デタラメ幸福論(主人公とヒロインがいちゃつきつつ能力バトルとかするだけ)   作:赤石アクタ

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第三十七話 檻の中の巨女

──紅葉椛(こうようもみじ)の能力『百花繚乱』

 

 効果範囲内に『もみじの花びら』を降らせることができる。

 

 花びらは能力者本人である『紅葉椛』を除いた『生物』に対して刃物のような鋭さを発揮するが、紅葉椛本人と彼女による攻撃(銃弾など)に対しては『弾く』性質を発揮する。

 

 範囲や量はある程度制御可能なのに対し、花びらの軌道はほぼ操れない。しかし、紅葉椛は舞い散る花びらを見て瞬時に動きを計算し、放つ弾丸を反射させて攻撃を行っている。

 

 

 

──鏡の外側──

 

 

 

 極限的な状況に加え碧雫(あおいしずく)は既に死にかけていたが、紅葉椛は一切の油断を見せなかった。

 

 放った弾丸を花びらに複数回反射させ、彼女の真上から腕を一直線に穿つ軌道を作り出す。

 

 これまでのやり取りで、碧雫が自分の攻撃に対応できないことは理解した。そして、このまま左腕を撃ち抜けば彼女はそのまま死ぬだろう。

 

 紅葉椛は冷徹に確信した。

 

 しかし⋯⋯

 

 

「⋯⋯は?」

 

 

 紅葉椛の予想を裏切り、弾丸が皮膚を抉る音は聞こえてこなかった。

 

 

「⋯⋯」

 

 

──弾丸は、碧雫を穿つ寸前真っ二つに切断されたのだ。

 

 綺麗に断面を見せるそれぞれが、碧雫を避けるようにして地面に二つの弾痕を残す。

 

 

「⋯⋯おま、え⋯⋯ッ」

 

 

 最悪で屈辱的な事実が紅葉椛を包む。

 

 

「テメェ⋯⋯ッ!今まではわざと攻撃を食らって⋯⋯!!」

 

 

──碧雫は、こちらの攻撃に対処できない訳ではなかったのだ⋯⋯真っ二つになった銃弾がそれを物語っている。

 

 だというのに、彼女はこの時までその事実を隠していた。

 

──こちらに『時間制限』が生まれる瞬間まで。

 

 

「こい、つ⋯⋯ッ!」

 

 

 今も俯き傷口を抑えている目の前の女と、けたたましく鳴り響く警報音が苛立ちを加速させる。

 

──自分は、この女を殺すタイミングを逃した。

 

 紅葉椛は幾度かぱくぱくと口を開いたが、結局は何も言わず碧雫に背を向けそのまま走り出した。

 

 

「⋯⋯⋯⋯ッ」

 

 

──『四季』である彼女には、一時の感情よりも優先しなければならない事が、あまりにも多すぎたのだ。

 

 

 

──警報音の発生場所──

 

 

 

「──にしても、このバカでかい建物全域に警報音を響かせるなんて、あれってやっぱマジックアイテムなのかなぁ」

 

「はぁ?な訳ないだろお前、最近のスピーカーはマジですげぇんだよ。俺は『春』の企業がやってる商品紹介動画を見てるんだ!」

 

「いや流石に無理だろ。どう考えてもマジックアイテムだ」

 

「はぁ!?『春』の科学力を舐めてんのか!?」

 

「なんでそんな『春』に肩入れすんだよ!?そもそもマジックアイテムだってほとんど『春』製じゃねぇかよ!!」

 

 

「──黙れ!!どっちでもいいんだよそんなもんはッ!!」

 

 

 紅葉椛が、組員の言い争いを苛立ちに任せ一喝する。

 

 度重なるストレスにより頭を掻き毟ろうと伸ばされた手はしかし、綺麗に結った髪を思い出してぴたりと止まった。

 

 

「はぁ⋯⋯考えなきゃいけないことが増えて、結局何もできなくなる。『四季』になるってのはこういうことかよ⋯⋯」

 

「──姐さん、黄昏てるところすみません」

 

 

 明らかに着慣れていないであろうスーツを身に纏った一際背の高い男性が、紅葉椛へと近づく。

 

 

「龍(りゅう)、どうだった?」

 

「やはり、特に何も見つかりませんでした。その紙以外は⋯⋯」

 

 

 龍と呼ばれた男性は、先程からずっと紅葉椛が睨みつけているメモ書きへと視線を移す。

 

 

「⋯⋯」

 

 

──警報音の発生場所にあったのは、音を発するマジックアイテムと一枚の紙切れだった。

 

 紙切れには『見世物小屋』の見取り図が精巧に描かれ、恐らく紅葉椛の『求める物』を示すであろう印が施されている。

 

⋯⋯最悪なのは、その印は一つではなく『二つ』記されているということだった。

 

 つまり──

 

 

「──完全敗北だな」

 

 

 警報音はただのハッタリ⋯⋯紅葉椛の想定した最悪の事態は影も形もなく、結果だけ言えば碧雫に完全に出し抜かれてしまった。

 

 

「⋯⋯そもそも、あの『親』が警報なんて甘っちょろいもんを付けたりする訳ねぇか」

 

 

 そう呟きながらも、紅葉椛は更に思考を深めていく。

 

──そもそも、碧雫はなぜ最初から警報音を鳴らさなかったのか。

 

 マジックアイテムが遠隔で操作できなかったとしても、最初から警報を鳴らしておけばわざわざこちらと相対し、攻撃を食らう必要はなかったはず。

 

 

「──神殺し⋯⋯」

 

 

──碧雫が話した、彼女の目的。

 

 あの時は気が狂ったのかと思っていたが⋯⋯

 

 

「『勇者』⋯⋯とも言ってたか」

 

 

⋯⋯碧雫がわざわざいらないリスクを負ったのは、あの『目的』をあたしに伝えるためだというのは、突飛すぎるだろうか。

 

 

「⋯⋯あの女、マジで何考えてんだ⋯⋯」

 

 

 正直、紅葉椛は今日だけでもう碧雫とは関わりたくないとまで思ってしまっていた。

 

──ヤツは酷く不気味で、迷いが一切見えない。

 

 

「⋯⋯」

 

 

⋯⋯そのくせ、ずっと自分自身を戒めているように感じられたのだ。

 

 

「⋯⋯姐さん、すみません。あの女のハッタリなんかで、うちのもんが慌てちまったから」

 

 

 申し訳なさそうな龍の声で、はっと我に返る。

 

 ふと自分の手元を見れば、手に持った見取り図がちぎれんばかりに握りしめられていた。

 

 

「⋯⋯気にするな。どの道嘘だと分かってても、あたしは来なきゃ行けなかったんだ」

 

「姐さん、それは⋯⋯」

 

「──それがあたしの『責任』だからな」

 

 

 龍の悲痛そうな視線から逃げるように、地図を見てルートを策定する。

 

 

「⋯⋯目的地は二つですが、どうしますか?」

 

「二手に分かれるぞ。龍、お前には『十二兵器』の方を任せたい。できるな?」

 

「もちろんです!ってことは姐さんは⋯⋯」

 

「──あぁ、あたしは『姪』の所へ向かう」

 

 

 碧雫を消せなかった今、『紅葉組』が『夏』に長く留まるのは危険すぎる。

 

『四季』がそのナワバリに不在だと言う情報が漏れるのは、あまりにもリスクが高いのだ。

 

 それぞれの距離を考えても、一つずつ回収するのは現実的じゃない。

 

⋯⋯そう⋯⋯距離、が⋯⋯

 

 

「⋯⋯ん?えーっと、現在地がここで印の位置が⋯⋯」

 

 

⋯⋯よく見ると、警報音の発生場所であるここって、ちょうど目的地の正反対じゃね⋯⋯?

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

⋯⋯これは、つまり──

 

 

「──あ、のッ、ゴスロリガリガリメンヘラ女ァ!!嫌がらせのつもりかァ!?」

 

 

 

──見世物小屋、ステージの下へ続く階段──

 

 

 

 階段を降りる音が静かに響く。

 

 この場所には場違いな黒のセーラー服を纏った少女、水無月有栖(みなづきありす)は息を殺しながらも、しかし確かな足取りで見世物小屋の地下へと進んでいた。

 

 ステージを含めた見世物小屋の内部は、どこを見ても目が痛くなる程に派手な様相を呈しているが、地下に進むにつれてその色彩は落ち着きを見せていく。

 

 薄暗く、カビ臭くて埃が舞っているその通路には鉄格子で区切られたスペース⋯⋯とても部屋とは言えない空間が存在していた。

 

 アリスはハンカチで口元を抑えながら歩き続け、一際大きな牢屋の前で立ち止まった。

 

 

「──ロプスさん」

 

 

 声をかけた牢屋の中には、三メートルを優に超える巨体が鎖に繋がれ俯いている。

 

 巨体の割に静かな寝息を立てていたその女性は、アリスに名前を呼ばれたことでゆっくりと覚醒した。

 

 

「んぇ⋯⋯?もう、お仕事の時間ですかぁ〜⋯⋯?」

 

「おはようございます、ロプスさん」

 

 

 寝惚けた様子で目を擦っている少女⋯⋯いや巨女に対して、アリスはにこやかに挨拶する。

 

 ロプスと呼ばれた褐色肌の女性は牢屋に繋がれてこそいたが、派手で上等なコスチュームを身に纏い、健康状態も悪くなさそうだった。

 

⋯⋯しかし、そのコスチュームはまるでアニメの中から飛び出してきたかのような、言葉を選ばずに言うならコスプレ感の強いものだった。

 

 長い前髪に隠れた瞳で、ロプスはゆっくりとアリスを捉える。

 

 

「ふみゅ⋯⋯?あれ、団員さんじゃない⋯⋯?あぇ⋯⋯?」

 

「はい、私は水無月アリスと申します。ロプスさんにお願いがあって参りました」

 

 

 アリスの涼やかな声に当てられ、段々とロプスの意識がはっきりしてくる。

 

 

「ぇ⋯⋯?ええぇっ!?ど、どうしてここに女の子が!?迷い込んでしまったんですか!?す、すぐに逃げてください!団員さんに見つかったら捕まっちゃいます⋯⋯!」

 

「あら、私を心配してくださるんですか?」

 

「わ、笑い事じゃないですよぉ⋯⋯!うぅ⋯⋯良い子ですから早く外へ──」

 

「──『見世物小屋』の構成員は既に全滅しています」

 

「⋯⋯え?」

 

 

 アリスの唐突な発言に、ロプスは一瞬固まったが、しかしすぐに顔をぶんぶんと振る。

 

 

「えぇっ!?そ、そんな訳ありません!少なくとも『座長』さんを倒せる方なんていませんよっ!」

 

「恐らく死亡しています。全滅したそうですから」

 

「えぇぇっ!?!?」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「──『紅葉組』ですか⋯⋯」

 

 

 パニックを起こしてしまったロプスに対して、アリスは簡潔に今の状況を説明した。

 

──紅葉組が乗り込み、構成員を全滅させたと。

 

⋯⋯しかし驚いたのは、ロプスが『紅葉組』を知らないことだった⋯⋯奴隷という立場故に、世情を知る機会が無かったのだろうか。

 

⋯⋯加えて、それ以外にもいくつか引っかかる部分が⋯⋯

 

 

「紅葉組⋯⋯そんなに強い方々が⋯⋯あっ⋯⋯!も、もしかして、あなたもその⋯⋯?」

 

「⋯⋯?ふふっ⋯⋯いえ、私は『紅葉組』ではありません。普通の女子高生ですよ」

 

「そ、そうなんですね⋯⋯あれ⋯⋯?団長さんを倒せるくらいの方々がここに来ていて、あなたはその方々のお仲間さんではない⋯⋯と、いうことは⋯⋯?」

 

「えぇ、その通りです。『見つかったら殺されてしまう』という状況は、何も変わっていません」

 

「えぇ!?やっぱり大変じゃないですかぁ!?というか、状況が悪化していませんか⋯⋯?」

 

「ちなみに『紅葉組』は『見世物小屋』の構成員を皆殺しにするつもりのようなので、恐らくあなたも見つかったら殺されます」

 

「ものすごく悪化してるぅ!!?」

 

 

 ころころと表情を変えるロプスに対して、アリスはずっと自然な笑みを浮かべている。

 

 

「うぅ、ぐすっ⋯⋯『サーカス団』がぁ⋯⋯どうしてこんなことに⋯⋯」

 

「⋯⋯『サーカス団』、ね⋯⋯」

 

 

 ついにロプスは目に大粒の涙を湛えだした⋯⋯当然目も普通より大きいため、本当に『大粒』である。

 

 しかしそんな様子を眺めていると、アリスの内に一つの疑問が浮かんできてしまう。

 

 

「⋯⋯あの、ロプスさん」

 

「⋯⋯?なんでしょう⋯⋯?」

 

「あなたは『巨大化』の能力者だと聞いていたのですが⋯⋯えっと、もしかして今の大きさが限界だったりしますか?」

 

 

──『巨大化』の能力

 

 ロプスが持つその力こそ、アリスがこうして彼女に会いに来た理由だった。

 

 しかし⋯⋯

 

 

「ふみゅ?そ、そうですね⋯⋯お恥ずかしながら、これが限界です⋯⋯」

 

「⋯⋯そう、ですか⋯⋯」

 

 

 目の前のロプスの大きさはせいぜい三メートル⋯⋯四メートルは無いだろう。

 

 これは少々予想外⋯⋯言葉を選ばず言えば期待外れだった。

 

 

「⋯⋯」

 

 

⋯⋯まぁ、仕方がない。

 

 そもそも『巨大化』の能力は別に必須じゃ無い。三メートルもあれば、『彼』に対してインパクトを与えることは充分可能だろう。

 

 これでいい。神経質すぎるのは私の悪い癖だ⋯⋯ここは妥協して──

 

 

「──これ以上は小さくなれないんですぅ⋯⋯うぅ、場所ばかり取る無能でごめんなさい⋯⋯」

 

「⋯⋯え?あっ、そういう⋯⋯」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「⋯⋯脱出へ協力して欲しい、ですか⋯⋯?」

 

 

──これからこの建物が混乱に陥るため、脱出を手伝って欲しい。

 

 アリスが提案した『取引』に、ロプスは疑問符を浮かべる。

 

 

「私の能力はとても目立つので、逃走には向かないと思いますよ⋯⋯?」

 

「あくまで、混乱の中から抜け出すだけで構いません。この近くに森があるので、そこまで逃げられれば。撹乱の手段もこちらで用意してあります」

 

「よ、用意周到ですね⋯⋯」

 

 

 ロプスが乗り気で無いことは明らかだった⋯⋯いや、乗り気云々というよりもどこか上の空なのだ。

 

 彼女の抱く感情に、アリスは興味を惹かれた。

 

 

「⋯⋯もちろん、無理にとは言いません。ひとまず、牢屋と錠の鍵を持ってきたので、先に開けてしまいますね」

 

「っ⋯⋯」

 

 

 アリスの言葉に、ロプスがびくりと反応した。

 

 アリスはその反応を観察しながらも、特に何も聞かずに牢屋の鍵を──

 

 

「──待ってくださいっ!!」

 

 

⋯⋯差し込む寸前、ロプスが悲痛そうに叫んだ。

 

 

「やめてください⋯⋯それだけは⋯⋯」

 

 

 彼女は巨体を縮こまらせ、怯えたように震えている。

 

 

「⋯⋯どうして、そんな反応をするんですか?」

 

「──帰ってください」

 

 

 ロプスは先程のように怯えた声ではなく、はっきりと告げた。

 

 

「⋯⋯質問を変えましょうか。何故、あなたはずっとここに囚われているんですか?」

 

「──っ」

 

 

──ロプスは不安を感じた。

 

 まるで、目の前の少女に心を掬い取られ、まじまじと観察されているような⋯⋯自分よりもずっと小さな少女に、紛れもない恐怖心を覚えてしまう。

 

 

「⋯⋯それ、は⋯⋯座長さんがいる限り、逃げることなんて、できないから⋯⋯」

 

「彼は既に死んでいます。なのにあなたは動こうとしない」

 

「そ、それは⋯⋯」

 

「加えて、見世物小屋が壊滅したと伝えた時のあなたには、喜びも憤りも見られませんでした⋯⋯奴隷としての人生が終わることに対する喜びも、彼らに対する忠誠心も、感じられなかった」

 

 

 アリスはロプスから目を逸らさず、すらすらと語る。

 

 

「あなたが見せた感情は『不安』でした。きっと今も不安を感じていますよね?」

 

「⋯⋯やめてください」

 

「つまり、あなたはここでの生活に『安心』を覚えていたんです。この不安と安心を紐解けば、もっとあなたを理解できるかもしれませんね?」

 

「⋯⋯」

 

「おや、声が届いていないのでしょうか。仕方ありません、もう少し近くで──」

 

「──近づかないでっ!!」

 

 

 わざとらしい口調で牢屋を開けようとしたアリスに対して、ロプスは再度大声でそれを拒絶した。

 

 

「私はこのままでいい!このままがいいんです⋯⋯っ!錠で繋がれている状態が、牢屋で蹲っている姿が⋯⋯!それが、一番怖がられないから⋯⋯っ」

 

「恐怖⋯⋯」

 

 

 その発言で、アリスは彼女の持つ不安の意味をある程度理解した。

 

──彼女は『怖がられること』を恐れているのだ。

 

 アリスはロプスの抱く感情をより興味深く感じ、続きを促そうとする。

 

 

「確かに、牢屋で鎖に繋がれた奴隷ならば、その巨体に対する恐怖心も薄れるかもしれませんね」

 

「そ、そうですっ⋯⋯!ここにいれば、誰も私を怖がらない⋯⋯!私はこれでっ、このままで良かったのに⋯⋯!」

 

「⋯⋯ふむ」

 

 

 彼女は、現状にある程度満足していたのだろう。

 

 しかし、そんな彼女にとっての日常が今日、いとも容易く壊れてしまったのだ⋯⋯パニックを起こすのもまぁ⋯⋯理解できなくは無かった。

 

 

「団員さんには普通に話しかけてもらえるし、お客さんには『気持ち良かった』って喜んでももらえます⋯⋯!私はそれで充分幸せだったんです⋯⋯!」

 

「ロプスさん、それなら⋯⋯え?」

 

 

 今、聞き逃すべきでない言葉が聞こえた気が⋯⋯

 

 

「⋯⋯あー、ロプスさん?聞いてなかったですけど、ロプスさんはここでどんな『パフォーマンス』を行っていたんですか?」

 

「⋯⋯ふみゅ?」

 

 

 事前に答えを予測してか、アリスは少し警戒したように尋ねる。

 

 

「⋯⋯えっと、普段はこういった服を着て、ステージでただ能力を使うんです。この服は特別製らしくって、私が巨大化しても破れないんですよ⋯⋯まぁ、そうなるとパツパツになっちゃって、ちょっと苦しいんですけど⋯⋯」

 

「うわぁ⋯⋯」

 

「あとは、大きくなった状態でお客さんを口の中に咥え込んじゃうんです。これは普段のステージじゃやらない『びっぷせんよう』⋯⋯?らしいですけど」

 

「Vore⋯⋯」

 

 

 アリスはドン引きした。

 

 

「⋯⋯それは、あまり健全とは言えない状態だと思いますよ」

 

「なっ、何を言うですか⋯⋯!?私はこの仕事にやりがいを感じているんです⋯⋯!この前のお客さんだって、私の口から出た後とっても嬉しそうに──」

 

「──掘り下げなくていいですから!!」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「──と、とにかく⋯⋯!私はここを離れませんよ⋯⋯!外に出たって怖がられるだけですから⋯⋯!」

 

 

 ロプスは身体を縮こまらせ、つんとそっぽを向いてしまう。

 

 

「ふふ、それは困ってしまいますね」

 

「つーん」

 

「ですがロプスさん。その判断は、私が提示する条件を聞いてからでもいいのでは?」

 

「⋯⋯条件、ですか?」

 

「最初に、これは『取引』だと言ったじゃないですか。当然、あなたにも『利』があって然るべきです」

 

「⋯⋯?」

 

 

 今まで人と話す機会が少なかったロプスは、にこやかに話しかけてくれるアリスをなんだかんだ突き放せずにいた⋯⋯なんとなく、団員さんやお客さんと比べても彼女は話しやすく感じるのだ。

 

 そのため、そっぽを向きながらも結局は片目を開き、アリスへと視線を投げる。

 

 

「──私はあなたに、クルセリア女学院の卒業資格を提供できます」

 

「⋯⋯クルセリア、女学院⋯⋯?」

 

 

──クルセリア女学院。

 

 女子校にも関わらず『夏』で一番と言ってもいい知名度と進学率を誇る中高一貫校であり、水無月アリスも当学院に在籍している。

 

『夏』には大学が存在しないため、この進学率というのはすなわち『春』の大学への切符を意味し、その特権ゆえに倍率も物凄いのだ。

 

 正直、得られるものとしては破格だがしかし、長いこと奴隷として扱われていたロプスはこのクルセリア女学院を知らなかった。

 

 そのため、あまりピンと来ていない様子で可愛らしく首を傾げてしまう。

 

 

「⋯⋯ええと、クルセリア女学院というのは私の通っている学校で──」

 

「──えっ⋯⋯!?が、学校!?学校って本当に存在するんですか!?」

 

「⋯⋯」

 

 

 学校という言葉が出た瞬間驚いたように目を見開くロプスを見て、アリスは彼女をここから連れ出そうという決意をより強く固めた。

 

 

「も、もしかして私、授業というのを受けられるんでしょうか⋯⋯?」

 

「残念ながら、ロプスさんの大きさでは校舎に入れないので、授業はリモートになると思います」

 

「⋯⋯?リモート⋯⋯?」

 

 

 リモートでの授業について軽く説明してもロプスは落胆することなく、むしろその表情には強い憧れが見て取れた。

 

 しかし、しばらくすると段々その表情は不安に揺れ始める。

 

 

「で、でも私、クラスの方と上手くやれるでしょうか⋯⋯?急に転入して、しかも一人だけリモートで授業を受けるなんて⋯⋯空気のように見て見ぬふりをされたり、ましてや怖がられてしまったりはしないでしょうか⋯⋯」

 

「ロプスさん⋯⋯」

 

「きっと、私が何か発言する度にクスクスと静かな笑いが起きるに決まっています⋯⋯」

 

「学校についての知識が偏っていますね」

 

 

 学校に通った経験があるようには見えないが、いったい何で得た知識なのだろうか⋯⋯

 

 

「大丈夫ですよ、ロプスさん」

 

「ふみゅ⋯⋯?」

 

 

 何にせよ、アリスにとってそれは杞憂というものだった。

 

 

「私が、ロプスさんがクラスで歓迎される雰囲気を作るので、何も問題はありません」

 

「ふぇ⋯⋯?そ、そんな事ができるんですか⋯⋯?」

 

「えぇ、可能です。少なくとも現在、クラス内で私の友人を邪険にできる人はいませんから」

 

 

 アリスにとって、それは驕りでも方便でも無く単なる事実だった。

 

 

「な、なんかすごいですね⋯⋯ん⋯⋯?ゆう、じん⋯⋯?」

 

 

 ロプスは、アリスの言葉と様子に対して分からないなりに不気味さを感じていたが、それ以上のインパクトを認識して固まってしまった。

 

 

「──ふえぇっ!?ゆ、友人って、もしかして私のこと、ですか⋯⋯?」

 

 

 恐る恐るといった様子で尋ねるロプスに対して、アリスは笑顔で肯定を示す。

 

 

「ふ、ふえぇ⋯⋯ふみゅぅ⋯⋯」

 

 

 ロプスはしばらくの間、ぶつぶつと噛み締めるように、あるいは気持ちを落ち着けるように『友人』という言葉を繰り返し、未だ半信半疑といった様子で顔を上げた。

 

 

「私に、友人が⋯⋯あっ、でもきっと学年が上がってクラスが別々になるとだんだん疎遠に⋯⋯」

 

「友人についての知識が偏っていますね」

 

 

 本当にどこで得た知識なのだろうか。

 

 

「ロプスさん。取引についてはとりあえず、錠を外してから考えませんか?」

 

「っ⋯⋯う、うぅ⋯⋯ですが──」

 

「──お願いします。『友人』が牢に繋がれているという状況は、酷く心苦しいものなんですよ」

 

「──ぁ」

 

 

 アリスが的確に放ったその言葉が決め手となった。

 

 ロプスにとって、自らが拘束されていることを心苦しいと、辛いと言われたことは、彼女に小さくない動揺と隠しきれない肯定感を与えたのだ。

 

 こんな事を言われたのは初めて⋯⋯いや、以前にも一人だけ言ってくれた人がいたか。

 

 

『──いつか、真の意味であなたに手を差し伸べてくれる人が現れた時、あなたがその手を恐れず握り返せることを、願っているわ』

 

 

 かろうじて人型と判断できる体躯に、真っ白な肌、傷だらけの身体には青い体液がかさぶたを作っていた。

 

 その女性と話したのはそれが最初で最後で、それにもう二度と会話をすることはできないが、その人から告げられた言葉は今でもずっと心に残っている。

 

 そして、ロプスは今その言葉を真に理解できたように感じた。

 

──すなわち、今目の前にいるこの小さな少女こそが、取るべき手であると。

 

 

「⋯⋯ロプスさん?」

 

「わ、わたっ、私、なりたいです!水無月様のお友達に!!」

 

 

 顔を真っ赤にして叫んだロプスに対して、一瞬アリスは呆気にとられたが、直ぐに同級生に向けるのと同じ柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

「はい、これからよろしく⋯⋯え?様⋯⋯?」

 

 

⋯⋯しかし、またも聞き逃してはならないであろう言葉に固まってしまった。

 

 

「あの、ロプスさん──」

 

「──私、これからは『友達料』を払うために頑張ります!!えへへっ」

 

 

 目の前のロプスは興奮しっぱなしといった様子でとんでもない発言を重ねる。

 

 アリスはにこやかな表情は貼り付けたままに口をぽかんと開け、眼前で幸せそうにはしゃぐロプスを眺めながら数秒思考し⋯⋯

 

 

「⋯⋯友人についての知識が、偏っていますね⋯⋯」

 

 

 一旦、軽いツッコミを入れるだけに留めたのだった。

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