少し時間を遡り、キッドとシュピーゲルが激しい銃撃戦を繰り広げていた頃。
「シィィィィィッ!!」
「でぇーーーいっ!!」
黒装束の中に仄暗く輝く赤い眼の剣士と、黒曜の剣持つ紫紺の剣士が互いの剣を打ち合わせていた。
「シッ、ッ、シャァァァッ!」
「ん、く、このぉっ!」
剣技の中でも最速を誇る突きのみに特化した
「っ、ふっ!」
「グゥッ!?」
攻撃の間と間、本当に刹那の間にユウキはカウンターを繰り出している。最初はカウンターに出ることを読み、それすら避けていたザザだったが、徐々に躱しきれなくなっていく。
ザザの攻撃が迫る。眉間、眼球、肩口、心臓、肝臓を突きが狙い、ユウキを貫こうとする。対してユウキは、全ての攻撃を受け、躱し、捌き、そのまま流れるような動作で斬撃を、刺突を、ザザの胴体へとお見舞いする。それらをすんでのところで躱していくが、やがてザザが纏っていた漆黒のフーデッドローブは、よりボロボロの様相を呈していった。
「……強い、な……」
それでもザザの表情に追いつめられた焦りは見受けられない。それどころか、今のこの状況を心底から喜び、楽しんでいるような雰囲気さえ見受けられる。
「へへ、そっちもね」
そして、それはユウキも同じこと。彼女にとっても自分が今できる全力についてこられる相手との戦いは喜ばしいことだった。
「――いくよ」
「……来、い」
再び、両者が愛剣を身体の前に構え、突撃の姿勢を取る。じり、じりとわずかずつ間合いが狭まっていき、緊張感がより高まる。
「ハッ――――!」
「シッ――――!」
引き絞られた矢のように、互いが互いに突進していく。爆発的な力を持った両者は、互いの中間点で今まさにぶつからんとしていた。
しかし、そうはならなかった。
「――! ッ、ガハッ?!」
不意に、激突の直前でザザの身体から力が抜けた。ガクンと下がる膝につられて、剣先がぐらりと泳ぐ。
「っ、とっ!?」
とっさにユウキがその剣先を捌き、自分の脇の下へと通過させる。そして、ユウキの反撃の刺突は、ザザの脇腹へと深々と突き刺さった。
「ガ――――フッ!」
今まで辛くも互いの攻撃を躱し切っていた二人。その二人の間で、初めて決まったクリーンヒット。それも相当の深手。明らかな勝負あり、だった。
それでも、ユウキの顔に勝利の喜びなど浮かばない。
「キミ……」
彼女は、ただ呆然と自分の足元を見ていた。そこに蹲り、何度も吐血するザザの姿を見ていた。
「ゲ、ガフッ、ゴホッ、ゲボ――――」
ザザの口から漏れる血は、今の攻撃で内臓を傷つけただけでは有り得ない程の多量。明らかに何らかの大病を患っていると分かる有様だった。
「…………何時から?」
一体、何時から病気を患っていたのか、彼女が抱いたのはそんな素朴な疑問だった。
「……ぐ、クク…………これ、だけひどくなった、のは、投獄され、てからだが……そもそもの病、の起源としては……生まれた、時からだろうな……」
ザザは――新川昌一は、生まれたころから身体が弱く、呼吸器系に常に疾患を抱えていた。それ故に、病院の跡取りを欲する両親には早いころから見限られ、半ば放置に近い扱いを受けていた。
彼は、そんな状況を悲しんだ。自分の思い通りにならない、自分の身体を、病気を憎んだ。そして、そんな現実の状況への鬱屈した感情を、PoHに付け込まれた。
「俺、は……アインクラッド、なら、『剣士』として生きられた……現実、のように、病院と自宅、を往復す、る生活ではなく……剣一本で、自身を証明できる……そんな存在になりたかった……」
けれど、彼はいつも裏切られた。ラフコフ討伐戦で、頭目であったはずのPoHは逃げ、自分たちは投獄された。それでもPoHが攻略組に一泡吹かせてくれることを期待したが、そんなことも起こらずに、SAOのゲームクリア。非情な現実へと引き戻された。
「……だか、ら、俺、は、まだ『剣士』、だと……アイン、クラッドで恐れられたラフコフだと証明するために……」
それが、かつての『死銃事件』の真相。自分の変わらないアイデンティティの証明。それこそがあの事件の最大の動機だった。
「ク、クク……そういえば、この『魔法』という存在に踏み込んだのも、それが理由だったな…………」
投獄され、病の悪化に苦しんでいたころ、降って湧いた脱獄の機会と、『魔法』の存在。自身がまだ、『剣士』として生きられるかも知れない世界。飛びつかない訳が無かった。
「……『剣士』として……生きて、死ぬ? それが、キミの……」
「ああ…………俺が渇望した、願いだった…………」
そのためなら、ザザはどんなことでも出来た。非情な手段にも手を染めたし、自分たちを一度は裏切ったPoHにも従った。全ては、ただ『剣士』として生きるために。もう決して、病床の中で死ぬことがないように。それだけが、彼の願いだった。
ユウキは、黙って聞いていた。何も、言えなかった。何故なら、彼女もかつてはそうだったから。彼女もまた、動けぬ現実から仮想の世界へと踏み入り、自身と仲間たちの生きた証を遺すために旅をした。スポーツで遊んだり、昆虫に変化してはしゃいだりもした。そうして長い、本当に長い旅路の中で、ALOに出会った。
ユウキは、ALOで、アスナに出会えた。ザザは、SAOで、PoHに出会ってしまった。
互いに病で思い通りにならぬ身体を抱え、自由に羽搏ける世界へと旅をし、けれど出会う相手が違ったがために、ユウキとザザはこんなにも隔たっていた。
「……それでも、さ……キミは、許されては、いけないと思う……」
「ク、クク……当たり前、だ……」
ザザにだって分かっている。『剣士』として生き、そして死にたい。そんな願いのために、その両手がとっくに拭い去れない程に血みどろなことを。自分勝手な願いのために、何人もの人間の生命を奪ってしまったことを。死んでもなお許されないと、分かっていて。それでも最期は、『剣士』として。
「…………一つ、そちら、の上層部に伝え、てくれるか……弟は、確かにラフコフに参加、していたが……積極的に殺人に手を染めたことは、一度として、無い……」
「……本当?」
「ああ……元々アイツは、俺の身を案じ、て、ラフコフに参加した、んだ……」
自分の代わりに、あの最悪の実家で槍玉にあげられた弟。自分の不甲斐なさで弟に迷惑をかけるのが申し訳なくて、小さな頃は何度も助けていた。だと言うのに、SAOから戻ってみると、自分の方が何度も助けられる形となった。『死銃』の時も自分の体調を心配し、そして無い物ねだりの我が儘でしかない殺人事件を止めることなく見守ってくれた。逮捕後ラフコフに戻った時も、思わしくないザザの病状を看護し、世話するためだけに参加してくれた。
「『剣』に、誓おう……」
だから、
「…………」
フラフラと立ち上がったザザに、ユウキは何も言わず、ゆっくり、ゆっくりと、その片手剣の照準を合わせてくる。その様に、心の底から感謝する。最期まで、『剣士』として。この相手に出会えたことに、至上の感謝だけを抱く。
「「――――――――!!」」
決着は、一瞬だった。ザザの一撃は、まさに渾身の一撃だった。病によって鈍り、陰りが見える剣撃を、妄執のような一念で、生涯最高へと押し上げた一突き。間違いなくザザの人生でも、最速・最強の一撃へと昇華した。
そんなザザの鬼気迫る一撃を、ユウキはただその手の剣で受けた。切っ先から腹、鍔元まで全て使って、剣を添わせるように、横から力を加えた。ザザの剣を纏う紅の魔力光が、金属の摩擦で生じた橙の光に書き換えられていく。やがて甲高い音を立てて、ザザの生涯最高の一撃は、ユウキの狙う軌道から最後はあっさりと逸らされた。
そして、ユウキの剣は、そのままザザの腹部へと吸い込まれていった。
「――――!」
ごぼっ、とザザが再び吐血する。間違いなく決着の一撃。ザザとユウキ、二人の剣士の戦いは、これにて終わった。
「……ふ、ふふ……」
けれど、ザザの願いは未だかなっていない。最期は、『剣士』として。その願いだけは譲るわけにはいかなかった。
ふらふらと、覚束ない足取りで後退る。やがてたどり着いたのは、夜の迷宮に設えられた人の背丈よりも大きな窓の縁。足元のすぐ脇は、雲海が遥かに広がっている。それはまるで、かつてのアインクラッドのようでもあった。
「……さらばだ、恭二…………ありがとう」
微笑みながらザザは、その手の中の
その最期を全て見届け、ユウキは静かに黙祷した。出会いが違えば、もっと早く出会えていれば、共に仮想の世界を駆け抜けたかも知れない一人の『剣士』の事をただ思い。そうなっていたかも知れない仮定の未来を静かに思い、ただただ黙祷していた……。
『赤眼のザザ』の最期……!
このキャラは、シュピーゲル共々、SAO原作から一番キャラ改変が入ったキャラになります。とは言え、原作でも病弱設定が存在し、あのぶつ切りの発言もその影響らしいので、その辺りを膨らませてみました。
『剣』に生き、『剣』に死ぬ。現代では不可能な生き方ですが、病弱でいつか病に死ぬと分かっているからこそ、彼はその生き方を渇望しました。唐突に終わったSAOの『続き』を渇望した原作ザザと、その辺りは共通です。
某星座の闘士たちの外伝の台詞ですが、戦士たちは、「全うして、死ぬ」そうです。ザザは結局自分を曲げることが出来ませんでした。彼がしたことは決して許されないけれど、それでも彼は『剣士』であることを全うしたと思います。