デタラメ幸福論(主人公とヒロインがいちゃつきつつ能力バトルとかするだけ)   作:赤石アクタ

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第二十八話 魔神との昼食

──赤鉄(せきてつ)高校──

 

 

 

 午前の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが響く。

 

 生徒達は次々と席を立ち、昼食をどこで、誰と食べるかをそれぞれ考え始めているようだ。

 

 二年生になってまだ一ヶ月程だというのに、既にクラス内である程度グループができ始めているのを見ると、どこか他人事のように感心してしまう。

 

 その中でも、クラス内で最も目を引くのはやはり彼女だった。

 

 

──橘ナギサ。

 

 彼女はクラスメイトに囲まれ、お昼前の雑談に興じている様子だった。

 

 橘を中心に複数人が会話に参加しているが、彼女はその全員に気を配り、絶妙なタイミングで相槌を打ったり、話を振ったりと楽しそうにしていた。

 

 俺と話してくれている時の様子を思い返してみても、恐らく無意識的に他者を気遣えるタイプの人間なのだろう。

 

 やはり橘はすごい人だ。

 

 しかし⋯⋯

 

 

「⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 

 俺はすごい人ではなかった。

 

 クラス内のグループを他人事のように思うのも当然のことである。

 

 実際他人事なのだから。

 

 それに加えて⋯⋯

 

 

「⋯⋯はぁ〜⋯⋯」

 

 

 俺は醜い人間でもあった。

 

 橘と友人になってからというもの、教室で昼食を食べるということに、えも言われぬ気まずさを感じるようになってしまったのだ。

 

⋯⋯元々の俺は、教室で一人昼食を食べることを苦に思うような人間ではなかった。

 

 しかし今は『友人』と同じ空間にいるという状況にどうしても緊張してしまう。

 

⋯⋯橘のような才能人と仲良くなって、醜いプライドにでも目覚めてしまったのだろうか⋯⋯

 

 

「⋯⋯悲惨だな」

 

 

 なんにせよ、今日も逃げるように教室を後にするしかなかった。

 

 

「──あ、なぁ⋯⋯えっと⋯⋯高槻、だっけ⋯⋯?今、暇か?」

 

「⋯⋯え?」

 

 

 教室を出ようとした瞬間、近くの席に座った男子に声をかけられた。

 

 咄嗟のことに声が掠れ、なんか変なステップを踏んでしまう。

 

 

「良ければ、一緒に飯食わないか?麻雀できる?今三人なんだよ」

 

「麻雀⋯⋯」

 

 

 どうやら、彼らはスマホで麻雀アプリを開いているようだった。

 

 

「このアプリ初心者でも分かりやすいし、どうだ?」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯高槻?」

 

「⋯⋯すみません、実は委員会の仕事を頼まれていて。またの機会に」

 

「え?そ、そうか⋯⋯頑張ってな」

 

「ありがとうございます」

 

 

 麻雀三人組に背を向けて、今度こそ教室を後にする。

 

 

「⋯⋯高槻って、委員会入ってたっけ⋯⋯?」

 

「⋯⋯いや、覚えてないよ⋯⋯」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 

 プール近くの校舎に存在する外階段。

 

 三階と四階を繋ぐ段差に腰掛け、息を吐き出す。

 

 これは、ここ数日学校を散策した結果見つけた『人通りの少ないスポット』の一つだった。

 

 というのもこの学校、四階にクラスとしての教室は無く、特別教室や部活動の部室として使われているのだ。

 

 そのため昼休みは人が少なく、いたとしてもわざわざ外階段は使わない。

 

 こうした要素が重なり『誰かと遭遇し気まずい空気の中で端による』といった状況に陥る心配をしなくてもいいのであった。

 

 

「⋯⋯プール、意外と汚れてないんだな⋯⋯」

 

 

 無意識に独り言がこぼれる。

 

 この赤鉄高校には『夏』の学校にしては珍しくプールが存在していた。

 

 しかし、当然授業で使われるといったことはなく、唯一使用していた水泳部も数年前に廃部。

 

 学校を運営している『春』の企業にしても、プールを維持する余力なんて割きたくなかったのだろう、今では完全に放置されていた。

 

 遠目だからよく見えないだけで、実際にはゴミなどが散乱しているのかもしれない。

 

 

「⋯⋯はぁ、これからもっと暑くなるだろうし、別の場所を探しておかないと──」

 

「──今日はため息ばっかりだな」

 

「──うわぁっ!!?」

 

 

 唐突に響いた声に、思わず飛び跳ねる。

 

 大袈裟なリアクションに思えるかもしれないがしかし、ギャグのような反応をしてしまった理由は唐突な声だけではなかった。

 

 

「ヴィクトリア⋯⋯!?おまっ、今壁から⋯⋯っ!?」

 

「おう、魔神は壁抜けができるからな。サプラーイズ」

 

「心臓に悪い!!」

 

 

⋯⋯突然校舎の壁から横向きにヴィクトリアが生えてきたために、情けない叫び声を上げてしまったのだ。

 

 そういえば、魔神という存在は物をすり抜けられたり透明になれたりと、割となんでもありなのだったか。

 

 なんにせよ、輝く甲冑が突然目の前に現れるというのは中々心臓に悪かった。

 

 それにしても⋯⋯

 

 

「ヴィクトリア⋯⋯」

 

「ん?」

 

「相変わらず、デカい⋯⋯っすね⋯⋯」

 

 

 俺が今まで出会った人間で最も長身だったのはジェイソンである。

 

 彼女自身に聞いたことは無いが、恐らく百九十センチ程だろう。

 

 しかし、目の前のヴィクトリアはそれ以上、二メートルを優に超える体格だった。

 

 至近距離に立たれると、ジェイソンに似た圧迫感を感じてしまう⋯⋯甲冑って怖いし。

 

⋯⋯魔神というのは皆巨大なのだろうか?

 

 

「⋯⋯そうか?生前からこんなんだったけど」

 

「妖怪か何かだったんですか?」

 

「人間だよッ!」

 

 

⋯⋯本当ならすごいことだ。

 

 

「まぁ、飯だけはしっかり食ってたからな」

 

 

 昔を思い出すように遠くを見つめるヴィクトリアに、気の抜けた相槌を打つ。

 

 

「⋯⋯ていうかオマエ、今日はなんでそんなよそよそしいんだよ?」

 

「え?いや、なんか⋯⋯よく考えたら年上だなって思って⋯⋯それで、あんまりフランクに接するのは良くないかもって⋯⋯」

 

「オマエなぁ⋯⋯」

 

「それに、山篭りだし⋯⋯」

 

「山篭りは関係ないだろ」

 

 

 ヴィクトリアは呆れながら、俺の周りをふわふわと漂う。

 

 どうやら、一人の俺を見かねて話し相手になってくれるようだった。

 

 

「嬢ちゃんとは普通に話してんだから、オレサマにも普通でいいんだよ、違うか?」

 

「⋯⋯じゃあ、その⋯⋯そうしよう、かな⋯⋯」

 

「おう」

 

 

 ヴィクトリアがこちらに気を遣ってくれるというのは、少し意外に感じた。

 

 

「そういえばオマエ、昼飯は?今は昼休みなんだろ?」

 

「ん?あぁ、持ってきてるよ」

 

「⋯⋯?見当たらねぇけど⋯⋯」

 

 

 不思議そうにするヴィクトリアを横目に、懐から今日の昼食を取り出す。

 

 

「⋯⋯は?オマエ、マジか⋯⋯?」

 

「⋯⋯?」

 

 

 ヴィクトリアはドン引きしたようにこちらを見る。

 

 

「いやいやいや⋯⋯ッ!た、足りないだろそれじゃ⋯⋯若者なんだから⋯⋯!」

 

「⋯⋯そうかな⋯⋯?」

 

 

 俺が取りだしたのは一本のカロリーバーだった。

 

⋯⋯確かに、弁当などと比べたら量は少ないが、そこまでドン引きされるとは思っていなかった。

 

『軽くウケを取れるかな』くらいに考えていたため、本気で心配している様子のヴィクトリアにこちらの方が驚いてしまう。

 

 

「ヴィクトリア⋯⋯」

 

「なんでオマエが引いてんだよ!?」

 

 

⋯⋯不味い、このままではヴィクトリアからの心証が悪くなってしまう。

 

 橘と契約しているヴィクトリアからの心証が悪くなれば、橘との友人関係も続けられなくなるかもしれない。

 

──それだけは避けなくては⋯⋯!

 

 

「お、驚かせて悪かったよヴィクトリア。お詫びに面白いものを見せるから、それで許してくれないか⋯⋯?」

 

「は?いや、オレサマは別に怒ってるわけじゃ⋯⋯」

 

 

 ヴィクトリアの言葉を待たずに、カロリーバーを一口頬張る。

 

 

「⋯⋯?」

 

「⋯⋯あむっ⋯⋯」

 

「⋯⋯お?」

 

「⋯⋯んぐっ⋯⋯」

 

「⋯⋯おぉ⋯⋯!?」

 

 

 隣で驚いた様子のヴィクトリアに手応えを感じながら、カロリーバーを完食する。

 

 どうやら、俺の『特技』は気に入ってくれたらしい。

 

 

「⋯⋯ごくんっ⋯⋯どうだった?」

 

「すげぇ!!一切食べかすがこぼれなかったぞ!?どうやったんだ!?」

 

 

──これこそ俺の『特技』

 

 カロリーバーをこぼさず完璧に食することができるのだ⋯⋯!

 

 長い間カロリーバーばかり食べていたことで身につけた技術だったが、こんな所で役立つとは⋯⋯

 

 俺の人生も捨てたものではないのかもしれない。

 

 

「⋯⋯なぁ、オマエいつも昼休み何してんだ?」

 

「え?」

 

 

 一瞬で昼食を終えたことが気になったのか、ヴィクトリアは興味深そうに聞いてくる。

 

 

「えっと、ソシャゲの周回とか、かな⋯⋯?」

 

「ほー、休み時間ってそんな感じなんだな」

 

「⋯⋯?」

 

 

 不思議な反応に怪訝な視線を向けると、ヴィクトリアは頬をかいてから口を開く。

 

 

「いや、オレサマは学校に通ったことなんて無かったからさ」

 

「あぁ、あんまり下界には降りてなかったんだっけ?」

 

「お前オレサマの山篭り時代をイジるのやめろよな」

 

 

 怒られてしまった。

 

 

「⋯⋯にしても、嬢ちゃんの人気はいつ見てもものすごいな」

 

 

 思い出したように、ヴィクトリアが話題を変える。

 

 

「まぁ、橘はすごいやつだからな」

 

「一年の時からあんな感じだったのか?」

 

「え?」

 

「⋯⋯?一年でも同じクラスだったんだろ?」

 

 

 当然のように放たれた質問に思わず固まってしまった。

 

 

「なっ、なんでそれを⋯⋯!?」

 

「⋯⋯?嬢ちゃんが言ってたぜ」

 

「⋯⋯っ⋯⋯た、橘ぁ⋯⋯!」

 

「うわ何泣いてんだ」

 

 

──まさか一年生の頃から俺のことを認知してくれていたなんて⋯⋯!

 

 

「当然、橘は一年の頃からすごいやつだったよ」

 

「でも話したこと無かったんだろ?」

 

「なっ、無かった訳じゃない⋯⋯!橘は良いやつだから、話しかけてくれたこともある⋯⋯!まぁ、向こうは覚えてないだろうけど⋯⋯」

 

 

 醜いプライドからつい反論してしまうが、なんかものすごい情けない感じになってしまった。

 

 

「いや覚えてたぞ」

 

「⋯⋯え?」

 

「話しかけたけど迷惑そうにはぐらかされちゃった、みたいなこと言ってたし」

 

「た、橘ぁ⋯⋯!!」

 

「泣くなって」

 

 

──俺のことをわざわざ記憶領域に残してくれていたなんて⋯⋯!

 

 やっぱり橘はいい人だ⋯⋯!!

 

 

「橘は本当にすごいんだよ!誰とでも上手くやれるとかそういう次元じゃない。場の空気そのものをより良くできる、そういう人間なんだ!!」

 

「うわ急に早口になったな⋯⋯」

 

「これは空間を支配していると言っても過言じゃない!多数から認められるというのは、それがどんな方向性であれ確かな才能だ!!」

 

「嬢ちゃんのは良い方向性だろうしな」

 

「そう!まさにその通りだ!!俺みたいな人間が特に邪険にされずクラスに存在できるのも、橘がクラス内の雰囲気を良く保ってくれているからなんだよ!加えて、見ていると一人一人に真剣に接しているのが分かって──」

 

「──なんかお前、嬢ちゃんの厄介ファンみたいだな」

 

「──なぁッ⋯⋯!?」

 

 

 言葉に熱が入ってきていた俺は、唐突なヴィクトリアの指摘に軽くないダメージを受けてしまった。

 

──くそっ、すっかり現代の言葉に順応しているじゃないか⋯⋯!

 

 

「そ、そんな訳ないだろ⋯⋯?俺は橘の友達だよ⋯⋯」

 

「へぇ?」

 

「⋯⋯⋯⋯まぁ、橘にとっては数多くいる友人の一人なんだろうけどさ、ははは⋯⋯」

 

「その一人一人を嬢ちゃんは大切にしてるって話だっただろ」

 

 

 いじけたように目線を逸らすと、呆れたようなため息が聞こえてきた。

 

 

「⋯⋯ところで気になったんだが」

 

「⋯⋯?」

 

 

 ヴィクトリアが先程よりも真剣な調子で聞いてくる。

 

 

「お前がさっき教室を出ようとした時、クラスメイトに声かけられただろ?⋯⋯ほら、あの麻雀三人組⋯⋯」

 

「分かるよ。細川さんに脇田さん、それに田代さん、だろ?」

 

「あぁ、そうそいつら⋯⋯え?」

 

「⋯⋯?」

 

 

 しかし俺が相槌を打つと、ぎょっとした様子でこちらを振り返った。

 

 

「⋯⋯え、何?」

 

「⋯⋯お前、あいつらの名前覚えてたのか⋯⋯?」

 

「⋯⋯?クラスメイトの名前は全員覚えてるけど」

 

 

 そこまで驚くほどのことではないだろう。

 

 

「⋯⋯友達いないのにか?」

 

「え、急にひど」

 

 

 煽りたかっただけかよ。

 

 どうやら『友達がいないからこそ些細な部分でチャンスを逃したくない』という繊細な感情の機微は、魔神には早かったらしい。

 

 

「⋯⋯今日の欠席者とかも把握してんの?」

 

「今日は学級委員長の姫宮さんが休みだな。あの人、最近休みがちだから少し心配だよ」

 

「⋯⋯何か、歪んでるなオマエ⋯⋯」

 

 

 クラスメイトを心配しただけでこの言われようである。

 

 

「あ、いや違う!オレサマが言いたかったのはそういう事じゃなくて⋯⋯」

 

「なんだよ、友達いないくせにクラスメイトの名前暗記してる俺に言いたいことって」

 

「根に持つなって!悪かったよ!!」

 

 

 ヴィクトリアは慌てた様子で少し考えたあと、今度は躊躇いがちに口を開いた。

 

 

「──友達友達言ってるくせしてお前、実際はクラスメイトと仲良くする気なんて無いんじゃないかって思ってさ」

 

「⋯⋯え?」

 

 

 先程とは違いどこか探るようなヴィクトリアの言葉に、思わず振り返る。

 

 

「だってそうだろ?麻雀三人組に対してありえないくらい冷たかったじゃねぇか」

 

「⋯⋯それ、は⋯⋯」

 

 

 冷静で最もな指摘に言葉が詰まってしまう。

 

 

「⋯⋯まぁでも、名前暗記してるの見るにそんな単純な話でも無いんだろうな」

 

 

 しかし、ヴィクトリアはそれ以上深くは追求してこなかった。

 

 どこか手心のような、ともすれば憐れみすらも感じられるその態度に、言いようのない焦燥感が募っていく。

 

 

「⋯⋯あー⋯⋯そうだ⋯⋯!今思えば、お前と友達になった時の嬢ちゃんの積極的な態度は最適解だったんだなァ〜⋯⋯なんつって⋯⋯?」

 

 

 おどけた様子でフォローまで入れてくれるヴィクトリアだが、俺の方は未だに言葉を発せない。

 

──そんなに、酷い表情をしていただろうか。

 

 

「⋯⋯悪かった。無理に聞くつもりは──」

 

「──本当は俺、友達なんて作っちゃいけないんだ」

 

「⋯⋯は?」

 

 

⋯⋯久々に誰かと食事を共にしたからだろうか。

 

 言わなくてもいい事を口走ってしまった。

 

 

「⋯⋯それって、どういう──」

 

 

 ヴィクトリアが躊躇いがちに口を開いた瞬間、鐘の音が響き渡り昼休みの終わりを告げる。

 

 俺は先程の発言を誤魔化すように、気持ち大袈裟に立ち上がった。

 

 

「──わざわざ付き合ってくれてありがとう、ヴィクトリア。誰かと一緒の昼休みって、こんなに短く感じるものなんだな」

 

 

──隠したい恥部が増える程、他者に対して誠実に向き合えなくなる。

 

 この昼休みだけで、俺はいくつの物事を誤魔化したのだろう。

 

 しかしこの言葉は、紛れもない本心だった。

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