コドクを喰らわば   作:肩たたき

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第一話『輪廻開始』-3

 

 去年は骨折をしていたこともあり、不参加だった姉妹校との交流会に千奈は初出場となった。一年時は京都への遠征だったが、五条と夏油により圧勝を納めたため、今年は東京校での交流会となる。千奈はつい先日まで左腕を負傷していたが、動かせる程度には回復したので、リハビリがてら参加することにした。

 そんな節、京都校の一年生に派手な見た目の男子生徒がおり、何やら夏油たちと揉め事を起こしている。結奈がその輪に加わって、庇う形で夏油たちが京都校と揉めている陣形だ。少し迷って静観に徹している家入に近付いた千奈は、何事かと尋ねた。

 

「なに、あれ」

「女が呪術師とか生意気って、向こうが突っかかってきたんだってさ」

「……女?」

「そう、女」

 

 男尊女卑といったか、なんだかで結奈が絡まれたらしい。今は別の言い合いに発展する様子に、千奈は不安を抱いた。喧嘩に結奈は巻き込まれないだろうか。ハラハラと見守っていれば、不意に京都校の一年生と目が合った。件の男尊女卑をしたらしい男子生徒は、こちらへ近寄ると頭の天辺から爪先まで不躾に眺めてくる。ついでに家入に飛んだ視線が戻ってくると、ハン、と笑い飛ばしてきた。

 

「男か女か分からん傷だらけの奴がいると思ったら、神宮寺家に入れなかった、出来損ないの姉やないか」

 

 不味いと思ったが、一歩下がったところで男の口は忙しなく動き続ける。逃げるにしても、逃げ場はあるのだろうか。

 

「キャワイイ妹さんな、お前のこと姉じゃないって、否定してたで」

「ちょっと……!」

 

 前に出て止めようとする家入と、食い下がる男にやっと既視感の正体を突き止める。ダメだ、また同じタイミングで知られてしまう。男の口を塞ぐために一歩踏み出そうとした時には、もう遅かった。

 

「ご両親、姉妹喧嘩を天国から見守ってて、エライ悲しいやろなぁ」

 

 息が止まる。全身が硬直して、目の前が真っ赤に染まった。同時に冷や水を浴びせかけられたかのように、心臓がギュゥと締まり、指先ひとつも動かせない。ギギ、と首が結奈の方へ動き、同じように固まる姿を見た。違う、違うの。言おうとしたけど、結奈は話を聞いてくれなかった。どんな時に言っても、あなたは私を嫌う予測しか出来なかった。そうしたら、怖くて益々言えなかった。

ツカツカと歩み寄ってきた結奈は、目の前で立ち止まり、俯いたまま動かなくなる。

 

「……ゆい、」

「結奈、結奈、うるっさいッ!」

 

 胸ぐらを掴まれ、揺さぶられる。あぁ、同じことを繰り返してる。胸が苦しい。頭が熱い。喉が痛くて仕方ない。

 

「姉でもないクセに、結奈って呼ばないで! 姉だって言うなら、なんで教えてくれなかったの! 私の両親なのに!」

「訃報の連絡、家に送って……葬式も、電話して……」

「知らないッ! お盆の墓参りとか、出来なかった!」

「ご、ごめ……」

「ッさいってい! 二度と姉面しないで!」

 

 泣き出してしまった結奈と、吐き捨てられた台詞に胸ぐらを掴む手に触れようとしていた手が止まる。また泣かせてしまった。いつ打ち明ければ、泣かせずに済んだんだろう。深く傷付いてしまい、交流戦どころではなくなった結奈は、家入に肩を抱かれて千奈から引き離された。自分が今、どんな顔をしているのか分からない。

 

「おーおー、怖いなぁ。なぁ、お姉さん?」

「……」

「あれぇ? だぁい好きな妹にドヤされて、泣きそうなんでちゅか?」

「……」

 

 肩を組んで顔を覗いてくる男に対して、何の反応も見せられない。放心状態の千奈から男が無理やり引き剥がされたのを良いことに、誰がそうしたのかを確認することもできず、ふらふらとその場を後にする。

 しばらく歩いたところの休憩場でベンチに腰掛け、高まりすぎた心臓を撫でた。過呼吸にならぬよう、深呼吸を時間かけて行い、キツく目を閉じる。動揺のあまり、使えなかった十五秒間はとっくに過ぎてしまった。

 完全に嫌われた。今までが冷戦なら、これからは容赦なく攻撃される。私の心は今度も耐えられるだろうか。人生最大の苦しみから三番目の生活が、これから始まる。同じ轍を踏む気はなかったのに、一向に収まらない心音から上手く立ち上がれない。そうだ、この一件で教室では更に腫れ物になっていた。もう一つ思い出した事柄に、両手で顔を覆い隠す。

 

『どうして姉妹だって隠してたの?』

『そう、言われたから……』

『誰に』

『…………神宮寺さんに』

 

 最悪だ。これでは告げ口をしていたようなものだ。同級生たちに白状した内容は、結奈が嫌われてもおかしくはない。次はもっと完璧にやろう。事前に亡くなっていることをどうにか話そう。

 

「よかった……ここにいた」

 

 やって来た人物に千奈の肩が揺れる。低い声色だけでもう識別できるほどになった自分が憎い。顔を上げずに手で覆ったままでいれば、すぐ隣の席が軋む。同じベンチに腰掛けた二人は、会話をせずに沈黙が流れた。

 

「……大丈夫?」

「……私より、ゆ……神宮寺さんの心配してあげて」

「神宮寺には硝子が付いてるから」

「違う、結奈は……」

 

 夏油、本当は気付いているだろう。結奈が慰めてほしいのは、夏油本人だ。千奈は頭をグシャグシャに掻き乱し、項垂れていった。最低だ。妹を取った男が慰めに来た。

 

「分かってるでしょ、行って」

 

 席を立ち上がらない夏油だが、答えないのが答えだ。結奈の好意を知ってて、夏油はこちらに来た。それが結奈に益々嫌われる要因になる。千奈は代わりに席を立ち上がると、反対方向へと歩き出した。今は一人になって、頭を冷やさないと。

 

「……付いてこないで」

「ヤダ」

 

 しばらく歩いても後ろを付いてくる夏油に、千奈は振り返って睨み付ける。今はダメなんだ。私はとても冷静でいられない。好きな人が嫌いな人を選択しただけで、千奈の心はズタボロになった。結奈も同じ気持ちだろう。こんな仕打ちを夏油にされているのに、結奈は夏油を選ぶ。それがまた不愉快で仕方ない。冷や汗よりも沸いて出る怒りのまま、千奈は口を開いてしまった。

 

「そんなに心配なら、なんで恨まれてるか聞いてきてッ! それで結奈と一緒に嫌えばいい! 結奈に構ってあげて!」

 

 じゃなければ、あの子が報われない。弄ぶくらいなら近付かないでよ。この男は私の目には私から結奈を奪った相手にしか思えない。心ならず命までも奪った相手だ。恐ろしさと共にある嫉妬で、頭が狂いそうになる。今となっては、結奈が唯一の家族だ。分かっていながら、夏油は結奈を。

 

「……どうしてそんなに神宮寺のことを……」

 

 夏油の言葉に目を見開いた。納得していないのか。途端、目の前の男が理解できないもののように見え、嫌悪感が増していく。このままでは呪ってしまいそうだ。

 

「……愛してるから」

 

 どんなに嫌われようが、結奈は結奈だ。

 恋愛なんて分からないけれど、唯一家族愛だけは知っている。一人だけとなった家族を大事に思い、尊重しようとするのは当たり前だ。普通でなくとも、これだけは譲れなかった。

 

「家族として、妹として。結奈だけが好き」

 

 結奈さえ生きていれば、誰が死んでも構わない。だって、夏油も五条も家入も、歌姫や七海たちだって、私は。

 

「……大嫌い」

 

 家族以外の全て、気持ち悪い。

 

 

  *  *  *

 

 

 その後の交流会では、史実通りに事が行われた。抗う気が起きず、喧嘩にも満たない八つ当たりを夏油は黙って受け止めたのだ。団体戦の圧勝から一日目が終わり、個人戦を控えた深夜、千奈は十回目の寝返りを打ち、開いた目を細めて起き上がった。規則正しいルーティンの中で生きる千奈にとって、気色の悪い寝付きの悪さは死活問題だ。しかし、眠気から遠去けるのに加担した負の連鎖に、深い溜め息を吐いた。仕方なしに部屋に備蓄しているカップラーメンと小説、ランタンを持って部屋を後にする。

 やって来た共有台所でヤカンにお湯を注ぎ、ガス栓を開けたコンロに火を付けた。ランタンで手元を照らしたテーブルに腰掛け、小説の紐を辿った。開かれた場所から本を読み進めていく。戦国時代ものの小説は、戦略家について書かれただけに、今後の参考になり得そうな作戦内容が詰まっている。しばらく読み耽っていたところで、けたたましいヤカンの音が鳴り、席を立った。

カップ麺にお湯を注ぎ、大して腹が減っていないのに据え置きのタイマーをセットして、テーブルまで持っていき、再び席に着く。無駄のない動きに従ってタイマーが鳴り、それを瞬時に止めた。

 

「……えっ」

 

 扉が開く音と同時に聞こえてきた声に、パッと顔を上げる。蓋を開ける途中だったカップ麺からは湯気が立ち上り、その合間から見えた人影に、千奈は珍しく驚いた顔を浮かべた。

 目を見開いて驚く姿に、夏油が先に見開いていた目を細め、気不味そうに口籠もる。

 

「てっきり、悟かと……」

 

 交流会開始前のこともあって、気まずそうにする夏油に、千奈は目を逸らして思案した。逃げるには、夜食を置いていくことになる。悩んだ後、蓋を剥がして割り箸を手に取り、綺麗に二つに割った。

 

「……寝てるんじゃない? 今日、暴れてたし」

「そうだね……」

 

 流れる沈黙に水を差したのは、グゥ、という間抜けな音だった。また顔を上げた千奈は、夏油が手にする特大サイズのカップ焼きそばに半目で返した。大嫌い宣言された夏油の空腹が宙に浮いている。確かに夏油のことは嫌いでたまらないが、空腹の相手を冷たく追い返すほど、千奈は鬼ではない。

 

「……お湯、余ってるから継ぎ足して使えば?」

「あ、ああ」

 

 巨漢の癖に肩をビクつかせた夏油から視線を下ろし、カップ麺をかき混ぜた箸で麺を掬う。食事を待つほどの義理はない。啜り食べ始めた千奈は、極力顔を上げずにさっさと食べていった。しばらくして、流しにお湯を捨てる音がする。夏油と違い、空腹だから食べ始めた訳ではないので、食べるスピードは遅く、残り半分ほどで焼きそば片手の大男がやって来た。

 

「席、いいかな」

「……どうぞ」

「ありがとう」

 

 ホッとした様子の夏油は、早速向かいの斜め前の席に着いて食べ始める。千奈は顔を上げたくなく、スープを飲むことをやめ、麺を先に全て食べることにした。二人分の食べる音が食堂に響き、カップの残りが並んだところで夏油が口を開いた。

 

「久島って、カップ麺とか食べるんだね。しかも深夜に。太ること気にしないんだ?」

「……」

「あ、ごめん。デリカシー無さすぎたかな……」

 

 同席を許しただけで、以前と同じように話しかけてくる夏油に呆れそうになる。無い食欲を無理に推し進めて食べているのに、今見たら食べる気を完全に無くす。夏油が視界に入らないよう、視線を落として千奈は口の中のものを飲み込んだ。

 

「……太ることが目的だから」

「デブエット?」

「……筋肉、どう付くか知ってる?」

「……筋トレしたら?」

「もっと前の段階」

 

 知らない様子の夏油は箸を止めて、黙り始めた。そのままにしておいてもいいが、嫌いなだけで険悪な仲になりたい訳ではない。乗りかかった船でもあるため、千奈は説明を続けた。

 

「脂肪。筋肉は脂肪から作られるの。ガリガリの人がいくら運動しても、筋肉にはならない」

「……へぇ。でも、相撲取りは脂肪だらけだよね」

「あれは筋肉の上に脂肪をコーティングしてる、アーマーみたいなもの。だから筋肉になる脂肪分とコーティング用の脂肪分、滅茶苦茶食べてる」

「なるほど」

 

 納得いったらしい夏油の箸が動き出す。それに続くように千奈は麺を啜った。会話から三口目で再び夏油から声が響く。意外にも、彼はお喋り好きなようだ。

 

「その本は?」

「……時代物の小説。戦略家の武将の」

「へぇ、なんて人?」

「真田信繁と真田信幸。真田兄弟がメイン」

「真田幸村じゃなくて?」

「信繁は幸村に改名した、同一人物」

「ふぅん……面白い?」

「……たぶん」

 

 少し迷ったが千奈は小説を夏油に差し出し、手を引っ込めた。彼は数秒経ってから本を手にして、パラリと頁を捲る。字がびっしりのそれに、しばらく黙って読んでいたらしいが、紐の栞に手を触れず口を開いた。

 

「家族以外に興味あるものがあったんだね」

「……戦略の勉強。夏油も勉強したら?」

「うわ、言うね」

「パワープレイは格上に勝てない」

「久島より格上の私に言うんだ?」

「じゃあ、特級呪霊相手に考えなしで挑むの?」

 

 売り言葉に買い言葉の会話の締め括りに、千奈はスープを仰ぎ、夏油は肩をすくめる。空になったカップ麺に割り箸を入れ、ゴミ箱へと向かう。これ以上、話しても身にならないだろう。そのまま扉を開けた千奈に、夏油は声を張った。

 

「ランタンと本は?」

「……使うでしょ?」

 

 返事は求めていないので、扉を開けてさっさと立ち去った。両手だけ身軽になった身体で息を吐き、満腹を通り過ぎた胃を撫でる。試合相手は近い等級で振り分けられる。

 千奈の等級は未だ三級で、東京校には特級が二人いる。既に京都校のエースである禪院直哉は、どう転んでも夏油か五条が相手するだろう。私の相手は通常通りなら、二級の三年相手だ。格上とも言える存在だ。前回は呆気なく敗れた。今回は勝てるだろうか。千奈は左腕に残るアザと瘡蓋に目を落とし、軽く拳を作った。

 

「睡眠薬……残ってたかな」

 

 脳を休ませないと。動かすのに必要だ。

 深呼吸から溜め息に切り替え、女子寮の寝床へと足を進めた。

 

 

  *  *  *

 

 

「勝者、京都校!」

 

 これで二勝一敗となった。モニター越しの敗れた結奈は蹲り、家入の元へと運ばれていく。下唇を噛んで駆け寄りたいのを我慢した千奈は、勝利した方へ正の字を書き足す。この時点でほぼこちらの勝利が確定した。これでこちらが四勝は確定だ。それは向こうも理解しているのか、勝利に沸き立っているものの、二年生以降の顔色はどこか暗い。

 家入は不参加で、三年生は二人だ。以前では三年は一人勝利。五勝三敗により、東京校が優勝した。私は惨敗して全治一週間の怪我を負った。

 回していたペンを置き、肘を突いて重い頭を拳で支える。昨晩の睡眠時間は五時間と、二時間ほど足りない。前回は逆に二時間の睡眠時間となった。左の二の腕から手首まで撫で、深い息を漏らす。包帯と湿布だらけの腕は、指先までに及んでいる。

 

「久島、出番だ」

 

 夜蛾の声に席を立った千奈は、机に引っ掛けていた傘を右手に持って、後輩たちの声援に返事だけをして部屋を後にした。コロッセオとなる会場は、合同戦が行われた箇所となり、先行後攻、交互で先に会場に入る者が決められている。昨日の合同戦を勝利した方が、後攻となる。四試合目の偶数なので、千奈の試合では東京校が先行だ。

 

「よう、よろしく」

「……こちらこそ」

 

 差し出された握手を求める手に、一の腕に掛けていた傘を降ろしていた左手を杖代わりのように持ち、利き手である右手で握手を交わした。

 京都校の三年生、同い年である男は残虐性を持っており、オマケに疑り深い策略家だ。面の皮が厚いが戦闘において、化けの皮が剥がれやすいのが難点である。

 千奈は試合開始前のアナウンスに、一足先へ会場へと足を向けた。これから五分後に彼は入場が開始され、接敵次第、交戦が始まる。深呼吸を繰り返し、左手首を摩ってから会場へと一歩踏み入れる。傘を右手に持ち直し、走り出した千奈は真顔で走り続けた。

 基本的な戦闘において、高所が有利とされる。

 呪具の持ち込みは自由とされている為、残りの問題はどう罠を張るかだ。既に張っているものに引っ掛かってくれるなら、有難いのだが。

 

「……はぁ……」

 

 首後ろを撫でた千奈は、左腕を降ろして指を鳴らして傘を開いた。

 

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