水の都で命は踊る   作:盆回

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かごのなかのきみのために

 

 喧騒の街から離れて人の気配が無くなれば、演技の必要もなくなる。無言のまま常人には出せないであろう速度で走り出した相手について行くと、島の端にある研究所にはそう時間も掛からず到着した。

 

 

 先程指し示されていた場所にあったのは、くすんだ白い箱のような建物。所々蔦が張り付き寂れてはいるものの、手入れ自体はされているらしい。やはり、まだ『居る』のだろう。生きているものが。……47の複製体が。

 

 

 

 

 

 観察しながら考えていると、ふと。

 

「……お前はあのクローンと何が違う?」

 頭上から、そんな質問を投げ掛けられた。

 

 

 

 

「その『何』ってのは、どんな意図で言っている?」

「感情がある、自我がある、痛覚がある。……何より、お前は六式の訓練を受けたような動きをすることがある」

 奴が思い浮かべているのは先程の走りのこと、だろうか。意識せずに体を動かす際はどうしても癖が出てしまう。

 

 

 ……この身体は、確かに人造物なのだろう。あの日に憶えたクローンとの共感覚、何故だか分かる識別番号。背中に刻まれた無機質なシリアルナンバーも、自分で確認した。この世界で目を覚ました当初に上手く体が動かせなかったのも、六式の訓練など受けたことがないこの身のせい。

 

 だが、体には染み付いていなくとも、記憶には動作が刻み付けられている。これが、こんなに鮮明なものが捏造の筈は無い。

 だから、これこそが。

 

 

「それが、おれ自身が『ロブ・ルッチ』だと思っている根拠だ」

「思い込みの結果ということか? そんなもので出来る技じゃあないんだがな、それは」

「……妄想と切り捨てたいなら、そうすればいい。おれはおれだ」

 

 

 

 話を切り、研究所の扉に足を踏み出す。

 扉を押し開ける。鍵は掛かっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電気の付いていない廊下に二人の足音が響く。

 単独行動も考えたが、今は相互監視が最善だ。あちらとしても何をするかわからないおれから目を離したくはないだろうし、おれとしても、……048のような、おれより地力強いクローンに襲われるのは困る。

 

 

 

 

 かつ、かつ、かつ。

 

 足音が一つ二つ、三つ。

 

 

「おい」

「分かっている」

 

 ──前方から、薄らと人の気配。

 

 

 曲がり角から、ゆらりと影が現れる。

 ……想像通り、おれと同じ姿。眼鏡もマスクもないそいつはこの短期間で見慣れた昏い瞳をして、ふらふらと此方に歩いてくる相手に身構える。が──

 

 

 

「……?」

 

 ──予測していた戦闘は、訪れない。

 ただふらりとすれ違って、それだけ。此方を振り向くことすらせずに歩いて、廊下の奥へと消えた。

 同じく戦闘態勢に入っていた隣を見れば、どこか拍子抜けした顔と目が合った。

 

「完全に自我がねェやつもいるわけか」

「らしいな。今のは036……お前を殺すと意見統一してるというのも、意識がある個体限定か」

 頭に浮かぶ数字を口に出す。記憶にない知識は自分から探ることは出来ずにいる上、分かるものが断片的過ぎて活用のしようがない。頭を振り、再度歩を進める。

 

 

 

 

 廊下に面した適当な扉を開ければ、そこには生活感のある部屋。……科学者の自室のようだ。灯りを付けることで酷く雑然とした部屋がその様相を現した。

 書類らしき紙がぐちゃりとはみ出たバインダー、中身のないダンボールがそこら中に積まれ、置かれている。足の踏み場もない、という程ではないが床に散乱した衣服やゴミなどは埃を被ったままそこにあった。荒らされたのかと一瞬思うような光景だが、よく見ればそういう訳では無いとすぐに分かる。ただ片付けられない人間のズボラな生活感が見えるのだ。

 

 ……主人を亡くしたこの部屋には、一年間誰も入らなかったのだろう。

 

 

 

 何か情報になるようなものはあるだろうか、と部屋の中心に置かれた正方形の机に近寄る。天板の上には数式を書きかけたノートの切れ端やペン立てに入り切らないボールペン、酒瓶などが転がっておりこの部屋の縮図のようであった。その中で一つのものが目に付いた。

 

 

「これは……」

 無秩序な机から、素朴だが小綺麗な写真立てを手に取る。

 

 この乱れ放題な部屋の主とは思えないほどに丁寧に扱われていたようだが、この一年間で埃を被ってしまったのだろう。中身がぼやけていて見えない。塵を吸い込まないよう顎のマスクを鼻まで引き上げ、ぱたぱたと手ではたく。

 

 

 

「……うわ」

 

 灰白の下から出てきたのは、見慣れた顔──ロブ・ルッチの姿を映した写真だった。

 

 思わず引くような声を出す。普通の写真ならばこうはならない。……そうでないから、この反応は仕方ない。

 

 

 

 

 写真の中ではほとんど自分と同じか少し上の歳の頃、髪の長さも同じ。髭がないだけの少年がつまらなそうに佇んでいる。その目線は恐らく、カメラにはない。

 

 

 ──つまりはどう見たって隠し撮りということだ、この写真は。

 それを後生大事に……少なくとも十年以上こうして保管し、最も部屋の主の目に入る自室の机に飾っているという訳で。

 

 この事態が全て研究者の色恋沙汰から始まったという奴の言説は半分戯言だとして考えていたが、証拠をまざまざと突き付けられれば受け入れるしかないだろう。……何に使えるわけでもないだろうが、一応持っておこう。不都合があれば燃やせばいい。木の枠から写真を抜き出し、懐へ入れた。

 

 

「机には特に何も。そっちはどうだ?」

 隠し撮り写真のことは伏せ、ベッド周辺を探索していた男に声を掛ける。

 

「いや、情報になるようなものはなかったな」

「……本当か?何を隠した」

 そう言いながらもベッド下を妙に隠すような動き。自分のことを棚に上げて問いながら近寄っていけば、ごん!と鈍い音が脳内に響く。

 

 

「〜〜いッ!?」

 

 

 ……結構な痛みを感じるレベルで頭を殴られた。

 

 

「ッ何を、!」

「ガキが見るようなものじゃねェ。察しろ」

 ……そういう事か。ならば無理に見ることはしない、が。文句を言わねば気が済まない。

 

「だったらまず口で言え、先に殴るんじゃねェ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「さて」

 未だ少し痛む頭の天辺を擦りながら仕切り直して、二人で本棚の前に立つ。隣の男の身長程もある棚には、種類もサイズもばらばらとした本が詰まっていた。

「後めぼしいのはここくらいだな」

「それにしても雑多だ、見づらいにも程がある……お前は下から探せ、身長が足りないからな」

「余計なお世話だ」

 

 腰を落としてそれらしいものがないかを探す。敷き詰められている本は数学書や物理学、生物学の論文ばかりであった。

 

 

「……これは、日記か?」

 

 ふい、と上から降り掛かる声に見上げれば、その手には古びた本が一冊。表紙は擦り切れ随分と年季が入っていることが分かる。

 

 

「何か情報が書いてあればいいんだがな」

 

 そう言って男が表紙を開くのを、立ち上がって横から覗き込む。

 

 

 

 

 ぱら、と捲られた最初のページには、13年前の日付が記されていた。

 

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 故郷を離れて今日から研究所務め。職場の皆は優しそうだし、お給料もいいし! いい生活になりそうでよかった!

 

 

 

…………

 

 

 

 とっても綺麗な子が来た! 原因の分からない稀有な難病持ちなんだって。ここは小さいけど設備は整ってるもんね。

 

 

 

 

 とりあえず話しかけてみた。声変わりの途中なのかな? 少し掠れたハスキーな声、整った顔でふんわり笑う男の子。15歳だからあたしより3歳年下。病気を患ってるようには見えないけど……辛いこと隠してるのかな。

 

 

 

 

 やっぱりすっごく笑顔がかわいい! ちょっと中性的って言うのかな? 顔は男の子らしくキリッとしてるし、上背はあたしよりあるんだけど、少し髪が長いからそう見えるのかも。もう少し小さい頃はきっと女の子みたいだったんだろうなあ。

 

 

 

 

 あの子の病気はまだ分からないらしい。段々衰弱していくのが見てられない。

 話し掛けたら笑ってくれる。最初に見たのとおんなじ優しい笑顔。でも少し陰ってる。

 

 

 

 

 寂しそうな顔を見ちゃった。どうしてか聞いてみたら、故郷に愛鳥を残して来たんだ、早く良くなって帰りたいって、困ったみたいに笑ってた。

 

 

 

 可哀想な子だと思った。何でだろう、あたしもちょっと辛い。

 けど、あの顔はかわいかったな。

 

 

 

……………………

 

 

 

 あたしはまだ見習いだから、何も手を出せない。

 

 あたしなら、あたしだったらあの子を助けることが出来るかもしれないのに!

 

 

…………………………

 

 

 

 あの子が研究所からいなくなった。所長が何にも言おうとしないから、みんな好き勝手言ってる。もっと大きな研究所に行ったとか、病院に入ったとか、もう死■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 あたしは知っている。あの子が生きていることを知っている。

 命の紙がある限り、あの子はまだ死んじゃいない。

 

 

 

 

 

 

 ぴく、と頁を捲る男の指が一瞬止まるが、また動きを戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 あたしはあの子を救いたい。

 

 

 

 

 

 ビブルカードを改造して、探し出した。命の紙が示す先に行った。

 あの子がいた。

 あの子は大人になってた。

 前に言ってた白い鳥が肩に乗ってた。

 病気は治っていたみたい。

 

 

 

 元気そうだった。

 元気そうに船大工をしてた。

 けど、あの笑顔はどこにもなかった。

 

 

 あの子を救いたかった。

 

 

 

 

 あたしが救いたかった。

 

 

 

 

 

 あの子が欲しかった。

 

 

 

 

 

 あのこがほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんとに人ってつくれるんだ。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 001.

 あの子をつくった。

 

 

 

 003.

 あの子をつくった。

 どろどろだった。

 

 

 

 008.

 あの子をつくった。

 人の形にならなかった。

 

 

 

 013.

 あの子をつくった。

 豹になった。なんで?

 

 

 

 016.

 あの子をつくった。

 あの笑顔は無かった。

 

 

 

 018.

 あの子をつくった。

 欠けていた。

 

 

 

 022.

 あの子をつくった。

 目を覚まさなかった。

 

 

 

 025.

 あの子をつくった。

 あの笑顔はなかった。

 

 

 

 027.

 あの子をつくった。

 すぐに冷たくなった。

 

 

 

 031.

 あの子をつくった。

 あの笑顔はなかった。

 

 

 

 034.

 あの子をつくった。

 動かなかった。

 

 

 

 039.

 あの子をつくった。

 立ち上がらなかった。

 

 

 

 042.

 あの子をつくった。

 話してくれなかった。

 

 

 047.

 あの子をつくった

 あの笑顔はなかった。

 

 

 

 048.

 あの子をつくった。

 あの笑顔はなかった。

 

 

 049.

 あの子をつくった。

 あの笑顔はなかった。

 

 

 

 

 050.

 あの子をつくった。

 あの笑顔はなかった。

 

 

 

 

 

 見えてるのに? 聞こえてるのに? 話せるのに?

 

 

 笑って、笑ってよ。ああやって笑ってよ。

 またあたしにあの顔を見せてよ。

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 ……狂気を感じる独白だった。異様な精神状態の人間が書いた、異様なレポートに顔が引き攣っているのを自覚する。

 隣の男も同じく顔を顰めながらも紙を捲るが、以降の頁は空白。

 

 

 日記はここで終わって、……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 離れない。

 

 離れないずっと見ていたくて一番最初に見たあの日から離れないのあの子の笑顔が頭から離れなくて、あたしの頭に焼き付いて離れなくてだって仕方ないよね見たことないくらいすごくきれいで儚くてかわいくていじらしくてこわれてしまいそうでこわしてしまいたくてあわれで甘やかできらきらしてて可哀想でたまらなくてそれこそまるでつくりものみたいにこんなに心が揺れたことなんて一度もなかったのにあたしの理想だったんだからそう理想的に笑う子がずっと離れなくて夢に出てくるの何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も現れて笑ってくれるのあたしにあたしだけにあの笑顔で話しかけてくれるの何度も何度も何度も何度も何度も夢じゃなかったらよかったのにって思ってあのとき救えてたのならあたしが救えてたんならそうなってたはずなのにでもそうなってないからそうしなきゃいけないからたくさんつくったのに何回何人何度も何度も何度も何人も何人もつくってもあの子にはならなくてあの子じゃなくてあの子はこんなんじゃないこんな肉塊じゃないこんな不完全じゃないこんな人形みたいじゃないはずなのにあの子はもっと朗らかでもっと優しくてもっと表情豊かでこんなに無表情じゃなくてこんな平坦な声じゃなくてこんなにつくりものじゃなくてまたあの子の笑顔が見たいだけなのにつくってもつくってもつくってもつくってもどれだけつくってもあの子にはならなくて見れなくて完璧につくれるようになったはずなのに魂がないからかな魂もつくれるのかなあたしならつくれるはず体だってつくれたんだから今度は完全に完璧にあの子をつくらなきゃだめだあの子があの笑顔が欲しいもう一度見れたんならあたしはもう死んだっていいから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで日記が、終わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 肩が揺れ、思わず引き攣った声が喉から洩れた。

 

 

 脳幹に怖気が走り、体と同時に頭も硬直する。見開きいっぱいに書き殴られた文字ひとつひとつを処理できない、したくない。思考回路がぎ、ぎ、と音を立てて止まりそうになっている。

 

 

 

 

 色恋沙汰、だと?そんな、少女然とした生温いものじゃない。

 

 恋と言うにはあまりにも悍ましく、愛と言うにはあまりにも身勝手な。

 

 

 

 ──執着だ、これは。

 それ以外の呼び名など、付けることはできない。

 

 

 

 

「……?」

 掻き立てられた不安を解消しようと視線を彷徨わせれば、その先。ゆら、と隣の男が揺らぐ。ハットリが飛び立ち、棒立ちになったおれの肩へと止まった。……なんだ?

 

 

 

 

 

 

「───六王銃!!!」

「!?!?」

 

 何最終奥義使ってんだコイツ!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 轟音が響く。六式の究極奥義が直撃した冒涜的な日記は、当然の如くばらばらの紙切れ以下になり、余波で本棚とその背後の壁が粉々に砕けた。

 

 ……とんでもない威力、全力出したな此奴。気持ちはまあ、とても分かるが。

 

 

 

「ッはー、はーッッッ……!!」

「だ、大丈夫か……?」

「クルッポー!」

 

 ぱらぱらと砕けた壁の粒子が舞う中、六王銃を打ち込んだ姿勢のままで過剰なまでに息を吐く男。その異常さに思わずハットリとともに心配の声を掛ける。

 

「ッはあ、気色、悪ィ……」

 両膝に手をついて幾分か落ち着いた男の露出した肩に、ぶわりと鳥肌が立っていた。

 

 おれも鳥肌は立ってはいるが、執着を直接向けられていた本人ほどではない。額に汗すら滲んだ自分より酷い状態の相手を目の当たりにして、ある程度落ち着いてきた。

 

「……ここまで人を狂わせるとはな。本当に何もしてなかったのか?」

「してるわけねェだろ見習いなんぞに……!」

 また奴の何もしていないという証言が疑わしくなってそう問えば、余裕なさげに食って掛かられる。こういった隙を見せるほどに動揺しているのか。

 

「普通、至って普通だったはずだあの時のおれは。下手な動きで怪しまれるわけにはいかねェんだ、無害な病人の振りしてただけだってのに」

「それが科学者の理想にドンピシャで当て嵌っちまったんだろ。……本当に怖ェな、ヒョウ太の演技出来なくなったらどうしてくれるんだ……」

 その振る舞いをクローンに反映させた結果が048のような口調なのだろう。……科学者の存命中に此方へ来なくてよかった本当に。

 

 

 

 一目惚れって、人間って怖い。この部屋全員の意見が一致した。

 

 

 

 

 

 

「……これ、やる」

「なんだ、……写真?」

「お前の隠し撮りっぽい写真。何かに使えねェかと思ったが……持ってるの気分悪くなった」

「おれもいらねェよンなもん」

 

 

「はァ……出るか」

「この部屋壊していいか」

「やめろ」

 たった一部屋の探索しか行なっていないというのにごっそりと精神力だのなんだのを持っていかれた気がする。怨みさえ篭った眼力で辺りを睨み、腕を引いて構えた男を制止した。

 

 




メサイアコンプレックスを拗らせた一方的で支離滅裂なクソデカ感情を書き綴ってロブ・ルッチ達を怖がらせましょう!
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