賢者の石と黒髪の騎士   作:krn

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第二章:組み分けの運命

 

ホグワーツ特急が終着駅に到着すると、一年生たちは「イッチ年生! イッチ年生はこっち!」という大男の豪快な声に導かれ、夜の湖畔へと集められた。

 

暗い水辺にはひんやりとした空気が満ち、遠くで城の灯りが揺れている。

 

大男の指示に従って、小舟へ乗り込む。

 

黒々とした湖面を滑るように進みながら見上げたホグワーツ城は、想像していたどんな姿よりも荘厳で、カリンは思わず息を呑んだ。

 

高くそびえる塔。無数の窓に灯る明かり。

夜空を背負うその姿は、ただ古いだけではない、魔法そのものの重みを宿しているようだった。

 

隣では、ハーマイオニーもまた息を潜めるように城を見つめていた。

 

湖の水面には満月が揺れ、漕ぐたびに白い光が細かく砕けていく。

カリンはしばらく黙ったまま、その揺らぎを眺めていた。

 

そのとき、隣で布の擦れる音がした。一度や二度ではない。

 

視線を向ければ、ハーマイオニーが落ち着かない様子で制服の裾を直し、指先を膝の上で組み直している。

 

「……緊張してる?」

 

声をかけると、ハーマイオニーはびくりと肩を震わせた。

 

「え? あ、うん。ちょっとだけ」

 

そう言いながらも、指先の震えは隠しきれていない。

カリンはその手元をちらりと見て、また水面へ視線を戻した。

 

「……まあ、そんな感じだと思った」

 

ハーマイオニーはばつが悪そうに口を結び、慌てて手を引っ込めた。ごまかすように膝の上で組み直す。

 

「『ホグワーツの歴史』に書いてあったんだけど、試験では、心の中まで読まれるらしいの。なんだか、全部見透かされそうで……」

 

彼女の不安そうな声に、カリンは小さく笑った。

 

「心にやましいことでもあるの?」

 

「ないわよ!」

 

きっぱり言い返してから、ハーマイオニーは自分でも可笑しくなったのか、少しだけ笑った。

 

「でも……恥ずかしいことくらい、あるかも」

 

「ふーん。……なら、あえて思い浮かべてやればいい。試験官が困るようなやつ」

 

カリンの悪戯っぽい提案に、ハーマイオニーは目を丸くする。

 

「カリンって、ほんと変わってる」

 

「そっちもね」

 

視線がわずかに交差する。

 

その一瞬、言葉にならない何かがわずかにほどけたような気がした。

 

小舟が揺れた拍子に、肩と肩がほんのわずかに触れる。

 

体温が、布越しに伝わる。

けれど、どちらも何も言わなかった。

 

気づかないふりをしたまま、また湖へと目を向ける。

揺れる月の光だけが、静かに二人のあいだを流れていた。

 

***

 

城の玄関ホールでは、マクゴナガル先生が厳しい顔で一年生たちを待ち受けていた。

 

彼女に導かれ、子どもたちは大きな扉の前に整列する。

 

「準備はいいですね。では、こちらへ」

 

重い扉が開かれた瞬間、目の前に広がったのは、思わず息を呑むほど荘厳な大広間だった。

 

四つの長いテーブルには上級生たちがずらりと並び、空中には何千本もの蝋燭が浮かんでいる。頭上の天井は、まるで本物の夜空をそのまま閉じ込めたように星が瞬いていた。

 

隣で、ハーマイオニーが興奮を押し殺しきれない声で囁く。

 

「『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ。あの天井、魔法がかけられてるのよ」

 

「へえ」

 

短く返しながらも、カリンの視線は自然と大広間全体をなぞっていた。

 

赤と金。青と青銅。黄と黒。銀と緑。

 

それぞれにまったく違う空気がある。

 

とりわけ、銀と緑の旗が掲げられたスリザリンのテーブルには、どこか鋭く澄んだ雰囲気があった。

 

純血主義に共感するつもりはない。

 

だが、目的のためには手段を選ばず、知と野心を武器にするその気質には、どこか共鳴するものがあった。

 

自分の探求心をもっと自由に追える場所なのかもしれない――そう思った。

 

ふと、前方から視線を感じる。

見やれば、マルフォイがこちらを見ていた。

 

彼は薄く笑い、小さく顎をしゃくる。

まるで、当然こちらだろう、とでも言いたげだった。

 

カリンは軽く目を細めただけで、視線を返した。

 

やがて、マクゴナガル先生が古びた帽子を載せた椅子の前で、名簿を広げる。

 

帽子が奇妙な歌をうたい終えると、組み分けの儀式が始まった。

 

名前を呼ばれた生徒が一人ずつ前に出て、帽子を被り、寮が決まっていく。

 

ハリー・ポッターがグリフィンドールに選ばれた瞬間、大広間が一段大きく沸いた。

 

ロン・ウィーズリーもグリフィンドール。

 

ネビルも、泣きそうな顔で帽子を被り、ようやくグリフィンドール。

 

そして――

 

「グレンジャー、ハーマイオニー!」

 

呼ばれた瞬間、ハーマイオニーの背筋がぴんと伸びた。

 

緊張と意地が入り混じったような顔で、一歩ずつ前へ進んでいく。その後ろ姿を、カリンは黙って見送った。

 

帽子が載せられ、数拍の間。

 

「グリフィンドール!」

 

歓声が上がる。

 

ハーマイオニーの顔がぱっと明るくなった。

ほっとしたように息をついて、それから弾む足取りで赤と金のテーブルへ向かっていく。

 

その途中、彼女がふいにこちらを振り返った。

 

一瞬だけ視線が合う。

 

安堵の残るその表情を見て——カリンは、ほんの少しだけ、口元がゆるんだ。

 

合理的だと思っていたはずのスリザリンの光景が、ふいに霞んで見えた。

 

それから何人かの名前が呼ばれるあいだ、カリンはぼんやりと大広間を見回す。

 

気づけば、視線がグリフィンドールのテーブルのあたりをなぞっていた。

 

やがて——

 

「ツキヨミ、カリン!」

 

カリンは静かに前へ出た。

 

歩きながら、なんとなく顔を上げる。

 

グリフィンドールのテーブルのあたりで、ハーマイオニーが両手をぎゅっと組み、こちらをじっと見ていた。

 

心配そうな、けれど逸らさない目だった。

 

——それを視界の端に留めたまま、椅子に腰を下ろす。

 

帽子が視界を覆った瞬間、頭の中にしゃがれた声が響いた。

 

『ほう……これはまた面白い。ツキヨミ……なるほど、日本の古い血筋じゃな。筋は良い。頭も切れる。好奇心も深い。ずいぶん器用に立ち回れる子じゃ』

 

(……どうも)

 

『ふむ。探究心、応用力、冷静さ。そして、内側にきちんと野心もある。スリザリンがよかろう。あそこなら、君は間違いなく偉大になるだろう』

 

たしかに間違ってはいない、と思う。

理屈だけなら、悪くない選択肢だ。

 

けれど。

 

胸の奥に、妙な引っかかりが残る。

 

あの銀と緑の列へ入っていく自分を想像すると、どこか空気が冷たすぎる気がした。

 

それから——列車での数時間が、断片みたいに頭をかすめた。

 

カエルを探して歩いた廊下。

軽口と説明が繰り広げられる三人の騒がしい声。

肩が触れそうで、触れなかった小舟の上。

 

どれが決め手というわけでもない。

ただ、あの数時間の空気が、銀と緑のテーブルにはない気がした。

 

(……スリザリンは遠慮しとく)

 

『なんじゃと?』帽子は驚いたように問い返す。

 

(グリフィンドールがいい)

 

『正気か?勇気や騎士道精神なぞ、君の求めるものではあるまい。君のその魔法の応用力、その探究心は、スリザリンでこそ磨かれるというのに!』

 

帽子の説得は続く。だが、カリンの決意は揺るがなかった。

 

『理由は?』

 

少しだけ、言葉に詰まる。

 

ふと浮かんだのは——

心配そうにこちらを見ていた、あの顔。

 

(……生憎、偉大には興味がない)

 

『……なるほどの』

 

帽子が、何かを察したように間を置く。

まるで、やれやれとため息をつくのが聞こえるようだった。

 

『まったく、面倒な子じゃ。よかろう。君がそうまで望むのなら……』

 

次の瞬間、帽子は外の世界に向かって叫んだ。

 

「グリフィンドール!」

 

一瞬の静寂の後、グリフィンドールのテーブルが爆発的な歓声に包まれた。

 

カリンが帽子を取って顔を上げると、真っ先に視界へ飛び込んできたのは、ハーマイオニーの表情だった。

 

彼女はあからさまにほっとした顔をして、それから嬉しそうに、自分の隣の席をぽんぽんと叩いている。

 

カリンはふっと口元を緩め、立ち上がる。

周囲の生徒に背中を軽く叩かれながら、まっすぐその席へ向かった。

 

グリフィンドールのテーブルへ歩いていく途中、赤毛の双子が口笛を吹いた。

 

「おっ、もう友達がいるじゃないか」

「フレッド、見ろよ。席まで確保されてる」

「VIP待遇だな」

 

からかうような声。

ハーマイオニーが顔を赤くして「ただの席よ!」と言い返している。

 

カリンは特に反応せず、そのまままっすぐ歩いた。

 

隣に腰を下ろすと、ハーマイオニーが小さな声で囁く。

 

「……よかった」

 

「……ん」

 

短く返す。

それ以上は何も言わなかった。

 

だが、カリンは口の緩みを抑えきれていなかった。

それに気づき、咳払いを一つする。

 

目の前ではダンブルドア校長が立ち上がり、祝宴の開始を宣言していた。

 

これから始まる四つの寮での生活。

 

少し前までなら、こんなふうに誰かの隣に座っている自分は想像できなかった。

 

それなのに——

 

すぐ横に人の体温があるその状況に違和感がないのが不思議だった。

 

 


 

 

幕間:組み分けの運命(ハーマイオニー・サイド)

 

荘厳、という言葉は、まさにこの大広間のためにあるのだ。

 

本で読んで知識としては知っていたけれど、無数の蝋燭が宙に浮かび、頭上の天井が本物の夜空のように瞬いている光景を目の当たりにすると、感動で胸が震える。

 

魔法は、本当に存在するのだ。

 

そう実感する喜びと同時に、強い緊張が全身を支配していた。

 

周りの子たちは魔法族の家系なのだろうか。

マグル生まれの自分は、ここでやっていけるのだろうか。

どの寮になるかで、これからの学生生活のすべてが決まってしまう。

 

グリフィンドールは勇敢な者が。 ハッフルパフは勤勉で誠実な者が。 レイブンクローは知恵ある者が。 そしてスリザリンは——。

 

「グレンジャー、ハーマイオニー!」

 

心臓が喉から飛び出しそうだった。

 

震えそうになる足を叱咤して前へ進み、椅子に座る。

帽子が視界を覆うと、頭の中に小さな声が響いた。

 

『ふむ……難しいぞ。知識への渇望、勤勉さ。レイブンクローも良いじゃろう。じゃが、違うな……君の心の奥には、証明したいという強い気持ちと、正しいことのための確かな勇気がある。ならば、ふさわしい場所は……』

 

「グリフィンドール!」

 

その声に、私は心の底から安堵のため息をついた。

 

私はほとんど駆け出すようにして、歓声の沸き起こるテーブルへと向かった。

赤毛の双子のお兄さんたちが陽気にハイタッチをしてくれ、ほっと胸を撫で下ろす。

 

ハリー・ポッターがグリフィンドールに決まったとき、テーブル全体が大きく沸いた。

ロンも、ネビルも、グリフィンドール。

 

列車で話した顔ぶれが同じ寮に揃っていくのを見て、少しずつ安心が広がる。

 

けれど、まだ呼ばれていない名前がひとつ残っていた。

 

ツキヨミ・カリン。

 

面倒くさそうな顔をしながら、困っていた自分を放っておかなかった人。話していても、近づいても、どこか壁があるようで、それなのに妙に気になる。

 

東洋の魔法理論について、もっと聞きたいことがあった。

「氣」の仕組みも、日本の陰陽道と西洋魔法の違いも、列車では途中で話が終わってしまった。

 

(同じ寮だったら、続きが聞けるのに)

 

そう思ったとき、ふとマルフォイのことが頭をよぎった。

 

列車の廊下での、あの態度。

カリンに向けた声は明らかに別物で、「スリザリンに来るといい」と言っていた。

 

カリンの家は、純血の名家らしい。

スリザリンが彼女を欲しがるのは、当然なのかもしれない。

 

そう思った瞬間、胸の奥が妙にざわついた。

 

別に、どの寮になっても話せなくなるわけではない。

授業は一緒のものもあるし、図書館で会うこともあるだろう。

 

……なのに、「違う寮」という可能性が、思ったより気にかかる。

 

自分でも、どうしてそこまで気になるのかはよくわからない。

けれど、そう思ってしまったのだから仕方がない。

 

「ツキヨミ、カリン!」

 

名前が呼ばれ、彼女は静かに歩き出す。

 

私は思わず、ぎゅっと両手を握りしめた。

 

お願い、どうか——。

 

そのとき、カリンがふと顔を上げた。

 

目が合う。

 

灰にも墨にも見える、不思議な色の瞳がまっすぐこちらを捉えていた。

 

心臓が大きく跳ねる。

 

カリンが椅子に座り、帽子を被る。

 

一秒がやけに長い。

 

ハリーのときも長かったけれど、今はそれ以上に感じられた。

 

不安が、じわじわと胸の内側に広がっていく。

 

帽子は、彼女に何を言っているのだろう。

あの探究心と、冷静な判断力。スリザリンが合うと言われていても、おかしくはない。

 

——落ち着きなさい、ハーマイオニー。どの寮になっても、友達でいられるわ。

 

自分にそう言い聞かせる。

なのに、指先の力が全然ゆるまない。

 

お願い、同じ寮に。

 

強く願った、そのときだった。

 

「グリフィンドール!」

 

その声が響いた瞬間、ぱっと視界が明るくなった気がした。

 

よかった——と、胸の奥で何度も繰り返す。

 

気づけば理屈より先に体が動いていた。

自分の隣の席を力いっぱい叩く。

 

こっちよ、と。

ここが空いてるわよ、と。

 

カリンはほんの少しだけ口元をゆるめて、まっすぐこちらへ歩いてきた。

 

途中、フレッドとジョージが茶化してくる。

それが何故か恥ずかしくて、「ただの席よ!」と言い返す。

 

彼女が隣に座った瞬間、さっきまでの落ち着かなさが、すうっと引いていった。

 

「……よかった」

 

思わず口をついて出た。

 

「……ん」

 

短い返事。それだけ。

 

でも、それで十分だった。

 

ダンブルドア校長が祝宴の開始を宣言し、目の前のテーブルに次々と料理が現れる。

 

周囲が歓声をあげるなか、そっと隣を盗み見る。

 

カリンは何でもない顔でフォークを手に取っていた。

 

これから始まるホグワーツでの生活。

難しい授業も、知らない人ばかりの毎日も、きっと簡単ではない。

 

けれど——隣に、話の続きができる人がいる。

 

それだけで、今は十分だと思った。

 

 

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