デタラメ幸福論(主人公とヒロインがいちゃつきつつ能力バトルとかするだけ)   作:赤石アクタ

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第八話 この大地について

「⋯⋯鵺、これってどこに向かってるんですか?」

 

「まあまあ、着いてきてよ〜」

 

 

 チーム決めの後、本格的な活動は明日からということでとりあえず解散となった。

 

⋯⋯はずなのだが、俺と橘さんは鵺に呼び止められ、何故か今こうして人気のない路地を歩いている。

 

 

「⋯⋯鵺、せめて何をするのかくらいは教えてください」

 

 

 隣の橘さんも緊張しているのを感じる。

 

 それも当然であり、この先は⋯⋯というか、もう既に『スラム街』に足を踏み入れていた。

 

 

「そいつの言う通りだ鵺、嬢ちゃんが怯えてるじゃねえか。てか、なんでこの辺はこんな空気が淀んでるんだ?」

 

「⋯⋯気になってたんだけど」

 

 

 前を歩いていた鵺が何気なしに振り返る。

 

 

「ヴィクトリアが生きてた頃は今からどれくらい前なの?」

 

「あ?おい、詮索はしない約束だろ?」

 

「それはそうだけど、現代の常識とヴィクトリアが生きてた頃の常識は違うでしょ?ある程度は擦り合わせをしておくべきじゃない?」

 

「⋯⋯」

 

 

 鵺の言葉に、ヴィクトリアは難しい顔をして黙り込んでしまう。

 

 

「⋯⋯橘さんも知らないんですか?」

 

「⋯⋯はい⋯⋯ヴィクトリア、自分の話はあんまりしてくれなくて⋯⋯魔神についても、昨日鵺から初めて聞いたことばかりでした⋯⋯」

 

 

⋯⋯契約者に対して全く報連相がなされていない⋯⋯

 

 

「うーん⋯⋯例えばヴィクトリア、この世界についてはどのくらい知ってるの?」

 

「あー⋯⋯?いやそりゃ、なんつーか⋯⋯」

 

「⋯⋯?どうして歯切れが悪くなるんです?」

 

 

 ヴィクトリアは困ったように頭を掻く。

 

 

「⋯⋯じゃあ、ここが『夏』の領土だっていうのは分かる?」

 

「⋯⋯⋯⋯分かる」

 

「うわ絶対分かってないじゃないですか⋯⋯」

 

「うるせえなァ!お前嬢ちゃんのクラスメイトだからって調子乗んなよ!!」

 

 

「⋯⋯ヴィクトリア⋯⋯ごめんね、契約してすぐにもっとちゃんと事情を聞くべきだったね⋯⋯」

 

「やめてくれ嬢ちゃん!深刻な感じを出すのは!!」

 

 

「──ヴィクトリア、これって結構深刻だよ」

 

 

 騒ぎ立てるヴィクトリアを窘めるように、鵺が真剣な表情で告げる。

 

 

「昨日今日と少し話してみて分かったけど、現代常識のほぼ全てにヴィクトリアは馴染みがないみたいだった」

 

「⋯⋯だから何だよ」

 

「これって、ヴィクトリアの生きてた頃がかなり昔の可能性があるってことでしょ?昔であればあるほど、当然現代への順応も難しくなる」

 

「それは⋯⋯」

 

「──それにさ、ヴィクトリアの生きてた世界って本当にここなの?」

 

 

「⋯⋯鵺?何を言ってるんですか?」

 

「⋯⋯ヴィクトリアは、こことは違う世界⋯⋯違う次元から来た可能性だってあるってこと」

 

「⋯⋯そんなこと、あるんですか?」

 

「もちろん、これはまだ仮説。でもないとは言い切れないでしょ?ヴィクトリアには前例が無いんだから」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 鵺の話は突飛なようで、しかし今のこの状況こそが最も非現実的だ。

 

 有り得ない、と切り捨てることはできなかった。

 

 

「⋯⋯それは、ないと思う⋯⋯」

 

「⋯⋯へえ?」

 

「⋯⋯直感的な話だが、オレサマが生きてたのはこの世界だと思うんだ⋯⋯」

 

 

 ヴィクトリアは、先程と違い神妙な声色で告げる。

 

 

「木々のざわめきや、生命の産声⋯⋯嬢ちゃんと契約してから、触れるそれら全てに懐かしみを覚えるんだ⋯⋯」

 

 

 どこか穏やかとも言えるヴィクトリアの表情は、やはり人間的だった。

 

 

「⋯⋯そっか、まあ本人が言うならそうなのかもね」

 

「⋯⋯でも、だとしてもかなり前の時代ってことになりますけど⋯⋯」

 

 

『春夏秋冬』の土地区分を知らないというのはどうしても衝撃だった。

 

 

「いや、そうでもないよ。区分自体はともかく、実際に『春夏秋冬』という言葉が使われるようになったのは結構最近なんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「⋯⋯高槻君、これ一年の最初に歴史の授業で習いましたよ」

 

「え゛っ」

 

 

⋯⋯普通に恥をかいた。

 

 

「⋯⋯その『春夏秋冬』ってやつも、嬢ちゃんにインターネットを教えてもらって初めて知ったんだよな」

 

「ああ、だから皆ともギリ会話が成立してたんだね」

 

「え!?あれギリギリだったのか!?」

 

 

 驚愕するヴィクトリアを他所に、鵺は一瞬考えるように顎に手を当てた後、直ぐに楽しげな表情を浮かべてくるりと一回転した。

 

 

「せっかくだし、ヴィクトリアにこの世界、いやこの時代について軽く教えておこうか!」

 

 

⋯⋯魔神について教えてもらった時にも思ったが、鵺は『他者に何かを説明する』という行為が好きなのかもしれない。

 

 

「まず、この大地は大きく四つに区分されてるの。明確な境界線がある訳じゃないんだけどね」

 

「さっき言ってた『夏』みたいなやつか」

 

「そう!『春夏秋冬』のそれぞれに分けられてるんだ!」

 

「⋯⋯でもそれって、季節を示す言葉だろ?紛らわしくね⋯⋯?」

 

 

「確かにそれは散々言われてますね、インターネットで」

 

 

⋯⋯主に『土地と季節の名称を同じにするような世界なんだから、マトモな訳ない』のような厭世的文法で用いられる。

 

 

「あはは⋯⋯基本的にもう『季節』と『四季』って言葉は別物として考えた方がいいね」

 

「⋯⋯どっちがどっちだ⋯⋯?」

 

 

⋯⋯案の定、ヴィクトリアが混乱しだす。

 

⋯⋯当然だろう、生まれた時からこれが当たり前の自分ですら偶に戸惑うし⋯⋯

 

 そんなヴィクトリアに苦笑しながらも、鵺は続ける。

 

 

「現代で『四季』って言うと、今ではそれぞれの土地の代表者を指すんだよ」

 

「代表者?」

 

「その土地を治めてる組織って言う方が適切かな⋯⋯一応軽く教えておこうか」

 

 

 鵺は軽く深呼吸すると、指折り数えながらゆっくりと口を開く。

 

 

「『紅葉組』が治める『武器と傭兵の秋』」

 

 

「『劇団』が治める『芸術の冬』」

 

 

「『ぷくぷくぷらねたりうむ』が治める『機械文明の春』」

 

 

「そして──」

 

 

「──お前らが治めるここ『夏』か?」

 

 

「⋯⋯は?」

 

 

 鵺の言葉を遮るようにして響いたヴィクトリアの冷たい声に、思わず間抜けな声が出てしまった。

 

 何せあまりに見当違いな推論だったのだ。

 

 一体、ヴィクトリアは何を言って──

 

 

「──どうして知ってるの?」

 

 

⋯⋯鵺が放ったさらに冷たい言葉により、俺の口から声が出ることは叶わなかった。

 

 先程までの楽しげな様子は消え、鵺は無表情で真っ直ぐにヴィクトリアを見つめている。

 

 

「⋯⋯はっ、取引書類はもっとしっかり隠しておくべきだったな」

 

「⋯⋯あぁ、そういうこと⋯⋯」

 

 

 ヴィクトリアも剣呑な空気を纏い、一歩も引かずに返す。

 

 

「あっ⋯⋯!ヴィクトリア、まさか⋯⋯!」

 

 

 俺と同じようにずっと疑問符を浮かべていた橘さんが、急に顔を真っ青にしてヴィクトリアに詰め寄る。

 

 

「面接の日に言っただろ嬢ちゃん、嬢ちゃんは建物に入ってくれるだけでいいってな」

 

「⋯⋯何を言って⋯⋯?」

 

 

 この場で状況を理解できていないのは自分だけだった。

 

 どんどんと重く鋭くなっていく空気に耐えきれず、なんとか声を上げる。

 

 

「⋯⋯魔神には、自分の存在を視覚的に見えなくできる性質があるんだよ。幽霊みたいにね」

 

「⋯⋯え?」

 

 

 鵺が両手を使って、幽霊のようなジェスチャーを見せる。

 

 

「ヴィクトリア⋯⋯!勝手に事務所の書類を⋯⋯!」

 

「書類の中には、さっき言った『春』の代表企業との提携書類が入ってた」

 

 

 慌てた様子の橘さんには目もくれず、ヴィクトリアは強気な態度で告げる。

 

 

「あんな寂れた探偵事務所にとって、これは普通じゃないだろ、なあ?」

 

 

「⋯⋯姿を消した状態じゃ、契約者の視界しか読み取れないような魔神が大半なのにな⋯⋯」

 

「言っただろ?オレサマを他の雑魚魔神と同じにするなってな」

 

「⋯⋯契約者から離れて行動できる上、範囲もかなり広いのかな?ジェイソンには気をつけるよう言っておいたんだけど⋯⋯」

 

「ハッ!あの女を責めるのは酷ってもんさ!魔力自体は見えても、その『動き』を追えるかはまた別の力だからなァ!」

 

「⋯⋯」

 

 

 鵺は考え込むように目を伏せる。

 

 表情は冷たく、先程の天真爛漫さは消え失せていた。

 

 

「加えて、あの探偵事務所はネットにもほぼ情報が無い。意図的に情報を制御しているとしか思えないな」

 

 

⋯⋯ヴィクトリアはなおも続けるが、正直こちらは『妖怪探偵事務所』がこの土地を治めているという事実すら飲み込めていなかった。

 

 

 だって、この土地の支配者は──

 

 

「──答えろよ鵺。この土地の支配者であるという事実を隠し、裏では外部の権力者と取引をしている⋯⋯」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

「──お前らは、なんなんだ?」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「──あっはは!!なんだよもー!驚いたなー!!なになにっ?もしかしてヴィクトリアって、見かけによらず隠密行動の方が得意なの?」

 

「⋯⋯鵺」

 

「──それにっ!さらっと言ってたけど取引書類を見たって結構行動範囲広いよねっ?すっごいことだよそれって!!」

 

「⋯⋯⋯⋯鵺」

 

「──にしてもっ!膨大な魔力を纏っていたのは、自分の動きを誤魔化すカモフラージュの意味もあったんだね〜!うわ〜!なんか急に悔しくなってきた!!一本取られたってやつだね!さっきも言ったけど、ヴィクトリアってやっぱり頭脳派なんじゃ──」

 

 

「──質問に答えろッ!!」

 

 

⋯⋯大興奮といった様子でヴィクトリアの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねていた鵺に、遂にヴィクトリアが吠えた。

 

 

「うわっ⋯⋯どしたの急に⋯⋯?」

 

「こっちのセリフだわ!!」

 

 

⋯⋯確かに、ヴィクトリアが鵺の『隠し事』を指摘した際には空気感は張り詰め、鵺も冷たい雰囲気を纏っていた。

 

 

『妖怪探偵事務所は夏の支配者であり、またそれを秘匿している』

 

 

 決して軽く済ませることのできる指摘ではなく、鵺には説明責任があるだろう。

 

 しかし──

 

 

「う〜ん、でも特に後ろめたいこととか無いしな〜」

 

 

 鵺は直ぐに雰囲気を戻すと、質問よりもむしろそれらを突き止めたヴィクトリアの方に興味を抱いた様子だった。

 

⋯⋯元々ヴィクトリアへの知的好奇心は抑えられていなかったが、今回遂にそれが爆発してしまったのかもしれない。

 

 

「⋯⋯はぁ、いいからオレサマの質問に答えてくれ⋯⋯」

 

 

⋯⋯ヴィクトリアも見るからに疲弊していた。

 

 

「ヴィクトリアの考えは分かるよ」

 

 

 鵺はそんな様子に微笑むと、楽しげに身体を揺らしながら話し始めた。

 

 

「ヴィクトリアの探してる存在、効率的にそれを探すには、力を持った組織から情報を得るのが手っ取り早い、そう考えたんだよね?」

 

 

⋯⋯昨日聞いた、ヴィクトリアの目的。

 

 探し人⋯⋯いや、人では無いと言っていたか。

 

 とにかく、生前が人間であるヴィクトリアは探している存在がおり、それを見つけるために橘さんと契約したという話だった。

 

 

「うちを選んだのはナギサちゃんの家から近かったからか⋯⋯もしくは、探偵の名前を冠していたからかな?」

 

「⋯⋯」

 

「なんにせよ、ヴィクトリアは大当たりを引いたわけだ」

 

 

 鵺の語りは軽やかで、その瞳は視線の先を見透かすように澄んでいた。

 

 

「その時点では『わくわくぷらねたりうむ』が『春』の代表とは知らなかっただろうけど、それでも疑問を抱くには充分だっただろうね」

 

「⋯⋯あぁ、だから──」

 

「──ヴィクトリア」

 

 

 鵺はヴィクトリアの言葉を遮るように告げると、可愛らしく小首を傾げて続けた。

 

 

「──碧雫を疑ってるでしょ?」

 

「⋯⋯」

 

 

 ヴィクトリアは無言を貫く。

 

 

「⋯⋯は?どういうことですか?なんで先輩が出てくるんです⋯⋯?」

 

 

 碧雫という名前に反応して、つい口を挟んでしまった。

 

 

「⋯⋯ヴィクトリアが見た書類に書かれた名前⋯⋯だよね?」

 

「⋯⋯あぁ、そこには碧雫の名前が載っていた」

 

「⋯⋯うん、だよね。そのせいでヴィクトリアは、多分雫に期待をしちゃってるんだろうけど⋯⋯」

 

 

 鵺は一瞬気まずそうな表情を見せると──

 

 

「──雫は人間だよ。ヴィクトリアの探してる存在では無いと思う」

 

 

 きっぱりと告げた。

 

 

「⋯⋯⋯⋯そう、か⋯⋯」

 

「まぁ人間離れはしてるけどね。あはは」

 

「⋯⋯」

 

 

 ヴィクトリアは俯いてしまうが、しかしなおも言葉を続ける。

 

 

「⋯⋯お前はまだオレサマの質問に答えていない」

 

「⋯⋯あぁ、それね〜⋯⋯」

 

「お前らが権力を有し、それを隠蔽してるのはなんでだ?」

 

「⋯⋯うーん、それ⋯⋯なんだけどぉ〜⋯⋯」

 

「⋯⋯?なんだよ、答えろよ」

 

「⋯⋯後ろめたいことはないんじゃなかったんですか?」

 

 

 こちらとしても気になるところだが、鵺は歯切れ悪そうに頭に手を当てて悩み出してしまう。

 

 しばらくすると、神妙な顔をしてこちらの顔を見回してきた。

 

 

「⋯⋯えっと⋯⋯実は私達は『四季候補』なんだよね」

 

「シキコウホ?」

 

「確か、『四季』に近い実力を持ってる人とか企業のことですよね?メディアがよく持て囃してる」

 

「そうそう、でも私も雫も『四季』には興味無いから、情報を操作して事実を隠してるの」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯あっ、本当の実力を隠してるの!」

 

「なんで言い直したんですか?」

 

 

⋯⋯まぁ、理解できない話ではない、元々ここ『夏』はとある理由で『四季候補』が出やすい土地だ。

 

 

「⋯⋯ふーん?お前らみたいなのでも候補になれるとか、『四季』ってやつは案外大したことないんだな?」

 

「⋯⋯むっ⋯⋯!アカネ君はどう思う!?」

 

「先輩は間違いなく『四季』の器だと思います!」

 

「うわなんだコイツ!?」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「──ていうか、だったら『夏』の代表は誰なんだよ?」

 

「あぁ、それね」

 

「お前らは代表である『四季』とは見なされてないんだろ?だったら──」

 

 

「──いないんですよ」

 

「は?」

 

 

「ここは『その他の夏』⋯⋯現在『四季』の座は空席です」

 

 

⋯⋯そう、十数年前からこの『夏』には支配者がおらず、またこの場所は他と比べて何も無い。

 

 

「⋯⋯何も無い?おいおい、他のとこには御大層な二つ名が付いてたじゃねーか、なんだよ『その他』って」

 

「⋯⋯そのままの意味ですよ。他の土地で生きていけなかったり、失敗したり、罪を犯した人間が逃げてくる場所⋯⋯それがここ『夏』なんです」

 

「全部が全部そこまで酷い訳じゃないよ。アカネ君もナギサちゃんも学校に通えてる訳だしね。まあ、他と比べたらやっぱり荒れてるけど⋯⋯」

 

「⋯⋯それは、支配者がいないからか?」

 

 

「⋯⋯んー、むしろ逆かな。『四季』がいた頃の傷が、まだ治ってないんだ」

 

「⋯⋯?」

 

「⋯⋯十何年か前まではここにも『四季』がいたんだけどね」

 

 

 鵺は遠くを見るように目を細めながら、ぼんやりと語る。

 

 

「⋯⋯その『四季』は他と違って純然たる武力で支配者になったんだ」

 

「⋯⋯今でも『厄災』と呼ばれて恐れられている、力の象徴です」

 

「⋯⋯武力による支配、か⋯⋯」

 

 

「現れた場所をそこにいる人含めて破壊し尽くすから、姿を直接見た人はいないし詳しい記録も残ってないんだけどね」

 

「一つの街を軽々と滅ぼすような存在だったって、授業でも習った記憶があります」

 

「最悪な奴だな」

 

 

 ヴィクトリアは明確な嫌悪感を露わにする。

 

 

「⋯⋯ですが、功績もしっかりと残してしまったんですよ」

 

「功績?」

 

 

「⋯⋯あはは、攻撃への見境がなかったからか、一番広いんだよね⋯⋯『夏』の領土って⋯⋯」

 

 

 厳密に言えば、領土を奪ったというよりかは破壊したというのが正しい。

 

 荒れ果て、文明が存続できなくなった結果として、他の勢力がその土地を手放さざるを得なくなったのだ。

 

 

──誰のものでもなくなったのなら、それは『その他』に属することになる。

 

 

⋯⋯結果的に『夏』は、最も広い領土を手にすることとなった。

 

 

⋯⋯この功績に加え、最終的に姿を消したこともあって『厄災』はカルト的な人気を誇り、現在もネットで定期的に正体考察スレが立つくらいだった。

 

 

「この『厄災』が凄すぎたおかげで、私たちの情報工作もそこまで難しくないんだ」

 

「⋯⋯そりゃ、後釜を軽々しくは決められないか」

 

 

 空席故に候補は多く囁かれるが、そのどれもが未だ『四季』として定着することはなかった。

 

 

「十数年前の出来事なのに、既に都市伝説化してますからね」

 

「──そう、都市伝説!ヴィクトリア、気にならない?」

 

「⋯⋯あ?どういうことだ?」

 

 

 唐突に鵺がヴィクトリアに向き直る。

 

 

「『厄災』には色んな噂が立ってるんだよ」

 

「⋯⋯ッ⋯⋯まさか⋯⋯!」

 

 

「──人間じゃない⋯⋯なんて、ありふれた噂の一つだね」

 

「⋯⋯ッ」

 

 

 ヴィクトリアの目の色が変わる。

 

 

「まあ、どれも根も葉もない噂ではあるけど⋯⋯空を飛ぶだとか、炎を操るだとか──」

 

「⋯⋯」

 

「──何百年も生きてる、とかね」

 

 

「⋯⋯そいつ、が⋯⋯ッ」

 

「ふふ⋯⋯少なくとも、雫よりは可能性があると思わない?」

 

 

 鵺はヴィクトリアを真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと手を差し出す。

 

 

「ヴィクトリア⋯⋯改めて、私たちの仲間になってくれる?」

 

 

⋯⋯もしかしたら、鵺は最初から『厄災』をヴィクトリアの目標として設定するために『四季』についての説明をしていたのかもしれない。

 

 先輩への誤解を解き、さらに情報を渡すことでヴィクトリアからの信頼をより強固なものにする。

 

 効果的な一手だった。

 

 

「ヴィクトリアが私たちを選んでくれたことが間違いじゃなかったって証明するために、私たちも全力で協力するよ」

 

 

 ヴィクトリアは、しばらく鵺の小さな手を見つめたあと──

 

 

「──よろしく頼む」

 

 

──力強く、その手を取った。

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