「はあ、は…………」
ようやく地面に倒れたアスナを見下ろし、チウが詰めていた息を吐いた。アインクラッドなら、負けていた。ALOでも、敵う相手ではなかった。ここが現実で、ほんのわずか自分の方が戦闘経験があったから勝てたに過ぎなかった。
地面に横たわるアスナだが、怪我の程度は心配もいらないだろう。剣の腹側を肩口に落とされ地面に倒された衝撃で気を失っているだけだから、怪我があるとしたら肩の骨くらい。近衛の奴なら問題なく治してくれるはずだ。
とりあえず周囲の戦況を確認しようと辺りを振り返ると、空中に鎮座する巨大な『水』の塊が目に入った。
「……………………あー」
「『ノアズ・アーク』」
ゴポゴポという特徴的な水音を立て、10mを超える水球は地面へと落下した。周囲の水分を吸収していた大質量は、地面到達と共にはじけ、辺りのものを一切押し流していた。
「「「「わあああああああああああ?!」」」」
当然中心部にいたエギル、リズ、シリカ、リーファの四人は水に呑み込まれもみくちゃとなる。しかし、それだけでは済まなかった。
「うっひゃー! ホント手加減なしだねー☆」
「オイ、キッド! レーカにこんな大規模なモン使わせるんじゃねえよ! 私らまで巻き込まれるだろうが!」
洪水の中心部からダッシュで逃げてきたキッドに、チウが文句を言う。それでも彼女の後ろから迫る水の奔流は無くなることは無い。
「ああ、くそ!」
足元で気絶するアスナを背中に背負い、水の流れと逆方向へと走り出す。水は留まるところを知らず、路地は全て川へと変わった。
「ああああああ、チクショウ! ALOでやられた時思い出すじゃねえか!!」
「圧倒的な洪水に呑み込まれての溺死だもんねー。リーファなんて、水恐怖症が再燃してたし」
ALOでレーカと一対一で戦ったすべてのプレイヤーが、津波に呑み込まれるという恐怖体験を味わっている。そのため一部では、レーカの事を『
二人は忘れていることだが、鉄砲水や津波というものは、地形次第で人間よりも速度が速い代物である。そのため、進行方向に真っ直ぐ逃げる二人は、やがて津波に追いつかれていき……
「「う…………わあああああああああああああああッ?!」」
水の中へと姿を消すこととなった。
◇ ◇ ◇
そして、そんな地獄絵図となった洪水のすぐ横では……
「オ――――ラァッ!」
「ぐっ!」
洪水の届かない建物の屋上へと舞台を移し、コウとキリトの真剣勝負が再開していた。逆手に持った刀で胴を薙ぎに行き、防いだ瞬間にカウンターの突きを繰り出す。突きを皮一枚で躱したら、返す刀で腕を落とそうとする。お互いの行動が一発逆転のカウンター狙い。防御すら攻撃に組み込んで、相手をただ倒すためだけに剣を撃ち出す。
「ふっ――――――!」
キリトの繰り出した≪ホリゾンタル・スクエア≫で一瞬お互いの間が離れ、そのままの距離を保ち互いに息を整えた。技量では圧倒的にキリトが上だった。剣戟への反応速度、技を選ぶ判断速度、相手の次の手を読む計算速度と、ありとあらゆる速度で、キリトが上回っていた。技量と速度で上回っている状態で、何故キリトが決着をつけることが出来ないのか。それは、ここが『仮想世界』ではなく、『現実世界』であるためだった。
キリトが本領を発揮できるのは、あくまで『仮想世界』の中。超特製の軍用強化服で身体能力は並ぶことが出来ても、『
「は――、は――…………」
荒く乱れた
「は――――…………なあ、聞いていいか?」
「……なんですか、キリトさん」
ある程度呼吸が整ったところで、キリトから振られた話題。スタミナの回復を待っているんだと気が付いてはいたが、それでもコウは律儀に受け答えた。
「…………お前さ、そんなにまでして≪
……キリトにとって、それは一番の懸念。もしコウが≪
キリトの質問に対し、ややしばらくコウは答えることが出来なかった。眼を瞑り、やがて自分の中で答えをまとめたのか、ゆっくりと眼を開け呟いた。
「…………ラフコフのことは、今でも憎く思ってます」
その言葉に剣を握るキリトの手に、一段と力がこもる。それなら、もしそうなら……
「けど、それだけじゃないです。ラフコフは、『魔法』のチカラを手に入れてしまった。これから先、たくさんの人を不幸に
そう言うと、コウは持っていたカタナと片手剣を順手に戻した。そのまま左手の片手剣を前にだし、構える。
「……自分の中で、あのアインクラッドを終わらせるために。ラフコフから自分の周りの大切を守るために。そして、これから出るかもしれないラフコフの犠牲者を一人でも減らすために! 俺は絶対、ここでは負けられません!!」
その言葉を聞き、キリトがふっと口元を緩めた。足を溜め、剣を掲げるのは、コウとは対称の構え。≪二刀流≫専用十六連撃ソードスキル、≪
じりじりと間合いが詰まり、双方にとってひと動作で斬撃が届くところまで近づいたとき、一瞬の静止の後――――爆発した。
「お、おおおおッ!!」
「ハアアアアアッ!!」
互いに繰り出すのは、全く同じソードスキル。十六の流星が、互いの間で激突し、炸裂する。お互いがこの攻撃に賭けるのは、信念、願い、その他諸々の全てを飲み込んだ、ただの意地。今はただ負けられぬと言う想いを乗せて、剣に込めて叩きつけるのみ。左、右と交互に繰り出す斬撃、両肩から交叉するように放つ斬撃、剣身をそろえて刻み付ける斬撃。威力も性質も違う斬撃が互いの間で何度も何度もぶつかり合う。
しかし、このソードスキルについて言えば、本当は激突する前に勝負はついていた。
「ぐうッ…………!」
次第に押され始めたのは、コウ。当然だ。この≪
「アアアアアア――――ッ!!」
「………………ッ!」
十五撃目をお互いに放ち終わり、双方の左手が後ろに引き絞られる。最後の一撃は、左手で繰り出す渾身の『突き』。だけど、直感した。
(くっそ…………!)
負けるのか。届かないのか。自分は、自分の因縁に決着をつけることも出来ない程に無力で――――――
そんな気持ちでいっぱいになった時、ふと右手に握った黒刀から、いつか聞いた叱り付けるような声が聞こえた気がした。
――――阿呆。四の五のぬかす前に、精一杯やってみんかい。
「――――――!」
聞こえてきた声に、反射的に『脚』が動く。『突き』にまるで重なるように繰り出されたのは、『瞬動』。アインクラッドで、最初の師匠の元で、それこそ死にもの狂いで覚えた技。一瞬だけの爆発的な加速が、最後の突きの威力を別次元へと跳ね上げた。
「が、っふ………………!」
機械式の片手剣を粉々に砕かれながら、身に着けていた軍用強化服の胸部から機械部品を飛び散らせながら、キリトは吹き飛んでいく。ここに、二刀流の師弟の決着はついたのだった。