強』なのだ。ユウキはその事実が身に染みてよくわかったが、けれどもこのまま何もせずに退くつもりもなかった。
「す――、ふ――…………まぁ、何だかんだで見えてきたしね。
「お? マジか?」
呼吸を整え、今までよりもさらに集中力を高めて構える。その構えに、ラカンはなおも面白そうに相好を崩した。そのままじり、じりと距離がわずかずつ狭まり、緊張感が高まり、やがて撃発した。
「でぇ――――――――い!!」
掛け声とともに、その剣を勢いよく突き出す。狙いは『肩』。単純な『突き』。先程までと、ほとんど同じ攻撃。ラカンは笑みを浮かべたまま、先程同様その肩で無防備に受けようとして。
「!? ぐっ!」
その『二の腕』に突き刺さった剣先に、初めて苦悶の声を漏らした。
信じられない光景を目にして、控室の内部から戦いを見守っていたナギコジコンビやコウ達一行は驚愕を隠せない。たまたま通りすがっただけのトサカたちに至っては、顎が外れるほどの勢いで口を開けていた。
「…………やっぱり。おじさん無防備なように見えて、きちんと『防御』してたでしょ?」
「……へっ」
ユウキの詰問に、ラカンはただ笑みで答える。それは恐らく、ユウキの仮定がおおよそ間違っていないことを示している。そして近くに決勝戦で当たる予定のナギコジがいるから、返答できないことも示していた。それゆえの無言。ユウキもラカンの防御方法については、その場で詳しくは言わないことにした。
ラカンが行っていたのは、極めて簡単。敵の攻撃との衝突の瞬間に、その部位に『気』を集中させて相手の攻撃以上の反発力を持たせること。ただそれだけである。もっとも実行しようとしたら、とんでもなく高度な技術を要求される防御方法でもあった。
まず、相手の攻撃との衝突箇所を見極めなければならない。これ自体、常人には難しい行動である。相手は自由に攻撃するのだから、それに合わせるのは並大抵の反射神経では出来はしない。しかもラカンクラスの戦いになれば、速度は軽く音速を超える。それを捉えて難なく防御するのは、もはや人間技ではなかった。
次に防御は、適量の『気』を一点に集中して流さなければならない。ユウキのように刃物を使った攻撃なら、跳ね返すには尋常でない密度の気が必要になる。その上防御しても戦闘は続くのだから、本当に適量を集中する形でなければすぐにスタミナが切れてやられるに違いないのだ。もっともラカンのスタミナ自体も充分人間離れしているが。
ラカンがこの防御を可能としているのは、圧倒的な戦闘経験によるもの。膨大な戦いの歴史によって、相手の太刀筋を見切り、衝突箇所を見極め、防御に必要なだけの気を集中して運用しているからだ。ラカン以外には、それこそ人間離れした戦闘センスでも無ければ無理な方法だった。
「にしても、驚いたぜ、嬢ちゃん。今まで出力を上げて防御を抜いて来た奴はいたが、まさかこんな方法で俺に攻撃を入れるとはな」
そう言って、剣が引き抜かれた傷口をべろりと舐めた。戦闘経験が余りにも違いすぎるラカンという怪物に、ではなぜユウキの攻撃が当たったのか?その答えは、ユウキが自ら
ラカンの防御方法は、衝突箇所に気を集中して硬度を上げるというもの。だからこそ、ユウキはあえて攻撃箇所を直前でずらして、防御していない箇所に当てた。もっともこの方法にしても容易ではない。それを成し遂げるには、衝突の瞬間に太刀筋をずらす必要があり、しかも怪物じみたラカンの反射神経を上回る必要があるのだ。常人をはるかに超える反射神経を持つユウキだからこそ出来た方法とも言えた。
「ん――……でも、正面から打ち破れないのはやっぱり悔しいし。それにそろそろ人も集まって来るだろうから、次の『正面突破』で最後にしようか」
「おー、言うじゃねえか。よし、来な。正面からこのジャック・ラカン様の防御、突き破れるなら突き破ってみやがれ」
すっと構えた剣先、そして腰だめに構えた拳。その両方の間で、爆発的に圧力が高まっていく。廊下の壁にはめ込まれたガラスがその圧に耐え切れず、罅が入り始めた。そうしてついに地面にもひびが入り始め、一際高く音を立てて地面が砕けた瞬間――――
紫色の十一の流星が、戦場を奔り抜けた。
ユウキVSラカン、終了!結果は次回!……スイマセン、作者の力量ではこれが限界。
ラカンの防御方法の考察は、UQホルダーにありました。つまりあれって、ハンター×ハンターの『流』と『硬』なんですね。そりゃ硬いわ。
ユウキの攻略方法は、フツー出来ない方法です。ユウキの特徴がスピードアタッカーかつ反射神経型だったから出来た方法。多分本来はネギやナギみたく一点集中で突破するのが正しい……。