「⋯⋯鵺、これってどこに向かってるんですか?」
「まあまあ、着いてきてよ〜」
チーム決めの後、本格的な活動は明日からということでとりあえず解散となった⋯⋯はずなのだが、俺と橘さんは鵺に呼び止められ、何故か今こうして人気のない路地を歩いていた。
「⋯⋯あの、せめて何をするのかくらいは教えてください」
隣の橘さんも緊張しているのを感じる。
それも当然であり、この先は⋯⋯というか、もう既に『スラム街』⋯⋯夏の中でも特に治安の悪い地帯へと足を踏み入れていた。
「そいつの言う通りだ鵺、嬢ちゃんが怯えてるじゃねえか。てか、なんでこの辺はこんな空気が淀んでるんだ?」
「⋯⋯気になってたんだけど」
前を歩いていた鵺が何気なしに振り返る。
「ヴィクトリアが生きてた頃は今からどれくらい前なの?」
「あ?なんでそんなこと聞くんだよ?」
「ほら、現代の常識とヴィクトリアが生きてた頃の常識は違うでしょ?ある程度は擦り合わせをしておくべきじゃない?」
「⋯⋯」
鵺の言葉に、ヴィクトリアは難しい顔をして黙り込んでしまう。
「橘さんも知らないんですか?」
「はい⋯⋯ヴィクトリア、自分の話はあんまりしてくれなくて⋯⋯魔神についても、昨日鵺から初めて聞いたことばかりでした⋯⋯」
「えぇ⋯⋯」
契約者に対して全く報連相がなされていない⋯⋯
「例えばヴィクトリア、この世界についてはどのくらい知ってるの?」
「あー⋯⋯?いやそりゃ、なんつーか⋯⋯」
「⋯⋯?どうして歯切れが悪くなるんです?」
ヴィクトリアは困ったように頭を掻く。
「⋯⋯じゃあ、ここが『夏』の領土だっていうのは分かる?」
「⋯⋯⋯⋯分かる」
「うわ絶対分かってないじゃないですか⋯⋯」
「うるせえなァ!お前嬢ちゃんのクラスメイトだからって調子乗んなよ!!」
「ヴィクトリア⋯⋯ごめんね、契約してすぐにもっとちゃんと事情を聞くべきだったね⋯⋯」
「やめてくれ嬢ちゃん!深刻な感じを出すのは!!」
「でもやっぱり、『春夏秋冬』の土地区分さえ知らないってことでしょ?」
「⋯⋯まあな」
──春夏秋冬。
俺達が生きるこの大地は、現在四つの区分で分かたれている。それぞれ春夏秋冬の名前で呼ばれ、土地ごとに文化や優劣が存在するのだ。
そして、それぞれの土地を支配する組織及び個人を『四季』と呼称する。
──『紅葉組』が治める『武器と傭兵の秋』
──『劇団』が治める『芸術の冬』
──『ぷくぷくぷらねたりうむ』が治める『機械文明の春』
といった具合に、『四季が収める四つの土地』というのが、現代におけるこの大地の一般常識なのだった。
「ここは⋯⋯『夏』だったか」
情報を噛み砕くように、ヴィクトリアがしみじみと呟く。
「なぁ、
「──いないよ」
当然の疑問を口にしようとしたヴィクトリアに被せる形で、鵺が言葉を発した。
「ここは四季が空席⋯⋯『その他の夏』だよ。『夏』にようこそ、ヴィクトリア」
──夏。
四つに区分された領土の内、現状唯一『四季』が不在の土地。四つのうち最も広大な領土を有するが、しかし同時に領土のほとんどは荒れ果てており、他の土地と比べて明らかに厳しく不幸な環境と言わざるを得ない。
その原因こそ、十数年前まで存在した『夏』の元『四季』である。
『厄災』と呼ばれ今でも恐れられているその存在は、純然たる武力で夏を支配し、なおかつ他の領土への侵略行為も厭わなかった。ソレの踏みしめた大地は例外なく破壊され殺害される。その結果として、他領土が手放さざるを得なくなった土地が『夏』と見なされ、今日の『夏』は最も広大な領土を有することになったのだ。
「『厄災』は最終的に姿を消したっていうのも相まって、カルト的な人気が出ちゃってるんだよね。今もネットで定期的に正体考察スレが立つくらいで──」
「──ちょ、ちょっと待て!」
すらすらと楽しげに説明を続けていた鵺の言葉を、慌てた様子のヴィクトリアが遮る。彼はそのままの勢いで──
「──『夏』の『四季』ってお前らじゃなかったのか!?!?」
⋯⋯そう、言い放った。
「⋯⋯は?何言ってるんですか?」
⋯⋯思わず俺が聞き返してしまった。
「ん?私らは違うよ。一応『四季候補』ではあるけどねんっ」
「はぁっ!?!?」
「うわアカネくん声でか」
⋯⋯思わず俺が奇声を上げてしまった。いや、しかしそれも仕方がないだろう。だって
「──『妖怪探偵事務所』って四季候補なんですか!?!?」
──四季候補。
その名の通り、現四季に匹敵する程の組織や個人を指す言葉である。
基本は『春』の勢いある企業を囃し立てるくらいの言葉なのだが、しかし現在四季が不在である『夏』において、『四季候補』という言葉は他の領土と比べて明らかに四季の座に近いのも事実。
「私も雫も『四季』には興味無いし、ある程度情報は統制してるんだよ。知らないのも無理ないねん」
「ま、マジで四季候補なんですね⋯⋯」
ちらりと隣を窺えば、橘さんも俺と同じように絶句していた。そりゃそうだろう。まさか自分が四季候補にアルバイト応募したとは思わない。俺も思ってなかった。
「でも、ヴィクトリアがうちを四季だと思ってたってことは、結構ちゃんと下調べしてたんだね。ちょっと意外かも」
「⋯⋯あぁ?馬鹿にしてんのか?」
鵺はむしろ、自分達に関心を持ってくれていることに嬉しそうな反応を見せていたが、しかしヴィクトリアは不貞腐れたように顔を背けた。その様子からは、落胆と失望が見て取れる。
「え、ちょっと!落ち込むことないでしょ!?四季候補って充分すごいんだよ!?ねぇアカネくん!?!?」
「え、えっと⋯⋯はぁ」
「え何??今『雫は四季候補に相応しくない』って言った???」
「先輩は間違いなく『四季』の器です!!!」
「声でか」
「た、高槻君っ⋯⋯あんまり大声で『四季』がどうとか言わない方が⋯⋯っ」
⋯⋯しまった。
鵺の巧みな誘導尋問に乗せられてしまった俺は慌てて口を抑える。
「ふふーん。そうでしょそうでしょっ!」
しかし、味方を獲得したと思っているのか鵺は上機嫌だった。
「⋯⋯」
⋯⋯正確には、俺が推したのは
ご機嫌な様子の鵺はくるくると回りながら、再度ヴィクトリアの顔(甲冑だが)を覗き込む。
「それにさ、私達はヴィクトリアの力になれると思うんだよね」
「⋯⋯なんだと?」
鵺の言葉に、ジェイソンが顔を上げた。
「──『厄災』。覚えてる?」
「⋯⋯夏の、元四季」
「『厄災』は今でもカルト的な人気を誇ってるって言ったでしょ?⋯⋯というか、もう半ば都市伝説化してるんだよね」
「⋯⋯?何が言いたい?」
「ヴィクトリアが探してる存在についてだよ」
「ッ⋯⋯」
この時点でヴィクトリアは、鵺の言わんとするところを察したらしい。魔力なのか単純な圧なのか、彼の周囲を渦巻く空気が揺らめく。
「ヴィクトリアが生きていた時代がいつかは分からないけど、現代に対する認識から見てたぶん十年二十年の話じゃないよね?だとすれば、その相手も絞れてくるってもんじゃない?」
「まぁ、これはその存在が今でも生きてるって前提でしか成り立たないけど」と鵺は続ける。
「『厄災』にまつわる都市伝説は多くある。それこそ、『人間じゃない』なんてありふれた言説だよ」
「⋯⋯」
「他にも、空を飛ぶだとか、炎を操るだとか⋯⋯何百年も生きてる、とかね」
⋯⋯つまるところ鵺は、ヴィクトリアの目的がかの『厄災』なのではないか、と⋯⋯そう言っているのだ。
「私達は『厄災』についても調べてるからね。そういう方面では力になれると思うんだ」
⋯⋯もしかしたら、鵺は最初から『厄災』をヴィクトリアの目標として設定するために『四季』についての説明をしていたのかもしれない。
彼女の言葉によって、今この瞬間ヴィクトリアにはある程度の『方向性』が生まれた⋯⋯いや、鵺によってそれが定められたのだ。
「⋯⋯『厄災』」
効果的であると同時に、乱雑で力技な一手。魔神の中でも上澄みであり、それでいて例外⋯⋯そんなヴィクトリアという存在に、鵺はかなり執着しているらしい⋯⋯いや、もしかしたら、執着しているのは鵺だけでなく──
「──改めて、妖怪探偵事務所にようこそ。ヴィクトリア」
ヴィクトリアを含めた俺達全員は、心底楽しげな鵺の笑顔から、目が離せなかった。