月の光とボールの輝き   作:中野 唯

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2 振り返り

「やっ……たぁー! リップさん撃破ー!」

 

 ジム戦を終えて直ぐ。ベイクタウンの横にある小山を登った彼らは、静謐な湖の傍で祝勝会を行っていた。

 

「いやぁ強かったねぇ……特にフラージェス。あんなのほぼフェアリージムだよぉ……」

 

 小山という表現は適切ではないかもしれない。そもそもとして、ベイクタウンそれ自体が山の中腹にあるからだ。

 ジムテストのためだけに山を登らされた形ではあるが、トレーナーからしてみれば手間と呼べるものではなかった。

 大好きなポケモン達と共にいれば並大抵の苦難は乗り越えられると、臆面もなく言える自信がある。そのうえ連れているポケモン達は皆、宝探しの旅を始めてからほぼずっと一緒にいる、もはや家族と呼んで差し支えない存在。

 ただでさえ愛している存在が、共に生きると定めてついてきてくれているのだ。山登り程度、苦労とすら呼べない。心の底からそう断言できた。

 料理の経験が皆無であるにもかかわらず、旅の始めから現在に至るまでピクニックを積極的に行っているのも、偏に食事を共にしたいから。飲食店内で六体全員をボールから出すわけにもいかないが、トレーナーとしても家族としても、彼らには栄養満点の美味しい食事を摂ってほしい。そのためであれば、調理と片付けの手間など気にもならなかった。

 

「ごちそうさまでした……紅茶でも淹れようかな。皆は飲むー?」

 

 遠くではゴーゴートの群れが、静かに水を飲んでいる。

 爽やかな風が澄みきった湖面を撫ぜる美しい山頂は、周囲の地形を一望して余りある高さにして、幾体ものポケモンの姿がそこかしこに見えた。それらから現実味を取り上げているのはこのあまりの静寂と、下界から切り離された全く別の世界を思わせる雰囲気が故。

 この聖域をぶち壊しかねないピクニックなぞしてもいいのだろうかという主の心配をよそに、野生のポケモン達に伺いをたててくれたマリルリ曰く「好きにすれば」とのことだった。

 

 実際に姦しい彼らがいても、その騒がしさは湖畔全体には広がっていないと錯覚するほど。どんな音も湖に吸い込まれ、その滝から流れてしまっているのではないかといった、漠然とした思考さえも浮かんだ。

 そんな不思議な考えが浮かぶのも、近くの人間を全くといっていいほど気にも留めず、警戒心すら向けてこない野生ポケモンたちがいるからかもしれない。

 

「リキキリンの『かみくだく』と、クエスパトラの『シャドーボール』で苦手なゴーストへの逆襲もできる。やっぱり流石だよねぇ……ソウブレイズがやられた時は焦って頭真っ白になっちゃった……」

「ソン……」

「あぁああ違うのソウブレイズ! 私の判断ミスだからあれは! そもそもフェアリーを相手にした時の対策を碌に考えてなかったって、バトルが始まってから気付いたのがもう……マスカーニャも本当にごめんね……!」

「ニャオン」

 

 表情はあまり変わらないながらも、落ち込んだ様子を見せるソウブレイズ。薄い藤色の瞳から立ち上る炎の勢いは陰りを見せ、黒い身体を妖しげに輝かせる厳粛な紺藍の鎧も、今はどこか廃れて見える。

 対するマスカーニャは既に切り替えている様子で、「相性なんだから仕方ないでしょ」とソウブレイズを迂遠に励ましている。見目に反して繊細なソウブレイズへ、呆れたように溜息をつくのは幾度目か。

 この二者に彼を含めた三体が、エスパー専門のベイクジム攻略における中核であった。

 

 ゴーストタイプは勿論、それ以上にあくタイプはエスパータイプに対し滅法強い。ブラッキーとしてベイク洞窟を生き抜いてきた彼も、野生としての経験から正確に理解していた。

 主はと言えば、アカデミーで学ぶトレーナーであり、これまでの宝探しで培ってきた経験もあるからして。

 

 同時に、あくタイプはフェアリータイプに滅法不利ということも、当然知っていた。

 そのうえでエスパータイプとフェアリータイプは親和性が高く、フェアリータイプの攻撃技を覚えるエスパーポケモンも、その逆も、共に幾度か見ている、はずであった。

 

「だってブラッキーが入るまではデカヌチャンがいたからフェアリー相手に苦戦したことなんて無かったし一緒に頑張ってきた仲間だけどマリルリとタイプ被ってたのが気になっててやっぱりほのおとくさとみずは汎用性高くて常にパーティにいてほしかったから断腸の思いでデカヌチャン以外も育てた方がいいかなぁって思ってた時にエスパージムの手前であくタイプのブラッキーゲットしたんだよ!? そりゃこの子だ! ってなるじゃん……!」

 

 エスパーポケモンによる、ゴーストタイプへの対抗策を失念するならばまだしも。

 一方的に不利が過ぎるため、逆に対策が確立され尽くしているあくタイプへの逆襲方法など、優秀なトレーナーであれば備えていて当然。それを試合が始まってから思い出したのが、このトレーナーである。

 

 なにやら早口で言い訳を捲し立てたかと思えば、呻き声を発しながら机に突っ伏し自分の世界に入り込む。

 テーブルを通して伝わった衝撃が、ティーカップをかちゃんと鳴らした。

 

 想起しているのは、見せつけられたジムリーダーたる所以といったところか。

 余裕のある笑みと共に、効果的な逆襲が見込める時まで対策を温存する胆力。どれだけ劣勢であろうと思考を止めず、逆転の一手を模索し続ける冷静さ。

 案外余裕で勝てるのでは、と油断していたところに受けた痛烈な反撃は、勝利したからと言って拭えるものではなく。ましてやトレーナーとしての成長を考えるのであれば、容易に拭っていいものでもなかった。

 

 隣でマリルリとパーモットが慰めるようにその肩を撫で始めると「うぅ~、もちもちだよぉ~」などと言い、顔をテーブルに押し付けたまま二匹を抱きしめ感触を楽しみ始めた。

 

 みずタイプ故かマリルリのひんやりとした流線形の身体は、陽光降り注ぐ午後のうららかな気候にとても心地よい。〈みずうさぎポケモン〉という分類が示す通り、明瞭な青い身体に生えているぷにぷにとした大きな耳が、慰めるように主の頭を撫でつけている。

 パモとして出会った時に比べれば見違えるほど逞しくなったパーモットは、彼らの頼れる切り込み隊長である。しかし主と触れ合う様子は、〈ねずみポケモン〉と称される幼い頃と変わらない。敵を打ち砕く発達した両腕に宿るのも、今ばかりは優しさのみ。電気の苛烈さと心地よい温もりを同居させた、橙色のもふもふとした毛並みを存分に堪能させてくれた。

 

 そんな二体に囲まれているものだから、凛とした表情でジムリーダーを突破したはずの彼らが主の相好が、それはもうだらしなく緩んでいる。

 割と元気なのでは?

 彼は訝しんだ。

 

「ブラッキーは大丈夫だった? マジカルシャイン受けても変わらず動いてたから、バトルの間は私も気にせず指示出し続けたけど……」

「ブラ」

 

 むくりと顔を上げたかと思えば、今更な疑問を投げかける。どこか抜けた雰囲気のあるトレーナーだが、戦いの最中に無意味な問答をしない部分は、彼をして評価できる。

 いつもと変わらぬ様子で問題ないと告げると、静かに残り少ないサンドウィッチを口に含みながら己の戦いぶりを省みていた。早速昨日の好みを踏まえたのか、あまいものは一切含まれていない。

 

 確かに彼はリップというトレーナーとのバトルにおいて、間違いなく活躍したと言っていいだろう。計四体のポケモンに対し、倒れることなく三体に止めを刺した。

 但しその実態はといえば、仲間達が相手の体力を事前に削り、マスカーニャやパーモットの交代技から繋げてくれたからこそ。ソウブレイズやマスカーニャも同じくタイプ上有利とはいえ、彼らはあくまで副次的に備えたもの。

 対する相手は、妖精の力を借りられる者多しといえど生命の根幹は超能力由来。

 純粋なあくタイプである己の戦いとしてはあまりに不甲斐ない。仲間達の力は借りるにしても、エスパータイプを相手にあくタイプの自分が主体となって戦えないのでは、存在意義がないだろう。

 最後のフラージェスに関しても、わざわざこちらが有利になるエスパータイプにテラスタルしてくれているのだから、不利と言うのはそれこそ甘えだ。

 

 デカヌチャンとやらがパーティに復帰するだろうと半ば確信した彼は、しかしどこかで納得もしていた。

 戦いにおいて、精神が与える影響というものは存外大きい。

 

 負けたら終わりという崖っぷちだからこそ、命尽きるまで戦い抜く手負いの獣は、確かに野生特有の強さと言えるだろう。

 だがトレーナーとの絆を紡ぎ、信頼し合うパートナーがいる者は「負けても終わりじゃない」「負けたら終わりだ」そんな矛盾を同居させたまま突き進むことができる。

 そういった者達は、得てして想像もできない力を発揮する場合がままある。

 彼もそういう場面を幾度か目にしたことがあった。絆とやらが、タイプ相性すら凌駕するほどの力を齎すのだろう。

 

 翻って、自身はどうか。テーブルに並べられた、彼らの入っているボールを見やる。

 下半分は白一色と共通しているものの、多くは上半分が赤一色。しかし最後の一つ。彼が入っているボールは、黒地に黄色のラインが入った、ブラッキーの体表によく似た意匠のもの。

 赤が初心者トレーナーでも扱える癖の無いボールなのに対し、黒はある程度の経験がなければ扱えないモノだと、彼は違えず理解していた。

 すなわちそれは、他五体と彼では主と共にした時間が違うという意味に他ならない。

 

 煌びやかな湖面と並び燦々と照り返す赤の横で、ぽつんと佇む黒。

 進化したばかりの頃とは違う、傷だらけの己の体躯を表すようなそのボールが、まるで彼自身なのだと突き付けられているかのよう。

 

 静かな湖畔に響く主らの笑い声が、妙に頭から離れなかった。

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