水の都で命は踊る   作:盆回

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ハーメルンに投稿するからには特殊文字を使いこなしたい。
雰囲気思ってたのと違ったりしたら投稿した後でも調整しまくるから編集時間の更新がされ続けるの、不審ではないか?


記憶の檻

 

 

 ──退院から早一週間、この島に来て二週間が経った。

 

 一応は立ち歩けるようにはなったものの、未だ自由とは行かない。ガレーラからの見守りもあってろくに情報を集めることさえ出来ず、元の世界に帰る目処どころか手掛かりすら一つも見つけられていないのが現状である。

 

 

 

 元の世界はどうなっている?

 本来ならば唯の一生徒がいなくなった程度でどうこうなるはずはない、けれどおれは生徒会長だ。

 

 新世界中学校は今、グランド市全てを巻き込んだ抗争の火薬庫となっている。ただでさえ百獣辺りとの睨み合いなどは水面下で激化しているのに、その状態でおれが暗躍もせず抜けたままなど、事態がどう転ぶか分かったものではない。

 カクやジャブラ達がある程度先達となっているかもしれないが、治安維持にまで手が回るかどうか……。

 

 

 おれ個人としても、ここまで来れば留年の危機どころではない、確定で留年だ。諦めるしかない。原因が何なのか検討もつかないが、ふざけないでほしいと喚き散らしたい気分だ。おれのせいではないだろこれは不可抗力だ。

 

 憂慮事項はいくつもあって、それを改善する手立ては一つも見つからない。調べるにしても何をどう調べればいい? 異世界だとか並行世界だとかの眉唾物についての情報を、インターネットもないこの世界で。

 

 

 

 

 

「……はァ……」

 ぴかぴかで空っぽの自室。

 ベッドの上でそんな風に、半ば自暴自棄な思考を回して息を吐く。

 

 

 

 

 ……はやく、帰らなければ。

 

 

 ……はやく、帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唸るようなサイレンの音。

 

『──こちらはウォーターセブン気象予報局』

「……?」

 

 

 突然流れてきた放送に肩が跳ねた。身を起こし、耳を傾ける。

『只今──島全域にアクア・ラグナ警報が発令されました──繰り返します──』

 

 

 アクア・ラグナ、……といえば。入院時に差し入れられた本の記載を思い出す。ウォーターセブン特有の、下町が浸かるほどの高潮だったか。年に一度の頻度らしいが、丁度当たってしまうとは運がない。しかも今住んでいるのはちょうどその下町である。

 

 

 

 早めに避難しておくか、とベッドから立ち上がり、傍に立てかけていた松葉杖を取ったところでぷるぷるぷる、と電伝虫が鳴り始める。

 

 

「もしもし?」

『もしもし、ヒョウ太か? 今の放送聞いたよな。今がその時期だって言うのを忘れてたからよ! 伝えられてなかった、スマン』

 電伝虫の先から聞こえるのはゴーグル男の声。

 

「アクア・ラグナだっけ。警報って……ぼくはなにすればいいの?」

『まずは高台に避難だな。お前んち下町だろ? そこら辺は普通の規模でも浸水するからな』

「そうらしいねェ……家とか、どうすればいいの? 色々置いてっちゃ不味いよね?」

 言いながら部屋を見回す。必要最低限の備え付け家具しか置かれていないが、それでも水に浸かってしまうのは困る。

 

『そこら辺の建物は頑丈だから窓とドアさえ閉めときゃ中身は大体大丈夫だ! アクア・ラグナは後数時間で来るそうだ、時間はあるっつってもせめて造船所まで来ねえと危ないぞ! お前は足も不自由だしよ……迎えに行こうか?』

「そーだなァ……、っと」

 

 

 ばたばたと慌てた足音に追随して玄関がノックされる。その後に飛んできた声は、知ったもの。

「ヒョウ太! いるか?」

「はーい! ちょっと待っててー!」

 

 受話器越しの声を拾ったらしい、電伝虫がほっとしたような表情へと変わる。彼にとっても信頼のおける相手が近くにいたことをおもいだしたのだろう。

 

『……あー、そういやルルと同じ社宅住みだったか。一番ドック職長なんだからもうちょい近いとこに住めばいいのによ。いや今は好都合か、連れてってもらえ』

「うん!電話ありがとね〜〜!」

『おー、気を付けてけよ』

 がちゃりと通話が切られたのを確認し、松葉杖を突きながらドアへと向かう。

 

 

「心配して来てくれたんだ? ありがと! 遅くなってごめんね!」

「いやいい。貴重品とか、避難の準備は出来てるか?」

「……まだ、かな。手伝ってくれる?」

 顔の前で手を合わせて軽く頼めば、不思議な寝癖を携えた男は一も二もなく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんねー歩くの遅くって……」

「怪我人が気にすることじゃないだろう」

 

 

 支えられなければならない程ではないが、歩行には若干の不安が残る。松葉杖を突きながらゆったりとした歩みを続けていれば、自然と景色を眺めることになった。

 

 石畳と煉瓦の積み重なった、美しく強固な風景。そこに馴染んだ無骨な造船所が避難先。下町にいれば必ず中央街にあるドックの数字が目に付く程の島のシンボルとなっている。

 海賊などの荒くれ者の対処なんかの治安維持も職人達が率先している。海軍という組織もあるらしく、賞金首の引き渡しなどはそちらで行っているらしいが……この街ではあまり見掛けることはない。

 そして職長たちは住民の憧れの的、また緊急時に頼りにしているのも、かの造船所だ。ウォーターセブンの軸であり、芯。そんなところだろうか。

 

 

「ガレーラカンパニーって、ほんとに生活の主体なんだね」

 ぽつりと呟く。以前読んだ歴史書で分かっていたつもりだったが、外で肌感を持って実態を見るのとは感じ方が異なるものである。

 

 

「何せアイスバーグ社長が市長だからな、……あの人はおれ達の英雄だ」

 どこか胸を張って話す、ガレーラカンパニーの五人しかいない職長だという一人。その目の先にいるのはあの社長なのだろう。元の世界でもあの教師は人格者だったが、ここでは更に慕われているらしい。

 

 ……ルル、それにタイルストンやパウリーも、確かアイスバーグ先生を同じように慕っていたか、そういえば。共通点を探してどうなる訳でもないのだけれど。

 現実から、脳裏に過ぎった友人達へと意識が移ろう。授業さえ碌に出席しない不良共より遥かにマシだが、奴らも何かとトラブルに首を突っ込みたがる性質だ。おれの居ぬ間に校則違反でもしていないといいが。

 

 

 

 

 

 

「……ヒョウ太、大丈夫か?」

 

 頭の上、から。降ってきた唐突なその言葉に意識を戻せば、少し屈んだサングラス越しに視線が合う。

 

「大丈夫って、足? なら心配しなくっても痛くないよ?」

「いや、そっちじゃなく。焦っているというか、不安そうというか……何となくだが」

 気遣いを透かした顔は、つい先程まで頭に思い浮かべていた焦燥の種と同じ顔。黒のグラスで隠された奥の瞳が、おれを見透かしている。

 

 

「……あはは、そう、見えた?」

 ──何となく?そんなものでこの演技が、培ってきた技術が暴かれてたまるものか。それに焦っているだの不安そうだの、好き勝手なことを!

 

 焦りは認める。だが、不安? そんなもの、……そんな、もの。

 

 

 

 

 

 

 

 足が、動かない。

 

 

 

「そんなこと、……」

 そんなことはない、と言おうとした。自分の口から出した筈の声は途中で途切れていた。

 聞こえるのはどたりばたりと騒がしい住民と、水路のさざ波とだけ。男は、それ以上声を発そうとはしない。ただ隣に立って、おれの言葉を待っている。

 

 

「なんでも、」

 なんでもない。お前の勘違い。それだけ言えばいいのに、たったそれだけが喉につっかえる。

 

 

 

 

 この言葉が詰まるのなら。

 おれは一体、何を言えばいいっていうんだ?

 

 

 

 

 息を吸って、吐いて、話すべき言葉を頭の中で繕う。頭のおかしな人間だなどとは思われたくない。異常者として今の居場所を失ってしまえば、それは不利益にしかなり得ない。

 

 

「……ねえ、ここって、現実なのかな」

「……?」

 

 

 けれど、繕った先からほつれていく。言葉が、思考が、まとまらない。まとまらないまま溢れてくる。

 

 

「今でもこれが、この世界が夢なんじゃないかって、夢だったんならって……は、はは、そんなわけないのに」

 

 

 コントロールを失った声帯を、理性で止めることができない。

 

 

 

「だって、こんなに帰れないはず、ないだろ? 夢だったらもう覚めてもいい頃だろ、おかしいだろう!? かえりたいのに、なんで」

 

 

 何も知らない相手に怒鳴って何になる、分かっているのに、堰が壊れて止まらない。

 

 自分の思考回路が分からない、動揺で強ばりそうになる肩を抑え、……そうすれば今度は視界が震えてきた。

 

 何故、おかしい。ああだめだ、これは、

 

 

 

「み、るな」

 

 

 演技ではない、雫が。

 

 

 

「ヒョウ太、」

 聞いてきた相手だって困っているだろ、留めろ、止まれ、止まってくれ。

 

「……、……ぅ」

 普段ならば自由に扱えるはずの涙腺は今に限って言うことを聞かなくなっている。眼鏡をずり上げ袖で顔を隠した。せめて嗚咽が漏れないように。

 

 

 

「……ヒョウ太」

 ふわりと浮遊感。

 

 

「そんなに苦しそうに泣くな、ヒョウ太。……あァ泣くなってことじゃないぞ」

 

 抱き上げられたのだと理解すると同時に、ぽんぽん、と背中を優しく叩かれる。鼓膜を打つのは友人と同じ、落ち着いた声。

 

「泣くことが悪いだなんて考えるな。誰だって不安なときはそういうもんだ」

 同い年の友人と、ほとんど同じ声だけれど。それは間違いなく大人の言葉で。

 

「言いたくないんなら何も言わなくていい。不安ならその気持ちだけでも吐き出して、頼ってくれるか? 先輩からのお願いだ」

 子ども扱いして、先輩面して。

 同じだけれど、別人なんだと。ぼんやり思う。

 

 

「……あ、りがと。──ルルさん」

 つっかえる喉を何とか通して、抱き締めてくる体温の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 

 

「やっと来たか!中々来ねェから心配してたんだが……って、ヒョウ太どうしたんだ?」

 

 

 結局。

 涙が止まってもう大丈夫だと言っても下ろしてはもらえず、かといって暴れる訳にもいかないものだから、大人しく背負われて一番ドックへと辿り着いた。金髪──パウリーの心配そうな声と、こちらの『ルッチ』の胡乱げな目線が痛い。

 

 

「足が痛んだらしくてな。気にするな、おれが一緒でよかった」

「なるほど……今も辛いか?医者に診てもらうか?」

「いやだいじょーぶだって!ルルさんもほら、下ろしてよ。大袈裟だなあ」

 本当は痛まない足を地に着け、にこりと笑う。

 

 大丈夫、まだ大丈夫。まだ『服部ヒョウ太』は機能している。

 

 

 

 

 不意に、頭に手が置かれた。上からくしゃりと髪を掻き乱される。

 

「無理はするなよ」

「わわっと、……はーい」

 

 

 そんなに気に掛けなくても、とは思うのだが。その撫で回しを甘んじて受け入れた。




ここで一番書いてて大変だった心の中での名前呼びをしない縛りが解けました。
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