デタラメ幸福論(主人公とヒロインがいちゃつきつつ能力バトルとかするだけ)   作:赤石アクタ

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第四十三話 斬ってくっつける

「──碧雫だな」

 

「っ⋯⋯」

 

 

 通路を足早に駆けそのまま広い空間に出た雫は、響いた声に足を止めた。

 

 辺りにはガラクタや武器が散らばり、壁面にも多くの武器が刺さっている。そんな相変わらずの不思議空間で、その二人は相対した。

 

 

「あなたは⋯⋯」

 

「今からお前を殺す」

 

 

 瓦礫が積み重なった山の頂でこちらを見下ろすスーツ姿の少女は、頭上に光輪が輝きそれが嫌でも目を引いた。

 

 雫はその姿に見覚えがなく、一瞬考え込む。

 

──自分に殺意を向ける理由のある人間。

 

 

「⋯⋯紅葉組」

 

「あ?」

 

「──海蜘蛛教会」

 

「⋯⋯ッ」

 

 

 天使の瞼が一瞬ぴくりと動く⋯⋯雫にはその反応で充分だった。

 

 

「分かりました」

 

「あぁ!?何がだテメェ!?」

 

 

 苛ついた様子の天使を観察しながらも、雫は思考を重ねる。

 

 

──海蜘蛛教会には、確かに自分の命を狙う正当性がある。

 

 しかし、もしその判断を下したのが教会のトップ⋯⋯つまり『勇者』だったとしたら、攻撃の手段はもっと徹底的なものだっただろう。

 

 つまり、これは組織としての行動ではなく彼女の独断──

 

 

「──何ぼーっとしてんだよ?」

 

 

 雫の思考は、しかし天使の不機嫌そうな声色に引き裂かれた。

 

 

「考えても何も変わらないぜ?お前はここで死ぬんだ。ボクの能力『エンジェルヘイロー』でな」

 

 

 その宣言と同時に彼女の光輪は輝きを増し、そして回転しだす。

 

 天使は光輪に人差し指の先端を押し当て──

 

 

「ッ──」

 

 

──そのまま、自らの指を切断した。

 

 しかし、その指から血は流れず、切断面はキラキラと柔らかい光に覆われている。

 

 そして彼女は、その指を躊躇なくこちらに向けた。

 

 あれが、彼女の能力──

 

 

「──ばんッ」

 

 

──光線。

 

 反応する間もなく、天使の指から放たれた光線が雫の肩を貫いた。

 

 

「──ぅ、ぐっ⋯⋯!」

 

 

 雫は崩れ落ちそうになるも、何とかその場に踏みとどまる。

 

 

「⋯⋯今日は身体を貫かれてばかりですね⋯⋯」

 

 

 そうぼやきながらも、雫は自らの傷を観察する。

 

 単なる光線ではなかった。

 

 貫かれた箇所は天使の光輪と同じように光を放ち、そしてその光は徐々に広がっていく。

 

 

「──ぐ、ぁッ⋯⋯!」

 

 

 それに気づいた瞬間、雫は素早い動きで光の侵食部位を傷ごと抉り出した。

 

 

「⋯⋯へぇ、温室育ちのお嬢様みたいな見た目してる割に、思い切りは悪くないみたいだね」

 

「⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯ッ」

 

 

 紅葉椛に受けた傷も未だ完治していない。雫は正直、既に満身創痍だった。

 

 

「──ばんッ」

 

「──ッ」

 

 

 連続して撃ち込まれる光線を、雫は紙一重で避け続ける。

 

 

「⋯⋯はっ」

 

 

 しかしそれは、天使の作戦通りだった。

 

 

「⋯⋯」

 

 

──いや、正確には天使ともう一人の。

 

 

(⋯⋯うん、天使は順調に碧雫を誘導できてる⋯⋯このままいけば、あたしがあいつを⋯⋯ッ)

 

 

──『レインコート』の能力。

 

 彼女の能力は『物体と同化する』というもの。

 

 あらゆる物に対して、溶け込むように一体化でき、そしてそれは見た目で判別できない(同化できるのはあくまで自らの身体のみで、服や装飾品は不可能)。

 

 今現在、彼女は天使と碧雫が戦う空間の『壁面』に同化しており、天使は着実に碧雫を壁際へと追い詰めていた。

 

 碧雫はそもそも海蜘蛛教会の刺客が二人だと知らない⋯⋯つまりレインコートの存在とその能力は碧雫にとって全くの想定外となる。

 

 派手な光線での攻撃は全てフェイク⋯⋯!

 

──壁面に刺さっているナイフ一本あれば、人は殺せるのだ。

 

 

「くッ⋯⋯」

 

 

 その時、ようやく碧雫が壁面に追い詰められ、壁に手をついた。

 

 

──殺れる⋯⋯ッ!!

 

 

 瞬間、壁面に刺さっていたナイフがまるで意志を持ったかのように引き抜かれ、碧雫の首へと振り下ろされた。

 

 

──戦いに、決着が着く。

 

 

 

──ナギサVSギャクバリ──

 

 

 

「──はぁ、はぁ⋯⋯ッ」

 

「ふぅー⋯⋯驚いたよお嬢さん。まさか『魔弾』を使ってくるなんてね。まだ若いのに、魔神との契約期間はかなりのものらしい」

 

 

 ナギサと相対する『ギャクバリ』の傭兵。彼は眼鏡の位置を直しながら、ナギサの魔弾とヴィクトリアの打撃を受け続けた盾を捨て、背中からまた別の盾を取り出した。

 

 

──強い⋯⋯ッ!

 

 数多の武器を使い捨てるように戦う目の前の傭兵に、正直ナギサは翻弄されていた。ヴィクトリアも明らかに苛立ちを募らせている。

 

 ここまでの交戦で二人は確信していた。

 

 

──彼は魔神憑きとの戦い⋯⋯いや、それ以上に戦いそのものに慣れている⋯⋯!

 

 契約者を狙うことで魔神の行動を制限し、こちらが魔力を用いる際の予備動作を見逃さない。それは圧倒的な経験を感じさせる戦い方だった。

 

 

「盾っていうのは良い武器だよね。防御を主体とした武器だから時間稼ぎにはぴったりだし、その実殺傷力も申し分ないんだ」

 

「⋯⋯時間稼ぎ?」

 

 

 わざとらしい傭兵の発言に、ナギサは聞き返す。

 

 

「あぁ、言ってなかったかな?僕達の目的はあくまで時間稼ぎなんだ。どうだろう、ここは一つ、お互い致命的な感じのやつは避ける方針でいかない?」

 

 

 できる限り平和な妥協点を望むその姿勢は彼の優しげな人相にはぴったりで、そして確かな本心にも見える。

 

 しかし、その言葉はナギサに新たな不安を植え付けるだけだった。

 

 

「⋯⋯『何に対する』時間稼ぎですか?」

 

「⋯⋯それは言えないな。依頼人のプライバシーがあるからね」

 

「ッ⋯⋯」

 

 

──時間稼ぎ。

 

 つまり目の前の傭兵の目的は自分達ではない。やはり碧さんだろうか?

 

 

「⋯⋯」

 

 

 それに加えて、依頼人の存在。

 

 真っ先に思い浮かぶのは『紅葉組』⋯⋯しかし『四季』である彼女達が『夏』の傭兵を雇うとは考えにくい。

 

 だとすれば、いったい誰が⋯⋯?

 

──この見世物小屋には、私達の知らない第三者が介入しているのだろうか?

 

 目の前の彼は時間稼ぎを目的としていることもあって防御主体の戦い方、今の負傷状態ではこちらも応戦がやっとである。

 

 ナギサの焦りはどんどんと加速していた。

 

 

「ッ⋯⋯」

 

 

 いったい私は、どうすれば──

 

 

「──なぎふぁー」

 

「え⋯⋯?」

 

 

 その時、焦った思考を引き裂くように間の抜けた声が響いた。

 

 

「⋯⋯碧、さん⋯⋯?」

 

 

 声のした方向にナギサが目を向けると、血塗れの碧雫が少女を一人必死に引きずりながらこちらに歩いて来ている。

 

 雫自身もかなりの傷を負っているが、しかしそれ以上に引きずられている少女の方がショッキングだった。

 

 

「あの、人⋯⋯腕が⋯⋯っ」

 

 

 頭上の光輪が弱々しく明滅している少女は片腕が無く、そしてその腕は──

 

 

「⋯⋯碧さん、が⋯⋯?」

 

 

──その腕は、碧雫の口に咥えられていた。

 

 先程の間の抜けた声は、この状態ゆえだったのだろう。

 

 

「ふぅ⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯ナギサ、無事で良かったです」

 

 

 雫はなんとかナギサの傍まで近づくと、引きずっていた少女と咥えていた腕をその場に落とした。

 

 

「──っ」

 

 

 ナギサは目の前の状況を呑み込めず、雫に言葉を返すことができない。

 

 

「⋯⋯テメェは無事じゃなさそうだけどな。何があったら人喰いの犬なんかになれるんだ?」

 

 

 契約者の精神を乱されたヴィクトリアが、怒りを隠さずに前に出る。しかし、煽るような物言いは雫に対してなんの意味もなさなかった。

 

 雫は弱々しくも笑みを浮かべ、ナギサが向かい合っている傭兵へと目を向ける。

 

 

「ナギサの相手は傭兵だったみたいですね。あの風貌は⋯⋯『ギャクバリ』でしょうか」

 

「っ!?し、知ってるんですか!?」

 

 

 一瞬で相手の正体を看破した雫に、ようやくナギサははっきりとした言葉を口にできた。

 

 

「──降参だ」

 

 

 しかし、雫がナギサの疑問に答えるよりも早くに、目の前の傭兵が武器をしまい両手を上げた。

 

 そんな傭兵を、碧雫は瞬きせずに見つめる。

 

 

「僕達はあくまで雇われだ。あなたと本格的に敵対する気はない。見逃してくれ」

 

「えぇ、構いません。消えてください」

 

「「⋯⋯え?」」

 

 

⋯⋯ナギサとヴィクトリアが口を挟む間もなく、和平が成立してしまった。

 

 雫の言葉を受けた傭兵は身を翻し、一瞬で姿を消す⋯⋯後には、ナギサとヴィクトリアに碧雫。そして片腕を切断された少女だけが静寂と共に残された。

 

 

「お、おい!良かったのかよ!?あいつ逃がして!!」

 

「構いません、それよりも重要なことがあります」

 

「はぁ!?」

 

 

 獲物を横取りされた野生動物のように怒り狂うヴィクトリアを軽々と受け流しながら、碧雫は倒れている天使の片腕を拾い上げ、ナギサへと一歩距離を詰めた。

 

 

「──ナギサ」

 

「ひっ⋯⋯」

 

 

──切断された人間の腕。

 

 ナギサを一歩下がらせるには充分すぎる非日常だった。

 

 

「──おいマジでふざけんなよ?ネズミ咥えてくる猫かテメェはよぉ⋯⋯!?」

 

 

 再度ヴィクトリアが庇うようにしてナギサの視線を遮る。しかし、雫がそれを意に介さないのも先程と同じだった。

 

 雫はもう一歩、ナギサへと距離を詰める。

 

 

「彼女の腕は、私が切断しました」

 

「なに、を⋯⋯っ」

 

「このままでは、出血により彼女は死亡します」

 

 

 ナギサは雫が何を言いたいのか理解できなかった。

 

──自分に何を期待しているのか、分からなかった。

 

 

「⋯⋯私に、何を求めているんですか?」

 

 

 やっとの思いで口にした疑問に碧雫は美しい笑みを浮かべ⋯⋯

 

 

「──あなたの持つ『魔力』で、彼女を治療してみせてください」

 

 

──至極単純な『任務』を与えるのだった。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「⋯⋯ヴィクトリア、どう?魔力で治せそう⋯⋯?」

 

「⋯⋯あぁ、すぐに処置すればなんとか⋯⋯チッ、この女の言った通りだ」

 

 

 ヴィクトリアは天使の状態を確認しながら、苛ついた様子で雫を睨みつける。

 

 ナギサの方は、目の前に倒れる少女の見た目に疑問を抱いていた。

 

 

「⋯⋯この、輪っかは⋯⋯?それにこの人、羽が生えて⋯⋯」

 

「それは彼女の能力です。私が確認した限り、彼女は『エネルギー変換型』の能力者でした」

 

「あ?なんだその『ナントカ型』ってのは?」

 

 

 ヴィクトリアが不機嫌をそのままに聞き返す。

 

 

「⋯⋯たしか、『能力』の分類の一つ」

 

「おや、ナギサは能力の区分について知識があるようですね」

 

 

 聞き覚えのある単語にナギサが反応すると、雫は楽しげに彼女の瞳を見つめ出す。

 

 

「──ふふ、どうやら最近になって身につけた知識のようですけど」

 

「っ⋯⋯」

 

 

 雫の洞察は当たっていた。それは妖怪探偵事務所で日常的に能力者と接するようになってから、初めて調べた知識だったのだ。

 

⋯⋯思考を見透かすような瞳に、ナギサは何となく居心地の悪さを感じてしまう。

 

 

「能力の種類は多岐に渡ります。そのため現代では、それらを大雑把に分類した呼称が存在するんですよ」

 

 

 依然首を傾げているヴィクトリアに、雫が流れるような説明を展開する。

 

 

「一番多いのは『特殊型』⋯⋯これはグラフなどにおける『その他』の分類だと考えてください。アカネやヒビキ、クロックはこの『特殊型』です」

 

 

 そもそも能力は分類できないことが基本である⋯⋯基本が『特殊』型というのは、何だか不格好にも感じてしまうが。

 

 

「『特殊型』以外には、『肉体変化型』や『領域生成型』『呪術型』などといったものが存在し、『エネルギー変換型』も分類の一つです」

 

「コイツはそれなのか?」

 

 

 天使を指さすヴィクトリアに対して、雫は天使の腕の切断面を丁寧に消毒しながらも淀みなく説明を続けた。

 

 

「えぇ、その通りです。『エネルギー変換型』の定義は『独自の出力方法で独自のエネルギーを放出する』というものですね」

 

「⋯⋯あー、もっと分かりやすく」

 

「つまり、ビームを撃ってきたら大体『エネルギー変換型』です」

 

「分かりやすい!!」

 

 

 ヴィクトリアが指を鳴らし、雫は笑顔でそれに応える。

 

 

「彼女はこの光輪をエネルギーの出力器官として用いていました」

 

「──ぐ、あぁッ⋯⋯!?」

 

「ちょ、ちょっと!?すごい苦しそうですよ!?」

 

 

 雫が躊躇なく天使の光輪を掴むと、気絶している天使はうなされたように呻く。

 

 ナギサは慌てて止めようと声を上げるが、雫は特に気にした様子なく光輪を観察していた。

 

 

「ちなみに、彼女には仲間が一人いて彼女は『特殊型』でした」

 

「⋯⋯その子は──」

 

「──既に無力化してあります」

 

 

 どうやら腕の消毒が終わったらしい。雫は分かりやすく話を打ち切った。

 

 

「──ではナギサ、お願いします」

 

「⋯⋯」

 

 

 雫は興味を抑えられないといった様子でナギサを見つめる。そんな様子に、やはりナギサは居心地の悪さを感じてしまうのだった。

 

 しかし、目の前の少女を自分が助けられるのなら、やらない選択肢はない。雫の狙いが分からずとも、ナギサは既に決意を固めていた。

 

 ナギサは震えながらも天使の腕を手に取り、その切断面を慎重に──

 

 

「──触、るなッ⋯⋯!!」

 

「──っ!?」

 

 

⋯⋯合わせようとした瞬間、ナギサの手は荒々しく振り払われてしまった。

 

 目を閉じたままの天使は苦しげに呻き、虚ろに言葉を絞り出す。

 

 

「⋯⋯ボク、は⋯⋯ボクはお前ら人間とは違う⋯⋯!そう言ってボクを殴ったのはお前らじゃないか⋯⋯ッ」

 

「⋯⋯え?」

 

 

 その言葉は、ナギサに対して発されたものではなかった。

 

 

「⋯⋯ダメだな。意識が朦朧としてる」

 

「──っ」

 

 

──ヴィクトリアの言葉が示すのは、このままでは彼女の命がもう長くは無いということ。

 

 その瞬間、ナギサは身体の震えを無理やり止め、躊躇無く少女の目元を手で覆った。

 

 

「お、おい嬢ちゃん一旦離れろ!また暴れたりしたら⋯⋯っ!」

 

「大丈夫⋯⋯」

 

 

 落ち着いたナギサの言葉通り、段々と天使の表情は安らぎ、次第に眠りに落ちていく。

 

 ナギサは深く息を吐き出した。

 

 

「⋯⋯魔力を用いた精神の安定化。これも扱い方のひとつ⋯⋯ですよね?」

 

「⋯⋯ふふ、素晴らしい魔力操作です。ナギサ」

 

 

 雫を真っ直ぐに見つめるナギサに対して、彼女は軽やかな拍手で応えた。

 

 

「ですが、まだ終わりではありません。分かっていますよね」

 

「っ⋯⋯」

 

 

 ナギサは応えず、無言で腕の切断面を合わせた。彼女が目を閉じると、周囲に淡い光が漂い、どこか神秘的にすら思える光景を作り出す。

 

 彼女の身体はもう震えていない。

 

 

「⋯⋯」

 

 

──はっきり言って、この適応能力は異常だ。

 

 口には出さなかったが、雫はそう思った。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 そこからの数分間は静かなものだった。

 

 微動だにせず集中しているナギサに対して、たまにヴィクトリアが魔力操作のコツを指示する。

 

 碧雫は、それを近くでこれまた微動だにせず眺めていた⋯⋯瞬きもせずに。

 

 いくら顔が良かろうと普通に怖いので、ヴィクトリアは文句を言ってやろうとも思ったが、ナギサには特に気にした様子が見られなかったためなんとか我慢した。

 

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯あのっ」

 

「なんでしょう」

 

 

──緊張した様子の声。

 

 治療に集中しながらも、ナギサははっきりとした口調で雫に声を上げた。雫は治療の様子から目を離さずに返事を返す。

 

 ナギサは軽く呼吸を整えてから、ずっと気になっていたことを口にした。

 

 

「──アカネ君とは、どういう関係なんですか?」

 

「⋯⋯」

 

 

 雫の瞳が、一瞬ナギサを捉える。

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 しかし、すぐにその視線は天使の腕へと戻ってしまった。ナギサの魔力操作は極めて的確で、切断部分は既に繋がり始めている。

 

 

「あなたがそれを知る必要はありません」

 

 

 数秒の沈黙を経て返ってきたのは、やはり淡白な返事だった。しかしナギサはそれでも退かず、なおも言葉を続ける。

 

 

「⋯⋯もし、アカネ君を何かに利用しているのなら、やめてください」

 

「理解できませんね、ナギサ。あなたがそこまでアカネを気にする理由は無いはずですよ」

 

「私はっ──」

 

「──だってあなたは、アカネの持つ価値観を一欠片として理解できていないじゃないですか」

 

「っ⋯⋯それ、は⋯⋯っ」

 

「そんなあなたが、アカネの人生に私以上の回答を与えられるとは、とても思えません」

 

 

 冷たく告げられたその言葉と同時に、ちょうど天使の治療が終わった。腕は綺麗に繋がり、痕なども残っていない。切断など無かったかのような、完璧な治癒だった。

 

 

「治療は終了ですね。良いものを見せてもらいました」

 

 

 そして、先程の会話すら無かったかのように、雫は笑顔で立ち上がる。

 

 

「けっ⋯⋯嫌な女だな」

 

 

 ヴィクトリアが聞こえるように吐き捨てるが、やはりその程度で雫の笑顔は剥がれなかった。

 

 

「さて、ではジェイソン達と合流──」

 

「──碧さん⋯⋯!」

 

 

 多大な魔力使用で身体に負荷がかかったのか、ふらふらとふらつきながらナギサが立ち上がる。しかしその視線は、やはり雫を力強く捉えていた。

 

 

「アカネ君は⋯⋯私のクラスメイトで、今は同僚でもあって、これからも友達です⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 

「──アカネ君を心配する理由なんて、私にはそれで充分なんですよ」

 

「⋯⋯ふむ」

 

 

 固い意思を持って告げられたナギサの言葉に、雫は数秒考え込むと⋯⋯

 

 

「分かりました」

 

「あぁなんか全然響いてなさそう⋯⋯っ!?」

 

 

⋯⋯普通に踵を返して歩き始めた。

 

 ナギサは思わずがくりと膝を折ってしまう。

 

 

「⋯⋯落ち込むことねぇよ。嬢ちゃんはめちゃくちゃ良い事言ってたぜ」

 

「⋯⋯うん、ありがとね。ヴィクトリア」

 

 

 気の毒そうに肩を叩いてくれるヴィクトリアに笑顔を見せながら、ナギサは再度立ち上がって雫についていこうと──

 

 

「──ぎゃんっ⋯⋯」

 

「⋯⋯ぎゃん⋯⋯?って碧さんが倒れてる!?」

 

 

⋯⋯ナギサが顔を上げると、少し離れた位置で雫が、まるで糸が切れたかのように顔から地面に倒れ込んでいた。

 

 

「あっ、碧さん!?どうしたんですか!?」

 

「ごめんなさいナギサ、身体が限界みたいです」

 

「え?」

 

「ふふ、よければ運んでくださるとありがたいです」

 

「「⋯⋯⋯⋯」」

 

 

 変わらぬ笑顔だけをこちらに向けて状況を説明する雫に、ナギサとヴィクトリアは顔を見合せ⋯⋯

 

 

「⋯⋯どうする嬢ちゃん。コイツ、ここに置いてくか?」

 

「⋯⋯⋯⋯する訳ないでしょ、そんなこと」

 

 

 若干の気まずさを感じながらも、雫の身体を支えるのだった。

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