「──無事か、嬢ちゃんッ!?」
「ま、待ってヴィクトリア!私は大丈夫だからっ!」
「よぉし僥倖ッ!!嬢ちゃんはそのまま動くなッ!」
「ちょっと⋯⋯!待ってってば⋯⋯っ!」
「──ここからは、正当防衛だ」
──状況が全く理解できない⋯⋯!
橘さんが神威に殺されそうになって、そしたら変な甲冑が彼女を守った⋯⋯ヴィクトリアがあれの名前か⋯⋯?意思疎通も問題なく取れているように見えるが、しかし状況を羅列してみても、やはり謎が深まるばかりだった。
俺が混乱している間にも、ヴィクトリアと呼ばれる存在は野生動物のように身を屈め、目の前の神威を捉える。
「正当防衛⋯⋯?」
「そうだろ?嬢ちゃんがお前に何したってんだ、よッ!」
「──ッ!?」
再度、二人がぶつかり合う。
相変わらず捉えることはできないが、先程よりも衝撃が大きくなっていることは理解できた。
「やめてヴィクトリア!私はこんなこと望んでない!」
「ちょっと!?神威一旦ストップ!!」
橘さんと鵺がそれぞれを宥めようとするが、お互いが持つ敵意が静まることは無かった。
「神威っ!!」
「今ので分かっただろ鵺、こいつは⋯⋯この『魔神』はやはり僕たちにとって敵だッ!」
──魔神⋯⋯?
聞いた事のない単語だった。
「今ので分かったのはこの魔神が意思疎通を取れることでしょ!?もう充分だよっ!!」
「こいつに興味を持つな。これはただの災害だ」
鵺の懇願も、神威には届かない⋯⋯いやむしろ、この状況での少数派は鵺の方だった。クロックはもちろん、先程冷静な意見を述べていたジェイソンすら、真剣な表情でそれぞれの武器を構えている。
「何だ、この状況⋯⋯」
戦いは捉えることすらできず、会話の中では意味の分からない単語が当然のように飛び交い、俺はもう頭がパンクしそうだった。
──いや魔神ってなんだよ⋯⋯ッ!
「──こっち」
「⋯⋯え?」
突然、控えめに袖が引っ張られる。
視線を向けると、俺と橘さんの他に面接を受けに来ていたであろう金髪の少女が隣に立っていた。
⋯⋯そうだ、この子がいた。
彼女はこの瞬間まで一切口を開かず、魔神とやらが出てきてからも特に動かなかった⋯⋯突然の非日常も相まって、俺は完全に彼女の存在を忘れていた。
「──危ないから、部屋の隅にいた方がいいわ」
彼女は、特に動揺もせずに俺を部屋の隅まで誘導し、盾になるように前に立つ。事務所は比較的広いが、戦闘は段々と激化し、いつ被害を受けてもおかしくなかった。
「⋯⋯えっと、あなたは大丈夫なんですか⋯⋯?」
「⋯⋯?ええ、あなた一人くらいなら、守ってあげられるから」
彼女はなんでもないように答えると、手に持った武器を軽く握りしめる。
「⋯⋯?」
──何だこの武器⋯⋯?
それは、大きなカッターナイフのようだった。刃はしまわれており、伸ばせばかなりの刃渡りになることが想像できる。目の前の少女は、相変わらずぼんやりとした表情を浮かべているが、抱えるように持つその武器はなんともミスマッチだった。
⋯⋯そのアンバランスさが、目の前の儚げな少女から現実感を奪いさる。まるで、絵画のような──
「──駄目だ⋯⋯このままじゃ駄目だ⋯⋯ッ」
彼女に見惚れていた思考が、苛立ちを孕んだ神威の声に引き戻される。
「ハッ!なんだよ降参かァ!?」
「ッ⋯⋯はぁーッ、ふぅー⋯⋯ッ」
「っ!?神威それは絶対だめっ!普通に事務所が壊れるっ!!」
「それでこいつを破壊できるなら安いもんだろ⋯⋯ッ!」
「いやいやいやいや!!雫に説明するの私なんだからね!?分かってる!!?」
慌てる鵺を他所に、神威は深呼吸を繰り返し、それに合わせて肉体が脈動する。
「──あの人、『能力者』か⋯⋯っ」
魔神とは違い、これは事前に予想できていたことだ。しかし、実際に見るとやはり嫌が上にも緊張感が高まっていく。
いったい、どんな能力を──
「──ヴィクトリア!戻ってきて⋯⋯っ!」
「う、ァ⋯⋯ッ!?はぁ!?何、考えてんだよ、嬢ちゃん⋯⋯ッ!?」
突如、橘さんの叫びでヴィクトリアの動きが止まる。彼女は遠目で見ても分かるくらい大量に汗をかいており、顔色も悪かった。しかしそれでも、片手をヴィクトリアの方に伸ばし、力強い瞳でヴィクトリアを見つめ続ける。
「はぁ、はぁ⋯⋯っ!ヴィクトリア、戻ってきて。お願い⋯⋯っ!」
「⋯⋯嬢ちゃん、言っただろ?これは正当防衛だ。オレサマも嬢ちゃんも、間違ってないのさ」
「⋯⋯⋯⋯そっか」
橘さんはヴィクトリアに必死に訴えるも、返ってくるのは無機質な返事だった。
彼女はその返答に一瞬、ほんの一瞬だけ悲しそうな表情を見せ──
「ごめんなさい、ヴィクトリア⋯⋯っ!」
ヴィクトリアに伸ばしていた手をぎゅっと握りしめる。
「マジかよ⋯⋯まだ一週間だぜ?」
すると、ヴィクトリアの身体は橘さんの手に吸い込まれるようにして忽然と消え去った。
「はぁっ⋯⋯はぁっ⋯⋯けほっ⋯⋯」
橘さんは、自らの身体を抱きしめるようにして息を整えている。
⋯⋯なんとか、なったのか⋯⋯?
「──」
──いや、まだだ⋯⋯ッ!
「──橘さん避けろッ!神威が──」
「──遅い」
──ずぷ⋯⋯っ
「⋯⋯え?」
「──はいストップ、ちょっとやりすぎだよ?神威」
「どけデブ、殺すぞ」
⋯⋯目の前の光景は、凄惨なものだった。
血走った目の神威が、橘さんを庇うように割って入ったジェイソンを貫手の要領で貫き、部屋一面が血に塗れる。
しかし、明らかな致命傷にも関わらず、ジェイソンは痛がる素振りも見せずに神威を窘めていた。神威は腹を引き裂くつもりなのか、腕を横に動かそうとするが、どんな原理か腕はピクリとも動かない。
「ねぇ鵺?もう充分じゃない?」
「⋯⋯そうだね」
ジェイソンは橘さんを気遣うように見てからその視線を鵺へと移す。鵺も同様に、その瞳には橘さんへの心配と罪悪感が見え隠れしていた。
「ナギサちゃんは見事に魔神を御して見せた。本当に、充分すぎるくらいだよ⋯⋯」
「御せてる?おい鵺、本気で言ってるのか?だったらさっきのはなんだ?明らかに魔神を暴走させてただろ。僕たちを敵と認識し攻撃してきた。違うか?」
「それは魔神本人が正当防衛だって言ってたでしょ。そもそも魔神云々より、推定無罪の女子高生をノータイムで殺しにいける神威の方がやばくない?」
「テメェの意見は聞いてねぇよブタ」
「一生腕を引き抜けなくしてやろうか」
「⋯⋯あのさ、その絵面グロいからそろそろどうにかしてくれない?」
三者三様の言葉。どうやら未だ意見は割れているらしい。場にも同様、重い空気が漂っている。
「⋯⋯」
⋯⋯それに、先程から橘さんは顔を青くして蹲ったままだ⋯⋯どうしても心配になってしまう。
「⋯⋯あの、それで、橘さんは──」
「──合格っ!!!」
「⋯⋯え?」
恐怖心を抑えつけ、なんとか言葉を絞り出そうとした瞬間、勢いよく顔を上げた鵺がそう宣言した。
「改めて、ナギサちゃんを含めて皆合格とします!!おめでとう!!!」
鵺はそのまま、どこからか取り出したクラッカーを連続で鳴らし手続きの書類を用意しようとする。
しかし⋯⋯
「⋯⋯合格だと?」
⋯⋯当然、神威はこうなるだろう。
彼の瞳は射殺さんばかりに鵺を睨みつけるが、しかし鵺はその圧にも負けずドヤ顔でスマホの画面を返した。
「今雫から返信が来ました!!三人とも合格確定!!」
「なッ⋯⋯!?」
神威の纏う殺意が一段階進化するが⋯⋯しかし結局、神威はそれ以上の反論をしなかった。碧雫⋯⋯つまり先輩には逆らえないのだろうか?
「⋯⋯ん?先輩からの、返信⋯⋯?」
いや、というか⋯⋯そんなことよりも⋯⋯っ
「あのっ、あのすみません。先輩からのメッセージ、見せていただいても⋯⋯っ???」
「えなに急にアカネくん?え!?ほんとになに!?にじり寄って来ないでよっ!?」
何はともあれこうして、(恐らく先輩のおかげで!)俺と橘さん、そしてもう一人の金髪少女は、その全員が妖怪探偵事務所に合格することになった。