デタラメ幸福論(主人公とヒロインがいちゃつきつつ能力バトルとかするだけ)   作:赤石アクタ

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第三十話 運命との再会

「──っ!!」

 

 

 ホームルームが終わると同時に席を立つ。

 

 事前にまとめておいた荷物をひったくるように掴み、誰よりも早く教室を後にする。

 

 どうやら他のクラスと比べても終わるのが早かったらしく、周囲に他の生徒の姿は見えなかった。

 

 下駄箱で靴を履き替え、その勢いのまま、通学路を今まで出したことの無いような速度で走る。

 

 

「⋯⋯はぁっ⋯⋯はぁっ⋯⋯!」

 

 

 お世辞にも体力があるとは言えないが、それでも一切速度を緩めようとは思わなかった。

 

 既に何度も通った妖怪探偵事務所への道だが、今日は一段と遠く、そして輝いて見える。

 

 

「着いた⋯⋯っ」

 

 

 全力疾走を経て辿り着いた事務所の前で一度立ち止まり、呼吸と髪を軽く整える。

 

 

「⋯⋯っ」

 

 

 そして、執務室の扉を慎重にノックする。

 

 

「──どうぞ」

 

「──ぁ」

 

 

──この、声。

 

 一年前にも聞いた、絶対に忘れられない声。

 

 落ち着いているようでどこか楽しげな、あの人の発する音。

 

 震える手のまま、ゆっくりと扉を開ける。

 

 そこには──

 

 

「──アカネ」

 

「⋯⋯せん、ぱい⋯⋯」

 

 

──俺の運命が、そこに立っていた。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

──碧雫(あおいしずく)

 

 二十歳、身長約百四十センチ、綺麗な黒髪は腰あたりまで伸び、前髪はいわゆる姫カットに切り揃えられている。

 

 髪の隙間から覗く真っ赤な瞳は、まるでこちらを見透かすようだ。

 

 喪服のようなゴスロリのような真っ黒のドレスを身に纏い、そして左手だけにつけられた手袋。

 

 身長が少し伸びているが、しかしそれ以外は一年前に出会った時と寸分違わない姿だった。

 

 こちらに向ける柔らかな笑みすらも、一切の狂いなく彼女のものだ。

 

 その立ち姿はまさに可憐、見るもの全てを魅了する絶世の美貌。

 

 しなやかな指が揺れる様子、辺りを見回す際にきょろきょろと動く瞳孔、それら全てが美しく、彼女の持つ才能を感じさせるようだった。

 

 あぁ、美しい⋯⋯彼女こそ、俺の──

 

 

「──オイ、コイツ大丈夫か?さっきからずっと黙りこくって⋯⋯呼吸、してるよな⋯⋯?」

 

「──ッ!?なんだ⋯⋯!?うぁっ⋯⋯!?さ、酸素が⋯⋯っ!?」

 

「こわ⋯⋯」

 

 

 ヴィクトリアに軽く小突かれた事で、忘れていた呼吸が再開される。

 

 今、妖怪探偵事務所の執務室には俺と先輩に加えて、橘とヒビキも合流していた。

 

 俺は誰よりも早く事務所に来たのだが、正直先輩に会ってから現在までの記憶は曖昧である。

 

 なぜなら先輩が可愛すぎるから。

 

⋯⋯すごく緊張していたことだけは、ぼんやりと覚えている。

 

 

「──改めまして、碧雫です。先日の洋館探索、とても助かりました」

 

 

 先輩がぺこりと頭を下げる。

 

 

「⋯⋯この人が、碧雫さん⋯⋯」

 

 

 先輩と初対面の橘は、やはり驚いている様子だった。

 

 当然だろう、何せ碧雫だ。

 

 

「なんだ、碧雫なんて名前だから青色を想像してたのに、黒髪赤目かよ」

 

「──なァ⋯⋯ッ!?!?ヴィクトリアお前なんてことをお前⋯⋯ッ!?」

 

「うわなんだコイツ!?」

 

 

 突然とんでもないことを言うヴィクトリアに、不安定な音程の叫びを上げてしまう。

 

 

「ご期待に添えず、申し訳ありません⋯⋯」

 

「──うわぁ可愛いッ!?!?」

 

「今日うるせぇなコイツ」

 

 

 しゅんとしてしまう先輩がとても可愛かった。

 

 

「ヒビキ。腕の怪我、後遺症なく治って良かったです」

 

「⋯⋯あ、ありがとうございます」

 

 

 何度か会っているはずのヒビキも、先輩を前に緊張している様子だった。

 

 先輩の声は落ち着き払っているのだが、それが逆に場の空気を引き締めているのだろうか。

 

 

「⋯⋯橘ナギサ」

 

「え?は、はい⋯⋯っ!」

 

 

 唐突に、先輩の興味深げな視線が橘を捉える。

 

 

「洋館では鵺を助けてくださって、ありがとうございました」

 

「⋯⋯っ⋯⋯いえ、私は何も⋯⋯」

 

 

⋯⋯橘は、鵺に能力を使わせてしまったことを今でも酷く悔やんでいる。

 

 複雑そうな表情をする彼女に対して、しかし先輩の言葉は紛れもない本心に見えた。

 

⋯⋯見る限り先輩は、鵺が能力を使用したことを特になんとも思っていない様子だ。

 

 むしろ、目の前の橘に対して特別関心を寄せているようにすら感じられる。

 

 

「⋯⋯そういえば、オマエもあの女と同じ黒髪赤目だよな。なんか関係あんのか?」

 

「え?」

 

 

 ヴィクトリアが俺の方を見て、何の気なしに聞いてくる。

 

 

「⋯⋯ふふふ」

 

「お?」

 

「──やっぱり⋯⋯運命、なのかなぁ⋯⋯?」

 

「あぁこれ偶然だな」

 

 

 一刀両断されてしまった⋯⋯実際偶然なのだが。

 

 

「──アカネ」

 

「──うぇっ!?あっ⋯⋯は、はいっ!!」

 

 

 不意に名前を呼ばれ、また音程を外しながら返事をしてしまう。

 

 

「約束、覚えていてくれたようで嬉しいです」

 

「も、もちろんです⋯⋯!」

 

「ふふ、まぁ忘れていても私から訪ねるつもりでしたが⋯⋯」

 

 

 緊張した様子の俺に対して、先輩は柔らかく笑う。

 

 洗練された、美しい所作だった。

 

 

「洋館でのことも、お疲れ様でした」

 

「⋯⋯っ⋯⋯あの⋯⋯俺は、お役に立てたでしょうか⋯⋯?」

 

 

 正直、あの日の出来事は敗北としか表現できない内容だった。

 

 先輩から初めて言い渡された任務を失敗したというのは、やはり後ろめたく感じてしまう。

 

 

「えぇ、私の欲しかった情報は滞りなく手に入りました。頑張りましたね、アカネ」

 

「⋯⋯でも、俺は──」

 

「──間違っていませんよ」

 

「──っ」

 

 

 先輩が、こちらに一歩距離を詰めてくる。

 

 そして、華麗な動作で俺の手を取った。

 

 先輩のしなやかな指が絡められ、息が止まる。

 

 

「──よくできました、アカネ」

 

「──う、ぁ⋯⋯っ」

 

 

 反射的に引こうとした手はしかし振りほどけず、まるで彼女の指に捕食されているようだった。

 

⋯⋯先輩にそう言われると、まるで本当に自分が正しいように感じてしまう。

 

⋯⋯⋯⋯やはり彼女こそ、俺の生きる理由だ⋯⋯指も魅力的だし⋯⋯

 

 

「あ、ありっ、ありがとうございます⋯⋯っ」

 

 

 指の感触に意識を奪われながらも、なんとか必死に返事をする。

 

 

「アイツ、マジで大丈夫かよ⋯⋯」

 

「あはは⋯⋯」

 

 

 ヴィクトリアはあからさまに顔を顰め、橘も微妙な表情をしているが、先輩の指で頭がいっぱいの俺には反応することができなかった。

 

⋯⋯ヒビキは相変わらずの無言に無表情だった。

 

 

「ところでアカネ」

 

「は、はい⋯⋯っ」

 

「──実は、新しく協力して欲しいことがあるんです」

 

「──っ」

 

 

 先輩の言葉に、心臓が跳ねる。

 

 先日の洋館探索も先輩のためではあったが、こうして直接彼女から指示を受けるのは今回が初めてである。

 

 えも言われぬ高揚感が体を包む。

 

 

「任せて下さい!必ず、あなたのお役に立ってみせます⋯⋯!」

 

「ふふ⋯⋯えぇ、頼りにしていますよ」

 

 

 にこりと微笑む彼女は、この大地の何よりも美しく見えた。

 

 

「⋯⋯⋯⋯なぁ、アイツやっぱ良いように使われてるだけ──」

 

「──ちょっとヴィクトリア⋯⋯!」

 

 

 

──夜、妖怪探偵事務所──

 

 

 

「──雫、一緒に寝よ〜」

 

「えぇ、分かりました」

 

 

 可愛らしいパジャマを着た鵺が雫に声をかける。

 

 考え事をしていた様子の雫は柔らかく微笑み、手元の書類を机に置いてから鵺のそばに寄った。

 

 

「それ、洋館探索の報告書?」

 

「それに加えて、ヴィクトリアについての記録も」

 

「ヴィクトリア?」

 

 

 ベッドへ座った拍子に、雫のドレスがふわりと揺れる。

 

 

「──あなたが『厄災』を餌にしてまでヴィクトリアを引き入れたというのには、少し驚きました」

 

「え゙」

 

 

──『厄災』

 

『夏』の元支配者であり、最も有名な都市伝説であり、破壊の体現者。

 

 鵺はその『厄災』こそ、ヴィクトリアの探している存在ではないかと仄めかし、協力関係を結んだのだった。

 

 

「⋯⋯あー、やっぱり良くなかった⋯⋯?」

 

「ふふ、私は意外だと言っただけですよ」

 

 

 バツが悪そうにする鵺に対して、雫はころころと鈴が鳴るように笑う。

 

 彼女の瞳は瞬きもせずに鵺を見つめており、それが単なる癖だと知っていても、鵺はなんとなく責められているように感じてしまうのだった。

 

 

「うぅ、だってぇ⋯⋯どうしてもヴィクトリアが欲しかったんだもん⋯⋯元人間の魔神とか、ちょっと面白すぎるでしょ⋯⋯?」

 

「えぇ、そうですね」

 

「⋯⋯軽率、だったでしょうか⋯⋯?」

 

 

 恐らく雫は怒っている訳ではない⋯⋯というか、雫が怒ったところなんて見た事ないが。

 

 しかし鵺は緊張しまくっていた。

 

 

「いえ、どちらにせよ大した問題ではありません。それに、他者の復讐に口を挟むことなどできないでしょう」

 

「⋯⋯そっか」

 

 

 普段と変わらない様子で告げた雫に、つい鵺は寂寥感を感じてしまった。

 

 

「ね、ねぇ雫⋯⋯っ!ところで、あの洋館ってなんだったの?」

 

 

 その感情を誤魔化すように、鵺が話題を変える。

 

 しかしそれは、鵺にとって絶対に聞かなければならないことでもあった。

 

 

「──血痕はそこかしこに飛び散ってるし、拷問器具っぽいのは転がってるし、物件所有者の情報は明らかに細工されてるし、びっくりしたんだけど?」

 

 

 そして、じとーっと不満を表すように雫を見つめる。

 

 

「⋯⋯ふふ」

 

「あ!笑って誤魔化そうとしてる!!」

 

 

──あの洋館は異常だった。

 

 海蜘蛛が巣を張っていたということは長年放置された建物であるはずだが、その割には部屋に埃が溜まっていなかったし、比較的新しい血痕も存在した。

 

 そして、その血痕は二種類存在したのだ。

 

 即ち人間の血液と海蜘蛛の体液である。

 

 私たちよりも先に、誰かがあの館で争いでもしたのだろうか。

 

 いくつかの部屋に転がっていた拷問器具や拘束具も不穏だった。

 

 ナギサの目に入らないように気を遣ってこそいたが、当然全て隠し通せたとは考えにくいし、東棟を調査したアカネとヒビキからも同様の報告を受けていた。

 

 突然現れた『能力者狩り』を抜きにしても、あの洋館は明らかに普通じゃなかったのだ。

 

 

「⋯⋯はぁ、一体何が──」

 

「──『海蜘蛛教会』」

 

 

 雫の発言に、鵺が驚いたように顔を上げる。

 

 

「あの洋館は『海蜘蛛教会』と関係があると、私は考えています」

 

「⋯⋯『海蜘蛛教会』って、海蜘蛛を崇拝してるヤバい奴らでしょ?あの洋館の持ち主がそうってこと?」

 

「いえ、持ち主は『春』の資産家です」

 

「え?でも確か⋯⋯」

 

「はい、表向きには『夏』の人間の私有地ということでしたが」

 

 

 実際には、別荘として『春』の資産家が買い取っていたのだ。

 

 

「わざわざ『夏』の建物を買って、その上所有している事実を隠匿するなんて⋯⋯」

 

 

 鵺の中で、ぼんやりと情報が形を成していく。

 

 

「⋯⋯明らかに『春』でやったら捕まるような犯罪行為をしてます、ってことだよね?」

 

「えぇ、そして恐らくその行為が──」

 

「──『海蜘蛛教会』の逆鱗に触れた⋯⋯!」

 

 

 あの洋館は既に『海蜘蛛教会』に襲撃された後⋯⋯!

 

 恐らく所有者である資産家は殺され、血痕はその際のものだろう。

 

 

「でも何してたんだろ?海蜘蛛をペットとして飼おうとしてたとか?」

 

「その程度なら、わざわざ『春』に対して隠匿する必要はありません」

 

 

 膨大な手続きを必要とする上、変人扱いは免れないだろうが。

 

 

「⋯⋯きっと、拷問器具と関係あるんだよね⋯⋯?」

 

「⋯⋯」

 

 

 雫は不安げな鵺の表情を見て一瞬躊躇したが、結局話を止めることはしなかった。

 

 

「⋯⋯あの館では、人間と海蜘蛛を用いた実験が行われていたんだと思います」

 

「──っ」

 

 

 鵺が息を呑む。

 

 実験の内容は想像もしたくないが、きっとそれが『海蜘蛛教会』を怒らせたのだろう。

 

 

「ですが、彼らはきっと──」

 

「──し〜ず〜く〜⋯⋯!!」

 

「──きゃっ⋯⋯」

 

 

 雫の言葉を遮るように、怒った様子の鵺が雫をベッドに押し倒す。

 

 

「新人の子たちはまだ高校生なんだよ!?エグすぎる仕事はダメでしょっ!?めっ!!」

 

 

 そして、雫の額を優しく叩いた。

 

 雫はびっくりしたように、大きな目をぱちぱちと瞬かせる。

 

 

「⋯⋯ふふ」

 

「笑い事じゃないよ!?」

 

 

 雫は鵺の髪を優しく撫でると、仰向けのまま話を続ける。

 

 

「行われていたのは恐らく『人間を用いた海蜘蛛の進化促進実験』でしょうね」

 

「うわぁ私考えないようにしてたのに全部言うんだ!?」

 

 

 髪を撫でながら恐ろしいことを口にする親友に、鵺はドン引きした。

 

 

「──そして、その『成果物』がまだ存在するかもしれないんです」

 

「⋯⋯え?」

 

 

 しかし、真剣な様子で告げられた内容に、言葉を失ってしまった。

 

 

「資産家の取引記録を調べていたら、不自然な金銭の流れを発見したんです」

 

「ちょ、ちょっと待って!『成果物』ってもしかして⋯⋯」

 

「──『人間の姿をした海蜘蛛』」

 

「──なっ」

 

 

 それは、海蜘蛛の進化が多種多様であることから生まれた都市伝説、もしくは科学者達の研究課題である。

 

 しかし研究課題としては、倫理的問題から半ば凍結されているも同然の状態だった。

 

──それを秘密裏に研究し、尚且つ成功させていたとしたら⋯⋯?

 

 

「⋯⋯まぁ、金銭の流れについては全く別の悪事である可能性もありますが、私は調べてみようと思います」

 

 

 雫は既に決意した表情だった。

 

 

「──次の目的は『人間の姿をした海蜘蛛』と接触することです」

 

 

 鵺はそんな親友の迷いない様子を見て呆れながらも、彼女が変わらずにいてくれる事に喜びを覚える。

 

 

「⋯⋯しょうがない、だったら私も協力するよ!次は何するかもう決まってるの?早めに教えてくれれば私予定合わせるからさ、一緒に──」

 

「──明後日」

 

「⋯⋯え?」

 

「心当たりのある場所には明後日向かいます」

 

「⋯⋯」

 

「既にアカネ、ヒビキ、ナギサの協力を得ているので、よろしくお願いします」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯本当に相変わらずだね、雫」

 

 

 今度は拗ねたように唇を尖らせる鵺。

 

 

「ふふ、すみません鵺」

 

「はぁ⋯⋯それで、心当たりって?」

 

 

 枕に顔を埋めたまま聞いてくる鵺に笑みを浮かべながら、雫は心底楽しげに、はっきりと告げた。

 

 

「──次の目的地は『見世物小屋』です」

 

 

 

──第二章 洋館探索編 完──

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