デタラメ幸福論(主人公とヒロインがいちゃつきつつ能力バトルとかするだけ) 作:赤石アクタ
第一話 プロローグ
「──
人間は、幸福になるために生きていると思う。
「虚飾で飾った自己愛に、歪んだ苛立ち。あなたは酷く複雑で、入り組んでいますね」
それに手が届く瞬間というのは確かに感じられるもので、決して逃してはならない。
「私なら、あなたに幸福感を与えることができます」
だからこそ俺は、あの時先輩に──
「──私の、主人公になってくれませんか?」
──────────────────
「──きゃっ⋯⋯!ごめんなさい⋯⋯っ!」
「──っ!?すみません⋯⋯っ!」
ぼんやりとしていた思考が現実に引き戻される。
慌てて見れば、通学路の曲がり角で人とぶつかりそうになってしまったらしい。少女の声に応えるように、半ば反射的にこちらも謝る。
「⋯⋯え?」
しかし、それ以上の言葉が自分の口から紡がれることは無かった。
なぜなら──
「──橘、渚⋯⋯」
⋯⋯俺は彼女を、
驚きから、ついうわ言のように彼女の名前を呼ぶ。
「⋯⋯あれ?高槻君?」
「⋯⋯は?」
しかし、その驚きはすぐに上塗りされた。
⋯⋯彼女の、橘ナギサの口から自分の名前が出るなんて、思いもしなかったのだ。
「え?あ、あれ?合ってる、よね⋯⋯?
「は、はい。そうです⋯⋯」
何とか返事をするが、未だ衝撃からは立ち直れていなかった。
──橘ナギサが、俺を認知している⋯⋯?
「あっ⋯⋯!えっと、私は橘ナギサ⋯⋯っ!」
「え?」
「一応同じクラスなんだけど⋯⋯覚えてくれてる、かな⋯⋯?」
「それは、もちろん⋯⋯」
「⋯⋯?そ、そう?」
俺の困惑した様子を、自分が覚えられていないからだと思ったのか、慌てたように少女は自己紹介をする。しかし、彼女の心配は杞憂だった。
──橘ナギサ。
俺の通っている私立学校の有名人であり、恐らく全学年全生徒、その存在を知らない生徒はいないのではないだろうか。成績の良い優等生だとか、所属するバスケ部でエース級の活躍を見せているだとか、その知名度を説明する要素は数多くある。
しかし、何よりも彼女は友人が多かった。二年の同級生はもちろん、先輩後輩、とにかく顔が広い。誰にでも分け隔てなく、そして丁寧に接するその人間性が、彼女を学校の人気者たらしめていた。
「⋯⋯えっと、ごめんね高槻君。私考え事してて⋯⋯それでぶつかりそうになっちゃった」
「い、いや俺⋯⋯僕も、注意不足でした⋯⋯」
再び申し訳なさそうに謝ってくる彼女に、必死に言葉を返す⋯⋯同級生とまともに話したのなんていつぶりだろう⋯⋯?
「にしても、この時間に会うなんて珍しいね」
「え?それは、どういう⋯⋯?」
「だって高槻君、いつも朝はホームルームギリギリに登校してくるでしょ?」
「──え゛ぇっ!?」
「わっ⋯⋯!?た、高槻君⋯⋯?」
「あ、すみません⋯⋯!」
──橘ナギサが、俺の登校時間を認知している⋯⋯?
「ふふ、もしかして朝弱かったり?」
「えっ、と⋯⋯そっ、すね。はは⋯⋯」
⋯⋯我ながらなんて薄味な返事なのだろう。久しぶりの会話で学校の人気者と喋るともなれば、こうなるのは必然だったのかもしれないが、何とも歯がゆかった。
「高槻君、よければ一緒に学校まで行かない?ほら、高槻君とはあんまり話したこと無かったし」
「それ、は⋯⋯」
彼女はにこやかに、そしてさりげなくそう告げる。
⋯⋯しかし──
「──あー、すみません⋯⋯実は僕、本屋に寄ろうと思ってて。だから、えっと⋯⋯」
言ってすぐに後悔した。
──こんな朝早くから開いている本屋なんてこの近くにはない⋯⋯!
反射的に出た言い訳だったが、あからさまに彼女を拒絶してしまったことに冷や汗が流れる。
「え⋯⋯?」
橘ナギサはきょとんと小首を傾げるも、すぐに何かを察してしまったように表情を変える。
「あー⋯⋯そ、そっか。それなら仕方ない⋯⋯ですね⋯⋯?」
「ぁ⋯⋯い、いやっ。今のは⋯⋯っ」
バツが悪そうにする彼女に、罪悪感が募っていく。
──橘ナギサが、俺に気を遣っている⋯⋯!
「⋯⋯えっと、じゃあ私は先に行くから⋯⋯っ」
彼女は申し訳なさそうに目を逸らすと、それから取り繕うような笑顔を浮かべる。
「⋯⋯じゃあ、また教室でねっ!高槻君、遅刻しないように気をつけてっ!」
彼女は小さく手を振ると、小走りで通学路の奥へと消えていく。
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯最後まで、こちらを気遣うような態度だった。そもそも彼女は善意で誘ってくれたのだ⋯⋯
「⋯⋯俺は、なんてことを⋯⋯」
⋯⋯そもそも緊張で胃が痛い朝だったのに、痛みが上乗せされるようだった。
──────────────────
放課後、沈んだ気持ちに鞭を打つようにして席から立ち上がる。今日はこれから大切な用事があるというのに、やはり朝のことが頭から離れなかった。
「⋯⋯はぁ」
見る限り、橘ナギサは今日もいつも通りだったが、だとしても、今朝の態度が彼女に対して不誠実だったことは変わらない。一言謝りたいとも思うが、しかし橘ナギサは学校の人気者。今日一日機会を伺っていたが、彼女は常に人に囲まれており、とてもじゃないが声をかけられなかった⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯これではいけない。目的地に着く前までに、気持ちを切り替えなければ。
「⋯⋯はぁ〜」
「──あの」
「え?」
校門を出て少し歩いた辺りで、突然声をかけられる。
──今朝にも聞いた、よく通る声。
「橘、さん⋯⋯?」
「こ、こんにちは、高槻君⋯⋯」
⋯⋯橘ナギサが、申し訳なさそうにしながら佇んでいた。
「⋯⋯え?」
今日一日、彼女のことばかり考えていたというのに、いざ目の前にすると言葉が出てこない。
「良ければ、一緒に帰りませんか⋯⋯?」
「⋯⋯なん、で⋯⋯」
「できれば、高槻君ともっと話したくて⋯⋯」
彼女は緊張した口調ながらも笑顔で、やはりこちらを気遣うように告げる。
「ほ、ほらっ、この時間なら下校してる生徒も少ないから、他の人にも見られにくいし⋯⋯」
「⋯⋯?」
「⋯⋯も、もちろん、用事とかあったら遠慮なく断ってくれていいですから⋯⋯っ!」
⋯⋯もしかして、学校の外で声をかけてきたのは、俺が他の生徒に注目されるのを嫌がると思ってのことなのだろうか⋯⋯?
「どう、ですか⋯⋯?」
「⋯⋯あっ、えっと⋯⋯っ」
どこまでもこちらを気遣い、今朝のようなことがあった上で、それでも自分に話しかけてくれる橘ナギサに衝撃を受けながらも──
「──ふ、不束者ですがっ、よろしくお願いします⋯⋯っ!」
「⋯⋯?」
⋯⋯今度はなんとか、肯定の返事を返すことができた⋯⋯だろうか⋯⋯?
──────────────────
「──今朝は本当にごめんなさい。私、距離を詰めるのがいきなりすぎましたよね⋯⋯」
「い、いやそんな⋯⋯っ!僕の方こそすみませんでした⋯⋯っ!」
橘ナギサと二人、路地を歩きながら言葉を交わす。今朝のことは完全にこちらが悪いにも関わらず、彼女は初手申し訳なさそうに謝罪の言葉を投げかけてきた。
「⋯⋯どうしても、高槻君との会話を今朝のまま終わらせたくなくて⋯⋯一緒に帰ってくれて、ありがとうございます」
橘ナギサはこちらに柔らかな笑みを浮かべる⋯⋯距離を無理に詰めてしまったと思っているためか、敬語で接してくる様子に罪悪感が募るばかりだった⋯⋯
「でも、高槻君と家の方角が同じだなんて知りませんでした⋯⋯」
「確かに、そうですね」
「ふふ、登校も下校も、お互い時間が全然違うからですかね?」
「はは、お恥ずかしい⋯⋯」
それについては自分も知らなかった。登校時間が違うのはこちらの不真面目さ故だが、下校時間に関しては当然、彼女と自分では違う。
「⋯⋯今日は部活、無かったんですか?」
バスケ部の彼女と部活に所属していない自分では、帰宅時間が合うわけないのだ。無論毎日ある訳ではないだろうが、友人の多い彼女ならば、学校にとどまって駄弁ったりすることも多いだろう。即帰宅の自分とは、やはり時間が合わない。
「あー⋯⋯実は私、今日アルバイトの面接で⋯⋯それで、お休み貰ったんです」
「え?」
意外な言葉に、思わず足が止まる。
「高槻君?」
「⋯⋯実は、僕も今日バイトの面接なんです⋯⋯」
「えっ!?」
驚きながら返すと、彼女も同じように目を見開いた。
「す、すごい偶然ですね⋯⋯!」
「ですね⋯⋯」
本当にすごい偶然だな⋯⋯というか、面接があるにも関わらず、自分を待っていてくれたのか⋯⋯
予期せぬ共通点にテンションが上がると同時に、感謝の念が湧き上がってくる。彼女が声をかけてくれたおかげでいつ間にか心中の靄も晴れ、集中してこの後の面接に臨めそうだった。
「あっ⋯⋯じゃあ高槻君、方向大丈夫ですか?私、今朝の曲がり角までは大丈夫って思ってたんですけど⋯⋯」
「あぁ、大丈夫ですよ。ちょうどあの近くなんで⋯⋯」
「よかった、実は私もあの近くなんです。ふふ、これから近所で会う機会が増えるかも、なんて」
「⋯⋯⋯⋯」
楽しげに話す彼女を横目に眺める。
⋯⋯まさか。いや、まさかな⋯⋯
「⋯⋯橘さんも、このまま直で行くんですか?」
「え?は、はい。制服のままでいいって、昨日確認したので⋯⋯」
歩きながら、芯を避けるような会話が続く。アルバイトという話題にどこまで踏み込んでいいのか、お互いに間合いを見切っているようだった。
「⋯⋯高槻君は、どんな⋯⋯はっ⋯⋯!」
一歩踏み込んできた橘さんは、すぐにこちらの表情を窺って口を抑える⋯⋯しまった、そんなあからさまな顔をしていただろうか⋯⋯
「ごっ、ごめんなさい⋯⋯!言いにくい、ですか⋯⋯?」
「そう、ですね⋯⋯」
こちらも曖昧な返事になってしまう。
「⋯⋯⋯⋯もしかして、『傭兵』とか?」
「え゙っ!?ち、違いますよ⋯⋯!?」
こちらの反応を見て、危険な仕事かもと懸念したのか、橘さんは不安そうにしながら見当違いの予想を繰り出す。
⋯⋯そもそも、傭兵に面接なんてあるのだろうか?傭兵団とかならあるのかな⋯⋯?
「あはは、ごめんなさい。でも高槻君ってミステリアスな雰囲気があるから。少し心配になっちゃって⋯⋯」
「ミステリアス⋯⋯」
⋯⋯コミュニケーション能力が高くないことを最大限良く言ったような表現だが、彼女が言うその言葉は、不思議と嫌な感じがしなかった。
「あっ⋯⋯」
そうこう言っているうちに、今朝出会った曲がり角まで到達してしまった⋯⋯今まで経験が無かったが、人と会話しながら帰るというのは、いつもより時間が早く感じられる。
「⋯⋯僕、こっちなんで」
名残惜しさを感じながらも、目的地への方向を示す。
「あ、私もそっちです」
「⋯⋯え?」
⋯⋯⋯⋯まさか⋯⋯
──────────────────
「⋯⋯私、こっちです」
「⋯⋯僕もですね⋯⋯」
「「⋯⋯ここを曲がって⋯⋯」」
「「⋯⋯せーのっ、こっち⋯⋯!」」
「⋯⋯同じ方向ですね」
「⋯⋯はい」
──────────────────
⋯⋯結局、最後まで二人の道が分かれることは無かった⋯⋯なんか途中からは、お互いに気まずさを抱えながら気持ち早足に歩いていた気もする。
「まさか、同じ場所に向かっていたなんて⋯⋯」
隣に立つ橘さんは、照れたように笑いながら目の前の建物を見上げる。
──『妖怪探偵事務所』
⋯⋯看板には目が痛くなるような電飾が取り付けられており、夜の繁華街にあってもおかしくない色彩を放っている。
「「⋯⋯⋯⋯」」
⋯⋯誤解を恐れずに言うのなら、あまりにも胡散臭い⋯⋯
「⋯⋯橘さん、何か騙されてませんか?」
「えぇ!?なんでドン引きしたような目で見るんですか!?高槻君もここの面接受けるんですよね!?」
⋯⋯つい自分を棚に上げて橘さんを心配してしまった。しかし、やはり優等生の橘さんがこんな辺鄙とも言えるような場所でアルバイトをする、というのには違和感を感じてしまう⋯⋯というか、俺も大丈夫かこれ?
「⋯⋯⋯⋯私、本当は不安だったんです」
「え?」
唐突に、橘さんが神妙な声を上げる。
「実は私、ここを受けるのには理由があって⋯⋯もう決めたことではあるけど⋯⋯それでも、一人だったら足が竦んでいたかもしれません⋯⋯」
よく見ると、彼女の手は少し震えていた。
「でも、クラスメイトの高槻君が一緒だって分かって、ちょっぴり安心しました。ふふ、ありがとうございます」
「橘さん⋯⋯」
彼女の決意に満ちた目で見つめられ、こちらも心が落ち着いてくる。
「⋯⋯」
⋯⋯彼女は、自分と同じなのかもしれない。
「⋯⋯僕もです」
「え?」
「僕にも、大切な目的があるんです」
改めて、嫌にポップな看板を見上げる。
──ここに、『あの人』が⋯⋯
緊張から、思わず生唾を飲み込む。
「高槻君」
「⋯⋯橘さん」
こちらを見つめる橘さんが、こちらに半歩距離を詰めてくる。
「一緒に、頑張りましょう」
「っ⋯⋯はい⋯⋯!」
⋯⋯彼女とまともに話したのは今日が初めてだが、俺たち二人の間には既に、ある種の信頼関係が生まれているように感じた。お互いに事情があり、しかしそれを必要以上には詮索しない。それでも、俺たちは同じ目的を持つ同士なのだ。
きっと、彼女となら良い同僚になれるだろう。
「行きましょう⋯⋯!」
「はい⋯⋯っ!」
お互いに秘密を抱え、しかしそれ以上の信頼を相手に感じながら、俺たちは建物へと足を踏み入れた。
──────────────────
「──いらっしゃい!君が高槻茜君だよねっ!?待ってたよ!!」
「は、はい⋯⋯!今日はよろしくお願──」
「──『うちの
「な゙ぁっ!?!?」
「⋯⋯⋯⋯え?」
⋯⋯⋯⋯俺の抱える『秘密』は、部屋に入って十秒でバラされることになった。