水の都で命は踊る   作:盆回

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泥濘走れど先は無く

 

 

「なーんだ喋れたんじゃん? で、本音で話すってなにッ、」

「まずはその演技を止めたらどうだ」

 

 へらへらとした態度を崩さずにいれば首に掛かった手の力が強まり、苦しさに呼吸が乱れる。

 

「っけほ、……暴力はんたーい」

「テメェが嘘を吐かなきゃあな」

 気道を押さえつける手をどうにか剥がそうとするが、逆に力が強まっただけ。仕方ないと両手を上げ、降参のポーズを取った。……さあここからどう切り抜けようか。

 

 

 

「演技って、どの演技?」

「被ってるツラの話だ。お前の本性じゃねェだろ、それ」

「ぬは〜〜っ全部バレてる感じィ? 困るなあ!」

 視線は一瞬たりとも逸らされず、首に掛る手は依然固い。今は期を窺え、此奴の腕が緩む瞬間が何処かにあるはず。もしくはその隙をどうにかして作らなければ。

 

 

「今までそんなこと言わなかったじゃん。いつ気付いたの?」

「前々から違和感はあった、確信したのはさっきの嘘だがな。お前は心当たりが間違っていたと言ったが……真逆だろう」

 

 情報を聞き出そうとして踏み込み過ぎた、ということか。心当たりの話をしたのは藪蛇だったらしい。おれは『ロブ・ルッチ』の考えをある程度推測できる、つまりはその逆もまた然り。自分と似た思考回路を持っていることにさえ思い至れば、隠し事など簡単に見抜けてしまう。

 

 

 

「それで? 何だっけ、用事。早く終わらせてほしいんだけど。首も苦しいし!」

「……この状況下でよくそんな態度でいられるな」

 

 助けなど来るはずもなく、既におれの命は奴の手の中にあるようなもの。とはいえ精神的劣位にまで立ちたくはない。にこりと笑ってみせればその下の感情が伝わったようで、呆れたような視線が刺さる。

 

 

 まァいい、と呟いて、奴は脅しのように指を立てた。

「正体を現せ、立場を示せ。その為に、まずはとっととその皮を取り払うんだな」

「……多分、君にとってはすっごく気持ち悪いよ? ぼくの素って。それでもいいの?」

「今が既に気色悪い、これ以上があるのか?」

「わ〜〜辛辣!!まァそこまで言われちゃあしょうがないな〜〜……」

 

 

 

 

 目を閉じる。

 

 久しく表に出していなかった本当を、忘れていないことを確認して。活発に動いていた表情筋と跳ね上げた声のトーンを元に戻して、主演男優賞などと持て囃された皮を剥ぐ。

 

 

 

「……これでいいか?『ロブ・ルッチ』。おれもまた間違いなくロブ・ルッチだ。気味が悪いな、本当に」

 

 

 

「──ッ!!!」

「クルッポー!?」

 初めて奴の顔が歪んだ。

 

 

 同じ顔、同じ表情、同じ声、同じ性格。その可能性を想像していないとは思えないが、それでも動揺を抑えられないのが人間というもの。さぞかし不気味だろう、おれも最初はそんな気持ちだった。此奴が感じているであろう心地の悪さと全く同じものはとっくの前に味わっている。

 

 

 そして、首にかかった手が緩む。好機は今しかない!

 

 

 

 

 呆けている間に反撃するのは悪手。初撃は通っても、正気に戻られればお終いだ。

 ここで取るべきは逃げの一手。腕を振り解き、すぐさま駆け出す。

 

「っ貴様!!」

 

 怒号が響くが、振り向いている余裕などない。後ろからの声に反応することなく屋根へと跳び上がる。

 今はこの場さえ凌げればいいおれとは異なり、何処かから潜入中らしい奴はおれを追いかける様子を誰にも見られたくない筈だ。ならばと屋根伝いに走り抜け、なるべく人が多い方へ。

 

 

 

 

 

 

 ……声は聞こえない、少なくとも追い付かれてはいない。

 どうにか撒けたらしい。振り払ったことを確認してようやく、進路を借り宿に変えた。

 

 

 

 

 

「はっ、は、……はあ……」

 鍵を掛けたドアに背を預けるようにして玄関に座り込んだ。今は立ち上がるのすら億劫だ。……彼奴に家の場所は教えていない、一旦の安全地帯である。

 

 

 心臓はばくばくと拍動を止めず、息は整えようと意識しなければ荒くなるばかり。一人の人間相手にここまで命の危機を感じたのは初めてだ。

 

 座ったまま汗を拭って目を閉じ、今後を考える。ガレーラにこのことを告げ口するのは論外だ、ヤツは簡単に人を殺せる非情な人間であるという直感がある。おれだけでなく話した相手諸共消されかねない。

 

 だからといって放置していれば、本性を知ったおれはいつ消されてもおかしくないことには変わりない。

 

「はァ……」

 考えることの多さと重大さに、息切れではない息を吐いた。

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 

 ガレーラの職人たちは酔い潰れた奴らの介護に走り、しばらく。

 

 主役の帰った会はお開きとなり、閉店した酒場には店主とカクとの二人きり。軽い酒を共に飲みながら任務もそうではないことも雑談のように話していると、CLOSEの板を掛けたドアが躊躇なく開いた。

 

 

 

「で、どうじゃった?」

 

 ちゃんと見てやれ、と同僚を送り出したカクは帽子のつばを抑えながら問う。電伝虫からの連絡ではガレーラ連中には「ヒョウ太は帰った」と言っていたが、実際のところはどうなのか。既にあの子どもがこの世にいなくともおかしくはないと思っていたのだが。

 

 

「……逃げられた」

 

「!」

「お前が、か?」

 

 苦々しい声で告げられた想定外に揃って目を丸くする。超人ばかりの仲間内でも突出して身体能力の高い男は、チッと舌打ちを一つ放ち、話を続ける。

「ああ、……動揺していたのもあるが、想像以上に速くてな」

「動揺じゃと?」

 この男が、動揺? 滅多なことではないそれに、眉を顰めて先を促す。

 

 

 

「彼奴の正体──ヤツは、おれだ」

 

 

 

 

 

「それは……何かの暗喩か?」

 二人は首を傾げる。ルッチは性格上、あまり比喩を用いることは無いのだが、態々こんな重要な伝達事項でそんな表現を使うか? と。

 

 

「いいや、言葉のままだ。あのガキがクローンなのかどうかの確証はまだ持てねェ、が。中身は間違いなく、おれと近しい。ほとんど同じと言ってもいいくらいには」

「ううむ……中身が、か」

 

 

 カクはそう呟いて考え込む。ロブ・ルッチとほとんど同一であると本人を持って言わしめるのなら、他人の空似である確率は天文学的な数字になるだろう。特殊な教育、記憶のコピー? 技術的に出来るのかは脇に置いて、クローンだと仮定した場合の可能性を脳内に浮かべてみるが、どれも所詮は推測。その場面を直接見ていない以上はルッチの証言に頼るしかない。

 

 

 

 

 

 

 からん、とまたドアベルが鳴る。入ってきたのは残り一人の同僚だ。

「ごめんなさい、遅れたわ」

「気にするなカリファ、ルッチもさっき来たばかりじゃしな」

 

 普段はまとめあげた髪を下ろした彼女は、手に何枚かの書類を携えていた。

 

 

「それは?」

「あなたのクローンに関しての調査結果よ。……調査と言っても、関与している可能性が最も高い事項をピックしただけだから、当たりかどうかの確証は無いわ」

「曖昧だな」

 

「仕方ないでしょう。何せ出てきた情報は一個人についてだったもの」

 

 

 須臾の沈黙。

「一個人……だと? クローンの話をしているんだよな、それには最低限、相応の技術が必要になる訳だが」

「あらブルーノ、疑ってるの? ……まあ、私も大きな組織が絡んでいると思っていたけれど……出てきた最有力候補はたった一人の女。ほとんど一般人のようなものだったから、追及も後処理も資料としてほとんど残っていなかったわ」

 

 個人。政府でないならば反体制側……革命軍辺りだと考察していたのだが、たった一人でそんな技術力を? 世界最高峰の科学者と名高いベガパンクですら、政府の援助と庇護を受けているというのに。

 

 

 

 カリファが政府から探し出してきた資料を机に広げる。この中に、あの少年の正体に迫る確信が本当にあれば良いのだが。

 

 

 




ここで出てくるオリキャラ要素。この辺りからオリジナル要素が増え始めます。二次創作ってそんなもんだよね!
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