水の都で命は踊る   作:盆回

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疑念は澱む

 

 

 

 

 

「せ」

「せ?」

 

 

 

「説明せんかおんどれァ!!!!」

 

 

 カクからの割と本気の飛び蹴りをルッチはするっと避けた。

 

 

 怒鳴られるのは無理もない。この男、人手が欲しいかつ状況把握にもう一人くらい居ればいいとばかりに同僚を呼び付けておいて何も説明していないのである。反省というものを知らないのだろうか。

 

 

 

「もしもし、カクか? 今からルッチの家に来れるかッポー」

「は? お前急に朝一番抜けおった上なんじゃ突然」

 電伝虫がぷるぷるとなり、受話器を取ってすぐに言われたのがそれ。職長一人と見習い一人の早退に何があったんだと言い合う騒々しさがようやく収まってきたところでの電話だ。

 

「とりあえず来い。見れば分かる」

「……はァ、分かったわい」

 

 そこからは、先程のヒョウ太と全く同じ流れ。

 

 事前説明など何も無く見習いの死体を見せられ、ああ此奴遂に殺ったかと。……そこまではカクも平常心だった。何せ死体に動揺するような感性など持ち合わせてはいないのだから。

 

 

 問題はそこから。

 

「で、態々呼び付けてなんじゃ。処理を手伝えと?」

 暗に一人でも出来ただろうと嫌味を吐くが意に掛けず、ふいと奥の部屋に手招きをする。

「それもある。が、一旦こっちに来い」

「? おお」

 

 誘われるまま寝室に入れば、すぐに目に入るベッド。

 

 

 ……毛布を掛けられ規則的に上下する、横たわる塊が見える。

 

 薄い布からはみ出た顔は、先程の死体と全く同じ、子どもの顔、で、

 

 

 

「はあああああッ!? っゆ、幽霊ッ!? なん、何じゃこれ!?」

「うるせェ」

「言うことに欠いてうるさいとはなんじゃ貴様ーッ!!」

 

 

 それからは先述した通りである。

 

 

 

 

 

「口が足らんと常々言っておろうが避けるなッ!!」

「いきなり何をするカク」

「何故そんな平然とした顔を、いやこれわしがおかしいのか!?」

 

 カクは自分の幼馴染の傍若無人さに今更になって慄く。こんなの見せられたら誰だって混乱するだろう事前説明をしろ説明を。

 

 ツッコミ疲れでぜえぜえと息を切らすカクをちらと見てルッチは腕を組む。その佇まいに、ようやく説明をする気になったかと聞く姿勢へと入った。

 

 

「あの死体はおれのクローンだ」

「おお」

「こいつもおれのクローンだった」

「おお」

「以上だ」

「いやもっとなんかあるじゃろう!?……っはー、もう突っ込ませんでくれ……」

「フフ……」

「何笑っとんじゃおんどれェ!!!」

 

 

 カクは大分疲労困憊だった。ルッチは若干楽しんでいた。気安い仲に対してからかいじみた悪ふざけをするのはルッチの良くない癖である。

 

 

 

 

 

 

「──ここで寝とるんがわしらの知っとるヒョウ太で、浴槽の奴はお前さんを襲って返り討ちにされた別のクローン。んでもってこやつが倒れとる理由は死体を直に見せたのと、自身がクローンだと自覚させたから……こういう訳でいいんじゃな?」

「そうだ」

 カクは自分のこめかみをぐりりと押さえ、やっとまともに行われた説明の内容を纏める。

 

「此奴の反応を見たくて説明せずに連れて来たんだが……倒れるのは想定外だったな」

 何でもないように言われたそれを聞いて、カクは流石に同情する。船大工として接する中で、この子どもが至って常識的な──時折おかしな片鱗はあるが──人格であることはそれとなく察していた。

 

「……普通の感性持ち合わせとったら自分の死体が目の前にあれば発狂くらいするじゃろ」

「『ロブ・ルッチ』だってンならもう少し耐えてもいいだろ?」

「無茶言ってやるな」

 

 

 

 

「……む?」

 かさりと毛布が擦れ、音を立てる。重い身動ぎをして、話の中心が起き上がった。

 

「起きたか」

「じゃな。おおい、大丈夫かヒョウ太?」

 くらくらと覚束無い動きで身を起こす少年にカクは声を掛ける。相当不審な存在ではあるが、それと同時に彼は幼馴染の悪戯心の被害者だ。少しくらいは労わってやろうという気持ちがあった。

 

「……ぁ」

 いつも丸く持ち上げられていた瞼は半開きとなり、明るくころころと変わっていた表情もなく。ふらふらと彷徨っていた瞳がカクを視界に入れた瞬間固定され、同時にきゅうと顰められる眉に年上の幼馴染を幻視した。

 

「、か、く…………」

 ゆら、と頼りなさげに自分の方へと伸ばされた腕をどうするか。カクは一瞬逡巡したが、この状態では何も出来まいと静観する。

 

 はしり、と。

 ろくに力の入っていない手が、カクの作業着を掴んだ。

 

 

 

 

 途端。

 

 

「──うおォッ!?」

 

 とんでもない力で引っ張られてベッドの方へとつんのめり、ヒョウ太の横に並ぶように倒れ込む。

 

 油断していたとはいえ、子どもどころか大男であっても揺るがされないはずの体幹がたった腕一本で崩されたことに最大限に警戒を引き上げる、が。

 

「ッ貴様、」

「ぅゔ、……ッ」

 堪えようとする低い嗚咽と。

 背中に回る両腕の、あんまりな拠り所のなさに、突き放そうとする動きが止まった。

 

 

 

 幼馴染を思わせる風貌の、いやクローンなのだから当然ではあるのだが、ともかく。明確な敵でない子どもからこうやって縋りつかれてしまっては、どうすればいいか分からない。

 

「……ルッチ、これどうすりゃええんじゃ……?」

 カクは頭上を仰ぎ見て、自分にしがみつく少年と同じを顔した相手から助言を乞おうとする。

「害はねェだろ。邪魔なら振り払え」

「振り払えってお前さんなあ……」

 案の定というか、非常に冷たい返答。それを実行するには、任務に関与しない部分では正常に働いているカクの良心が咎める。

 

 ……仕方ない、と息を吐き丸まった背中に手を回す。落ち着くまで胸を貸してやろう、と。一瞬強ばった背中を優しく叩けば、その張り詰めた気配は緩やかに解けていった。

 

 

 

 たっぷり半刻抱き着いて、ようやっと伝う体の震えが完全に収まって。それでも何故か動かない腕の中の子どもを不審に思って背を軽く叩く。反応は無い。

「……? 寝たんか?」

 ぴたりと静止し応答もなく。けれどどうやら眠りについた気配ではないことに首を傾げる。意識自体はあるようなのだが、ヒョウ太はカクの服に顔をうずめて動かない。

「どうしたもんか……、あ」

「…………」

 

どうしようかと身動ぎをすれば、それに合わせて揺れたうねる黒髪の奥。──真っ赤に染まった耳が目に入って、微笑ましい事態を把握した。

 

 ドジでひょうきんな演技の向こう側はさんざ大人びていると思っていたが、こういうところは年相応だな、と。カクは思わず口角が上がるのを自覚する。

 

 

「わはは!なんじゃあヒョウ太、照れとるんか!」

 照れるような余裕があるならばもう大丈夫だろう。肩を持って己の体から引き剥がせば、覆い隠すものが無くなり見える、自制心の暴走を悔いる色に溢れた顔と逸らされた瞳。さっきの哀れっぽい姿より、笑えるその顔の方が余程心臓にいい。

 

 

「いやァ年相応じゃ。ガキじゃのー」

「ッ、……忘れろ」

 幼馴染とそっくりな声、羞恥の籠った低いそれに、カクはまたからからと笑った。

 

「はは、見ろルッチ。お前さんの顔の赤面じゃぞ、カメラ取ってこいカメラ」

「カク、先にお前の目を潰してやろうか……」

「照れ隠しにしては怖いぞルッチ!」

 同じ顔が晒した醜態への怒りか同調の恥ずかしさか、こちらもほんのり、本当に少しだけ頬に血色の通ったルッチが地を這うような低音で脅しにかかってくる。

 

 本気を滲ませたそれに体を跳ねさせれば、依然真っ赤なヒョウ太が顔を自分の手で覆いながら呟く。

 

「なるほど……頭殴れば記憶飛ぶか……?」

「こっちも物騒じゃった!胸を貸してやった恩を仇で返す気かヒョウ太!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──主にカクに被害の行きそうなわちゃわちゃとした悶着は全員が若干疲弊した状態で一段落した。安全地帯の肩に戻った白い相棒を手の甲で軽く撫でながら、最年長はベッド上の塊に目を向ける。

 

 

「落ち着いたか。なら話し合いだ……其奴を逃がすなよ、カク」

「了解じゃ」

 リーダーの号令で、横になっていたカクは身を起こしてベッドに腰掛け、無抵抗のヒョウ太の肩に念の為と片腕を回す。軽度の拘束を受け入れた最年少は先程の狂乱と照れはどこへやら、その顔に普段通りの笑みを戻していた。

 

「やだなァ、こんな状況で逃げるつもりなんてないよ〜!」

 

 あの夜の焼き直しの如く降参したかのようにひらひらと両手を振る。そうやってまたも明るい色を被る自身の推定複製に、ルッチは眉を顰める。

 

 

「……今更演技を続けンのか?」

 苛立ちを含んだ声で無駄だろうと暗に告げれば瞬時にすとん、と抜け落ちる表情。

「それもそうだな」

「急に落ち着くなびっくりするのう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはヒョウ太……いや、R-L.050と呼べばいいか?」

 

 先程のことは置いておく。何なら忘れる。

 恥を頭から追い出していたところに掛かった言葉に舌打ちをする。……分かっていて言っているならば相当にタチが悪い。おれが気絶した原因のワードをさらりと出しやがった。

 

「ヒョウ太でいい」

「そうか、ヒョウ太。この際だ、洗いざらい全部吐け」

 

 

 そう言われ、考え込む。洗いざらいと言われても、自分がクローンであるということすら決定的な証拠を突き付けられた今となってもまだ信じられることではないというのに一体何を話せばいいのか。

「……何が知りたい? 今となってはおれ自身も、おれのことがさっぱり分からんが」

 

 

 どれから聞いたものか、とばかりに髭の生えた顎に手を当てた男が口を開く。

 

「今までおれたちにどんな嘘をどれだけ吐いた? まずはそれを教えろ」

 

 

 

 嘘、か。しばらくここで生活している中で偽りだらけであったような気がする。指折り数えながら考えつつ、そのまま声として出していく。

 

「そうだな……名前と、ドジなんかのヒョウ太としての外面は全て作り物。あとは能力か? おれはネコネコの実モデル豹の能力者だ、オセロットは出鱈目。……それ以外は、特に嘘は言っていないような」

 ぼかしたり、相手が誤解するような物言いはあれど明確な嘘はそれくらいである。と言ってもヒョウ太の皮全てが偽装という時点で相当だとは思うが。

 

 

「待て、アレはどうなんだ」

 つい、と眉を上げる相対者。何かが引っかかったのか。

「お前は故郷の話をしていたな、学校がどうのだとか……あれも全て捏造か?」

 嘘を吐いているようには見えなかった、と。……実際、嘘のつもりはなかった、当然だ。

 

 

 

「……い、や。それは、嘘じゃないつもりだった。少なくともおれの記憶の中では間違いなく、あの街もあの中学校もあって、おれはそこに、いて、生徒会長の、はずで……」

 

 

 

 まただ、また、からだにふるえ、が。

 

 

「ヒョウ太」

 

 

 名前を呼ぶ声と共に、包まった毛布越しの頭をぐいと押さえられて。微かな気遣いを含んだそれに凍結しそうだった頭が冴える。

 ……震えを悟られたか。情けなさがまたぶり返しそうになるが、仕方ないことだと深呼吸を一つ、二つ。

 

 

「だが、分からねェ。分からなくなった。確かにおれには、一人の人間として生きてきた記憶がある、が」

 

 言いたくない。言葉にしたくなどない。けれど事実としてあるものだから、言語化しなければならないこと。

 

 

 

 

「それが全ておれの幻想でしかないって切り捨てるのは、きっと、簡単だろう?」

 

 

 相手は、おれの話を信じるはずがない二人。どう上手く話したところで半信半疑以上になることなどはない。

「切り捨てるかどうかは聞いてからだ」

「一旦話してみんか。お前さん自身の整理にもなるじゃろ?」

 

「……わかった」

 促され、断頭台にでも上がる気分で瞼を下ろす。その裏に映すのは今まで散々頭の中で見返してきて、夢の中にすら出てきた『元の世界』の話。

 

 

「おれの記憶をそのまま言えば」

 

 可笑しいと感じても一旦は聞いてくれ、と前置きをする。

 

 

 

 

 

 ──おれは『ロブ・ルッチ』。

 クローンでもなく、なんならこの世界の人間でもない。グランドシティのマンモス校、新世界中学校の二年生だ。生徒会長をやっている。……やっていた。

 

 

 前にも言ったように新セカ中は不良の溜まり場だ。中学校が何よりも権力と地位を持っているグランドシティで最強だのてっぺんだのを取りに入学したような奴らばかり。血気盛んなそいつら抑制する役割が生徒会。市議会と直接繋がっている、全員戦闘と事務仕事に長けている組織だ。

 

 

……ここに来る直前までその責務をこなしていた。

 

 活発化する不良共の取り締まりの為に『服部ヒョウ太』として校則違反をするグループに潜入、ある程度潰したまでは良かったんだが……最終的に負けた、こればかりは力量不足だ、腹立たしいことにな。

 

 空に巻き上げられて叩き落とされたのが最後の景色。

 

 

 そこで記憶はぷっつり切れて、目が覚めたらウォーターセブンの路地に立っていた、という訳だ。

 

 

 

 

「──それがおれの記憶、経緯だ……質問は?」

 

 

「新世界中学校」

「新世界中学校だ」

 復唱された。

 共通した、もしくは似通った地名が違和感として引っかかる気持ちも、まあ分からなくもないから何も言えない。

 

「……名称雑過ぎねェか?それでよくンな記憶を頼りにできたものだな」

「もしかしてグランドシティもグランドラインの改変か?規模縮小しすぎじゃろ偉大なる航路」

「おれは何も言えねェよそれに関しては」

 そう言われると元よりぐらついていた自信が本格的になくなりそうだ。

 こちらの世界を調べていた時似た名前のものが随分多いとは思っていた。それが極端に可能性は低いが夢であるか、もしくはパラレルワールドたる所以であるのだと考えていたのだが。

 

 

 どう見たって疑っているどころか全く信じる様子は無い。といってもこの状況でそれも有り得るかもしれないなどと言われたら逆に不信感が募るだろう。これが普通だ。

「話してみろと言った手前すまんなヒョウ太、切り捨てるのが吉かもしれん」

「……だろうな、好きにしろ」

 頭上から落ちてくる幼馴染と同じ声に嘆息した。

 

 

 ……冷静になれ。錆び付きかけた思考回路を無理矢理に回し、感情を排除して考えを深める。

 

 

「おれがそれを真実だと思い込んでいると仮定すれば、可能性は二つ」

 

 

 

 

 ぴ、と目の前で親指を立てる。

「一つ、何かの拍子にクローンが精神疾患でも患って全て忘れた上で捏造の記憶を造り出した」

 

 

 

 次に人差し指を。

「二つ、創造者が何らかの意図をもってこの意識を植え付けた。……考えられるのはこの辺りだろう。」

 

 

 現実的な範囲であればこうであると、自分の心に冷徹に提示した。

 

 

 

 

「といっても、おれはクローンの製作者とやらについては何も知らねェ。聞かれても答えられないからな」

 おれが知りたいくらいの内容は聞かれても困ると、先んじて釘を刺して足を組んだ。……その言葉は、鏡写しの発言ですぐに無駄となる。

「いや、それは既に調査してある」

「……何だと?」

 

「製造元はフリーの科学者、シャアナ。既に一年前に死亡している。まァおれが殺したんだが」

「……殺した? それなのにクローンの情報を知らなかったのか」

「目的はそれじゃなかったんでな」

 物騒な言葉が出てきたが、今更驚くことではない。スパイなのかなんなのか詳しいところは分からなくとも、そういったことさえ請け負う人間であるというだけだ。

 だがろくに情報も得ずに始末するというのはどうなのか。思わずじとりと見つめるが、飄々と変わらぬ表情は何処吹く風である。

 

「だから製造者のことはいい。技術の可不可は知らんが捏造した記憶を植え付けたってのは有り得る話として、考えるべきは問題は何故か、だ」

 ぎい、と木製の椅子を鳴らし、浴室の方向を向きながら男は話す。

 

「その何故ってのはなんじゃ?」

「其奴にンな記憶を植え付けたこともだが、今一番知りてェのは彼奴がおれを殺しに来た理由。……ヒョウ太。本当に、心当たりはないんだな?」

 

 心当たりと言われても、ウォーターセブン以前のこの体が何をしていたかなど分かるはずはない。圧のある睨みに臆することなく素直に首を横に振る。

「残念ながら。本人に聞けりゃ一番良かっただろうが……生け捕りの選択肢はなかったのか、生きてさえいれば尋問くらいできただろうに」

「アレをお前だと思っていたと言っただろう? 気でも触れたのなら殺してやるのが温情だとな」

 

 ……おれの気が本格的に触れたと判断したら殺られるらしい。恐ろしい話だな本当に。

 

 

 

「同じ顔が同じ顔について話し合うにしちゃ、めちゃくちゃドライじゃのう……少し怖くなってきたわ」

 カクが顔を歪めてこちらに体重を掛けてくる。何を今更、一般人からすれば多分お前も十分怖いだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どん。

 

 

「……?」

 

 

 

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