先程まで酒瓶が無造作に散乱していたテーブルには、今や政府の情報書類が並んでいる。嫋やかな指がそのうち一枚を拾い上げ、その場の全員に容疑者の顔写真を見せた。
水色の髪をした女性。カメラに向かって笑う快活そうな彼女を、一見して政府の暗部と何かしらの関わりがある人間だと認識することは困難だろう。
「こいつは……」
「? なんじゃ、心当たりあるんかルッチ」
「当然よ」
顎に手を当てて考え込んだ問題の主軸にカクが問えば、本人が返答するより先に声が飛ぶ。三人分の視線を集めたカリファが、書類の下部を爪で叩いた。
「フリーの科学者、シャアナ。彼女が関わった記録はたったの二件、そのどちらも──ルッチ、貴方が処理した事案だもの」
テーブルから拾い上げた紙をぱらぱらと捲って流し見たルッチは、ああ、と肯定とも感嘆とも取れる吐息を洩らした。
「思い出した。最初に会ったのはつまらん潜入任務の時、確か十二年前」
遠い記憶を呼び起こし、微かに目を細める。強く印象に残る程の任務ではなかったが、彼にはちょうど少し前にこの件を振り返る機会があったのである。
「……そもそも、これを口頭で伝える必要はあるか? この書類で済む話だろう」
「書かれているのはあくまで事務的なものだ。背景情報も話せるのはお前しかいない」
ルッチは若干面倒そうな顔を向けるが、遠回しな断りはブルーノにより即断で却下された。話さない理由はない、それ以上の拒否はせず、唯一の当事者は口を開いた。
──潜入はそう長くはない、三ヶ月程度のものだった。民間に立ち上がった中規模の研究所を内部調査するだけの任務。シャアナはそこにいた見習いの女だ。
おれがその女について覚えていることなんざ、若くて将来有望だなんだと持て囃されていたことと、実際それだけの腕があったこと程度。その分野の天才だとな。
シャアナの名前と顔写真が記録に残っているのもターゲットになる可能性があったからというだけ、その時は何の手出しもしなかった。
……まさかテメェら、この研究者が女だからといってあのガキがおれの子供とでも思ってンじゃねェだろうな?年齢もあっとるし、じゃねェんだよそんな訳あるか、そんな必要もねェ任務中に誰かに手を出すわけないだろう。しかもその時おれは十五だぞ。
確かクローンの元は血統因子、だったか?ベガパンク辺りが携わっているとかいう……おれには知ったことではないと思っていたんだがな。
この女……シャアナがおれのクローンを造ったのなら材料に関しては辻褄が合う。被験者としてそこに行ったんだ、血液検査だ何だと採取の機会には事欠かなかった。それでサンプルとしては十分だったんだろう。
「問題はどうやって造る方法に辿り着いたか、そもそも何故造ったのか、だが」
淡々と語るルッチは再度書類を捲る。少しの沈黙が落ちた後、一枚を抜き出しまた話し始めた。
「──この書類にあるな」
これはおれが少し前に実行した任務だ。それこそ直近、一年前。ウォーターセブンに潜入してから片付けた、な。始末しろとしか命令されなかったから、詳しい内容は今初めて知ったが。……政府の情報を盗み出したんだと。
と、まあ。二回目の縁はこれだ。顔を合わせた時、シャアナはおれのことを覚えていたが……あのそっくりなクローンを造り、それを見ていたのなら当然か。
しかし……政府、それもSSG周辺からの機密情報の奪取か。フン、一般人の女が政府の目をよく出し抜いたな。それだけ魅力的な技術だったのか?研究者の欲ってのは分からねェな。
手に入れた技術を使いたいと考えてクローンを造るサンプルとしておれを選んだのか、それとも何か正当な理由でもあるのか。死んだ本人しか知らないだろうが……。
今ある事実としておれのクローンはシャアナの手で造られて、そしてあのヒョウ太と名乗るガキはそれを殺したおれの元に来た。……お前らはどう考える?
「奴の行動理念としては、生みの親の復讐なんかが分かりやすくて無難だと思うがな」
──視線の中心はそう締めくくり、書類をテーブルにばさりと投げる。最後の問い掛けに初めに応答したのはブルーノであった。
「孤独なクローンと非業の死を遂げた研究者、とでも言えばいいのか?確かに話の内容だけ見ればそれが所謂テンプレートな理由だろう。……絵物語の中ならな」
年長者として簡潔も簡潔に纏め、ルッチが無難とした答えに頷く。しかしその目は細められている。幼馴染の本心を悟っているから。
「だが……この中であの子どもに一番関わっているのはお前だろうルッチ、本当はどう思っているんだ?」
「……復讐なんて考えてるツラには、見えなかったな」
はァ、と溜め息を吐く。それは観察の結果であり、諜報部員の勘でもある。復讐心も殺意も感じず、向けられているのは警戒心。
「だがそれを言っちまうと、奴の理由が分からなくなる。もしかしたら本当に、偶然ウォーターセブンに迷い込んだだけじゃねェかとさえ思えてくるくらいには」
そうすりゃ無駄足にも程がある、と。
自分と同じ顔で全く異なる皮を被る子どもを思い浮かべながら、ルッチは不機嫌そうに肘を突いた。