彼は輝かしいとも言える信念を掲げ、それに見合った功績を数少ない同級と築いた。その輪の中に私はあまり立ち入ることはせず、一人黙々と流されて生きていた。
「君って珍しいタイプだよね」
「……どういう意味?」
「世間一般には多いけど、
重なった任務で唐突にそんなことを話しかける夏油は、その高身長を活かして私を見下ろしてくる。ボンタンを好んで履く筋骨隆々な男子に、私は持っていた空のペットボトルに目を落とした。どこがそうなのだろう。思い当たる節はなく、
「生死を賭ける場所で、流されて生きてる人なんていないよ」
「……信念なくても入学できる学校が悪い」
「うわ、ひどい理屈」
「学校に理念がないことの裏付け」
ゴミ箱に放ったペットボトルの乾いた音が鳴り響き、遠慮も許可もなく隣で煙草を蒸し始めた夏油を見た。
「実際、高専に理念なんてないもんだと私は考えてるよ」
「どうして?」
「子供を守ろうとしないで子供たちだけで任務に向かわせる、人を育てる気のない場所だから」
「学校なのに? 大体、足手纏いになったりしたら面倒じゃないか」
時たま顔を覗かせる人を下に見た発言に、少し迷ったが自身の考えを口にすることにした。おそらく夏油は、自身も子供と一括りにされたことに腹を立てて反論してきただけだろう。
「足手纏いになろうが、数は数だよ。数で押せば勝てるものはあるし、その数を疎らに配置して死なせる方がナンセンス。育てようとしてるのって、生徒間での競い合い程度じゃない? いくら任務で人手不足だからって、私たち子供が行く意味ある? 篩にかけられてるみたい」
「……そこまで考えててなんで呪術師やってるんだい?」
そりゃあ、流されてるからだろう。
わざわざ言う気にもならず、顔に浮かべるにも遥か上を見上げてまで伝えたくない。理念や信念なんて夢物語みたいなもので、貫くのは酷く大変なことを彼は知らないのだ。大体、私は人嫌いだ。特に夏油たちのように、青春を謳歌できるほどの実力のある人間は。
「……頭おかしいからじゃない?」
「急に雑……」
言い当てられた通り、粗雑に終わらせた会話は、任務での移動によって有耶無耶になっていった。
出会ってから一年半ほどの夏油傑との穏やかな関わりは、この軽い会話で幕を閉じたのだった。
* * *
状況的に一人しか呼べなかっただろうし、私はそもそも同級生なだけで、家入含めた三人と深い関わりはない。他人と切り捨てるまでは行かないが、仲良し三人組だったじゃないか。幾ら人嫌いでも、水を差すようなことをしたくはない。
「いいよ。会っても話すことなかったから」
「帰ってこいとか……」
「私の言葉は響かない。仲良くないし」
仲間と思われていたかも怪しいものだ。物言いたげな家入を部屋に返し、飲み物を買いにサンダルを履いて外へ出かける。外と言っても
諦めてくれるだろうという浅はかな思いを裏切り、携帯は水のペットボトルを手に取るまで鳴り続けた。流石に鬼ではないので、鼓膜に
「……もしもし、どちらさまでしょうか」
『あぁ、やっと出た』
低くて落ち着いた喋り方に心当たりはない。
名乗らない相手に警戒心を上乗せで身構えていれば、やっと相手が名乗った。
『酷いな、私だよ。夏油傑だ』
息が詰まる。目を見開いたまま無言で返せば、夏油は笑い混じりの声色で話を続けた。どこか親しげな彼は、頭のネジがもう一本抜けているようだ。
『君とはちゃんと話せなかったから』
「……勧誘?」
『話が早くて助かるよ。一緒に猿共を抹消しないかい?』
「猿って……」
『非術師のことだよ』
私を勧誘して何になる。夏油の格下である私なぞ、少しの助けにもならないだろう。気取られないよう携帯を耳から外し、深く息を吐いて休憩所のベンチに腰掛ける。再び電話口に顔を付けた私は、隣にペットボトルを置いた。
「……行かない」
『あれ。流されやすい君のことだから、来てくれると思ったんだけど』
「……」
どうして楽しげなんだろう。笑い話なんてどこにもないじゃないか。元々遠くにいた筈の夏油が、声すら届かない場所に行ったことを悟る。本当に話すことがない。夏油が持ちかけた勧誘が無ければ、あれ以来まともに声など聞けなかったんじゃないか。歪みそうになる眉間を抑え、ひっそりと息を止める。何かないだろうか。
『残念だけど、しょうがないね。この番号は捨てるから、チクッても無駄だよ』
「……そう」
『相変わらず、冷たいな。それじゃあ、バイバイ』
一呼吸して口を開いた時には電話は切れていた。
結露だらけのペットボトルを手にした私は、しばらく携帯の画面を見て、再び鳴るのを待つ。光ることのない画面を見ることに飽きて、やっと返事をすることができた。
「……バイバイ」
* * *
人間、死ぬ間際になるとどうでもよくなるらしい。
夏油の訃報の知らせに、気が付いたらとある家宝である、とある
持ち出した先で床に腰付けて、走馬灯を眺める。
戻るは懐かしの若かりし頃だ。あのまま流されていた私は、今もこうして流されて生きていることに嫌気が差した。思えば夏油の勧誘を拒否したことが、半生最後の逆らった瞬間かもしれない。ほぼ衝動に近い思いで、私は準備を進めていく。禁忌に等しく、使用すれば追放ものである。だが、未来に起こることを誰も罰することはできない。その後の未来も、もうどうでもいい。
その無謀な賭けから脱するためとして、思い付いた条件に自虐的に笑ってしまった。
「──わたくし
呪物から光が放たれ、辺りが閃光で埋め尽くされていく。遂に目を閉じた先で目にしたのは、十二年前の桜の大木の下、
「はい、チーズ!」