お世辞にもバトルに向いているとは言えない、イーブイという種族。彼らはその弱弱しさ故に、狂暴なポケモンを避けるべく主に街の近くで過ごす個体が多い。
「ぶぅい~、ぶいぶい?」
「かわいい~! ブイちゃんこれ食べる?」
「いぶいっ!」
「きゃー!! 人間なんかよりイーブイが食べる方がよっぽど映えるー!」
人間からするとその見た目が余程愛くるしいのか、街の近くを彷徨っているだけで食べ物を献上したがる者もいるほど。善良な者であればそのまま飼われてあげるというのは、イーブイという種族にとって一つの立派な生存戦略である。
彼もまた例に漏れず、街の近くを中心に行動する個体だった。
しかし他の個体と違うのは、一か所に留まらず多様な場所を転々とし、尚且つ多数のイーブイからなる群れを率いていたという点。取り分けて後者は、通常のイーブイにはまず見られない行動であった。
そもそもとしてイーブイは一時的に協力する場合はあれど、同族と生活を共にする事例は全くないと言っていい。親や兄弟であっても、それがイーブイ同士であれば早々に別れて一匹で暮らす。
所帯を持つのは進化を経てから。というのが、彼らにとっての常識だった。
あまりの可能性に溢れる彼らの身体は、例えイーブイの頃から仲睦まじく過ごしていても同じ進化を辿れるとは限らない。もしもそれぞれがシャワーズとブースターなどに進化してしまえば、共に生きるのは困難を極めるだろう。それを回避すべく、彼らは本能的に同族を避け一匹で暮らす。
しかし実のところ、単独で暮らすポケモンというのはそう多くない。
無造作に暴れまわるだけで地図を塗り替える程の絶大な力を持つ様から、はたまた力と仁徳を併せ持つ仲間想いな様から、周囲一帯のポケモン達に恐れ慕われ、いつしか一部区域における王となった者。
集落の危機を救った存在として、地域一帯で語り継がれるほど強大な力を備える者。
そういったポケモンでさえ、進化前や幼少期は群れをなして力を蓄える非力な存在であった事例など、さして珍しくもない。そこまで強大ではなくとも、十分独力で生きていけるだろう力を備えたポケモンですら、複数で生活する姿も確認されている。
対するイーブイと言えば、生み出せる破壊力は精々その小柄な肉体をぶつけるくらいで、毛皮は多少の熱を遮断するのみ。瞬発力はあれど、持久力ゆえにごく短距離。
多くの可能性を秘めていても、可能性の分岐点にすらたどり着けない個体が多いのは、皮肉というべきか。
そんなイーブイにとっての常識を彼が投げ捨てられた理由は、偏にその頭脳と言える。
イーブイという種の限界に迫る知能を生まれ持ち「だとしてもイーブイの頃だけは協力すべきだ」という思考に、生まれたばかりの妹と離れる間もなく行き着いた。
長時間は維持できずとも、連携のとれたすばしっこい動きは足の速い外敵すら攪乱できた。
文字は読めずとも、人間の見る地図というものがこの雄大な世界を表しているのだと理解できた。
ゴーストタイプへの対処法はなくとも、同時に相手からの決め手もないと気付いた瞬間、夜間の遠征は寧ろ安全となった。
手数が増えれば出来ることも増えると、数少ない同胞を見つけては勧誘。だが仲間が増えたからといって周辺の食糧を独占するような真似はせず、話が分かるポケモンとは積極的に手を組んだ。
進化が叶った者は、都度それぞれの住みやすい地域まで送り届けた。
厳しい自然を戦い抜き、進化の可能性を追い求めるか。
安全を取り、人と共に生きて自由を失うか。
彼の徒党を組むという生存戦略は、今まで二択しかなかったイーブイという種族の生き方に「ある程度の自由と安全を両立する」という第三の選択肢を与えた。
「ぶいっ」
最初は彼と妹だけだったのが、次第に彼の頭脳を見込んで仲間になりたいと言う個体まで現れだした。そうして数を増やし、進化しては減る。
彼はいつしか、パルデア地方におけるイーブイという種の、絶対的なリーダーとして君臨していた。
そうして生きていた彼らはある日、珍しく同じ場所に留まり続けていた。
「ぶい……」
それというのも、ブースター、サンダース、リーフィアへの進化を望む仲の良い三匹が、揃って今いる場所で暮らしたいと嘆願したためであった。
確かに進化形ごとに暮らしぶりが変わるとは言っても、シャワーズとグレイシア以外根底は似たようなもの。ブースターやブラッキーも山や洞窟が主だが、全く外に出ないというわけではない。
隣接する地形によっては、別種の者同士でも共生は可能である。
発見を今後の参考にしつつ、彼は大まかに三匹の将来を見積もった。
傍らに聳え立つは、雲をも貫く壮大な山脈。ゴーゴートをはじめとして多様なポケモンが生息しているが、ブースターとしての力を発揮できれば十分に暮らしていけるはずだ。
クヌギダマが擬態してぶら下がっている高い木は、確かにサンダースを希望する彼が好むきのみをつける種類であった。
大きい個体ですら五十センチもない彼らの身体。それをすっぽりと包み込む草が生い茂る草原では、今もポポッコやモココが隙間から顔を覗かせている。くさタイプのリーフィアにとっては、これ以上ないと言える環境だろう。
彼ら自身が考慮しているかは分からないが、タイプ相性も苦手を補い合う形で悪くない。
だが依然として今はまだイーブイのままであるのは確か。幸い三種とも特別な石さえあれば進化が叶うし、なによりここで見届けずにお別れしても気になって寝つきが悪くなるかもしれない。
彼がとある提案をすべく振り返れば、当然とばかりに仲間全員が彼を見つめていた。
「……ぶい」
「! ぶいっ!」
斯くして、三匹が進化するまで滞在と相成った。
しかし彼らの日常は絶えず移動し続けるもの。都度常識を更新する暮らしは大変ながらも、その日その日で多様なきのみを楽しむ食生活は、同時に彼らの舌を肥えさせてもいた。
「ぶい~……ぶい」
街からそう離れていない森の浅い場所を拠点として、一週間が過ぎた頃。妹が周辺のきのみに飽きてしまったようだった。恥ずかしそうにしつつ、群れの中からも同じ意見の者が幾匹か現れたため、比較的安全な夜間に近くの山へ足を延ばそうという話になった。
体躯は小さいながらも、今までの経験と付き従えるイーブイの数は確かな気迫を醸し出しており、既にこの森で彼らに襲い掛かるポケモンはいなくなっていた。
念には念を入れて、昼行性のポケモンらが完全に寝入るまで待っている。最早日の入りから過ぎた時間を数えるよりも、日の出までの時間を数えた方が早いだろう。
加えて拠点変更の際という印象が強い夜間の行動だが、今回ばかりは食料探しという気楽なもの。
他でもない絶対のリーダーが安全だと判断した、道と時間帯。仲間達が気を抜いてしまうのも無理はなかった。
彼においても暫しの逗留で、適応力に優れた身体が安定した暮らしに慣れ始めていたのかもしれない。
しかし、彼らがイーブイとしてこれまで生き抜いてこられたのは、あくまで知恵を駆使する弱者であったから。
「いぶいっ! ……ぶい?」
決して強くなった訳ではないと思い出したのは、山道から僅かに逸れた場所がケンタロスの縄張りであると認識した直後だった。