デタラメ幸福論(主人公とヒロインがいちゃつきつつ能力バトルとかするだけ) 作:赤石アクタ
「──う⋯⋯っ」
鈍い痛みと共に意識が覚醒する。
「⋯⋯ッ⋯⋯ヒビキ⋯⋯ッ!?」
未だ眩む視界を半ば無理やり回すと、遠くない場所で倒れているヒビキが目に入った。
一瞬嫌な想像がよぎるが、どうやら気絶しているだけのようだ。
それでも怪我は酷く、安心できる状況ではない。
近くにマスクの姿はない、一体どのくらい気絶していたのだろうか。
「⋯⋯⋯⋯完敗、だな⋯⋯」
⋯⋯いや、落ち込んでいる場合じゃない。
「⋯⋯うっ⋯⋯橘達と、合流しよう⋯⋯あぁなんか身体が痛い⋯⋯っ!?」
痛みに耐え、子鹿のように震えながらも立ち上がるために奮闘を続けていると、西棟の方角から影がこちらに近づいてくるのが目に入った。
「⋯⋯ッ!?」
⋯⋯もし敵だったら、俺戦えるか⋯⋯っ!?
「──おーい!生きてるかァ!?」
しかし、その考えは杞憂だったようだ。
「ヴィクトリア!無事、で⋯⋯橘ァっ!?けがっ、怪我がっ!大丈夫なのかっ!?」
「落ち着け、死んではねぇよ」
安堵も束の間、ヴィクトリアに抱えられている橘の負傷に声を荒らげてしまう。
「もし死んでたら、オレサマは顕現できてないはずだろ?」
「あ、あぁ⋯⋯そうだな⋯⋯そうだった⋯⋯」
契約者の意識が落ちると、魔神はその存在を保てないのだ。
頭を冷やすために呼吸を繰り返すと、橘と同じように抱えられた鵺が目に入る。
⋯⋯先程の雷鳴⋯⋯それに加えて鵺が気絶している、ということは⋯⋯
「⋯⋯」
⋯⋯いや、今はそれどころじゃない、考えるのはあとでいいだろう。
すぐに思考を切り替えて、ヴィクトリアへと視線を移す。
「敵は?」
「撤退してったよ。もうこの洋館にはいない」
「そうか⋯⋯よし、俺たちも早く移動しよう。橘ももちろんだが、ヒビキの怪我が特に酷い⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯?ヴィクトリア?」
「⋯⋯あー、それなんだけどさ⋯⋯」
急にヴィクトリアが歯切れ悪そうに目線を逸らす。
「⋯⋯どうした?何か懸念が?」
「⋯⋯ほら、さっき言っただろ」
「⋯⋯さっき?」
「嬢ちゃんの意識が無くなると、オレサマは存在を保てないってやつ⋯⋯」
「⋯⋯?あぁ⋯⋯」
いまいち要領を得ない。
「⋯⋯えっと、つまり?」
「⋯⋯⋯⋯嬢ちゃん、そろそろ限界だ」
「え?」
そう言った瞬間、ヴィクトリアの姿が朧気になっていく。
「⋯⋯あっ、え!?そういうこと!?ちょ、待って⋯⋯っ!」
「⋯⋯すまん!嬢ちゃんのこと頼んだ!!」
「待て待て!うわなんかお前成仏するみたいになってるぞ!?」
ヴィクトリアは丁寧に二人を地面に横たわらせると、こちらに手を合わせてから無駄に幻想的なエフェクトと共に消え去った。
「⋯⋯ま、マジかよ⋯⋯」
⋯⋯ヒビキ、橘、鵺。
三人とも目を覚ます様子はなく、怪我もしているため起きたとしても動けるかは分からない。
⋯⋯つまり──
「⋯⋯俺が全員を、事務所まで⋯⋯」
⋯⋯目眩がしそうになるが、この状況で弱音を吐く訳にはいかないだろう。
⋯⋯吐いたとしても誰も聞いてくれないし。
「⋯⋯ぅぐ⋯⋯っ!血が、足りない⋯⋯っ」
血液を固めてロープ状にし、三人を背負うように固定する。
⋯⋯よし、これで──
「あぁ立ち上がるとやばいっ!?なんかチカチカする⋯⋯っ!?」
──────────────────
「⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯っ」
⋯⋯なんとか⋯⋯なんとか洋館を出ることができた⋯⋯
⋯⋯よし、この調子で事務所まで⋯⋯事務所、まで⋯⋯
「⋯⋯遠すぎるだろ⋯⋯っ!」
⋯⋯もしかして、妖怪探偵事務所ってブラック企業なのかな──
「──ぇ⋯⋯?」
「──ッ!?」
──見られた。
それは微かな声と気配だったが、それでも全身が強ばるには十分だった。
向こうの姿は暗闇で見えないが、俺が今いるのはちょうど街灯の下⋯⋯!
──つまり向こうからはこちらがばっちり見えている⋯⋯!
この状況は非常に不味いものだ。
なぜなら俺はもちろん、抱えている人を含めてもこちらは全員血だらけである。
加えて、今までしていた行為は言ってしまえば『不法侵入』⋯⋯!
事件性しかない見た目にガチの犯罪行為。
⋯⋯まさに最悪の状況だった。
「──ッ」
「え?あ、あの⋯⋯っ!?」
満身創痍である俺の脳は一瞬で判断した。
──逃げるしかない⋯⋯!
先程までの千鳥足が嘘のように、全力でその場から駆け出す。
急な動きに肉体から嫌な音が鳴るが、それでも止まるわけにはいかなかった。
「はぁ⋯⋯!はぁ⋯⋯っ!」
いくつもの路地裏を経由しながら、ちらりと後ろを確認するが、特に誰かが追いかけてきてたりはしなかった。
⋯⋯まぁ、わざわざヤバそうな奴らを追う理由なんてないしな。
「⋯⋯よし、なんか今ならいける気がする⋯⋯!」
急な全力疾走でランナーズハイにでも入ったのか、今は痛みも感じない
激しい動きで位置がズレてきた鵺を脇に抱え直して、再度走り始める。
「⋯⋯鵺の身体は凹凸が無くて持ちやすい⋯⋯!」
「──悪かったね、凹凸が無くて」
「──うわぁすみません!?!いや意識あるなら自分で走ってくださいよ!?」
「ごめん⋯⋯まだ動けない⋯⋯」
⋯⋯失言をばっちり本人に聞かれてしまった。
しかし実際、鵺は今もぐったりとしており、とても動ける状態ではなさそうだった。
「⋯⋯あの、さ⋯⋯アカネ君⋯⋯っ」
「⋯⋯?なんですか鵺?」
「⋯⋯えっと、その⋯⋯手の位置、が⋯⋯っ」
「え?なんです?」
鵺が小さい声でごにょごにょと何かを言う。
走っていることもあって上手く聞き取れず、何度も聞き返してしまう。
「⋯⋯うぅっ⋯⋯だ、だからぁ⋯⋯っ!手が、胸に⋯⋯っ」
「⋯⋯?あの、もう少し大きい声で──」
「──ぁん⋯⋯っ♡」
「──ぇ?」
唐突に鵺の甘い声が響き、思考が止まる。
ぎょっとして鵺を見ると、彼女は顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
「⋯⋯アカネ、君⋯⋯っ」
「──ぁ⋯⋯あぁッ!!?!?すみませんマジですみませんっ!!??凹凸がっ!!凹凸が無いからっ!!?!」
「凹凸言わないでっ!!!」
──────────────────
「──あの、人⋯⋯」
その人物は、未だに街灯の下にできた血痕から目を離せずにいた。
少女は、もう既に乾き始めている血痕を愛おしげに撫でると、その血の持ち主が走り去っていった方向へと目を向けた。
ふわふわとした内巻きのボブカットが揺れ、髪の隙間から覗く瞳は、瞬きを忘れてしまったように暗闇を凝視している。
「⋯⋯身長は百七十センチ前後⋯⋯制服を着ていたから恐らくは学生。血だらけでボロボロだったし、特定は簡単じゃなさそうだけど⋯⋯」
ぶつぶつと呟く少女は既に、この辺りの学校で使われている制服と彼が着ていたものとを頭の中ですり合わせ始めていた。
こちらに気づいて目を見開く彼の姿を思い返す度、少女の表情は喜色に歪んでいく。
暗闇に蹲るその彼女は、人生で初めて抱く感情をただ噛み締めていた。
「──あぁ⋯⋯あの人に、また会いたい」