中等部と高等部、そして大学部が存在する歴とした学校である。ただ、まぁ、普通とは少し違う部分もあるのだけど。
この学校は何を隠そう
絵画科、文学科、映像科、彫刻科、演劇科。といった異なる五つの学科を持ち、その全てにおいて強い特色を持つ、芸術高校。
これらの学科、また学科の生徒が日夜、年中、創作に打ち込み、作品を作り上げている。
まぁ、わかりやすく言うと物を造るための高校ということである。芸術大学よりも早い段階から物を造ることに特化しているという面で人気の高い学校だ。アーティスティックな感性の強い奴らが挙って在籍している、本物の芸術学校。それが創世学園である。
もちろん、先に述べたことだけがこの学校が人気である理由ではない。この学校出身の創作家が著名になるケースが多いこともこの学園の人気を押し上げている理由の一つだろう。
有名な漫画家、イラストレーター、画家、彫刻家、小説家。エトセトラエトセトラ……こと創作を職業にしたいのならこの学園に進学しろなんて言葉があるほどだ。創作で食っていきたいなら間違いない、成功が約束されている。とまでいう人間もいる。いわばアーティストの卵たちにおいて一番成功に近い場所なのである。
かくいう俺、
「………………… 眠い」
ほとんど開いていない瞼を擦りながら、俺は視線を前に向けた。ボソリと呟いた言葉はおそらく隣の席に座っている名も知らないクラスメイトにも届いていないだろう。独り言だからそれでいいのだけど。
入学式。
退屈で、忌むべき学校行事の一つである。というか筆頭であると言ってしまってもいい。
ただでさえ学校行事は嫌いなのに、今までの
社会の荒波に投げ出されるよりはマシかもしれないけど、それでも嫌なものは嫌なんだよ。
理不尽な八つ当たりにも近いような怒りを胸に抱きながら二度目の欠伸を噛み殺す。
新しい生活への希望を胸いっぱいに仕舞い込んで、目の奥にキラッキラのお星様を携えたみたいな高等部からの新入生の皆様からすると青春の一ページ目となるのだろうから、そりゃ、大事な学校行事かもしれないが、俺からすれば絵を描くことができない、拘束時間が長い、強制力を持つこの手の類のものはほとんどゴミと言っても差し支えのない時間であった。
というか中高一貫校なのにも関わらず入学式に中学からのエスカレーター組である俺らも参加させられるのどうなってるんだ。いらないだろ。入学は三年前に終わらせてるんだよ。こんなつまらないことで時間を取るんじゃねぇよ。
大体、この前の卒業式も意味が分からなかったんだ。俺、卒業しないし。高校からも変わらず、エスカレーター式でこの学園に通うことが確定していたのにも関わらず、長ったるいこの手の行事に参加させられたのは本当に意味が解らなかった。諸事情あって、俺は逃げる訳にもいかないのだ。
高校で他の学校に行く奴はいたけど俺はそうじゃなかったんだから、卒業式に俺が参加する必要なかっただろ。と未だに俺は思っている。同じ理由でこの入学式もいらないんじゃないだろうか。
続くように何度も口の中に表れる欠伸を噛み殺すようにしながら涙で滲んだ視界で舞台の上で新入生代表スピーチをする人間を眺めた。今年はどうやら女子生徒が新入生総代になったらしい。まぁ、だからどうというわけでもないけど。
時間の流れに身を任せるように椅子に腰をかけ、中指にできたペンだこを爪で引っ掻いて時間を潰すことにする。
四月八日。天気は晴れ、視界は良好、コンディションも申し分ない。
しかし、俺個人の心情としては今日も今日とて絶不調であった。
× × × × ×
こういう講堂で生徒が一同に会するような学校行事特有のダラダラと教室に戻る時間がなんとなく得意ではない。クラスの担任がめんどくさそうな顔をして先導するのを確認して、アヒルが前の個体についていくように流されるように歩く。このあともこの手のイベントの後のお決まりの手続きをこなすのだろう、死ぬほど億劫である。
なんとかしてサボれないか、俺ができもしない逃亡のルートについて思考を巡らせていると、とさっきまで壇上でうんうんと俺たちのことを眺めていた女性が壇上から降りてきて俺の元まで小走りで駆けつけるのが視界に入った。わざとらしくチョイチョイと手招きして俺のことを誘う。視線を担任に向けてみるとこれまた面倒くさいというようにシッシッというように手で許可を出した。ジェスチャー他になかったのか。教師辞めちまえ。
「重くん重くん、少しいいですか?」
「……なんですか?」
わかりやすいほどに不機嫌を滲ませながらその声に対応した。相手の立場を考えるとこんな態度が許されるような相手でもないのだけど、そこはまぁ、お互いの関係値的に許してほしい。
第一、彼女は俺のこの態度すら楽しんでいる節がある。
目の前にいたのは細目の美女だった。
細目というよりも糸目と言ってしまっていいほどに細められた瞼。特徴的な長い髪を伸ばし、胸を押し上げるようにして腕を組んでいるその女性。スーツの胸元にはいくつかのバッチが付けられていて、パンツスタイルのスーツ姿が良く映える人だ。
この学園の学園長にして、日本を代表する彫刻家である。現代日本で少しでも美術を、アートを齧っているのであれば、その名を必ず耳にするような人間だ。
齢はもう四十を超えるはずなのにそうは感じられないような美貌の人だった。誰もが近づきたくなるような人。彫刻のように均整的で黄金比な体も、顔も、完璧という呼び声が高い人物なのだ。
ついでに俺のことを騙くらかし、この学園に引き入れた悪い大人でもある。
「もう高校生だねぇ。調子はどうかな?」
「絶不調ですよ。それを聞きに来たんですか?」
「ハハ、わかりきってる答えを聞きに来るほど私は暇じゃないよ」
「嘘つけ。俺に構わず他の天才に構えばいいでしょうに。時間なら腐るほどあるでしょ」
この人とくれば将来のある天才を見つければ時間を作り構い倒しにタイプなのである。春夏秋冬、時間も問わない。ひたすらに、時間さえあれば構いにくる。この学園に限って言えば有名な話だった。
そうして、彼女の面倒な、ダルがらみを受けながら、その中で何かを掴んだ天才たちは後世に名前を残すような素晴らしい作品を世に放つのだ。つまりこの人に目をかけられれば人並外れた才能があることの証明であると言える。まぁ、例外も存在するが。
「まぁ、今日は構いに来ただけじゃないですよ。君に伝言があって来ました」
ニコニコ……というよりニヤニヤというような顔(本当に、本当にニヤニヤって顔だった)で学園長はそう言った。
「伝言?誰からですか。俺と関わりのある人なんてこの学園にいないんですけど」
「寂しいことを言いますねぇ…… 」
ホロリと涙を拭うようにハンカチを目元に当てるフリをする学園長に露骨に「うへぇ」という目を向けてから進んでいく生徒の列の方に視線を投げた。もう既に俺のクラスからいくつか後ろのクラスが並んで体育館から出て行くところだった。このままだとなんか教室に入りづらくなる。いや、それ自体は別にどうということはないのだけど。気にもならないというと嘘になるのだ。俺は繊細な男なのである。ただでさえクラスで浮いてるからね。俺。
「で、俺早く帰りたいのでさっさと要件を伝えてくれると嬉しいんですけど」
「あぁ、そうですね。何と言ってもお互いに忙しい身ですから」
そんな皮肉を受け流しさっさとしろとジト目を向けると「せっかちだなぁ」と理事長はブー垂れた。なんでその歳でブー垂れてるのに痛いとかよりあざといって感想を抱かせるのだろう
か。すごいな、この人。俺の母さんと歳変わらないだろ。
「単刀直入に言うとですね…… 」
その言葉が合わないような咳払いをすると、学園長は続けて口を開いた。
「君に依頼の話が来ています」
「はぁ?」
「君の絵を自身の作品の挿絵に使いたいって人間がいまして。先に話を通しておこうと思った次第です」
「なんですかそれ、どんな物好きだ」
言葉を吐き捨てる。まぁ、目的はわかっている。その手の人間が増えるような気もしていたが、それでもまさか高等部入学初日からコンタクトを取ってくるなんて思ってもみなかった。
「どうせ
納得できる、というように言葉を口にした。大方そんなところだろうという予想もほとんどの確立で当たっていると言っていいだろう。
顎に手を当てながら口にした俺の考察に学園長は嬉しそうに待ったをかけた。その頬には笑みが浮かんでいる。
「さぁ、どうでしょう。「天才少年」たる君当ての依頼かもしれませんよ?」
彼女のその言葉は楽しそうだ。その言葉にムッとしてしまう。言葉に棘があるのはわかっているが即座に言葉が口を突いた。
「
棘ついた俺の言葉に学園長がため息を返す。その態度はまだそんなことを言っているのかとでも言わんばかりだ。
「気に入りませんか?雑誌に載ったままの煽り文句なんですがねぇ」
「いつの時代の話してるんですか…… ?」
「私からすればつい先日のことですよ。「天才少年・蓮重」くん?」
遠い昔のことを揶揄うように理事長がクスクスと笑った。本当にあくどい笑顔だ、腹が立ってくる。
「天才少年、重くんは随分とスレてしまいましたね〜」
「…………」
ジロリと睨むように学園長を見ると「おぉ、怖」と身震いをするフリを見せてくれた。煽ってんのか?お?
「そんな怖い顔をしないでくださいよ〜」
「他に話がないなら俺は行きますけど」
「は〜い。大丈夫ですよ。今後に期待していますね。重くん」
そんな慰めとも言えないような慰めを背中に受けながら俺は講堂を後にした。
そのころには、講堂にいた一年生は全員出ていった後だった。
× × × × ×
この学園はずいぶん特徴的な形をしていると思う。なんでも十数年前にこの学園出身の有名な建築家だかなんだかが大幅にこの学園の校舎を改修したそうだが、その際にとても合理的とは言えない形にしたのである。このことについて、俺は本当に馬鹿なんじゃないかと思っているのだが、まぁ、その点について周りの評価は高いようだった。
この学園の伝統的なアレを考えると当たり前ではあるが。
この学園の校舎は五角形の形をしている。
その一辺毎に学科の一つ一つが収まっているのだが、五角形という形の性質上、廊下が馬鹿のように長いのだ。
元々、この学園自体が片田舎に建てられているということも、この校舎が広いことに拍車をかけているのだと考えているが、まぁ、そこはいい。
その五角形の真ん中は開けた芝生となっていて。たまにそこで品評会が催されたりしている。
これがまた相当の盛り上がりを見せることが多く、そのせいも相まってこの校舎の形が学生たちに人気なのであった。
「だからってこの校舎の形が好きになる訳じゃないけど」
この校舎の形は嫌いだ。昔の失敗を思い出すから。
この長い廊下が嫌いだ。歩いているとき自分が酷く惨めに思えるから。
自分の教室のドアを開けた。入学式の後、何やらクラス内で担任からの話もあったのかもしれないが、俺たちの担任はそんなことを気にするようなタイプじゃないので、さっさと職員室に帰ってしまったらしい。騒がしい教室はホームルームが終わった後であることを教えてくれていた。
教室は階層が去年から一つ上に上がっただけ、クラスの顔ぶれも中学の頃に見たような顔ばかり、これなら本格的に入学式なんてなくても良かったんじゃないかとも思うが、もう終わったことをネチネチ思い返すのも無駄なので、さっさと自分の荷物や書類をまとめてアトリエに戻ることにしようと黒板に貼りだされた座席表に目を向ける。
そこで、いやな奴と目が合った。
「おやおや! 天才少年は随分な重役出勤じゃないか! また学園長先生にお得意の
「……はぁ」
数人の取り巻きから離れるようにして一人の男が近づいてきた。
あまりに目立つ金髪の髪を短くまとめ、紅い
俺らの学年でも指折りの、油絵の天才だ。
「オレの方が天才だっていうのに、学園長はどうしてお前みたいな凡人を気にかけるんだろうね?」
ヘラヘラとした口調。それが俺のことを馬鹿にしているものであることは分かっている。というか本人から俺のことが嫌いだから馬鹿にしている、という旨の言葉を聞いているし、コイツの性格を考えると他の可能性は考えられなかった。いやな奴なのである。
「オレじゃなくて、なんでお前が学園長から声を掛けられてるんだろうな? やっぱりコネか? 血筋ってやつか? ん?」
「うるさいな。俺も絵が描けなくて迷惑してるんだ。お前でよければ貰ってくれないか?」
「はッ!偉そうに!学園長がわざわざ気にかけてくださっているのを無下にしようってのか?」
「気に掛けられて調子に乗るなって言ったり、気に掛けられてるの感謝しろって言ったりどっちなんだよ……」
俺の言葉に自身の発言の矛盾に気付いたのか石岡がハンと鼻を鳴らした。実際のところ、これは俺に因縁をつけて嫌がらせを行うためだけのものだから、矛盾を指摘しようがあまり関係ないのだが。石岡はそんなことで止まるようないい奴じゃない。
「……学園長の見る目は本物だ。今にお前の作品の価値のなさに気付く」
「気に掛けられるのがうざいって言ってるんだよ。そんなことも分からないのか?」
俺の言葉に教室がざわつく。さっき石岡が言ったように、学園長に好かれるということは生徒たちにとっては重要な、喉から手が出るほどに欲しいトロフィーなのである。それを持っておいて一蹴する俺の態度は彼らからすれば信じられないものなのであろう。
学園長である舞島卑弥呼は芸術家として、優れた経歴を持つ人だ。
十六の頃に「全国自由彫刻コンテスト」で優秀賞を飾り、十八の頃には彫刻の世界大会ともいえる「全世界彫刻グランプリ」で他を寄せ付けない圧倒的な作品を示し、優勝。そのまま流れるように夏季五輪モニュメントの設計デザインを担当。
そのモニュメントが世界中の話題を掻っ攫い、世界中に彫刻界には舞島卑弥呼あり、と呼ばれるに至った超天才彫刻家である。芸術の世界で彼女の名前を知らない人間はいない。
そんな彼女に気にかけられることを石岡が僻むのには大きな理由が存在する。
彼女に気に入られた人間は大成する。
そんなジンクスが実しやかにこの学園で噂されていた。歴代の先輩たちの中で卒業後にも名を馳せている人の多くは在校生時代に学園長との親交が厚かったらしい。
なんとも現金な話だ。
つまり彼らは嫉妬しているのだ。俺という彼らからすれば取るに足らない存在が、大成することを見込まれた存在であるというように噂されている現状が気に入らないのだ。そんなつまらない嫉妬のためだけにことあるごとにちょっかいをかけてくるのである。
そんなことをしたところで絵は一ミリも上手くならないのに。
「俺も迷惑してるんだ。そこまで言うのなら俺の絵には価値がないから自分の絵を見てくれって直談判したらいいじゃないか」
「そんなみっともない真似できるわけないだろう!」
「なら俺に絡むのやめてくれないか?俺は俺で迷惑してるんだ。学園長を迷惑に思っている俺と、俺のことが嫌いなお前、関わってもいいことないだろ。面倒だから絡むなよ、僻みか?」
「それとこれとは話が違う…… !」
石岡が俺に近づいて腕を伸ばす。その軌道上には俺の胸倉がある。
その手が俺の胸倉を掴もうとして。
「やめて」
制止する声がそれを留めた。石岡から舌打ちが鳴る。それを留めたのは一人の女子生徒だ。
「口喧嘩までならいいけど暴力までいったら机揺れる。線がブレるからやめて」
タブレットから滅多にあげられないその三白眼が力強く石岡を貫いた。そしてそのまま俺へと視線を移行させる。その視線の持ち主に、俺は軽い謝罪を投げかけた。
「悪い、
「ん。レンも、頑張ってる」
ヒートアップしそうな口論を止めてくれた少女に視線を向ける。制服にパーカを羽織った少女だ。ウサ耳のついたパーカーはお気に入りだそうだが、彼女はお気に入りのパーカーをコロ
コロと変えるので今のお気に入りというところだろう。褐色肌に反した白色は彼女によく似合っていた。
俺と同じ、中等部からの学生で、この学年でも珍しい絵画科の中でもアートや油絵を専攻するわけではない、デジタルアートを主とする学生だ。タブレットに絵を描くデジタルアートは世間一般で見たら人気な部類ではあるものの、この学園では専攻する生徒はそこまで多くない。
ちなみに彼女の言う「レン」とは、彼女が俺の苗字である「
「お前と違って芽は出てないけどな」
「そんなことない。じきに置いていかれる。これは少しのアドバンテージ」
「なんだそれ。皮肉かよ」
そして椰子馬は、デジタルアートにおいて賞を受賞したり、もう個人で依頼を受けたりしている優れたアーティストなのである。俺なんかよりも何十歩も先を歩いている。優秀な学生なのだ。
そして、俺のことを毛嫌いしない珍しい生徒でもある。だからこうして俺が絡まれているときに助けてくれるのだ。この学園においては珍しく、気のいいやつなのである。
「蓮重」
椰子馬と話しているともう満足したと思っていた石岡が俺を見据えて口を開いた。
「オレはお前が嫌いだ」
「……別に、それはお互い様だからいいけど」
俺の言葉に石岡がハンと鼻を鳴らす。その反応は俺の答えなんて知っていると言わんばかりだ。俺どっかで言っただろうか。
「才能がある奴が学園長に見染められるのは構わない。それは正しいことであるとオレは思う」
見染められるとは?学園長は平安時代の天皇陛下か?
俺の疑問をよそに彼が言葉を重ねる。
「だけど、過去に一度大きくメディアに取り上げられただけの偽物がオレたちの誰よりも優れているというように扱われるのは我慢ならない」
それは、俺が昔雑誌で「天才少年」と持ち上げられたときのことだろう。
昔の話だ。
あれのせいで、俺はこの学園に推薦され。あれのせいで俺は学園長に執着されている。
そんな昔の、本当に十年近く昔の話を、彼らは良しとしないのだ。
「そうか」
正直、日に何度もその話を出されるのはキツい。
俺はあの日のことを、あの絵を描いたことを後悔しなかった日はないのだから。
「なら、今現在才能が腐っちまった俺よりも優れた奴ってのがいんのか?テストでの出来云々で俺より優れてるからなんだ?別に学園長に絡まれるのが優れてるってことじゃねぇだろうがくだらねぇ」
言葉が溢れ出てくる。言葉が際限なく流れ出てくる。
俺は、あの日。
天才少年と呼ばれたあの日のことを死ぬほど後悔しているのに。
「それとも今評価を受けていない俺が羨ましいのか? 石岡」
「お前……ッ!」
「いちいちウザいんだよ。俺が絵を描く邪魔をするな」
「お前の絵とも言えないガラクタを絵と呼ぶな!」
「邪魔することに積極的だな? そんなことをする暇があるなら描いたら?」
俺からすれば、描いてもいないくせに文句を言うやつは頭がおかしいと思う。
なりたいものがあってそれになる努力をしない人間はおかしい。それになるための努力は常に続けるべきだ。そのためにずっと、コストを払って、邁進し続けるべきだ。他のなにかを犠牲にしてでも前へ、目標に向かっていくべきだ。
それをしているなら他人なんて羨んでいる暇はない。リソースの無駄だ。
「どうだ?そんな暇があるなら一秒でも学園長からのご寵愛ってやつを受けてみたら? 見染められるって言うんだろ?ガラクタ以上のものを描いてみろよ」
売り言葉に買い言葉だ。わかっている。それでも感情を抑えられなかった。
あの人に気に掛けられているからなんだ。そんなことで喧嘩を売られているのか?
気楽なものだ。俺は努力し続けているのにお前らよりも劣っていると言われているんだぞ?
そんな奴のことは気にせず、絵を描き続ければいいのに。お前たちの方が優れているのに。俺には。
石岡がさらに俺に詰め寄ってくる。俺の胸倉を掴んで力任せに引っ張る。息が口の端から漏れた。椰子馬が立ち上がって止めようとするのが視界の端に見える。
それはたった一瞬の出来事。そして空いた手が俺のことを打ち抜こうと力いっぱい引かれて──。
「なんだ?高校生になって初っ端から喧嘩か? 元気有り余りすぎだろ」
その低音の効いたバリトンボイスに石岡の動きがピタッと止まった。
「
「石岡。なんか知らんがその拳しまえ。面倒だから」
無精ひげに猫背。ぼさぼさな髪の毛に気だるげなルックス。服装は短文飛び出したシャツにビーチサンダル。この男がこのクラスの担任でプロの画家でもある
「おい、喧嘩なんて青春チックなことするのは構わないが俺の目のつかないところでやれや、面倒だから」
「……別に喧嘩にもなってませんよ」
椅子に座りながら浅間に返答をした。机の上に置かれたプリントを回収しつつ、この件は終わりましたよという空気を出す。すると面倒くさがりな彼はもう問題が流れたというように頭をガシガシと掻いた。
「まぁ、喧嘩じゃないならいいが……オラ、散った散った。入学式が終わったらこの教室開けるように言われてるんだよ」
シッシッと猫でも追い払うようなジェスチャーをする浅間の言葉に甘えて鞄にプリントを突っ込み教室をいの一番に出る。
俺には時間がない。余裕がない。
少しでも多くの時間、筆を握っていたい。
体の内側で滾る熱が、いつまでも体を焼いて仕方がなかった。