暗雲燻る空の下
「ヒョウ太の完治を祝福してー!」
「「「かんぱーい!!」」」
「かんぱーい……これ、ただのお酒飲む口実じゃない?」
がやがやと騒がしい店の中、酒を飲めない会の主役──おれはオレンジジュースを抱え、酒呑み共を呆れた顔で眺めていた。
アクア・ラグナの被害も慣れたように片付ける住民らに助けられ、顔見知りもその内に増え。そんなこんなであっという間に退院から一ヶ月である。
足の怪我もありまともに仕事などは出来ていなかったのだが、定期的にガレーラへと顔出しをすることですっかり末っ子のような可愛がられ方をされるようになった。当然だが、おれが一番年若いらしいので。
その中でも特に絡んでくるのは一番ドックの職長だ。
……パウリーにルル、タイルストンはまだ、いい。こちらを見る目は保護者のそれである。
問題はカク、……そしてロブ・ルッチ。表面上は他の職人達と大して変わりない態度なのだが、その言動の端々にはおれを探ろうとしていることが丸分かりな訳で。更には社長秘書としてカリファと会った、というのも問題の一つである。あの天然ボケが演技かそうでないかは定かでないが、もしガレーラカンパニーが潜入捜査をされているのであれば随分と深いところまで潜り込まれているということになる。
幼馴染と自分自身が何よりも悩みの種であるというのはどうなのか。敵に回すと厄介な奴らだ本当に、としみじみ思う。
最初に完治祝いのパーティーをしようと言い出したのは誰だったか、いやまあ誰が言い出したかに関わらず皆乗り出したのでそこまで関係ないことだけれど。
宴会自体は構わない。酒こそ飲めはしないが、相手の気の緩む場で交流を深めて悪いことは無い。
でもそれは祝いの席として用意された店が、"生徒会メンバーの幼馴染"と同じ顔によって経営されていなければ、の話であって。
「ガレーラの新人さんだったか。何やら災難だったようで」
「あっはは〜〜ちょっと下手踏んじゃって!」
食事の配膳のついでとばかりに自然体で話しかけてくる、呑気にエプロンを着けた酒場の店主──ブルーノ。あちらの世界での『生徒会役員』というのが疑う条件であるのなら、彼もまた職長二人と秘書と同じ警戒対象である。
──それもほぼ確定、だな。
上手く隠していたようだが、見抜けないおれではない。顔のパーツへと向いた目線、音もなく飲み込まれた驚きの息。恐らくはカク達に伝えられた特徴を確認でもしたのだろう。何ならこの飲み会の手回しをしたのも奴らかもしれない。
しかし調査対象が幼馴染とほとんど同じであるというのは、心情としてはやりづらさが無くもないが……それ以上に楽である。育ってきた環境は異なるだろうし、年齢や経験も異なるだろうけれど、普段を知っている上での細かな所作から読み取れるものは存外多い。カウンターへと戻っていく背中を横目で見ながらそんな思考を巡らせた。
オレンジジュースとつまみのポテトを交互に食べながらバカ騒ぎする酒呑みの声を遮断していると、視界の端から白が飛んできた。
「クルッポー!」
「わ、ハットリ!」
慣れたように肩へ止まり、赤い目がおれを見上げてくる。ひと月前までは当然としてあった懐かしい重さに、思わず目元が緩んだ。
ポテトを一つ差し出せば警戒もせずに嘴で啄くハットリを眺めていると、背後に気配。それと同時に重みが肩からぱたぱた飛び立った。
「クルックー、主役がそんなに端にいてどうする?」
「だって素面であの中交じれないよ〜〜!」
そのまま隣の椅子に腰掛けるおれと同じ顔の男。纏う雰囲気が異なる為に、似ていることは周囲にあまり気付かれてはいないが。
「ポッポー……未成年だったな、まァ一杯くらいならいいんじゃねェか?」
「わっるい大人だなあ〜〜! 未成年飲酒なんてぼくはしません!」
「そうか」
にやりと笑って中身の入ったカップを差し出され、指で拒否のバツを作る。こっちの世界がどうだか知らないが未成年飲酒は紛うことなき法律違反だ。
あっさりと諦めた──元より冗談のつもりだったのだろう──相手はそのカップを相棒へと差し出した。ハットリは器用に羽で掴み、アルコールへ顔を突っ込んだ。
「鳩にアルコールって大丈夫なの……?」
「ハットリ、いやいやおれだからな」
「なるほど」
わざとらしい腹話術の短い言葉で納得した。鳥のアルコール摂取は危なかった筈だが、確かにハットリだからな。大丈夫だろう。
「ポッポー、そうだ言い忘れてた。傷の完治おめでとう」
「ン、ありがと〜」
目の前の料理を二人と一羽でつつきながら、表面上はたわいのない会話を続ける。
「あの懸賞金の相手に大して一人で立ち回ったってのに、それだけの怪我で済んでるってのは凄いよな、クルックー」
「……もういーよ。なんか聞きたい感じ?」
「察しがいいな」
思ってもないことで自然な切り口を探すような隣の話し方に、今更隠す必要などないだろうとこちらから話を振る。そうすれば相対者は無表情で頷いた。
「そこまで話は変わらん。どうやってそれほどまでに強くなった? ポッポー、かなりの実力が必要だろう、トータルバウンティ一億越えの討伐なんざ」
「どうやって、ねェ……そーだなァ、何から話せばいいんだろ」
半分程減ったジュースをゆらゆら揺すりながら話し始める。
「ぼくの通ってる、……通ってた学校の事情というか」
「学校?」
「そ、学校。中学校ね」
別に嘘を吐く必要は無いか。
予想外、とでもいうようにぴくりと眉が動き、復唱された言葉に頷く。
「すっごいマンモス校なんだけど、それに比例して不良も多くって。それもバカみたいに強い人達ばっかりでさ」
悪魔の実の能力者も沢山いるし、と愚痴のように言えば訝しそうな目線はその色を更に濃くした。本来悪魔の実は希少なものであるはずなのだが、そもそもの人数がかなり多いのもあり、新世界中学校はその気質故か希少性が崩壊しているのだ。
「仁義を持ってる人もいるんだけど当然そんな人達ばっかりじゃない、むしろぼくらみたいなフツーの生徒に絡んでくる方が多いんだよねェ、迷惑なことに。だから自分のことは自分で守らなきゃいけなかった」
何も嘘は言っていない。不良さえ居なければ、生徒会は普通に席に座って授業を受けるただの一般生徒なのだから。
「そんなこんなで自衛として鍛えまくって、実践で不良をぶっ飛ばしてって続けてたら!いつの間にかこんなつよつよのぼくが出来上がりましたーってね!」
そう茶化して話を終わらせ、相手の顔を覗いてみればあからさまに半信半疑、といった表情。嘘を吐いているように見えなかったが……というところか。
こちらの世界では中学校が覇権を握っているような場所がないからだろう、不良を伸していただけで賞金首を倒せるようになるとかどんな世紀末だ、という顔をしている。実際本当にそういう場なので否定はできないが、おれから言わせればこちらの方が世紀末だと思う。
元より信用される期待などしていない。ここで信じられたら平行世界の自分が心配になるくらいだ。半信半疑はむしろ僥倖レベルだな。
「はいはい、ぼくからも質問!いいよね?」
「ルッチに何か聞くようなことがあるか?」
ハットリがこてんと首を傾げ、男の方から流し目が来る。……聞きたいことは、というかツッコミどころは色々あるがそれは内心で留めて。
「前の質問、ぼくは人間かどうのこうのってやつ!そろそろどういう意味か教えてくれない?」
馬鹿らしいと思えど、そのまま切り捨てることが出来なかった質問を返す。ここが夢では無いことはもうはっきりと分かっている、だとしたら最初に感じていた微弱な違和は何だ? ……その答えになるかもしれないこと。
こちらの自分に問いながら、手の中のコップに──会が始まって既に随分時間が経過しているのに、半分しか減っていないオレンジジュースへ意識を向ける。
今や水と相違ないどころか水よりも酷い味の、砂のようなつまみを流し込むためだけのそれ。
……味覚がないと気付いたのは、この世界に来てすぐのことである。一瞬心因性のものかと疑いはしたが、その可能性は直ぐに排除した。
「あの質問が君のおふざけじゃないなら、ぼくが人間じゃないかもしれないって思ってたんだよね?……なんで?」
この男が考えている、もしくは知っている『何か』の正体こそが、おれが陥っている違和感と同一であるならば。
……聞いておかねばならない。
酒の入ったグラスから唇を離し、ふ、と息を吐き出す。
「……心当たりがあるということか?」
「心当たりと言えるほどじゃないけどね」
言葉を返せばかたりとグラスをテーブルに置き、頬杖をつく男。
「ポポー、これはあくまで噂、だが」
「──お前はクローンを知っているか?」
クローン?それは、
「SF小説とかによくある、クローン?」
「そう、それだ」
大真面目に頷く一人と一羽。唐突なファンタジーの話に頭がついて行かなくなりそうだが、なんとか先を促す。この世界にもそんな概念があったのか、技術が発達していればいずれ辿り着く考えなのだろうが。
靱やかな指がおれを、そして自分自身を交互に指した。
「お前がおれ……いやルッチのクローンなんじゃないかとな。前にそういう噂が、どこかであったような気がしたんだ」
「差し支えがないのなら、その『心当たり』について聞いても?」
「──いや、多分それとは関係ないかなー、この心当たりは!ぼくがクローンな訳ないし。今の話はナシってことでいいよ〜〜!」
口角を上げておちゃらけて、いつもの態度で言葉を紡ぐ。新たな可能性の示唆がなされただけ、十分な成果だ。それが幾ら荒唐無稽な話であっても。
馬鹿げている。馬鹿げているが、有り得ない話ではない。目の前の此奴に本当にクローンなんてものが存在したならば、この世界でのおれの立ち位置に関する仮定はいくつも考えられる訳で。
「はァ……一方的なことだな」
見定めるような、あるいは咎めるような視線が突き刺さる。
「カク!」
不意に。目の前の男が声を張り上げ、同僚の名前を呼んだ。
「おー、どうした?」
パチリと丸い目、それと話していた何人かの顔がこちらを向く。それを確認してがたりと椅子から立ち上がり、──広い手のひらが、おれの腕を掴んだ。
「え、」
「ヒョウ太が場酔いしたらしい。ポッポー、少し風に当たらせてくる」
「──そうか。ちゃあんと見ておいてやるんじゃぞ」
ぐいと手を引かれ、感覚の全てが間違いようのない危険を予知する。
これは、連れて行かれては不味い、外に出てはいけない!
「酔ってなんかないよ!?だいじょーぶだ、から!」
「クルッポー、気を遣うな」
ガンガンと鳴る警鐘に従って外そうと振り払おうとしても、痛いほどに掴まれたその手は外れない。全力を込めたとしても!
……足掻きは無駄で、転げるように夜空の元へと連れ出された。
店の裏。辺りには誰も、いない。
「さて、」
初めて聞いた低い声。
だが、よく知っている声。即ち、本性を現したということ。
…… これまでの訝しみの積み重ねもあるだろう。動揺を見抜かれていないというのは希望的観測だった。それにしたってツケが回ってくるタイミングが最悪過ぎる。
「──そろそろ本音で話し合うとしよう」
「……マジメに話し合いたいんなら、首に掛けてる手外してくれない?」
比喩抜きに命の危機だと生存本能が喚き散らす中。おれは、演技を続けられていただろうか。