「ブモウ!」
「ブフゥゥ……!」
彼の戦いはいつしか場所を変え、洞窟の中に幾つものケンタロスの声が響き渡っていた。
洞窟内を根城とするポケモンは夜行性の者も多く、寧ろ活発に動く者もいるほど。だが荒ぶり続けているケンタロスの群れに巻き込まれてはかなわないと、皆がその姿を隠し息を潜めていた。
見渡す限り彼とケンタロス達しかいない空間。
そんな逃げ場の限られるフィールドにおいて、彼は未だケンタロス達の暴威から逃れるだけでなく、その数を減らしてすらいた。
「……ッ、ブラッ」
「ブゴォッ!」
逃げ出した彼の背に追いすがり目前まで追っていたケンタロスが、突如反転した彼から放たれた超能力によって空中に放り出された。
絶命はしないまでも、落下地点からここまで戻る頃には戦闘を終えられるだろう。少なくとも此度の戦線からは離脱したと言っていい。
夜闇を得意領域とするブラッキーに進化した彼はしかし、明確な思考を以て『つきのひかり』無き洞窟へと誘導していた。
仲間を守るべく発現した進化は、彼に桁違いの体力と頑強さを齎した。進化に伴って変化した自身のタイプを戦いの中で把握した彼は、かくとうタイプのケンタロスがいまだ自身の天敵であるとは理解しつつも、一撃で致命傷を受けはしないだろうとも推測。
耐久力と回復手段を得て、その活かし方を理解した今。種族としての強みを押し付ける戦法に変える、という発想も脳裏を過った。
だがそれまでの戦闘で均衡を保てていたのは、一撃でも受ければ終わりであるという緊張感故。
体躯の違いによる閉所空間での小回りの差と、壁や天井を利用した『でんこうせっか』による三次元機動力を扱える利点。
また不慣れな戦い方に潜む不測の事態をも危惧した彼は、新たに得た強みを半分捨てることになろうとも、洞窟への誘導が最適だと判断した。
「ブフッ、ブモォウ!」
いつまでたっても小さきもの一匹倒せず、どころか次々と離脱していく仲間達に、ケンタロスの群れは徐々に苛立ちを募らせている。
だがその苛立ちこそが、ブラッキーの戦術的勝利に寄与していた。
「ブフゥー! ブ……ゴゥッ!?」
「ブラ」
取るに足らぬ弱者だと油断させては『とっしん』し、下手を打てぬ相手だと警戒させては『ふいうち』で意識を刈り取る。『ちょうはつ』で動きを単調にしては、『でんこうせっか』で翻弄。
同士討ちを発生させて得た束の間の安息は、『めいそう』で心を静めて集中を新たに。相手の動きを更に観察すべく都度足を止め、必ず一撃で戦闘不能にするという意志を昂らせるその様は『のろい』となり、僅かながらも確かな恐怖をケンタロス達に抱かせるほど。
そうして威力を高めた『アシストパワー』を打ち込み、各個撃破する。
オコリザルを除いた普通のポケモンであれば、ここまでの被害を受ければとうに撤退しているだろう。
だが彼自身がケンタロス達を度々『ちょうはつ』しているからか、睡眠を邪魔されたからか、はたまたケンタロス達と同じ黒い体への進化が気に入らないのか、その怒りは収まる様子を見せない。
過った怯懦を怒りで塗り潰したケンタロスだったが、体勢を立て直したところで既に付近に彼の姿はなく。
周囲を見渡しているところにすかさず飛んでくるは、意志の凝縮された超能力による一撃。それはかくとうタイプの弱点であるなど恐らく関係ない、大抵のポケモンであれば変わらず一撃で戦闘不能になるだろう威力。
「ブラッ……!」
「ブモォッ……!」
時に正面に躍り出ては群れを惑わせ、暫し逃げに徹したかと思えば突出した個体を咎めていく。
ただ只管に卑怯に、決して真っ向からは戦わず、相手の心理をも利用する。
群れは初め何頭だったのか、己は何頭倒し今はどこにいるのか。集中も途切れ途切れになり、意識が朦朧としてきた頃。指示を出していた者すら倒し統率が乱れたとしても慢心はせず、遂には最後の一頭までをも洞窟の地に伏せさせた。
結果として、彼は概ね無事と言って良かった。
まともに受けた攻撃は終ぞ一つもない。損傷といえば、攻撃を受け流し逸らした際の掠り傷だけであり、ふらつきはするものの歩行に問題はない程度。
逆に言えば、幾度か掠めただけでそれだけの痛手を負わせてくるケンタロスに対し、彼は今更ながら戦慄する思いだった。
あてどなく彷徨っていれば、光が見えて来た。戦いの中で洞窟を進み続け、いつしか山頂に近づいていたらしい。彼は誘われるようにその姿を晒した。
徐々に明かりに目が慣れ始め、ゆっくりと瞼を開いていく。
すると彼の目に飛び込んできたのは月の光ではなく、黎明間近な朝の陽射しであった。
なるほど、ケンタロス達が夜明け前に微睡んでいたところを邪魔してしまったのかもしれない、それならばあれほど怒り狂うのも納得できる。
場違いにも、彼の頭にはそんな冗談すら浮かんできた。
普段であれば鳥ポケモン達の声に覚醒し、冴え冴えとした空気の中で水場を求めて活動し始める頃。
しかしこの時の彼には、不思議と草の擦れる音一つたりとて耳には入らず。デデンネが揺らす草も、ヒノヤコマやムクバードの飛び立つ姿も、その瞳は映していなかった。
世界に己の身一つであるという漠然とした感覚の中、彼は暫し太陽の卵を見つめる。
鳥ポケモンは本当に鳴いていないのか。昨日は確かにいたはずのヤングースは、果たして今日も草原を走り回っているのか。
もはや身体のどこが痛いのかも分からず、自身は未だ生きているのかも定かではない。
全身にじんじんと響く痛みがあらゆる感覚を遮断している状態で周囲の警戒なぞ出来る訳もなく、また出来ていないと自覚すらしていなかった。
ぼぉーっとしたまま陽を浴びていると、やがて戦いの興奮が収まってきたのか。身体中に広がる鈍痛と、暫し茫然と自失していたことを漸く自覚した。
思い出されるは、妹を含めた仲間達。戦闘直前に出した命令は「各自散開して距離をとり、拠点にて合流する」というもの。
無論あの場でそれら全てを伝えたわけではなく、以前から取り決めていた定型文のようなものを、特定の合図で伝えただけ。場合によっては多少改変もするが、いつまで拠点で待つのかという期限も、先の状況下では伝えられなかった。
もしかしたら仲間たちを待たせてしまっているかもしれない。
緩慢とした動きではあったが、小刻みに震える身体を無理やり駆動させて山を降りる。
やっとの思いでついた拠点にあったのは、仲間たちの姿が一つもない、昨夜の出発直後と同じ様子の森だけだった。
ふいうちは過去作限定ですが、覚えはするので……