水の都で命は踊る   作:盆回

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いずれ訪れる暗澹

 

 

 どん、どん。

 

 どん、どん、どん。

 

「誰か来、」

「待て」

 

 立とうとしたカクを手の動きで止めた家主は、ドアの方を睨んだまま、動かない。

 

 

 どん、どん、どん、どん、どん、どん。

 

 どん、どん、どん、どん、どん、どん。

 

 

「待てってお前さん、来客じゃろ?」

「いや、これは……」

 

 

 

 どん、どん、どん、どん、どん、どん。

 

 

 

 どん、どん、どん、どん、どん、どん。

 

 

 

 どん、どん、どん、どん、どん、どん。

 

 

 

 どん、どん、どん、どん、どん、どん。

 

 

 

 どん、どん、どん、どん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、どん、どん、どん、どん、どん、どん。

 

 

 

 どんどんどん、どんどんどん、どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん。

 

 

 

 

 

 鳴り止まないノックの音、ぶわりと羽を膨らませたハットリとともに警戒を顕にした男が玄関へと足を向けた。

「おれが開けよう」

「お、おお。……なんじゃ……?」

 不穏な空気を否が応でも感じ取り、カクと顔を見合わせて付いていく。

 

 

 

 

 長身がドアスコープを覗き込んで。

 

 

「…………またか?」

 

 

 ぽつ、と呟かれたその言葉で、扉の先を悟った。

 

 

 

 

 扉を叩く音をBGMにして、緊迫した空気が漂う。またということはつまり、おれと、浴室の死体と同一の存在がまた?

 

 

「またってルッチ、まさか、もう一人の?」

 隣の男も同じ考えに至ったらしい。目元に影を落とした険しい表情で、揺れるドアを見つめている。

 

「お前たちの想像通りだ。奴ら、人を訪ねるときはノックをするなんて常識は知ってンのか、チグハグだな。……開けるぞ」

 どんどんどんどん鳴り止みそうにない殴打に、がちゃがちゃとノブを回す音が混じってくる。

 

 

 

 鍵を開けようとしている背中に一歩踏み出し、サスペンダーを引っ張る。訝しげな顔をして振り向いた相手に声を張った。

 

 

「、いや、おれが出る」

 

 

 おれが出なければならない。

 根拠のない確信が胸の内を占める。

 

 

 

 かち、と鍵を回す。

 

 

 

 

 

 鍵を開けた瞬間バタン、と。

 ドアを押しのけ入ってくるのは、……予想通り、自分と同じ顔。後ろにいる男とのような体格の異なりさえない同一の体。

 

 

 

 手には、ぎらりと光るナイフがある。

 

 

 

 

 襲いかかられる覚悟はして、構えていた。

 

 

 

 けれど。

 

 

 

 

 

 

「ッぐ、っ!?」

 喉と肩を掴まれ、抵抗出来ないほどの力で玄関へと引き倒された。怯んだつもりなどない、ならばこれは単純な力負け。

 

 

「ヒョウ太!?」

 家主が焦るカクの腕を引いて止めた気配がする。ぶれた視界が、眠たげとすら思えるような昏い目と目が合った。 

 

「、ゔ、ぐっ」

 

 ぎゅう、と首を絞める手に力が入り、おれに伸し掛った影の口が開かれる。

 

 

 

 

 

「050? 何してるの?」

 

 

 

 

 

 

 『服部ヒョウ太』のようで、それより幼げな声が。

 

 

 

 こいつ、喋れるのか。命を握られているというのにそんな場違いな感想が頭に浮かぶ。

 

 

「なんでオリジナルと一緒にいるの?なんでオリジナルと一緒にいるのに殺してないの?」

「ぐッ、」

 

 また一段と強くなる手を外そうと腕を掴めば、存外素直に力を緩められる。ようやく頭に正常に回り出す血流と空気に救われる。

 

 

「ッは、げほっ、けほっ!」

「ねえなんで?おれたちおんなじこと考えてるはずだよね?」

 

 

 ──あまりにも、不気味だ。

 人間のようで人間の情緒をしていない其奴は目に光など宿っていない。表情はどちらかと言えば『ロブ・ルッチ』なのに、声も喋り方も『服部ヒョウ太』のようで、ちぐはぐにも程がある。

 

 

「っは、奴をころそうとする、理由は?」

「……050? 忘れてるの?悪いのって舌だけじゃなかったっけ」

 

 

 

「おれたちはおくらなきゃならないんだって。はやく、シャアナさんのところに」

 

 ……おくる?送る、だろうか。それはなんだ?

 

 

 

 

 なんだ、っけ。

 

 

 おくるってなんだっけ。

 

 

「はやくシャアナさんのところにおくらなきゃ」

 

 

 誰を、どこへ。

 『ロブ・ルッチ』を、一緒のところに?

 

 

 

 

 

 シャアナ、創造主、あの人のところへ。

 

 

 

 

「そうだったっけ」

「そうだよ、050」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふる、と睫毛が揺れて、瞳の色が抜け落ちる。

 

 

 

「──ッええい、嵐脚『線』ッ!」

 

 

 

 ──上に伸し掛る体重が、無防備に吹き飛んだ。

 

 我慢ならないといった声を上げたカクが足を一文字に振り抜き、斬撃が放たれたのである。

 

「ヒョウ太、大丈夫か!?」

「カク」

「わかっとる、が!」

 駆け寄る同僚へ短く名前を呼ぶ咎めるような声。傍観に徹していればもっと情報が得られたかもしれないということはカクにだって分かりきっていた、でも。

 

 

 幼馴染そっくりの子どもの目から光が喪われていくところなど。

 

「しょうがないじゃろ、見てられんかったんじゃから!」

 

 

 重たげな瞼に半分を隠された瞳は昏い。目を合わせようとするも焦点のない視線はふよふよと覚束なく、どこかへ行ってしまいそうな雰囲気を醸している。

「どこを見とる!?ヒョウ太、しっかりしろ!!」

 がくんがくんと肩を揺さぶられ、底へと沈みかけていた意識が強制的に引き揚げられる。

 

「、おれは、今なにを」

「!よかった、戻ってきたか」

 眉間に見慣れた皺が現れ、カクは胸を撫で下ろした。

 その一幕を傍目にルッチは吹き飛んだ先、扉の奥へと意識を向ける。未だ健在の影がゆらゆら立っている。

「それはいいが、……そら、立ち上がるぞ」

「ッ、割と本気だったんじゃがな!」

 

「いいか、生け捕りじゃぞ! なるたけ殺さんようにな!」

「フン、誰に言ってやがる」

「お前じゃお前!!」

 まだくらりと頭を揺らすヒョウ太を背後に庇い、構えながらも釘を刺すカクにルッチは堂々とした態度で吐き捨てる。殺さず生け捕りする技術など諜報員として半ば前提のものではあるが、彼にはそれをしなかった前例があるもので。

 

 

「……」

 ルッチのみを昏い目で真っ直ぐ見つめるクローンは、もう完全に口を閉ざしている。先程までは無用の長物と化していたぎらぎらと光るナイフを構え直した。

ダッと地面を蹴る音。

 

 

 

 瞬間、間近まで跳ねたクローンの手に握られた凶刃がルッチの心の臓へと迫る。

「ッはや、」

 想像以上の速度を目の当たりにしたカクの焦る声。

 

 

 

 だが、がきぃん、と。

「鉄塊」

 

 

 暁闇の時と同じように、刃物が砕ける音が響く。

 一切の強化もされていない市販のナイフ程度で傷付く体ではないのだから。

 

 

「……腹立たしいな、テメェ。ンな小物使うくらいなら無手の方がずっとマシなはずだ」

「……」

 返答は無い。

 

 

 意に介さず振り下ろされる残りを弾き、胴体を蹴り飛ばす。だが明確な手応えは無い。

「ヤツは六式の訓練なんざ受けちゃいねえ」

「……ああ、身のこなしから分かるわい」

 打撲痕も切り傷もその体に残っているというのに、呻き声ひとつ挙げずに立ち上がる人工物。

 

 

「つまりあれは素の身体能力……末恐ろしいな、真に殺戮兵器の量産とは」

「あれで戦闘目的じゃない可能性があるんか? どうなっとるんじゃ本当に、戦闘慣れでもさせちまったらわしより強いかもしれんぞ!?」

 

 

 

 

 恐怖の感情なく向かってくる相手に戦いとは別種の戦慄を覚えはするが、それはそれ。

 

「嵐脚ッ!」

「指銃『黄蓮』!」

 目撃者が居ない今のうちに片付ける為には、最悪の場合殺害も視野に入れなければならない。目標を改めた一切の躊躇いなどなく二人が攻撃を放てば、クローンは回避も防御も取らず──もしかするとそれすらも知らないのかもしれない──体で受け止めた。先程までの会話から分かる通り声帯も言語野も機能しているだろうに、暴力に対し何のリアクションも起こさない辺り人造であるというのが分かりやすい。そこは彼らの知るヒョウ太とは全くの別物だ。

 

 

 

 致命傷とまでは行かずともかなりの重傷を負わせた尚も、ゆら、と立ち上がる。

 

 

「痛覚がないんか? 下手な刺客よりよっぽど怖いぞこやつ……!」

 

 肉を切られ貫かれ、ぼたりぼたりと血を流すクローンはそれでもオリジナルへと向かう足を止めることはない。

 

 真っ赤に染まり上がった幽鬼は傷など思わせない様子で翻り、ルッチの首を狙って跳んだ。掴もうとする手を弾き返し、指で肩を貫く。怯まない。カクが飛ばした斬撃をもろに喰らう、怯まない。

 既に血液のかなりを失っていると見られるクローンは自分の体など気にかけておらず、このままでは失血死一直線。早いところ捕まえなければ、今手の届く範囲にある手掛かりは潰えてしまう。

 

 

 

「どうしてこうも無防備な癖して中途半端に強いのか……! これだからルッチは!」

 手加減をしなければすぐにでも相手は死に向かい、殺さない程度に留めると今度は此方が危うくなる。どうにも上手くいかない苛立ちから理不尽な愚痴が飛んだ。

 それを気にかけることなく、ルッチは自身の複製を冷静に観察する。

「……不味いな」

 常人であれば動くことすらも躊躇するような状態であるにも関わらずオリジナルの抹殺を最優先とするクローン。恐らくこのままでは、すぐにでもその命は消えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 背後からの声。

 

 

 

「止まれッ、048!」

 

 

 

 

 ぎぎい、と。

 壊れかけの機械が停止した。

 

 

 それに合わせて場にいる全員の動きが止まり、発言元に目が集まった。

 同時に、頑なに閉じられていた口がまた開く。

 

「……なに、050」

「なに、じゃねェ!止まらないと死んじゃうでしょ、その傷!」

 ルッチと、演技と。口調の混ざった後続機に呆れたような雰囲気を醸しながら、048と呼ばれたクローンは無の表情で首を傾げる。

 

 

「さっきから変なことばっか言うね、やっぱりどこかおかしいの?」

「何が言いたい」

「だって」

 

 

 

「おれたちじゃダメだったんだから、おくれなきゃもう生きてる意味ないじゃん」

「……おくる、そのためなら死んでもいいってのか?」

「うん」

 

 ……即答、だった。

 

 

 

「おれたちはシャアナさんの為に生まれたのに、なんにも叶えられてないから。だからオリジナルをおくらないと、はやく、はやく」

 

 

 頭から、胴体から、四肢から。あらゆる部位からだらだらと赤を流しながら、痛覚と表情のこそげ落ちたクローンは言う。

 内心で僅かにその思想に共感する感情が植え付けられているのが、不快で堪らない。それこそ正面のクローンのシリアルナンバーが分かったような、非常に断片的なものばかりではあるけれど。体の記憶というものだろうか?

 

 

 

 ふらり、とヒョウ太へと血塗れの足が向く。戦闘は中断されたものの止血はまだである、このタイミングで拘束しようと考えて。

 

 

 

 

「はやくしないと。そうじゃないとおれたち、そろそろだめになるんだよ」

 

「────は?」

 

 

 

 

 だめになる?

 

 その言葉を咀嚼出来ず硬直していれば、べたり、と両の頬を血塗れの手が挟む。血の気の引いた低い体温。

 

 理解の足りない相手に、しょうがないと言い聞かせるように。現実逃避などさせないように。

 

 

「おれたち、1年間も調整受けてないんだから。最近だって034が死んだんだもん、ここでおれが死んだって、あんま変わんないよ」

 昏い瞳には、嘘の色など欠片もない。

 終わりの近い死に体は訥々と感情なく、けれど責めるように語り掛けてくる。

 

 

 

 

「だから、一番『持つ』お前を、オリジナルのところまで、送り出した、のに」

 

 

 

「なんで?」

 

 

 

 

 それだけ言って、崩れ落ちた。

 

 思わず抱き留めた意識のない体は重く、底冷えしている。肌から直接伝わるのは冷えきったからだとなまぬるい血液と乾きはじめた傷口と。

 がくりと落ちた顔は弛緩し瞼が開いて、その先の昏い瞳は浴槽の中で見たものと全くの同じで。

 

 

 

 そうして。

 腕の中で、ひとつの命が消えた。

 

 

 

 抱えた重さに耐えきれなくなったように、どさりと後ろに倒れ込む。上に乗る体重を退けることも出来ずにただ呆然として、服に赤がそっくりそのまま移ることも気にすることは出来ない。

 

 呼吸が浅くなる。

 冷や汗が滲む。

 何も食べていない胃から嘔吐感が込み上げる。

 

 

 

 ──彼は人の死を間近で見たことなどない。

 ましてや自分の手の中で、自分に限りなく近い存在が永遠に喪われるのを見てしまえば、混乱拒絶は尚のこと。

 

 いくら生徒会長であっても、いくら暴力の世界に身を置いていても、いくら『ロブ・ルッチ』であっても。

 

 

 

 だって、彼の感性の根本は、平和な世界の中学生なのだから。

 

 

 

 ふと、048の亡骸が体の上から持ち上げられる。

 伸し掛る重さがなくなり、ぼうとしたヒョウ太の視界が手で覆われた。

「……?」

「ヒョウ太」

 

 

 低い声。姿を見なければ、自分の幼馴染と寸分違わぬ声。

「大丈夫、大丈夫じゃからな。お前さんは……そうじゃな、今日はもう眠っちまうといい」

 

 先程見ていた脳裏に焼き付く喪失を忘れさせるような、頭に直接触れるような、聞き心地の良い声。

 

 言われるがまま暖かい体温のつくりだす暗闇に身を委ね、ヒョウ太は意識を落とした。

 

 

 

 

 

「あまり情をかけるなよ」

「分かっとるわい……甘いのは自覚しとる」

 意識を失ったヒョウ太を血が着くのも厭わずひょいと抱き上げる。この一日で恐らく見慣れていないであろう死と、記憶を捻じ曲げるほどに直視したくなかったような事実を押し付けられた子どもの顔色は依然として悪いまま。

 

 その横で転がった似姿をルッチが忌々しそうに掴んで持ち上げる。

「チッ、生け捕りは出来なかったが……まァいい、情報は十分に出た」

「……おくる、などと言っておったな」

 

 ヒョウ太の問い掛けにしか答えることのなかったクローンだったが、その情報だけで十分把握は出来ていた。

 

 

「おくる。何をどこに、か?」

「まァそのまま、だろう。奴らのオリジナルをシャアナの所に、地獄に落とせって話だ」

ルッチはさらりと言ってのけた。歯に衣着せぬその物言いに、カクの目が細められる。

 

「地獄ってお前さん……」

「比喩だ比喩。死後の世界を思うような信心はねェが……殺戮兵器も人間を造った人間も、地獄があるならそこ行きだろう?」

 

 そしてその理由も、ルッチは推測していた。当たらずとも決して遠くはないであろう予想。

 

 

「あの女の為か。……いちいちターゲットの最期なんぞ覚えちゃいないが、思い出した」

 

 

「──彼奴は殺される間際、おれに『笑って』と言いやがった。あの時みたいに、と」

 自分が死ぬと分かっている状況で、と付け足す。一つ一つ、手元にあるピースを組み上げていけば分かる。

 

 

「思えばあのクローンの話し方。あれは確かおれがあの研究所に潜入していた演技の口調そのままだった」

 シャアナがクローンを造り出した理由も、クローンでは叶えられない理由も、おくりたがる理由も、たった一言で片付く話。

 

 

 

 

 被害者にして元凶は、吐き捨てるように結論を出す。

 

「つまり。厄介な奴に好かれたってわけだ、あの時のおれは」

 

 

 

 

 

 

 カクは絶句から立ち直るのに数秒を要した。はっと意識を戻し、話を飲み込んですぐルッチに詰め寄る。

 

「痴情の縺れっちゅうわけか!?このややこしい事態全部!?」

「縺れじゃねェ、あっちが勝手に踊ってただけだ」

 ハニトラの任務ではなかったし、そもそも見習い程度に仕掛けるものではないと不服そうに首を振る。

 

「おれの記憶に加えあのクローンの言うことを信じるなら、その結論に至る。……それに。奴らはヒョウ太含め寿命が短いらしいからな。焦っていたんだろう」

「ッ」

 カクは思わず己の腕の中の子どもを見る。そういえば調整がどうのと言っていた、人工物であるが故の寿命の問題とでもいうのか。

 

 どこまでも甘い年下の幼馴染に溜め息を吐き、ルッチは話を進める。

「狙われる理由も、おれが複製された理由も大体は分かった。なら次にすることは対処」

 

 

 

 

「根本を絶たなけりゃあいつまた襲撃があるか分からねェ。……あの女の研究所は海列車で行ける島にある。潰しに行くぞ」

「……もうお前さん一人で行ってくれんかの……」

 

 怒涛の勢いで並べられる情報の過密さに心底疲労した声で、最年少は肩を落とした。

 

 




この辺りが一番勢いで書いてたから修正が多いのなんの。
誤字脱字もあるかもしれない。矛盾もあるかもしれない。指摘……くれたら修正します……
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