水の都で命は踊る   作:盆回

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Chapter.4 あなたのための物語
そこにはいないあなたのために


 

 

 

 シャアナは死んだ。

 

 罰当たりな科学者は、サン・ファルド、カーニバルと大聖堂の島の郊外で、神に祈ることなく死んだ。

 

 

 

 散々複製した男の原本に貫かれて、見下ろされながら死んだ。

 口からごぽりと、心臓からだくだくと血を流しながら、体が末端から中心まで底冷えしていく感覚に襲われながら、聡明な頭脳の脳細胞が酸素の欠乏で次々潰え機能が刻一刻と停止していくのを理解しながら。

 

 

 だというのに、彼女の心にはただひとかけの恐怖すらなかった。

 

 最期に彼女が望んだ笑顔はそこにはなかった。

 

 それなのに、此方を見ている彼がいるだけで彼女の心は満たされた。

 

 

 

 今際の際に理解したのだ。

 

 殺された彼女は、殺した彼が好きだったのだと。

 

 

 恋した人の手に掛かって。

 

 恋した人に看取られて。

 

 

 

 

 だから、何の未練もなく。

 シャアナは満足して死んだ。

 

 

 

 

 

 

 だから、彼らの献身の一切は無駄である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンマー、二人揃って休暇申請か」

「ぬは〜っ、旅行誘われちゃって! 海列車で直接行ける……サン・ファルドでしたっけ? そこ行くんです!」

 

 

 ガレーラカンパニーは所謂、理想的なホワイト企業である。危険度はあるものの、いや危険であるからこそだろうか。福利厚生は充実、自由度も高い。社長に直にこういった申請をしやすい空気というのも、元の世界の記憶を参照すれば稀有だという。

 

 

 

 社長室を二人で訪ねれば、面談の如くソファに促された。長居するつもりはなかったのだが、秘書が紅茶を人数分注いだために頂かざるを得ない。

 

「勿論、構わない。しかしお前たち、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

「ポッポー!似た顔のよしみですよ。……それに、こいつは息抜きが下手みたいですから。見てやらねェとってなりましてねフルッフー」

 

 肩を竦めて久しく聞いていなかったような気さえする腹話術を話す隣の男を、心の中で白々しいことだと睨む。見てやるなどと言ってもそれは監視目的だろう。

 

 

 先程部屋を出ていったはずの秘書──カリファがすぐ戻ってきた。その手には何枚かの薄い冊子。

「サン・ファルドの観光パンフレットです。どうぞ」

「気が利くなカリファ」

 そのきびきびとした姿に生徒会書記を幻視して、瞬きで振り払う。最近はこうなることも少なかったというのに、ぶり返したか。

 

 

 

 

 ぽつぽつと名所や土産について話し、ひと段落した頃。社長はおれと隣を交互に見て、安心したようにフッと笑う。

「ンマー、ルッチが見ているんなら大丈夫だろう。ヒョウ太もたまには気を張らずに遊んでこいよ」

「はァーい!」

 ……職長なだけあって信頼を得ているのだろう。おれはこいつといる時が一番気が休まらないんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 出ていく大小二つの後ろ姿を見送って、アイスバーグは社長室で溜め息を吐く。

「……息抜きになるといいが」

 

 

 ──突然現れた、なにか複雑な事情があるのであろう子ども。呑気に振る舞っているようで不安定さの垣間見える彼に、下手に首を突っ込むことは出来ないでいた。何が地雷となるか分からないというのもそうだが、アイスバーグはどうにも避けられているようなのである。露骨に、という訳では無いけれどそれとなく距離を置かれている。

 

 その為他の、それこそ職長に気にかけてもらうよう言い含めていた。その中でもルッチはどうも反応が鈍かったような気がしていたが、今回のことで杞憂であったと分かり胸を撫で下ろす。

 人の相性はどうしようもないことではあるが問題ないに越したことはない。組織の上部に二人も避ける対象がいるのはヒョウ太にとっても辛いだろうから。

 

 

「カリファ、お前はさっきのヒョウ太についてどう思った?」

「はい? ……そうですね、少し疲れていたような」

 机の横に立つ有能秘書に問えば、アイスバーグ自身も感じていたものが返ってくる。前にあの二人が揃って早退したことに何か関係でもあるのか。……これ以上は邪推だろうかと思考を止める。

 

 

「ンマー……帰ってきたときに、あの顔が少しでも晴れていればな」

 あの子が心を開いて安心出来るようになってほしいと思えども、アイスバーグには信じ、頼ることしか出来ない。それがどうにももどかしかった。せめて、その心内に秘めた『事情』を誰かに話せるようになればいいのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 クローン襲撃事件の後。おれの知らぬ間におれのサン・ファルド行きが決定していた。なぜなのか。

 しかもカクや他の潜入メンバーは着いてこずに、ふざけた腹話術師と一対一で行くことになった。本当になぜなのか。

 

 

 サン・ファルドへ向かうのはまァ、いい。クローンを生み出したと想定されるシャアナ……だったか。その研究所がその島にあるということなら、手掛かりを掴むためにも行かなければいけない場所だ。だがしかし共に行く相手が悪い。おれの実力がこちらの世界のカクと同等程度であると測られた以上、単独で抑えられる者が選出されるのは合理的な判断だろうが、心情的に良くないものがある。

 誰が『発狂すればすぐに殺す』と宣言した奴と一緒に旅行だの調査だのしたいと思うんだ。誰でもいいから緩衝材になってほしい。あまり言いたくはないが残念なことにハットリは戦力外である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 休暇当日。

 がたごと走る海列車に揺られること数時間、二人と一羽は沈黙したまま目的の島へと上陸した。

 

 ……おれとしては初めて乗車する海を走る列車に少しばかり心が動かされないことも無かったのだが、なにせ旅の相棒が相棒。漂う空気は通夜かと思うほどの重さだった。

 

 

 

 駅へ降り立てば見えたのは、ウォーターセブンと似ていながら異なるオレンジの屋根に覆われた街と、きゃらきゃらと楽しげな声を上げる観光客らしき人混み。これほど活気づいた島に人を複製するようなアングラな研究所があるなど、誰も思わないだろう。そもそもそんな発想の人間はいないだろうが。

 

 

 

「ほえ〜〜ここがサン・ファルド……」

「お前の記憶にはないかッポー?」

 周囲に人がいる状況、どこで誰が聞いているか分からない。二人とも演技を貫き通しながら街を歩く。

 問われたのが体に残る記憶であるから、何か見知らぬ思い出を掘り返せないかときょろりと見渡すが、既視感らしきものは感じず首を振る。

 

「覚えてる限りにはないかなァ」

「そうか」

 

 会話は続かない。そもそも話したい訳では無いので構わないが。

 

 

 

 シルクハット男の広げた地図を横から覗き込み、研究所の位置を把握する。郊外も郊外、街からは随分と離れた場所にぽつんとあるらしい。地図上では何かがあるとは思えない深い山だか森だかの中。

 

 

「ポッポー……研究所の前に腹ごしらえでもしておくか」

「ご飯?いいけど」

 行き来にはそれなりに時間もかかるだろう。何があるか一切が不明であるし、状態を万全にしておくのは道理。人前で食事というのは少しばかり、……憂鬱ではあるが、そうも言っていられない。

 

 

 

 

 ビステッカ、なる看板を掲げた店に入ればぶわり、肉と塩胡椒の香りが体を覆う。肉食動物系の本能が揺れるが、どうせ口の中に入れても味がしないことは分かりきっているのだから、期待も何も無い。

 

 

「ビステッカ……ふーん、Tボーンステーキのことなんだね」

「あァ、サン・ファルド特有の呼び名で、名物だな。ルッチがまとめて注文しよう、どのくらい頼む?」

「こういうお店ってグラムで頼むんだっけ……100くらい?」

「……少ないな。まァいいだろう、ポッポー」

 奇妙な話し方のまま店員へと注文に向かう男を見送り、テーブル横の調味料を漁る。……タバスコのような辛味香辛料はないらしい。無味のゴム擬きを飲み込まなければならないことが確定し、溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

「待たせたな、フルッフー」

「いんや、全然? しっかし本格的だなァ」

 

 テーブルにがたりと置かれた鉄板の上には、じゅうじゅうと音をあげる分厚い肉塊。塩胡椒とオリーブオイルが薫るそれをナイフで一口サイズに切り分け口に運んだ。

 

 しっかりとした肉感とともに肉汁が喉の奥まで流れてくる。……本当に勿体ない、味覚があればきっと美味かっただろうに。食感と香りで食事をしているという感覚が得られる料理の方が今は好ましい為、そういったものが単調なステーキは選ばない方が良かったかと少しばかり後悔した。

 

「……」

 対面者は料理に口を付けず、どころかナイフもフォークも置いている。……見られている?

 

「……? 何見てるのさ」

「いや、味は?」

 毒味でもさせたのか? そんなはずはないか、たまたま来た店でそんなことをする意味もない。

 

 

「味って。普通にお肉で美味しい、けど」

「……なるほどな、味覚がねェってことか」

 

「……!?」

 

 

 

 

 気付かれた、何故? ……ステーキに何か、細工を?

 納得したように頷く相手を睨み、万が一を考え食道を通った分を吐き出す準備を整える。

 

 

「何入れたの」

「そう警戒するな。ガムシロップを掛けただけだ」

 

 そう言いながらテーブルにかしゃりと置かれるコーヒー用のガムシロップ容器。……店の備え付けをいつの間にか取っていたらしい、手癖の悪いやつだ。

 ステーキにガムシロップなんて掛ければ、そりゃあマトモな味覚を持っていればすぐおかしいと気付くだろう。匂いの薄いそれは、確かめるのに最適だったということか。

 

 

「……それ確認して、どうするつもりだったわけ?」

「何も? 048が言っていただろう、お前は舌がおかしいと。ただの確認だ」

「もしそれが邪推だったんなら、ぼくはただ単に妙に甘いステーキ食べさせられたことになるんだけど」

「その時はその時だ。事実味覚ねェんだから別にいいだろうが、食え」

「〜〜ッほんっと最っ悪!せめて他の料理なら良かったのに……味しない肉って食べるのめちゃくちゃつらいんだから」

 

 代わりに食べてよ、と皿を追いやるが拒否された。味覚異常を暴いたんならせめて代わりに食いやがれ。

 

「マズいと分かってるものを食うはずねェだろ?口付けた責任だ、最後まで食べろよ」

 どこまでも冷淡な言葉。はー、と長い息を吐き、恨みがましい目を向ける。

「……ぼくのこと虐めて楽しい?」

「いや別に」

「どっちにしろ性格わっるい〜〜……きらい……」

 天を仰いだ。おれも傍から見たらこうだったのだろうか。ここまでとは思いたくないが。『元の世界』の記憶が本物であって帰れたとしたら、此奴を反面教師にしていった方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

「食べ終わったな」

「……ほんとに手伝ってもくれないんだ、分かってたけどさァ」

 空になった皿にフォークを置き、口の端を拭く。

 とっくのとうに食べ終わっていたというのに態々黙って待っている相手への嫌がらせ半分、バレないようにという気張りがなくなった瞬間込み上げてきた飲み込みにくさ半分で少量の食事だというのに時間が掛かってしまった。

 

「ポッポー……」

「ハットリは優しいなあ……」

 タンクトップの肩に止まった白鳩が困ったように鳴く。自分の相棒ではないとはいえ、変わらぬ癒しにささくれだった心が休まる。道端で白い鳥を見かける度に期待をしてしまうようになってからというもの、鳥類全般をあまり視界に入れたくなくなっているのだが、ハットリだけは例外である。

 

 

 

 

 

 かぶりを振って意識を切り替え、立ち上がる。

「よし、行こうか研究所!」

 

 

 残り想定47体のクローンのこと、……この体の『余命』のこと。

 

 知らなければならないことは、沢山ある。

 

 

 

 




ハットリが可愛い。作中人物と作者の一番大きな共通認識はコレです。
生徒会長のSAN値回復要員がまあいない。お話の外で無辜のガレーラ職長職員と会話したり気遣われたり云々でどうにかなってるんじゃないですかね。
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