「……これでようやく終わったな」
目の前に鎮座する氷塊を目にして、チウが呟く。その中に封じ込められているのは、PoHとジョニー・ブラック。生き残ったラフコフのうち、危険度が高い二人を応急処置だけ行って仮死状態にしていた。
「彼らは日本に戻り次第、刑事裁判にかけることにしよう。まあ、魔法関係の犯罪もあるから、その辺りの証明に関しては追々だね」
それでも脱獄や逃走中の殺人など、彼らが行ったとみられる犯罪は多々あった。まず間違いなく彼らが再び牢獄外に生きて出てくることは無いだろう。そう請け負ってから菊岡は最後のラフコフに目を向ける。
「それで、君の処遇なんだけど」
視線の先にいるのは、新川恭二。銃は既に取り上げられ、後ろ手に拘束された状態でしゃがんでいた。
「聞くところによると、君はお兄さんの健康状態を案じて、ラフコフに所属していたそうだね? ユウキ君から君のお兄さんの証言も聞けたし、ここにいる全員から君の助命を頼まれたし……正直なことを言うと、どうするか迷っているところなんだよ。そこで君自身は、なにか要望は無いかな?」
「……ありません」
菊岡の言葉に何も答えない恭二。しかし、その瞳は静かで、ただ唯々諾々と刑に服する意志のみが見えた。
「ふむ……それなら今後は、我々とともに仕事をしてみないかい? それを以て贖罪に変えるということで」
菊岡のそんな提案に、思わず恭二は顔を上げた。実のところ、魔法の関係者で日本政府のみに所属する者は思った以上に少ない。基本的に日本国内の魔法関係者は魔法協会か呪術協会に所属するとなっているのだから、余剰人員などそうそういるはずもない。ましてやトップクラスの戦闘能力を持つ者など簡単には見つからないので、人格的に問題がない恭二は、菊岡と日本政府にとって喉から手が出る人材だった。
「詳細は向こうに戻ってから決めようか。まずは――」
そう菊岡が続けようとした時、迷宮外で轟音が鳴り響いた。
「なんだ?!」
「んー? あー……あっちも派手にやってるみたいだにゃー」
素早く窓際に詰めて様子を窺ったキッドが、そんな言葉を漏らす。全員がその窓に近寄って、外を眺めてみると。
雷光と化し、炎の巨人を従える敵魔法使いを殴り飛ばす、ネギ先生の姿があった。
「……本当に、派手にやってるな」
「てか、何だよあのフロアボスみたいなのは。アインクラッドでボコった中に似たようなのがいたぞ」
「……近くにいる、敵らしいのは……あのフェイトって子に似てない?」
思い思いの感想が漏れるが、少なくとも言える事が一つ。彼女らのクラスメートはまだまだ無事ということだ。
「それなら、彼女らに合流して、向こうの救出作戦がどうなったのか、帰還経路は確保できているのか確認してくるといい。僕たちは船の中で待機しておこう」
「うん、わかった! シュピーゲルさんは、船の護衛兼捕虜だね」
「久しぶりに刹那センパイに会えますわー♡」
菊岡の提案に皆が頷く。それぞれが用意する中、ふとチウが月詠が背負った黒い刀袋に目を留めた。
「オイ、月詠? その背中の刀はなんだ?」
「あー、これですかー?」
一度そこで手を止め、徐に背中に背負っていた刀袋の封を切る。すると辺りに、怨念とも妖気ともつかぬ黒い何かが、ぶわっと立ち込めた。
「うちの母様が、実家の物置の中にしまっとった『妖刀ひな』いいます。なんでも昔京都を滅ぼしそうになったとかなんとか」
「なんで、んなモン持ってきてんだよ!?」
「いや、ラフコフの奴ら相手に敵討ちするつもりやったんやけど、どうにも実力不足は否めませんでな? 実家に忍び込んで使えそうなモンあるだけ持ってきたんですわ」
「そうか……」
「けどなー……」
そこで一度言葉を切る。不審に思い月詠の方を振り向くと、そこには珍しいことに顔面を蒼白にした彼女の姿があった。
「この刀、なんでも母様の初恋のヒトとの思い出の品とかなんとかで……昔触ろうとしたら、本気の雷鳴剣が、飛んできたことがありましてなー……」
蒼白な顔のまま、ガタガタガタと身体が震えている。誰がどう見ても、トラウマを負った被害者の姿だった。
「ちちちち千草はん、口添えお願いできまへんやろか? 母様本気で怒らせたら、どっちにしてもウチ、日本に帰れんくなってしまいますわ」
「いや、無理やろ……あんたのオカン、鶴子はんと同じくらい怖いやん」
京都で一緒に仕事をしたこともあって、千草は月詠の家族環境についても知っていた。その上で、断るしかないことも知っていた。誰だって、口を開けている『死地』に自ら飛び込みたくはない。
「ま、まあ無事に向こうに帰還できたら、僕ら日本政府側からも事情を説明してみるよ。緊急避難として持って行ったものだと知れば、向こうも分かってくれるだろう」
「……聞く耳持ってくれてればええんやけど。おおきに……」
一抹の不安を抱きながらも、一行は二手に分かれ、ネギ先生たちと合流すべく潜入を開始するのだった。
◇ ◇ ◇
同じ頃、遠く星すらも隔てた麻帆良の地で。すべての事態の趨勢を担う、ある重要な事件が起ころうとしていた。
暗がりの中、空中に投影されたディスプレイが明滅し、次々と異なる映像を映し出していく。
その中心にいたのは、ヒースクリフ。この場所、アインクラッド紅玉宮の主だ。
「――一つを除く、九つのユニークスキルが遂に『墓守人の宮殿』にたどり着いた。とうとう最後の望みが叶う……」
明滅する画面の一つが切り替わり、あるアイコンを大きく映し出す。その下には細かいテキスト。彼が生み出したユニークスキルのアイコンだった。
「≪七星剣≫……電子精霊との親和性によって授かるユニークスキル。その本来の役割は、仮想であるはずの電子世界と現実世界との橋渡し」
アイコンは次々と切り替わる。杖を表示したアイコン、鯉口を切られた刀のアイコン、瞳を表示するアイコンと様々だ。
「≪魔導杖≫……術者の限界を遥かに超える魔力の制御。≪抜刀術≫……脳のリミッターを外すことによる、瞬間的に極めて高速の術式処理能力の確保。≪心眼剣≫……脳の未使用領域まで含めた大規模な術式演算能力の取得……」
すべてに、意味があった。≪無限槍≫は、術式規模の無限に等しい増大化を可能とし、≪手裏剣術≫は、同一術式の並行処理を多層化・多重化することが可能となった。
「術式起動のために必要な、膨大な霊的基盤も確保し終えている……」
映し出されているのは、黒塗りの髑髏のアイコン。それは≪暗黒剣≫のアイコン。その本来の役割は、これから行う術式に必要不可欠となる大量の『生贄』を集めること。観測した量からいって、術式は間違いなく起動できる。
「そして、奴を倒すために必要となる、残り三つのピース……」
やがて映し出されたのは、交差する二本の剣のアイコン。そして血の涙を流す鬼面のアイコンだった。
「≪二刀流≫と、≪狂乱剣≫……私が望みながらも、遂に作り出せなかった『
これから現れる世界の大敵と戦うために、必要だった最後のピース。完成させることは出来なかったが、既にこの二つは託すべき相手に託した。後は、ただ信じるだけだ。
「――――見つけた」
次々と切り替わり、異なる地点を表示していた空間ディスプレイが、ようやく目的の物を探し出した。そこにあったのは、巨大な水晶。神聖ささえ感じる樹齢何千年の樹木の中に、抱え込まれるように鎮座する水晶があり、そうしてその中に人影があった。
「『はじまりの魔法使い』……造物主よ、人間の執念を知れ」
ギリ、と強く握り締められる拳。その横には、最後のアイコン。十字盾に収められた十字剣のアイコンが輝いていた。
今回は閑話的お話。ネギサイドの時系列と、ヒースクリフさんの暗躍ですね。ようやく全てが繋がります。
ユニークスキル十種、全てが布石だったり。最初に設定する時に、裏の意味まで含めて作るの苦労しました。十種類って、多過ぎなんですよ……
結局ヒースクリフの動機も目的も、比較的明確だったりします。『彼女』を束縛から自由にするには、『アレ』を倒すしかありません。