漂う空気が多くの湿気を含有しているのは、洞窟上部を雪が覆っているからか。散見される水たまりを迂回した彼がきのみを持ち帰ると、彼女は変わらずそこにいた。
安堵の息を吐くのもそこそこに、早速淡い紅色のきのみを口に含ませる。小さく切り分けたそれを幾度も嚥下させ、一つ全て食べさせた頃、早くも体内の毒が中和されてきたのか、気づけば荒い呼吸は止まっていた。
解毒作用のあるモモンのみをはじめとしたきのみに関する知識は、ポケモンとして生きていくうえで必須。野生であれば知っていて当然というよりも、理解できなくば生き残れないという表現が正しい。
それを差し引いたとしても彼がこれらを調達する手際は淀みが無かった。初めて訪れた洞窟にもかかわらず足取りは迷いなく、先客のユキワラシやマクノシタとも争わずきのみを確保した。
次に食べさせたのは、黄色味がかった丹色のきのみ。
残念ながら、彼女の好む甘いマゴのみは一通り洞窟内を探索しても見つからなかったが、すっぱい食べ物は疲労軽減効果も望める。体力回復という点では最良だが、そんなイアのみも二つしか手に入らず、残るは渋みと苦みが特徴のもの。
からい味は論外としても、彼女は昔からこれらも避けていた。それでも今は最低限命を繋げられるだけの栄養しか摂らせていないため、出来れば食べてもらいたいというのが彼の本音であった。残り一つのイアのみで後味を書き換えられるのだから、起きてから頑張って食べてもらう他ないだろう。
それら二種類のきのみを食べさせ終えると、いつからか険しさの消えたあどけない寝顔を見せていたエーフィ。
ひとつ息を吐いた彼は、呆れたような笑みを浮かべてゆっくりと目を瞑り、主との合流へ思考を切り替える。こうして自身の頭で生存戦略を練るのはいつぶりだろうか、不謹慎にも高揚を自覚した。
プルピケ山道内部の地図を脳内から引っ張り出すと、先刻まで主達と共に進んでいた通路と、先程きのみを捜し歩いていた際の地形を照らし合わせ、大まかな現在位置と内部構造を仮定する。
あれだけ恨みを買ったヤトウモリ達ですら追いかけてはこなかったことから、相手も回復に努めているのは容易に想像がつく。だが此方がたった二体でのこのこと顔を見せれば、今度こそどちらかが倒れるまで戦う破目になる可能性は高い。
引き返さないとなると、合流地点として言い渡されたポケモンセンターまではそれなりの距離がある。眠ったままのエーフィを連れて動くのは得策とは思えなかった。
守るべき部下がいない今、彼は全てを自分のみで解決しなければいけない訳ではない。安全な場所でじっと耐えてさえいれば、彼女を助けるべく迎えが来るだろう。恐らく通ってくるだろう主とはぐれた細道は、幸いにして身を潜めている窪みからでも十分探知可能。
気合いを入れておきながら、この場における最適解が待機だという結論に至り若干の気恥ずかしさを覚えるも、幸いにして誰かに見られていた訳ではない。だがもしもこの場にマスカーニャでもいたのなら。そう考えた彼の口許は、ほんのわずかに緩んでいた。
戦い続けていた彼女とは違い、彼は最後の大立ち回り直前までは休んでいた身。それでも全てを振り絞って駆け抜けた瞬間の消耗は激しく、休養をとるべきなのは間違いない。体力回復を促進するきのみを一つ頂戴し、彼女の横に寝そべる。
直後、弾かれたように飛び起きた。
今、己は何を考えたのか。
ただでさえ妹一匹も満足に守れなかった出来損ないのブラッキーが、この期に及んで初めから自身だけでの生存を諦めたのか。剰え、いつかは別の道を歩むと決めた二週間程度の付き合いの者に、命を預けようとしていたのか。
歯ぎしりの音は聞こえない。それ以上に、腑抜け者に対する沸騰しそうな程の怒りが、耳の奥でキーンと鳴り響いていた。
「フィ、イ……」
彼を現実に引き戻したのは、微かに聞こえてくる呻き声。眠っていたエーフィがゆっくりと目を開けた。
「ブラ」
「フィー……」
起こしてしまったかと、彼は慌てて怒気を収め声をかける。
エスパータイプをはじめとしたサイコパワーを扱う者達は、多くの場合共感力が非常に高い。エーフィも例に漏れず、しばしば他者の気持ちを自身のものとすら思えるほど。
突如発した負の感情が眠りを妨げてしまった可能性は高い。彼女へ施そうとしていた食育は何処へやら、彼の方から積極的にイアのみを差し出した。
「フィ~……!」
空腹時に食べる栄養豊富なきのみは、ポケモンにとって至上の美味。それが好みの味ともなれば一入である。爽やかな酸味が毒もねむけも吹き飛ばしたのか、病み上がりにもかかわらず嬉しそうに食べるエーフィ。
その様子を見た彼は一度深呼吸を挟み、彼女は自身の庇護下にある存在ではないのだと、思い出すように自身へ言い聞かせた。
彼女が食べ終わるのを見計らうと、主の迎えを待つか、彼ら自身で合流地点まで進むか、意見を徴すべく彼女が気絶してからの経緯を伝える。
「フィ……? っ!」
だが主と逸れてしまっているという現状を伝えた瞬間。彼女の目が見開かれ耳がぴくりと動いたかと思えば、未だ取り戻していない調子を忘れたかのように走り出した。
怪我を負っていたとはいえ、彼の処置は正に完璧と言えるもの。先程までの休養は短時間とはいえ、彼女の身体をある程度動かすに足るものだった。
「!? ブラッ!」
対して彼は、全身全霊での救出から応急処置までの間、片時も気を抜けない時間が続いていた。無事に目を覚ました彼女を見て胸をなでおろしていた折の予期せぬ行動など、到底反応できるものではなかった。
「ブ、ラッ……!」
身を潜めていた横穴から這い出て、起伏の激しい通路を駆ける。
上部は広い空間を保ちながらも平地の横幅が狭いものから、逆に中央部分だけ隆起し壁際が落ち窪んだ地形など。人間の通行を考慮した公道部分以外は、ポケモン達への影響を考慮し一切人の手が加えられていない。
だが自然が生み出す歩行に際した障害は、慣れてしまえば平地より早く移動できる場合もある。彼はベイク洞窟での暮らしから、此処を戦場にしかねない行動は自身らの不利にしかならないと判断していた。
「ブラ゛ッ!」
そんな状況下で、未だ休むべき身体でありながら疾走するエーフィ。
どちらから来たかも彼に聞いていないため当てなど全く無いだろうに、何処かも分からない主のもとへと向かう様は、まるで何かに駆り立てられているよう。
緊急事態に冷静さを欠いた行動をとるのは軽率と言う他ないが、自身が付いていながら彼女をより傷つけてしまったとあっては、主に合わせる顔が無い。
咄嗟に出た制止の声でも彼女の動きを止めるには至らず、行動原理も分からぬまま愚直にその背を追った。
「カファッ!?」
「フィッ!」
「ラッ……!?」
共にどれほど走ったか、彼女の止まった理由が何者かと衝突し倒れ伏した故と認識した直後。
彼の目に飛び込んできたのは、保護者であろうガバイトのもとまで転がるフカマルの姿だった。