デタラメ幸福論(主人公とヒロインがいちゃつきつつ能力バトルとかするだけ)   作:赤石アクタ

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第十話 魔神と契約した日

──通学路の途中にある路地裏を通ったのは、その日が初めてだった。

 

 

 危険⋯⋯という訳じゃないけれど、じめじめしていて薄暗くて、あまり好きになれなかったのだ。

 

 だけれどその日は、家を出るのが少し遅れてしまって。

 

 朝練に遅刻するわけにもいかず、以前から近道として目をつけていたその路地裏を通ることにしたのだった。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 やはり雰囲気は好きになれず、一気に駆け抜けようと息を吸い、走り出す。

 

 

「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯っ」

 

 

⋯⋯もうすぐ⋯⋯もうすぐ表に──

 

 

「──おいッ!そこの嬢ちゃん!!」

 

「⋯⋯え⋯⋯?」

 

 

 その声は、放置されているゴミ捨て場から聞こえてきた。

 

 

 思わず足を止め目を向けると、寂れたゴミ捨て場には似合わない程にキラキラと輝くランプがそこに存在していた。

 

 明らかに現代の製品ではなく、まるで物語から飛び出してきたような見た目をしている。

 

 一瞬のうちに様々な疑問が浮かぶが、しかし今最も気にしなければならないのは⋯⋯

 

 

「⋯⋯ランプが、喋った⋯⋯?」

 

「ははッ!良かった良かった!!マジで誰も通らないかと思ったぜ!」

 

 

 目の前のランプは安堵したような声を上げると、ふわふわと浮かんでこちらに漂ってくる。

 

 

「なあ嬢ちゃん、オレサマと契約をしないか?」

 

「⋯⋯契約⋯⋯?」

 

「そうさ!オレサマと契約すれば、どんな願いでも叶えてやるよ!どうだ、悪くない話だろ?むしろこんなチャンス滅多にないぜ?」

 

 

「⋯⋯⋯⋯えーっと⋯⋯」

 

 

⋯⋯明らかに怪しい。

 

 そもそもこうしている間にも、朝練の時間が迫っている。

 

⋯⋯実際には時間的余裕はあるのだが、できることなら早めに行ってボールなどの準備をしておきたい⋯⋯というのが今抱える正直な願いだった。

 

 その気持ちに引かれるように、目を逸らしながらゆっくりと後ずさる。

 

 

「⋯⋯わ、私そういうのは間に合ってるんで⋯⋯」

 

「はぁッ!?嘘だろおい!?チャンスに飛びつけよ若者だろ!?」

 

「⋯⋯し、失礼しますっ!」

 

 

 勢いよく振り向いて一気に走り出す。

 

 急いでいたから⋯⋯というよりは、突然訪れた非日常に恐怖してしまっていたのだろう。

 

 

──とりあえず、人のいる通りに出られれば⋯⋯!

 

 

──からん⋯⋯っ

 

 

「⋯⋯え?」

 

 

 突然響いた金属音にちらりと後ろを見やると、先程までふわふわと浮いていたランプが地面に転がっていた。

 

 

「⋯⋯ま、待ってくれ⋯⋯嬢、ちゃん⋯⋯」

 

 

 相手は無機物のはずなのに、そのランプは酷く憔悴している様に感じた。

 

 ただならぬ様子に、思わず駆け寄ってしまう。

 

 

「だ、大丈夫ですか⋯⋯!?体調不良⋯⋯!?い、いやランプに体調とかがあるかは分からないけど⋯⋯!」

 

 

⋯⋯今思えば、路地裏でしゃがみこみランプを相手に慌てふためく様子というのは少し、いやかなり滑稽だったかもしれない。

 

 

「た、頼む⋯⋯!嬢ちゃん⋯⋯っ!」

 

「──ひっ⋯⋯!」

 

 

 縋り付くようにしてこちらに這いずってくるランプに対して、反射的に小さい悲鳴が漏れてしまう。

 

 

「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯この、まま⋯⋯死にたくないんだ⋯⋯」

 

「⋯⋯え⋯⋯?」

 

「⋯⋯悔いを⋯⋯ッ!後悔を残したままじゃあ、消えられない⋯⋯ッ!」

 

「⋯⋯⋯⋯後悔⋯⋯」

 

 

 それは、そのランプが初めて見せた感情であり、人間らしさだった。

 

 それは死ぬだとか消えるだとかいった物騒な単語よりもずっと、私に現実感と安心感を与えてくれたことを今でも覚えている。

 

 

「⋯⋯⋯⋯契約をすれば、あなたは助かるの?」

 

「⋯⋯嬢、ちゃん⋯⋯?」

 

「⋯⋯それであなたの願いが叶うなら、私はあなたと契約する」

 

 

 ランプにこちらから手を伸ばし、ゆっくりと両手で包み込む。

 

 

「⋯⋯⋯⋯なんでもは、無理だ⋯⋯」

 

「え⋯⋯?」

 

「⋯⋯流石に、なんでも叶えるは、言いすぎた⋯⋯」

 

 

 手の中のランプは依然として無機物としか言えなかったが、どこかバツが悪そうにしている印象を受けた。

 

 それがどこか可笑しくて、こんな状況なのに笑みがこぼれる。

 

 

「⋯⋯ふふっ⋯⋯あははっ⋯⋯」

 

「⋯⋯すまなかった⋯⋯」

 

「うん、いいよ」

 

「⋯⋯けど──」

 

 

「──あなたを助けることが、今の私の一番の願いだから」

 

「⋯⋯っ⋯⋯嬢、ちゃん⋯⋯っ」

 

 

「──この願いは、叶えてくれる?」

 

 

──かくして、私とヴィクトリアは契約を結んだ。

 

 契約をして変わったことと言えば、ヴィクトリアの姿くらいのものだろうか。

 

 急に大きな甲冑姿になって、あの時はすごくびっくりした。

 

 

⋯⋯それから⋯⋯それから⋯⋯そう、朝練には普通に間に合ったんだった。

 

 急いで走ったら思いのほか早く学校に着いてしまったし、放課後の練習もいつもより調子が良いくらいだったかも。

 

 

⋯⋯今思えばこれも、ヴィクトリアが持つ魔力によるものだったのかな⋯⋯?

 

 

 ヴィクトリアは私が学校に行っている間、自分の目的のために色々調べていたらしい。

 

 ヴィクトリアはあまり自分の話をしてくれなかったけれど、それでもある程度は私を信頼してくれていた。

 

 そうして一週間程経ったある日『妖怪探偵事務所』に潜入して欲しいと言われたのだ。

 

 今までアルバイトをした経験が無かったので、正直に言うと不安だったけど、幸い私は一人じゃなかった。

 

 

──『僕にも、大切な目的があるんです』

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

「よう、嬢ちゃん。起きたか」

 

「⋯⋯うん、おはよう。ヴィクトリア」

 

 

 ヴィクトリアの声に答えながら軽く伸びをして、枕元に置いてあったスマホのアラーム予約をキャンセルする。

 

 

「嬢ちゃん、毎回アラームセットする意味あんのか?今まで一回も鳴った事ないだろ?」

 

「あはは、まあ一応ね。寝起きは良い方なの」

 

 

 魔神に睡眠は必要ないらしいが、契約者の意識が落ちると魔神はその存在を保てない。

 

 そのため契約者の生活サイクルは、そのまま魔神の活動時間と直結する。

 

 私は学生ということもあり、比較的健康な生活を送っているつもりだが、ヴィクトリアからすればもっと夜更かしをしている子の方がありがたいのだろうか?

 

 

「私、今日朝練あるから。お母さん手伝ったらすぐ家出ちゃうけど、ヴィクトリアはどうする?」

 

「んー、散歩でもしてくるわ。放課後も部活か?」

 

「うん、事務所に行くのはその後になるね」

 

「りょーかい」

 

 

 ヴィクトリアは散歩が好きだ。

 

 今までは魔神ってそういうものなんだと思っていたけど、鵺によれば契約者から離れて行動できる距離というのは魔神の強さを測る指標の一つらしい。

 

 ということは、ヴィクトリアはやっぱりすごく強い魔神なんだろう。

 

 

「⋯⋯ん?このノート、なんだっけ⋯⋯?」

 

 

 不意に、机の上に開きっぱなしになったノートが目に入る。

 

 

「覚えてないか?昨日、あの血だらけ野郎について考察してたじゃねえか。まあ嬢ちゃんもだいぶ疲れてたしな、無理もないか」

 

「あぁ、そういえば⋯⋯」

 

 

 昨日はすごく疲れていて、ノートを開いたはいいもののすぐに寝てしまったんだった。

 

 

「じゃあオレサマは行くぜ、嬢ちゃん。何かあったら呼べよな?契約者として、嬢ちゃんにはその権利があるんだから」

 

「うん、心配してくれてありがと。また後でね」

 

 

 ふわふわと浮かび上がり、壁をすり抜けるヴィクトリアに手を振りながら、ノートの内容に目を通してみる。

 

 

「⋯⋯高槻君、能力者だったんだなぁ⋯⋯」

 

 

⋯⋯昨日の彼の様子は、今でも目に焼き付いている。

 

 高槻君が能力者というのも驚きだったが、その後の光景はその衝撃を遥かに上回るものだったのだ。

 

 

──暴力的で、奇怪的。

 

 

 その驚きを飲み込むことができなかったからこそ、こうして情報をアウトプットして少しでも理解しようと努めたのだろう。

 

 

「⋯⋯『異常な出血量』⋯⋯『それに対する最終的な傷の少なさ』⋯⋯『出血に伴う体調の悪化があまり見られなかった』⋯⋯」

 

 

 一つずつ声に出して読み上げていくと、昨日の出来事がより鮮明に思い起こされていく。

 

 海蜘蛛を倒したあとの高槻君は酷く疲弊しており、その日はスラム街を出てすぐに解散した。

 

 私は高槻君を家まで送ると申し出たが、頑なに拒まれてしまったのだ。

 

 

⋯⋯恐らくは、血に塗れた自分の様子をあまり見られたくなかったのだろう。

 

 そのため私も強くは言えず、能力について説明を求められる様子でもなかった。

 

 

「うーん、やっぱりまだよく分からないな⋯⋯」

 

 

 しかし、それでも能力の名前だけは鵺との会話の中で聞き出すことができた。

 

 名称はシンプルなものだったが、今までほとんど能力者と接してこなかった私には、あまりイメージが湧かなかった。

 

 

「──『血液操作』かぁ⋯⋯」

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