月の光とボールの輝き   作:中野 唯

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12 プルピケ山道攻略その六

 彼が知覚したのは、どこか懐かしい気配。

 身を焦がす熱ではなく、快晴の夏日に草原でお昼寝していた時を思い出させる温もり。

 その隣には、絶えずバチバチと聞こえるほど帯電した無数の刺々しい感触。

 絶体絶命だったはずの状況が、どのように移り変わったのか。重しが乗っているとしか思えない程の瞼を無理やり上向かせると、映り込んだのは自身を庇うように背を向ける二体のポケモン。

 

「ブゥーア!」

 

 呼吸に合わせ威嚇するかの如く。否、実際に威嚇なのだろう、全身から立ち昇る焔はヤトウモリの火力とは比べものにならない。

 銀朱の身から首元と尾を包むふさふさとした淡黄の毛皮は、如何なる原理か燃えはしない。

 文明の祖である、炎を冠したポケモン。その存在に内包された力を、彼は言われるまでもなく経験として知っている。

 

「ダァアースッ!」

 

 鮮烈な黄に染まった肢体からは針のような体毛が無数に生えており、徐々にその鋭さを増していた。

 それらを繋ぐは、一万ボルトを優に超える強烈な電撃。空気すら切り裂く白い光が弧を描き、絶縁破壊を示す振動を断続的に響かせている。

 その身を象徴する『かみなり』の頼もしさなど、彼が忘れるはずもない。

 

「フィアッ!」

 

 透き通った瑞々しさを思わせながら、芯には確かな雄々しさが籠った声。乱入者越しにエーフィの傍を確認すれば、そちらにも一体加勢してくれていた。

 

 穏やかな浅黄の体表に見受けられるは、額と胸元から生えている樹葉と、それによく似た耳と尻尾。

 漂わせている木々の香りが故か、我が物顔で蹂躙していた炎によって焦げ付いた空間も、心なしか爽やかな雰囲気が侵食している。

 正しく新緑を体現したポケモンに他ならず、鋭い尾の葉に助けられた記憶は、彼だけでなく当時の群れの者皆が覚えているはず。

 

 それら三体のポケモンは、彼が幾度となく見て来たイーブイの可能性。

〈ほのおポケモン〉のブースター、〈かみなりポケモン〉のサンダース、〈しんりょくポケモン〉のリーフィアだった。

 

 しかしながらイーブイファミリーには、彼らも含め共通する弱点がある。

 全八種の進化形は全て単タイプであるが故に、苦手な相手に逆襲する手段が極めて少ない。すなわち、概ね間違いのない勝利を確実なものとするが、逆に分の悪い勝負を覆す可能性は無いも同然という点。

 案の定、『かえんほうしゃ』がリーフィアを狙い放たれた。にもかかわらず、避けるでも迎撃でもなく、サンダースの隙を窺うヤングースを見据えたリーフィアは、迫りくる火炎を一瞥もせずに飛び上がった。

 彼は思わず、とうに動けないと知りながらも危機を報せるべく、微かな声を滲ませた。

 

 だが彼の予測は、当然とばかりに覆された。

 

 リーフィアを包み込まんとしていた炎は、放った者の想定を超えて拡散。そのまま下火になるかと思いきや突如として一点に収束、そこから現れ出るは炎を纏いしブースター。

 ヤトウモリの火力など取るに足らないとばかりに、放たれた火炎すら巻き込んで己の火力とする。全てを粉砕せんと、勢いを増し続ける業火が突き進む。

 炎の支配者は誰なのか、この場にいる者全てに知らしめるが如き『フレアドライブ』が炸裂する。

 

 飛び散る火の粉にも構わず、空中で前転したリーフィアは勢いそのまま『リーフブレード』を叩き込む。

 攻撃後の隙を突こうとしたヤングースらの爪牙はしかし、振り抜いた尾の反動を利用して即座に離陸する剣葉を捉えきれない。跳躍を繰り返し、上方から強烈な斬撃を浴びせ続ける。

 ならば滞空中だと考えたか、ガバイト達による『りゅうのいぶき』が放たれた途端、植物の如きしなやかな動きで地を這い接近。

 岩肌を削りつつ振り上げられた『リーフブレード』が纏めて吹き飛ばす。

 

 電気を司りしサンダースは、敵対者たちが軒並み麻痺状態であると一目で看過している。攻撃手段の性質によりしばしば生ずるが故の、でんきタイプ特有の嗅覚だ。

 無効化するタイプは同じでんきか、ガバイト達も有するじめんのみ。逆に言うと、それ以外であれば等しく身体の支配権を侵す痺れは制圧力という点で右に出るものはなく、ただでさえ比類なき素早さを誇るサンダースを前に、神経伝達が阻害され動きが鈍った者の未来など想像に容易い。

 確実な優位性を保ったまま、サンダースは次々にとどめの電撃を打ち込んでいく。

 

 それら三者三様の行動が、ほぼ同時に為された。

 

 驚くべきは、相談した様子も無く端然と実行された高度な連携。

 実現させるには、自身を含めた仲間全員の正確な能力の把握は大前提。仲間が攻撃を仕掛ける対象。多種多様な攻撃を如何に回避するか。若しくは受け止め、あるいは受け流すのか、その場合は誰がいずれの攻撃を担当するか。

 全てを、全員が同じ深さで理解している必要がある。

 

 トレーナーの下で行うのならば、然程難しいものではない。第三者による広い視野と冷静な状態で編み出された指示を信頼さえできれば、一時的に連携する味方と交錯する相手だけを見据えればいいのだから。

 対して、彼の目の前にいる三体は野生である。

 過去にイーブイ達を率いていた頃を彷彿とさせる見事な連携を淡々と遂行する様は、先程の自身らの闘いが一対一を三箇所で行っていただけではないかと思えるほど。

 

 ブラッキーによる弱体化を受けたうえで相手取る、突き詰められた連携による攻勢。此処に来て漸く割に合わないと判断したか、野生ポケモン達の表情が苦々しいものに変わり始めた、その時。

 

 

 

「ドオー! デカヌチャン! 『いわなだれ』!」

 

 突如降りしきる岩石の雨。惚けたような顔と、幼子のような表情から繰り出されるは、それとは対照的に苛烈な攻撃。

 彼をして見慣れぬ二体のポケモンは、しかして流石は主の手持ちと言うべきか、野生のポケモンとは比べものにならない力強さを迸らせている。

 

 新手の出現かと身構えたブースター達も、彼ら含む五体だけを巧みに避ける様子から、その正体を朧気ながらに理解した。

 

「マスカーニャとマリルリは『じゃれつく』!」

 

 半数のヤトウモリとヤングースが飛来した岩石に沈む。耐性のあるガバイト達は余裕で受け止めるものの、その隙をフェアリー技が咎めた。

 速さと技巧により後押しされた威力と、可愛らしさとは裏腹な膂力が示す純然たる破壊力。それは後に破壊の権化となり得る潜在能力を秘めた、竜の化身すらも容易く屠る。

 

「ブースター、サンダース、リーフィア! 私はそこのエーフィとブラッキーのトレーナー! 貴方達は味方でいいんだよね!?」

 

 庇ってくれている素振りに対しトレーナーはそう投げかけるも、半ば予想のついていた三体は既に動きだしていた。

 戦闘中の意思疎通は最低限。数多ある戦況を幾つかの典型に分類し、あらかじめそれぞれに適した戦法を大まかに決めておく。

 イーブイの時分に学んだ戦闘における要領は確かにブースター達の中に根付いており、残る敵方への追撃という形でトレーナーへの返答とした。

 

「ありがとう……! いくよ皆!」

 

 思いがけない助力たるブースター達と、ダメ押したるトレーナー指揮下の援軍。ただでさえ優れた個の力が、互いの存在を理由に全員を意気揚々と駆り立てる。

 

 痺れにより適切に活かせない数の優位性など、烏合の衆と言う他なかった。

 此処に来て、もはや覆しようのない不利だと悟った野生のポケモン達は漸く退却し始めた。散り散りではあるが、種族ごとの能力を発揮しようと考えれば逃走経路も自然と似通う。

 ヤングースは通路の端を駆け抜け、ヤトウモリは人間ではまず通れないだろう岩陰目掛け壁を這い、ガバイト達は上部に見える横穴を目指しているのか段差を攀じ登っていった。

 一時的に気絶していた者達も騒がしい気配を感じたのか、次々と起きては慌ててそれぞれの後を追っていく。

 

 後姿を見ても気は抜かない。背を向けて走り去ると見せかけた騙し討ちと、漁夫の利を狙った第三者の奇襲に対して注意しながら、トレーナーはゆっくりと彼らのもとへ向かった。

 

「待たせてごめんねエーフィ! ブラッキー!」

「フィィッ、フィー……!」

 

 野生ポケモン達が遠ざかる程早くなる足の運びは無意識のもの。

 だが意識して残していた僅かな警戒は、エーフィが必死で示すブラッキーを目に入れた途端に霧散した。

 

「……っ!? ブラッキーッ! ごめんねっ! ごめんっ……! 今治療するから、もう少しだけ頑張って!」

 

 ブースター達が助けてくれた理由は同じイーブイの進化形だからか。礼をするなら何がいい。もしかしたら彼らの友達になってくれるかもしれない。

 そんな思考を今はかなぐり捨て、戦闘時の思考体系に切り替える。

 

「フィ、フィーッ……!」

「エーフィ、もう大丈夫だからね! ごめんね、少し待ってて!」

 

 すぐ近くのポケモンセンターですら間に合わないかもしれないほどの傷に応急処置を施しながら、エーフィの具合も確認する。

 彼女とて重傷ではあれど、多少の猶予はある様子。懸命に主張する通り、彼への治療を優先して問題ないだろうと判断した。

 

 主の代わりに周囲を見渡しながら、後ずさりの形で近づいていたマスカーニャ達手持ちの四体も、最低限の警戒は残しつつ振り返った。主越しに彼らの容態を見ては、面識のないドオーとデカヌチャンも含め痛ましそうに顔を顰めている。

 

「……ニャオ」

「……ブゥイ」

 

 遅れて横に並んだのは、恐る恐る近づいていたブースター達。

 静かに礼を言うマスカーニャに対し、どこか気まずそうに返した三体は直後、突如として豹変した人間の姿に目を見開いた。

 

「ブラ……ァ……」

「ブラッキー? どうしたの……は? 自分のことはいいって……」

 

 今すぐポケモンセンターに連れて行くべき致命傷を負った身で、治療の手を力づくで振り払われたトレーナー。それだけの怪我を負っていてなお、優先すべき連絡事項があるのか。彼の頭脳を知るトレーナーは素直に耳を澄ませた。

 だが「エーフィを先に」という意味が脳内で組み立てられた瞬間、抱いた経験のない感情が恐ろしい勢いで沸き立った。

 

「そんな訳ないでしょうっ!!」

 

 しんと沈んだ雰囲気は、技でもなんでもないただの音によって容易く巻き上げられる。

 マスカーニャでさえ初めて聞く、いつも穏やかなトレーナーの怒声。

 噛み締めた口から破裂するように吐き出された激情は、どれほど恐ろしい存在にも立ち向かっていたはずのポケモン達すら震え上がらせた。

 

「あなたがっ、どこか一線を引いて接してるのだって分かってる! だから! まずは信頼してもらえるように頑張ってるのっ!」

 

 身体を強張らせたのは、彼とて例外ではなかった。イーブイの身で〈きょうあくポケモン〉のギャラドスにすら立ち向かった彼を、非力な人間の一声が竦ませ、されるがままに治療を許している。

 主を見つめても目は合わない。熾烈で吐き捨てるように、切実で星の瞬きのように震えた声は、されど手当の妨げとはなっていなかった。

 

「バトルで活躍できないから治療は後回しに、とか……弱いからさよならって、そんな訳ないじゃん!」

 

 なぜ、分かったのだろう。彼は考えて、思い出す。

 戦闘で活躍できないと悩むイーブイには、いち早く敵を発見する視野の広さを評価して励ました。

 進化先に悩むイーブイの相談は、後から群れに加入した者が進化を遂げて別れを見届けるほど続いた記憶がある。

 シャワーズに進化しても泳ぎが苦手なままだと嘆く者は、群れの皆で泳ぎの練習に付き合った。

 むしポケモンが苦手なのに森で暮らすリーフィアになった者は、克服できるまで群れに留め置いた。

 多くは相談を受けたからこそではあるが、彼が自ら声をかけて発覚したものもある。そんな時は決まって妹が、なぜ彼らの悩みが分かったのかと、不思議そうに聞いてきたものだ。

 

「一緒にご飯食べてっ……! 景色きれいだねって笑い合う! それだけでいいのっ!」

「……ブラ」

 

 それでも、なぜ自分なのか。デカヌチャンだけでなくドオーも指してそう零した彼を前に、遂に互いの目が合った。

 

「まだ分からないの!?」

 

 仄暗い洞窟内でも、気迫の籠った眼差しは彼自身を貫いていると強烈に主張している。

 治療の手を止めたかと思えば、俊敏な動きで彼の肩をがしりと掴んだ。

 

「私が! あなたと! 一緒に居たいからだよ!!」

 

 あぁ、そうか。相手を見ていなかったのは自分だ。目の前に零れ落ちた雫に、彼は漸く気が付いた。

 

 口許の黒子が今更ながら目につく。引き結ばれた薄桜の唇は控えめながら、小さくも確かな鼻梁と共に調和を齎している。

 漠然と白一色だと思っていた肌は、陰の落ちる洞窟内においても血色の良さが見て取れた。

 諧調際立つ白橡の瞳は、燦然と揺らぐ宝石を眦から垂れ流すばかり。

 月光の如き淡い青を纏った銀髪は、闇に照らされたが故にそれらを寧ろ優しく包み込んでいた。

 

「ブラッキー? ブラッキー! ちょっと……ん? あ、眠ってるだけ……? んもうっ! ……ふふっ」

 

 徐々に力が抜けていく。硬度を失い体感重量の増したブラッキーの肢体は、非力な人間の腕ではとても支えられるものではない。

 

 快気祝いでは全力で構い倒すと誓いながら、ゆっくりと横たえる。彼の怪我は予断を許さない状況であれど、トレーナーの見立てでは峠を越えているように思われた。

 終ぞ見せてくれなかった穏やかなその寝顔に、普段の本心を見せない様子を思えば快挙であると、トレーナーは思わず破顔した。

 

「フィイッ!」

「あっ、エーフィごめん! すぐそっちも治療するね!」

 

 エーフィの鋭い声に、即座に駆け寄り彼女への応急処置も施す。

 彼女が声をかけたのはトレーナーではなく、立ち去ろうとしていたブースター達。しかし振り返った三体は彼女と目を合わせようとはせず、どこか後ろめたそうに視線が散っていた。

 トレーナーはその態度を怪訝に思いながらも、傷薬を取り出す際にそのまま鞄を大きく広げ中身を差し出した。

 

「ブースター、サンダース、リーフィア! 本当にありがとね! お礼に私の持ってるきのみ、好きなだけ持って行っていいよ!」

「ダァス……」

「ん? あっ、もしかしてブラッキーがもう何か渡した感じ?」

 

 だが三体共に揃って拒否する様子は、とても遠慮している者のそれではない。加えて「既にたくさんもらっている」という断り文句の意味が分からず困惑する。

 改めて去ろうと振り返った三体に、再度かけられるはまたもやエーフィの声。

 

「フィィ……フィッ!」

 

 果たして今度の返答は彼女の望み足りえたのか。

 再会を祝う表情と声は、まるで太陽そのものであった。

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