月の光とボールの輝き   作:中野 唯

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9 プルピケ山道攻略その三

 それからの戦いぶりは正に、力の限りを振り絞ったものだった。

 

「『むねんのつるぎ』! 『こおりのつぶて』には『かわらわり』で対抗して!」

 

 冷気を纏わせた鋭い爪を打ち込んでくるニューラと、むし特有の急加速を交えた格闘を用いるエクスレッグ。

 共に非常に機敏で不規則な動きではあるが、ソウブレイズは敢えてそれらの攻撃を受けて拘束、確実に技を当てて生命力を奪う。

 

「『アクロバット』からの『じゃれつく』!」

 

 手品を得意とするマスカーニャが持ち前の演技力をも駆使する視線誘導は、戦闘中でさえも思わず引き込まれるほどの代物。逸らしては意識の外から攻撃を叩き込み、関心を集めては可愛らしく『あまえる』ような仕草で迫る。

 普段は笑みを浮かべたまま隙を伺うヤミラミや、厳めしい顔で佇み待ち伏せるデカグースであっても呆けている様子だったが、ことマスカーニャを前にしてそれほどの隙を晒すのは、即ち戦闘不能と同義。

 背後への注意は仲間達に任せ、先程よりも軽快に暴れまわっているようだった。

 

「囲まれる前に『でんこうせっか』で抜けて、『サイコキネシス』!」

 

 トレーナーと相談して決めた方針として、エーフィは『シャドーボール』や『マジカルシャイン』といった、弱点を補える技の練度があまり高くない。

 しかしその分も含めて磨き上げられた『サイコキネシス』は一級品。単純にして強力無比な念力は、無効化されない限りタイプ相性すら凌駕して一撃で戦闘不能にしかねないほどの威力を誇り、技術に関して言えばそれだけに留まらない。

 

 敢えて遠くのヤトウモリに狙いをつけ、その身体を手前に引き寄せる。ぶつけた先のエンニュートが縺れたまま共に転がり、エクスレッグの進路上にその身を投げ出させられた。出鼻を挫かれ狼狽するエクスレッグを、ソウブレイズが『むねんのつるぎ』で即座に仕留める。

 すぐさま体勢を直そうとするエンニュートだったが、そこにすかさず他のヤトウモリも投げ込み行動を許さない。更にその余波で周囲のヤミラミとデカグースが吹き飛ばされ、待ち構えていたマスカーニャが『じゃれつく』で意識ごと叩き落とし、一塊になったヤトウモリ達はソウブレイズの返す刀が切り伏せた。

 

 賞賛すべきは副次的な現象も見据えて調整された、精緻な運用法。

 主を守りたい一心で磨き上げた彼女最大の武器は、この戦いで存分にその猛威を振るっていた。

 

「ニューラとヤミラミのコンビはマスカーニャが対応! ソウブレイズはマスカーニャの背中を守って!」

 

 忘れてはならないのが、彼らはただこの山道を進めさえすればいいということ。無論野生のポケモン達もそれらを理解しているため容易に通してはくれないものの、一瞬でも突破口を開けば戦術的勝利が決まるのだから、馬鹿正直に全ての戦闘に応える必要などどこにもない。

 逃走にも似た活路への猛進に専念する指標として、彼らはヤトウモリの数が一定以下となった時、すなわちエーフィにどれだけの余裕があるか、という部分を重視していた。

 

「ソウブレイズは『ニトロチャージ』! マスカーニャ! 確実に『つばめがえし』で!」

 

 ヤングースの作った隙をヤミラミが狙い、ニューラの動きを注視していればエクスレッグがいつの間にか接近している。

 対する二体は、背中合わせで互いの状況も確認しつつ、時に入れ代って攻撃を受け、立ち代っては攻撃を叩き込む。

 

 エーフィがヤトウモリ達の数を減らすまでただ耐えてさえいればいい。それは間違えようもなく適切ではあるが、消極的でもある。

 思考が戦闘行動に現れていたのか、一向に獲物にありつけない現状に焦れたか、野生ポケモンたちは先程から波状攻撃による一点突破へと狙いを絞ってきていた。

 

「あぶなっ……あっソウブレイズ前!」

「ソッ……!?」

 

 そんな中、流れ弾がトレーナーに向かう。乱戦ともなればトレーナーが狙われることさえままあるため、今更ではある。六つのバッジを得るまでの旅で培われた身体能力は、野生の暴威から逃れるだけであれば容易く実現させられた。

 

 問題はその瞬間を目撃したソウブレイズが、ほんの一瞬とはいえ意識をトレーナーに向けてしまったこと。待ってましたとばかりに笑みを深めたヤミラミの『イカサマ』が直撃し、ソウブレイズの牽制が無くなり自由を得たエクスレッグが、マスカーニャの背後から仕掛ける。

 寸前で鍔迫り合いに持ち込めたマスカーニャだったが、ソウブレイズへ向かう多数の追撃を察知すると、身を挺してそれらを打ち払った。

 

「マスカーニャ!」

 

 倒れ伏すソウブレイズと、それを庇うマスカーニャ。

 久しく訪れなかった獲物が見せた、大きな隙。野生に生きるポケモン達が見逃すはずもない。

 

「くっ……!」

 

 確かに苦しいものの、皆の戦意が高く調子も良い今ならば、十分に切り抜けられる。

 そう考えていたトレーナーは己の未熟さを悔いながらも、一度撤退すべきと判断。

 二つのモンスターボールを向けながら、他のボールに手を伸ばした。

 

「えっ」

 

 その瞬間、彼らに迫っていたヤングースの群れが淡い光を纏い、弾かれたように四方八方に吹き飛んだ。

 包囲していた者たちが、彼らの反対側へ円状に向かうのではない。共に迫るヤミラミを、二の矢を用意していたニューラを、後詰めを務めるエクスレッグを、それぞれ巻き添えにして水平に飛び、共に壁まで叩きつけたのだ。

 

「ナイス、エーフィ! みんな! 突破す――」

 

 誰に因るものかなど明白。不毛な戦いからは逃走あるのみと、この場にいる唯一の『サイコキネシス』の使い手に目を向けた。

 

「……え?」

 

 しかしやはりと言うべきか、結果として戦闘不能になったポケモンこそいないものの、十分な休憩が得られていないエーフィの疲労は重なり続けていた。

 

 先のエンニュート達を撃破した結果、マスカーニャとソウブレイズは共に健在する全てのヤトウモリの射程圏内から脱している。空気の流れを読み取るまでもなく、視界の真正面に映っていたヤトウモリは、一瞬であれば捨て置ける。

 手助けは要らないと言われたものの、仲間の窮地を見て半ば無意識に発動してしまったサイコキネシスは、主に対し自身が手隙であるという合図も兼ねられる。

 

 そう判断した彼女が自身の悪手を悟ったのは、背筋を赤く輝かせたヤトウモリが間近にいると認識した直後のこと。

 彼らが、壁にたたきつけられたエーフィの姿を認めた、その瞬間だった。

 

「エーフィッ!!」

「フィッ……ィ……」

 

 救援のためソウブレイズは即座に体勢を直すも、ニューラとヤミラミへの対処で手一杯。

 それを確認する前から既に駆けだしていたマスカーニャも、天敵が消えた今ヤトウモリの脅威は看過できず、噴霧される毒とエクスレッグによってエーフィへの加勢が叶わない。

 トレーナーがボールに戻そうとしても、エーフィには近接攻撃から逃れてもらうため高台に陣取っていたのが仇となり、リターンレーザーすら届かない距離にいた。

 

「フィーッ……!」

 

 才気溢れるトレーナーが育成したエーフィであるからして、接近された際の対抗手段など当然ながら持ち合わせている。

 視界が揺れて周囲の様子が分からなくとも、彼女は経験から咄嗟に『サイコショック』を地面に向けて放った。物理的な破壊力が砂煙を起こし、相手が怯んでいる隙に振り絞った『サイコキネシス』で二体のヤトウモリを退ける。

 それでも先の『どくどくのキバ』を受けていた影響で、後続から放たれた『ベノムショック』の追撃を最後に沈黙した。

 

「皆行くよ!」

 

 全員で突貫してエーフィを回収、一度撤退する。

 彼女が気絶するよりも早く決断していたトレーナーが、改めて三つのボールを手にした瞬間。

 唯一のハイパーボールが、自ら弾けた。

 

「わっ、ブラッキー!?」

 

 トレーナーの手元から放たれた光が、目にもとまらぬ速さで駆け抜ける。

 デカグースの待ち伏せをするりと躱し、絶妙な瞬間に横合いから突き出てくる『れいとうパンチ』と『シャドークロー』には反撃すらお見舞いして、それによる反動も速度に上乗せする。炎に照らされ毒液が乱れ飛ぼうと、正確な軌道予測により足を止めずに躱し続けた。大きな岩に上る際を狙った『であいがしら』には、効果が薄いと知りながらも『あくのはどう』で応戦。案の定構わず突き進まれるものの確かに勢いは弱まっており、その隙に『あやしいひかり』と『でんじは』で以て無力化する。

 

 彼の流れるような身のこなしは、決まったやり取りをなぞっているとすら思える滑らかさだった。

 予備動作のない加減速と方向転換を繰り返す様は、実際の最高速度がそれほど優れている訳ではないブラッキーとは思えぬほど速く、傍から見ているトレーナーですらその全容が掴めない。

 ヤミラミにも劣らぬ暗がりへの溶け込み具合は、ベイク洞窟で培った潜伏技術の賜物。僅かな明かりを冷たく反射する瞳と、帯状の模様が発する淡い光のみが、残像として彼の軌跡を教えてくれた。

 

 瞬く間にエーフィのもとまで辿り着いた彼は、迷わず横にあった細道に彼女の身体と共に飛び込む。その先に何があるかなど、今は考慮している余裕もない。

 

「ブラッキー! 動けそうならさっき言ったこの先のポケモンセンターを目指して! 動けなくても、絶対迎えに行くから!」

 

 すると追撃の『ベノムショック』、『こごえるかぜ』、『パワージェム』らと共に飛んでくるのは、彼らが主の指示。エーフィを咥えているため返事はできず、巻き起こる砂埃によって姿も見えない。

 

「待ってて!!」

 

 それでも彼には、決意の強さやそこに込められた熱が、不思議と伝わってきた気がした。

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