創作学園へようこそ!   作:波間こうど

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創作学園へようこそ!

 

「……」

 

 走り去る重くんと柊さんを見つめる。いつの間にか彼らの仲は随分と深まっていたようで事情を知らない人から見れば、それはまるでカップルが青春している真っ盛りのようにも見えた。実際は彼らの間に恋人関係は存在せず、ただの友人関係しか存在しないわけであるが、それをノーヒントで当てるのは至難の業だろう。

 というかまず、柊さんを男の子であると見抜くこと自体が至難の業であると思うけど。ちょっとあまりにも可愛すぎますし……。

 

(ひいらぎ)鈴里(すずり)さん」

 

 彼の名前を呼んでみた。

 今年入学の文学科の天才。

 

 突如、文学科に現れた彗星。願書提出ギリギリに願書を提出したかと思えば一次試験こそ平凡だったものの、実技である小説で、本学において初めて二次試験で満点を叩き出した逸材。現段階で出版しようと必ずや功績を残すだろうと断言できる天才。

 

 三日間で10時間。その中で一万字以上のテーマに沿った小説を書くこの試験において、十万字を書き切り、速筆もさることながらその圧倒的なまでのクオリティで、有無を言わさず合格を勝ち取った新進気鋭の天才。文学部の学科長である丹波先生の「こいつに今更なにを教えるんですか?」という言葉がいまだに印象に残っている。彼はこの創作における最高峰の環境、そのトップすらも黙らせたのだ。

 

 彼が書く物語は人を惹きつけ、取り込み、そして現実すらも遮断して夢の中に置き去りにするようなそんな魔力すら感じる。

 

 曰く、神童。

 曰く、天才。

 この学園の教師誰もが息を呑んだ才能の原石。

 誰もがその才能を手放しで褒め称える……。

 

 

 そんな天才。

 

 

「期待してた以上の活躍ですね。個人的には重くんのスランプ解消の一端にでもなればいいと思った程度だったんですけど……」

 

 しかし、重くんのスランプ解消の一端どころか彼のスランプを打ち破ってくれるとは。ジャブのつもりがKOしたみたいな、威嚇射撃のつもりがヘッドショットしてしまったみたいな、そういうラッキーだ。ことわざなら棚から牡丹餅というやつである。

 

「重くん」

 

 蓮重(はすかさね)。元、天才少年。

 

 絵画の歴史に名を刻む天才。この半世紀、何度もその名と作品を世に知らしめた大御所。未だに年に一度以上のペースで作品を発表し、その度にSNSや雑誌の誌面を賑わせる、そんな衰えを知らない天才画家。

 その蓮斜陽の孫にして、かつて神童と謳われた少年。今朝までは蓮斜陽の失敗作と馬鹿にされていた少年。それが蓮重だ。

 

「私的には君のこと、蓮斜陽さんの孫だから期待してるわけではないんですよ?」

 

 柊さんに連れて行かれた重くんの背中を眺める。随分と大きくなった。

 初めて出会った時は私の腰くらいまでの背丈しかなかったのだが。今や私よりも背は高い。あんなに大きくなるとは、私も年もとるはずである。

 

 そんな彼が、六歳のとき、自身の身長の何倍にもなる絵画を描き上げたと聞いた。その噂は絵画が畑違いの私のところにまで届くほどで、大きな人がその才能を恐れる声が私にまで届いたのだ。

 蓮斜陽の名前は知っていたし、個人的に展覧会を見にいったこともある。その孫がどんな絵を描くのかが気になった。まぁ、他にも私怨が幾つかあるのけれど……それを話すとあまりに長くなるので割愛する。

 

 兎にも角にも、そんな理由からその天才少年なる存在が気になったから、わざわざ展示されている美術館まで見にいって。

 

 

 それ(・・)を見て、私が今まで作り上げてきた芸術が、ちっぽけなものに見えてしまった。

 

 

 あの絵を見た多くの人が、彼の才能に嫉妬した。その卓越した技術、センス、配色、図形的な配置、どれをとっても美の象徴だとすら思えた。そして、何よりも嫉妬の対象になったのは。

 

 彼が、この絵に満足していないってことが、絵からわかったからだ。

 

 伝わったのだ。わかってしまったのだ。

 一目見ただけで、その絵画に内包された、彼の想いが伝わってきた。

 この、今、嫉妬してしまうほどに、己の負けを認めてしまうほどに優れた作品。この作品に、彼は全くと言っていいほど満足していないのだ。

 

 これは、彼からしたら『失敗作』だ。

 

 それに気付けてしまうことも悔しかった。自分の半分にも満たないような歳の少年が、絵画の世界を変えてしまったとすら思った。

 

「蓮斜陽に認められるために筆を取る。蓮重に負けて筆を折る」

 

 そんな言葉がある程度歳を重ねた芸術家の間で流布された頃には彼の才能は枯れ果ててしまていた。いつの間にかそんな言葉も無くなって、一発屋だったんだと馬鹿にされる声が耳に届くようになっていた。

 

 でも、私はわかっていた。彼の才能が枯れていないことを。

 

 いや、本当に才能がある人間なら、創作家なら見ればわかる。感覚が誤作動を起こしてしまっているだけで、彼の絵はとてつもない作品なのだ。封印されてしまっているだけ、どこか飽きてしまっているだけ。

 だからウザ絡みのダル絡みだということを理解した上で彼にちょっかいをかけ続けていた。

 彼の相手をし続けていた。彼の目に宿っていたあの炎がまた燃え上がるように。

 彼のあの全てを壊す様な芸術の炎に身を焦がしたくて。

 

「……天才少年蓮重」

 

 それは、蓮斜陽という天才が生んだ化け物。

 創作の、特異点。

 神にも等しい創作者。

 

「貴方の未来に、期待しているんです」

 

 もう、廊下の先には誰もいない。

 私のことなんか遥か後方へと置いて、若い才能は消えていった。

 

 

 

  × × × × ×

 

 

 

 画会に勝ったからといって、俺の毎日に変わりはない。

 学校に通って、絵を描いて、それだけの日々をルーティーンのように消化する。

 何の変哲もないただの日常、青春というには少しばかり色気がなさすぎるそんな一ページ。

 強いて変化を上げるのであれば、俺にあれほど執拗に絡んできていた石岡が俺に絡んでこなくなったこと。それに、周りから好奇の目を向けられるようになったこと。

 そして、彼がよく遊びに来るようになったこと。それくらいのものだ。

 

 ……やっぱりアイツのことを彼って呼ぶと違和感がすごいな、まだ俺の身体がこの事実を受け止め切れていないということだろうか。まぁ、受け止め切れていないのは俺の脳みそのような気もするが。詐欺とかトリックアートのようなものだろう。「ルビンの杯」みたいなものなのだ。うん。そう思うことにしておこう。

 

 日がな一日中絵を描いて、たまに思い出したように窓の外を眺める。

 今までは気にしたこともなかったが、窓の外の自然は景色ごとに彩りを変えるらしく、今は目に痛いくらいに咲き誇っていた桜の代わりに、緑色の葉が自己主張もそこそこに風に揺れている。

 

 季節が少し進んで、初夏。梅雨も間近というところ。

 

 俺は何の変哲もない愛しき日々を噛みしめていた。ボーン、ボーン。と低い音が鳴った。視界を時計に向けると、時刻は十六時に迫ろうとしている。鳴る時間を中途半端な十五時五十五分にしているのには理由がある。とてもシンプルな理由だ。

 

 誰しもが()()の時間はだいたい把握しておきたいだろう?

 

 時計が鳴り終わると廊下の方からドタドタという足音が聞こえてくる。そしてそれがだんだんと大きくなってきたと思ったらドン! とドアが開いた。

 

 ドアを開けたのはもちろん柊である。仁王立ちで何やら得意げに鼻を鳴らしていた。

 

「や!」

「……そろそろ来るかなって思ってた」

 

 時計が鳴ったし、という言葉は言わないでおく。なんか準備してるみたいで癪だし……。

 

 そんな俺の内心に気付かないまま何やら嬉しそうに柊はない胸を張った。……まぁ、柊は生物学上男性になるわけだから胸があってもおかしいのだけど。

 

「ふふ、ボクのことがわかってきてるみたいで嬉しいよ」

「俺としては散々だけどな」

 

 柊は俺の横に腰掛けると俺が描いている絵を見ながら口笛を鳴らした。おい、近いって何回言わせるんだよ。つかなんでそんなにいい匂いするんだよ、バグってんのかお前。

 

「またまた〜、ボクに懐かれて嬉しい癖に〜」

「散々だったって言葉が聞こえなかったのか? なんのためについてんの? その耳」

 

 俺の言葉を全て無視した柊がヘラヘラと笑う。俺の言葉なんて聞こえていないと言わんばかりだ。まぁ、いつものことだが。

 

「でも、悪くなかったでしょ。この一ヶ月弱さ」

「…………まぁ」

 

 その言葉に対して、俺が返せる言葉なんて一つしかなかった。

 あぁ、完敗だ。返す言葉なんてない。

 俺は絵を描く楽しさを思い出したから。

 それに、絵を描く楽しさを思い出しただけじゃなくて、絵を描くこと以外の楽しさも、芸術の広さも知ることができたから。

 

「存外な」

「でしょ〜? 退屈はさせないよ」

 

 柊の言葉が跳ねる。お前がそう言うならきっと退屈しないのだろう。今ならなんだって描けると体が疼いて仕方がないあの感覚を、何度って引き摺り出してくれるのだろう。

 俺はきっと、柊の話に焦がれてしまったのだ。

 あの物語を読んだときに、身体中から悪いものが抜けていくように感じた。たった一人が、たった一度書いただけの物語が。俺の心を動かした。

 だからきっと、この選択は間違いじゃない。

 俺を助けた、コイツの依頼を受けることが、俺が出来る唯一の恩返しだと思うから。

 

 彼が腰かける。いつの間にか持ち込んでいた自分の椅子。このアトリエにも、コイツの私物が増えたように思う。最早一緒に住んでいるのではないかというくらいだ。

 椅子に腰を掛けて、彼はにこりと微笑んだ。その笑顔に嫌な予感がしてしまう。

 柊が口を開く。

 

「それじゃあ、改めて依頼をさせて貰うけど、いいよね?」

「……あぁ、はいはい。なんでも描くよ。で、何を描けばいいわけ?」

 

 その言葉の意味するところはつまるところ彼がこのアトリエに最初に足を運んだ理由だ。

 彼の目的。

 自分の作品に絵を描いてもらうこと。

 俺の絵に物語を付け加えたように。その逆を、彼は求めているのだ。

 4月のあの日、俺のアトリエのドアを蹴破ったあの日から。

 もしかしたら、それよりもずっとずっと前から。

 

「ボクの目標はつまらない世界を変えること。つまんない現実を燃やすこと」

 

 大仰に手を開いて、彼は言う。彼の目的を、高らかに口遊ぶ。

 そして犯人を突き止めた探偵のように俺を指差した。いや、逆だ。共犯の指名。俺に無理矢理にでも手伝わせようと思っているのだ。

 返事なんて決まっていた。

 

「そのために手伝って貰うよ」

「わかったよ」

 

 そもそも、俺に拒否権なんてものはないに等しいのだから。

 

「それじゃあまず。目指せ! アニメ化!」

「アニメ化ね……アニメ化!?」

「え、うん。僕の書くジャンルはライトノベルだからね」

「ラノベ!?」

「声でかいなさっきから」

 

 声も出るだろう。ライトノベルというのはキャラクター重視の物語だ。アニメ化されることが多い、オタクコンテンツの最たるもの。それがライトノベルである。

 別に偏見があるという訳ではない。ここ最近は漫画やアニメといったサブカルチャーにも積極的に触れるようにしているし、俺が描く絵に少なからず影響を与えてくれていると思う。

 

 が、柊が俺に見せてくれた小説『空を放つ』は絶対にライトノベルじゃなかった。

 

 一般文芸寄りの地の文に比重を傾けた物語だったはずだ。

 

「ボクは別になんでも書けるよ。だけど、どうせなら映像で見たいじゃん」

「一般文芸じゃねぇの?」

「なんで勘違いしたのか知らないけど違うよ。ボク、太宰とか芥川とかより電撃文庫とかの方が好きだから」

 

 コイツが天才であることは知っていたがまさかここまでとは思いもしなかった。ノンジャンルでなんでも書けるとか、コイツと同じ世代に産まれた奴ら可哀想だな。

 ()()()()()()()()()()

 

 コイツが現役の間は筆を置く人間もきっと出てくるんだろうな…… 。

 

 …………。

 

 そこまで考えてふと思い至った。

 もしかしてではあるが、いや、コイツならあり得ることが一つだけある。

 俺はここまで散々コイツに振り回されてきた。来る日も来る日も頭を悩まされてきた。

 だからこそ、一種の確信がある。確信を持って俺は柊に恐る恐る質問を投げかけた。

 答えなんてわかっているのに。

 

「え? 俺今からアニメ絵描くの? イラスト? 油絵から転向?」

「なんでも描くって言ったもんね? 男に二言は?」

 

 ニヤニヤしながら聞いてくる柊にほとほと嫌気がさす。これだから先に依頼の内容を確認しておけばよかったんだ。依頼の前に条件を聞く、常識だった。授業で習ったのに……。

 

「……お前は地獄に堕ちろ」

「そのときは一緒にね!」

 

笑顔の柊がしてやったりという顔を向けてくる。その顔を見て天を仰いだ。

 

「……あぁ、ほんと」

 

 本当だ。コイツの言っていることは正しい。

 

「退屈しねぇよ」

 

 言葉は澄んだ空気に溶けて。乾いた笑いに潤いを残した。

 

「……というかイラストって何から準備したらいいんだ? 液タブか? それともパソコンか? マジでよく知らないんだけど何から準備したらいいんだ……」

 

 とりあえずキャンバスなんかは家に持って帰らなくちゃいけない。というかまず何から手をつけていいのかもよくわかってない。椰子馬に聞くか。そっち系に造詣が深かった気がするし。あれもしなくちゃいけないし、そもそもパソコンとかも準備しなくちゃいけない。

 

 云々と唸りながら、あーでもない、だけどこーでもあると考える。そうやって今後どうやってイラストレーション……ライトノベルチックな挿絵を描くことについて学ぼうか考えていると、柊がそんな俺の様子を見ながら満足がに微笑むのが見えた。

 

 思えば、俺はずっとこいつの掌の上で踊っている。そう思わずにはいられない。

 

 それも、悪くないのかもしれないとも思う。不思議と、悪くない気分だ。

 

「あ、そうだ。言い損ねてた」

 

 両腕を後ろに回して彼は体を翻した。スカートがふわりと揺れて、八重歯が光る。

 それは向日葵にも似た、満開の笑顔だった。

 

「創作学園にようこそ!」

 

 ニヤリとした彼の言葉に俺はつい笑ってしまった。俺は中等部からでこいつは高校からの入学なのになんでお前が俺のことを歓迎する側なんだよ。

 

「立場逆じゃね?」

「言いたくなったんだから仕方ないでしょ?」

 

 琥珀色(トパーズ)の瞳を輝かせて。

 

 彼はその言葉を笑いながら告げた。

 

 

 

                             fin

 






こちらを書き始めたのが2年以上前だと思うので随分とかかったなぁと思います。人前に出すのはどうしても恥ずかしくて、最後に納得がいかなくて、出し渋ってしまいました。

ライトノベルを、面白い物語を書きたい。そう思って今も書いてます。これからも書きます。自分ができる最大限を絶対に完成させてみせます。

その時に、皆様が僕の作品が最高に面白いと話してくれればいいなと切に思います。

また別のお話でお会いしましょう。またね!
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