コドクを喰らわば   作:肩たたき

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第一話『輪廻開始』-1

 

 高校デビューなんて言葉があれど、どちらにしろこの学級では埋まる没個性になるだろう。桜の木の下で雑に撮影を終えた同士、更に同性同士で固まって教員である夜蛾が先導する廊下を歩く。アルバムにするから笑えと言われたが、幼い頃から笑ったことのない表情筋が攣ってしまいそうで、千奈は何度撮り直させられても真顔で通した。

 それに習ってなどいない五条は、最終的に口をへの字にして撮影は終了した。教室まで案内してくれる夜蛾が早々に雷を落とそうとしたが、まだいい子なお面を付ける夏油と家入の手前、何とか拳を仕舞った。

 

「感情落とした感じ?」

「……」

「うっわ、いきなりシカト?」

 

 突然そんなことを、隣を歩く家入に尋ねられて言葉に詰まる。失礼を重ねる家入は気安く言葉を重ね、どう返答すればいいか考えている間に、教室に着いてしまった。謝るべきとは分かるが、家入は先に教室へと入って行く。落ち着け、まだ焦るべきじゃない。時間はあるのだから、ゆっくり罪悪感を薄めていけばいける。

 

「名前が書かれた場所の席に着け。まずは自己紹介と行こうか」

 

 出席番号順に横並びされた席に着いていく。家入と夏油に挟まれた千奈は、過去で散々嫌な思いをしてきた自己紹介に頭を早速悩ませた。名前しか言いたくない。嫌いなものは山ほどあるが、好きなものも趣味もない。いっそ運動が苦手とか、人付き合いが苦手とか言おうか。そうこうしている内に、家入の自己紹介が終わり、千奈は夜蛾に呼ばれてから席をゆっくりと立った。毎回、この瞬間が大嫌いだ。

 

「久島千奈です。……特にありません」

 

 有無を言われる前に腰を下ろす。端的に言うと死にたい。二度とこんなことをさせないでほしい。あぁ、確か一巡目もこんな取っ付きにくい自己紹介をしたのだっけ。千奈は自己嫌悪を覚え、半目で隣に立つ夏油を盗み見る。既に高身長の彼は自信に満ち溢れており、ボンタンはおろしたてなのか皺ひとつない。不良じみた格好で紳士的で、模範的な自己紹介は、千奈の目から見て完璧であった。第一印象というには定かではないが、今のところ記憶と過去の彼に変わりない。当たり前っちゃあ当たり前なのだが、そうこうして問題である五条は立ち上がることもせずに自己紹介を始めた。太々しいそれは夏油よりも自信過剰に見えるものの、彼らは実力が伴っているのでより憎らしい。夜蛾は頭を抱えつつも、教鞭を握るためにこれからの生活について話を切り替えていった。

 

──本当に過去に戻ったんだ。

 

 ぼんやりと記憶通りに説明をしていく夜蛾にピントを合わせる。浮き立つ心臓を落ち着けるために深呼吸を繰り返し、胸元で拳を作った。手のひらに立つ爪が痛く、これが現実なのだと実感が湧いてきた。ここで私はやり遂げなければならない。どんなに絶望しようと後戻りはもう出来ないのだ。

 

「へぇ、五条以外は一般の出なんだね」

 

 生徒だけで話して親睦を深めよというお達しの元、教室に残された生徒一同は夏油の指揮により、円滑に話題が進んでいく。五条はあまり協力的ではなく、輪から外れ気味で度々それぞれに突っかかっていた。

 

「えぇと……二人のことはなんて呼べばいいかな」

「好きに呼んでいいよ」

「私も」

 

 家入に同調しておけば、夏油は苗字を選択した。そういえば、私以外の三人での任務から家入を除く二人は名前で呼ぶようになったのだったか。無論、私のことは苗字呼びのまま終えている。

 そもそも私は三人のことをどう呼んでいたっけ。

 

「……私はみんなのことを苗字で呼ぶね」

 

 言ってからどんな宣言だと思う。というか敬称はいるだろうか。今度は家入が千奈の発言に乗っかってきたので、内心ほっと胸を撫で下ろしていれば、早速夏油を呼び捨てにしたので、それに乗っかりかえすことにした。少なくとも間違いではないだろう。

 なんとか無事に終えた初日に、じわりと手のひらに汗が滲む。部屋で見れば微かに震えていた右手は傷ひとつなく、十年後とは大違いであった。

 やっと一人きりになれた解放感と安堵感に揉まれ、机に出した爪切りを手に取るまで時間がかかった。伸ばしっぱなしの爪を切り揃えるには、手が震えていてはままならない。

 私は全くもって死にかけていない。

 グ、と作った拳がまた手のひらを柔く傷付け、視界にチラつく長髪が酷く邪魔に思えた。

 

 

  *  *  *

 

 

 入学式から数週間後、長かった髪を爪同様に短く切り揃えた千奈は、無理やり口にパンを頬張りながら、一人の教室で教材を捲った。逸材が揃う中で私だけが平凡では、並び立つことすら出来ていない。まずは呪術師として強くならなければ、任務で関わることは不可能だ。

 記憶の通りならば、今日で三人の仲が深まる。

 今回も千奈は孤立した上での自習だが、そう嘆くことではない。あの三人は規格外な上、千奈は孤独を好むのだから仕方ない。そもそも私はあの三人のことが。

 

「あれ、誰?」

「……庵先輩」

 

 教室に顔を覗かせた庵歌姫は、高専時代ではまだ警戒心の薄い相手だ。歌姫は千奈の頭を見るや否や、悲鳴をあげてツカツカと教室内に我が物顔でやってきた。

 

「髪! どうしたの?! あの馬鹿にやられた?!」

「ぇ、いや……」

「もしかして失恋?! 話なら聞くわよ!」

「っ違います」

 

 両肩を揺すってくる歌姫にパン片手で制す。

 過剰なほど千奈の髪を気にする歌姫は、悲しそうに眉を下げているので、気まずさから目を逸らしてしまう。胸元まであった髪を切り落とし、前髪を作ったことはそんなに驚くことだろうか。あまり興味を持たれていないと思われていたから意外だ。

 

「硝子には?! もしかしたら治せるかも!」

「いえ、自分の意思でですね……」

「やっぱり失恋?!」

「……」

 

 この人、恋バナしたいだけなんじゃないか。

 言いそうになる口をつぐみ、そんなに変だったかと落ち込む。戦闘の邪魔になるから切っただけなのに、ここまで言われるのか。徐々に短くしていけばよかったかもしれない。

 

「硝子っ?! 千奈が!」

 

 思案している内に歌姫は家入に電話をかけ、止めようとする前に写真を撮られた上、三人がすぐに任務から帰還する運びとなった。

 

「失恋したんだって? ウケる」

 

 てんやわんやな歌姫と、完全に面白がっている家入に揉まれ、千奈は虚な目で話を訂正していく。

 

「違う」

「言わなくても分かってるわ、今度女子会しましょ」

「だから……」

「あ、駅の近くに新しく喫茶店出来たんですよ。そこ行きません?」

「いいわね!」

 

 そんなに私の声は小さいだろうか。気にかけるなと主張する二人に、千奈の高すぎる沸点も煮えてくる。何を言っても失恋なんてものと結び付かれることの面倒なこと。頬を痙攣させつつ、夏油たちを見れば、興味なさげにアニメの話をしていた。助け舟を出す気は無さそうだ。

 

「……髪、邪魔だったから切っただけです」

「だからってそんなバッサリ!」

「そうそう。わざわざ私たちがいない内に切ることないじゃん」

「なんで言わなきゃいけないの」

「先輩と同級生のよしみじゃん」

「……」

 

 髪について相談すれば、私は髪を切らなかっただろう。良くて前髪を作るとか、次の日から髪を縛るとかその程度だ。大体の話、そんな相談を持ちかけるほど仲良くはない。警戒心がないだけで、歌姫すら私は三人と同様の感情を抱いている。

 

「信じてくれないならいいです」

 

 お洒落とか恋愛とかが要因ではない。私にそんな余裕はないのだ。主張すれど、納得行かなそうな歌姫に再度言い直し、先に教室を後にする。

 夏油の横を通り抜けて食べかけのパンと勉強道具を持って行く先は、寮の自室だ。もうすぐチャイムが鳴るが、多少のサボりは許容してほしい。一番授業を真面目に取り組んでいるのは、千奈だけなのだしたまには良いだろう。

 あぁ、思えば最初の時も同じように人との関わりを避けていたな。

 また滲み出た汗に苛立ち、舌打ちをすれど誰にも聞かれることはない。特に夏油がどうしようもなく、虫唾が走るほど。

 

「気持ち悪い……」

 

 嫌悪の対象であった。

 

 

  *  *  *

 

 

 幼少期の記憶は、同級の背の高い男子に存在を否定されたところから始まる。

 当時を振り返れば、自他共に認める狂人であった千奈は精神的なイジメを、とある男子から受けていた。その内、彼は小規模の群れに混じり、そこでリーダーとなり、一つの群れの流行りは別の群れにも伝染していった。

 集団によるイジメに味方は居らず、ただ千奈も当時は苦痛に感じていなかったので、不登校にならずに多少の不便さを抱えながら日々を過ごしていた。何もかもにも興味がない人間なんてそんなものだろう。実際、自分自身の名前すら、覚えたのは小学校に入ってしばらく経ってからだ。

 他人や家族、自分自身までも興味が微塵もなかった。

 

「家入、いる?」

 

 任務上がりで教室に顔を覗かせた千奈は、当てが外れたことと飛び込んできた面々に内心でたじろぐ。夏油と五条のどちらもの視線が注がれ、無意識に教室の戸に隠れるように立ち尽くしてしまう。しかし、その前に夏油が席を立ってこちらへ近付いてきた。

 

「どうしたの、任務でミスった?」

 

 ジクリ、と胸を刺す痛みは精神的なものだ。自然と身構えてしまう身体の緊張をなんとか解し、見上げ疲れる顔を下へと向ける。せっかく乾いた血を冷や汗で溶かしたくはない。

 

「ちょっとだけ。治療しなきゃなんだけど、家入、電話に出ないから…」

「おいおい、ムシされてんの? しかもミスって大怪我とか雑魚すぎだろ」

 

 打撲から擦り傷、骨折までこさえた片腕を反射で隠したままの千奈は、五条の言葉を否定できない。戸を隔ててある片腕から先は、弱さの象徴のようで嫌になる。他にしたって骨折とまでは行かない怪我をこさえているが、幸い擦り傷程度なので止血の必要はない。ただ利き腕が折れたのが不便で、メールが億劫なだけだ。

 

「メールは?」

「……あとでやっておく。心当たりはない?」

「うん……。ねぇ、大丈夫かい? 良ければ付き添うよ」

「……」

 

 過去ではこの申し出を断っていた。

 あの時は本当に軽症だったし、手を煩わせると思ったためだ。何より苦手意識はもっと浅いものであった。解決しないでも些細なこと。しかし、今回の任務では割と大怪我に分類されるものである。夏油への嫌悪も今や凄まじい。未来を変えるためにはこの一週目で夏油に慣れておかないとならないだろう。

 

「……それじゃあ、お願い」

 

 戸から離れて利き腕側を隠すよう道を開ける。不思議そうな顔と鉢合わせる前に顔を逸らし、前方を向けば同じように横に並び立つ。どちらともなく歩き出した廊下に会話はない。鳥肌と冷や汗に呼吸が浅くならないよう気にかけ、痛みが増してきた制服下の箇所に眉間の皺を寄せた。

 痛みと悪寒に板挟みされた状態で、早くも夏油を引き連れたことに後悔しかける。普段より酷いのは頭を打ったからだろうか。

脚を踏み出す度に揺れる頭だけが重く、首から下は極寒の気分だ。フラつきそうになるのと募る気分の悪さに、無事な方側にいる夏油を極力視界から外した。

 

「……大丈夫?」

「……ぇ?」

「ちょっと……」

 

 頭上から伸びてきた太い指に、千奈は反射的に後ろへタタラを踏んだ。吸い込んだ呼吸のリズムが狂い、細い身体がグラリと傾く。あ、マズイ。と思った時には、一瞬だけ暗がりへと視界が閉じる。次の瞬間に明るみに出たのは、抱えていた痛みと比べ物にならないほどの激痛が右腕に走ったからだ。

 

「イッ……!」

 

 手首を掴んで倒れるのを防いだ夏油は、痛がる千奈に目を見開いて今度は右肩を持って支える。しかし、掴まれた瞬間に走った痛みは尋常ではなく、余韻と捨てるには振動のような激痛が響く。蹲って特に痛む箇所に手を当ててみれば、制服の上からでも腫れているのが分かった。共鳴するように頭痛も悪化するばかりだ。冷や汗が止まらず、変に伸ばされてしまった腕はもう一ミリも動かせないのに、指先が勝手に震えている。

 

「ご、ごめんっ!」

 

 慌てている夏油は膝をついて手を離す。どうしたらいいかと騒ぐ姿に、嫌悪と悪寒が止まらない。千奈は忌々しげに顔を歪めて、か細い声で「平気」と返した。立ち上がろうとするも、夏油は左肩を押さえ込んで廊下に座らせてくる。なんだと顔を上げれば、その顔は真剣味を帯びていた。

 

「硝子を呼んでくるから、ここから動かないで」

「……いや、でも」

「呪霊に監視させてもいいんだよ」

「……」

 

 呪霊を出せば校内中にアラームが鳴り響く。騒ぎを起こすのは不本意だ。それに爆音は今の千奈にとって体調不良を増させるものでしかない。仲を深めなければならないのに、迷惑をかけてしまったな。

 

「大人しく待っててね」

 

 子供に言い聞かせるような声色と共に、彼は駆け足で去っていく。姿が見えなくなったところで、深く項垂れて溜め息を吐いた。夏油からは善意しか拾えなかった。それがまた苦しい。

 限界の来ていた頭を擡げれば、意識を保つことは困難を要した。引いた汗まみれで眠るように目を閉じると、安堵と眠気に包まれていく。

 

「……なんで、こんなことやってんだろ」

 

 遠くにいればいるほど安堵する自分の性格の悪さと、衝動として沸いたものに乗っかった自身へ自嘲気味に呟く。

 未来で夏油の訃報を聞いた時、私はこれ以上ないほどに安堵した。だというのに、過去に戻ることを選択した。複雑怪奇な心境の変化なぞはなく、側からみれば突飛すぎる奇行を受け入れてくれるものはいないだろう。

 潔く目を閉じた千奈は、そのまま眠りにつくことにした。悪夢が待っているという予感は的中するだろう。いつもの前触れが感覚として、身体にこびりついていたから。それを気休めの罰として受け入れなければ、気が狂いそうだった。

 

 

 *  *  *

 

 

 折れた腕は数週間後に自由が効くようになった。早速復帰した任務は夏油と合同のもので、特に出番はなさそうだ。暇で仕方なく、調査中に補助監督に待てをされた千奈は、街中で黄色い声を上げられて何やら紙切れを渡される夏油から離れた。やっと落ち着いてきた胸を撫で下ろし、鳴った電話に名前を見てから出る。

 

「置いてくなんて酷いな」

 

 電話口と背後からの声が重なり、振り返った先には苦手な人物が立っている。千奈は電話を切りつつ、小さく謝って肩をすくめた。慣れっこな癖に被害者面をよく出来るものだ。

 

「あそこで待てって言われただろう?」

「あの人ゴミじゃ誰も戻って来れない」

 

 反論として最低だな。自虐的に思えど、仕方ないとばかりの溜め息を吐かれるだけで言及はない。異性に惹かれる男はやはり違うようだ。ジクリと痛む胸を無視して、気付かれないように深呼吸を繰り返す。また早まる心音に苛立つ。

 落ち着かないと、仕損じるかもしれない。私は生き残って、暴挙を止めないとならないのだ。

 

「……夏油って恋とかしないの?」

「え、いきなり何?」

「……良いものだって、聞いたから」

 

 可笑しな質問だったようだ。口下手過ぎるのは自覚しているが、夏油は答えないままでいる。相変わらず普通ってのは難しい。気まずさのあまり、千奈は要らないホラ話を続けてしまった。けれど、モデルは嫌に鮮明に浮かんでくる。そもそも恋をしていた彼女についてしか、私は恋愛を知らない。

 

「……相談、受けたことがあって。その子は一生懸命に追い掛けてるんだけど、いつにないほど目が輝いてて……応援してる。でも、私はそういうのよく分からないから、どうなのかなって」

 

──共感的な返しをしてくれないと困る。

 

 これにも答えない夏油が気になり、顔を上げてみれば、意外そうなものを見る目と合った。

 細い目にゾッと背筋が凍り、息が詰まる。

 千奈は恐ろしさのあまり顔を下げて逃げれば、やっと夏油は口を開いた。耳を塞ぎたくなる声色はどこまでも落ち着いている。

 

「……普通の女の子みたいなこと言うんだね」

「え」

 

 思わず再び顔を上げるも、また不思議そうに返されてしまう。意味が分からないとばかりに黙り込んだ千奈に、夏油はやっと質問の答えを出してくれた。やっぱり普通ってよく分からないな。

 

「私も男だから女の子は好きだけど、恋愛とかはあまり興味ないかな。好きと思える女の子と出会ったことないしね」

「……あんなに声かけられてるのに?」

「いいなって思うのと、好きってのは違うから」

「……そう」

 

 経験してみないと分かりそうにもなさそうだが、きっとそんなことには陥らないだろう。妙な確信は恋愛に対する嫌悪感も含まれていた。恋なんて存在しなければ、私はこんなことをしていなかったのにな。隣を歩く男へ向けたくなる敵意を抑え、千奈はキツく目を閉じた。

 

 

  *  *  *

 

 

 二年次、遂にやってきた桜舞う季節に、いつも以上に物憂げな千奈は、変わらない無表情を抱えていた。一年生に彼女が入学してくる。

 笑わないこととして有名になったのもつい最近のことで、千奈は相変わらず、付かず離れずの関係を夏油たちとしていた。時たまに気に掛けてはくれるものの、千奈自体の苦手意識は変わらずあるから仕方ない。それに、夏油は仇でもある。

 

「一年にカチコミに行こうぜ!」

 

 五条の言葉に注意しながらも面白がって席を立つ面々。教材から顔を上げた千奈は、家入に声を掛けられた。

 

「面白そうだし行かない?」

「……」

 

 過去の私はこの誘いを断った。彼女は居ないと思ったからだ。

 

「……行く」

「おっ、珍しいね」

「…………ちょっとね」

 

 この日までに心の準備は念入りにしてきた。久方ぶりに顔を合わせることとなる相手に、浮き足と罪悪感で半々の足取りは、最後尾を定位置として三人について行く。自然と伏した頭に心地よい小鳥のような声色が入ってきた。

 

──泣くな、バカ。

 

 自分に言い聞かせた先にある教室が開かれた音に、千奈は喉奥が締め付けられる思いで懐かしい人影を捉える。十年ぶりであり、ここでは小学校卒業以来とも言える再開に、千奈は熱くなる目頭を堪えた。愛らしい顔で鈴が鳴るように笑う彼女は、こちらに目をやって見開かれていく。栗色のまん丸な瞳が溢れそうになるほど、瞳に光が入り込んでいった。

 

「…………お姉ちゃん……?」

「……結奈」

 

 そう、神宮寺結奈は、私、久島千奈の実の妹だ。

 年子である結奈は小学校卒業と共に、父方の家に引き取られて行った。神宮寺家は呪術師の家系で有名らしく、一家相伝を継いだ結奈は血を欲されたらしかった。

 

「マジ?! 似てなさすぎ!」

「なんで妹は千奈がいること知らないんだ?!」

「てか、妹いたのかよ! サイボーグ!」

 

 この時空ではおよそ五年ぶりの再会に、爆弾を落とされた周囲は驚愕して根掘り葉掘り聞こうとしてくる。

 人の家庭事情にそこまで興味を持つものだろうかと、千奈は肩を揺さぶられながら、虚な目で結奈を盗み見た。結奈は動揺しつつも現状を把握しようとしているのか、パチリと目が合う。サッと伏せられた瞳から目を逸らした千奈は、言うべき言葉を悩む。会いたかった。いや、久しぶり。それも違う。ごめんね、も違うだろう。

 

「……元気にしてた?」

 

 あ、間違えたな。

 静まり返る周囲に気付いた頃にはもう遅く、結奈は顔を歪めて忌々しげに睨み付けてくる。そんな訳ないよね、ごめん。内心では言えても、萎縮した心に勇気がひとつも出てこない。

 

「結奈」

 

 震える声で呼び掛けても、響いた様子はない。睨まれ続ける千奈は、静かに絶望しつつも伸ばしそうになる手で拳を作って戒めた。どうしよう。どうしたら、昔みたいに仲良くできるんだろう。

 

「……ごめん、なんでもない」

 

 揺さぶられなくなった肩をいいことに、擦り抜けて教室を後にする。顔なんて見たくもなかっただろうに、なんてことをしてしまったんだ。

 一人早歩きだったのを更に早め、遂には走り出した千奈は急いで自身の教室へと戻って行く。

 

──結奈は私を恨んでるのに。

 

 分かりきっていた事実がまたも胸を苛める。

 原因なんて一ミリもわからない自分がまた憎らしかった。

 

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