水の都で命は踊る   作:盆回

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ここにいるわたしのために

 

 どっと湧いた疲労を振り払いつつ、また暗い廊下へ出る。

 

「本当に一人で研究していたのか? それにしては研究所の規模が大きいが」

「共同研究者やパトロンはいないと裏取りが取れている、間違いなく個人だな。この建物に関しても、使われなくなったものを買い取ったそうだ」

 

「ヘェ……研究にも金はいるだろう、どうやって資金調達を?」

「発明品の売買だと。最終的には問題ないと結論付いたが、当時はおかしな物品を流通させていないかと上が頭を抱えていた。何せあの女が盗んだのは試作らしいとはいえベガパンク……世界最高峰の発明家の資料だからな」

 結局クローンとかいう爆弾を抱え込んでいた訳だが、と顰め面が息を吐く。

 暗く表情など読めないが、それでも分かるほど面倒そうに話された内容を精査する。……世界最高峰の発明家、と言ったか。そのような相手が協力寄りに関わっている、もしくは所属しているような組織が奴の言う『上』であるということだ。碌な組織ではないと思っていたがその通り、想定以上のようである。

 

 

 

 

 

 

 ──この廊下。窓はあるものの、ただでさえ森の中かつ建物の外壁を植物に覆われているために、日の光がほとんど建物内まで届かずにいる。動物系の恩恵を受けた視力であっても、人型である今は薄ぼんやりとしか先が見えない。

 

 

 

 そのせいで。

 

 

 

 

 がっ、と。柔らかい何かを蹴り飛ばしてしまった。

 

 

 

 足元の障害物程度でよろめくような体幹はしていない、が。……蹴り飛ばした感触に、それが何であるかを悟り、身が固まる。

 

 

 

「、っ」

 それだけではない。うつ伏せで散らばった髪、放り出された手足。血の匂いはしないそれの死因も。……調整不足とやらによる寿命、だろう。

 幾らか慣れた、慣れてしまったとはいえ。死体を、それも自分とそっくりなそれは見ているだけで元より悪い気分が更に下がる。

 

 

「……チッ、死体を放置しているとはな」

 それは死という事象に慣れている様子を度々見せるこの男も同じらしい。己の複製がそこらの床で野垂れ死んでいることにでも苛立っているのだろうか。

 

 死体を跨いで先へと進む。あまりに倫理観のない空間にどうしても息苦しくなる。……既にウォーターセブン、ガレーラへと戻りたい気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 進んだ廊下の突き当たり、無機質な両開きの扉。中にいるのは……恐らく、一人か? クローンは生気が薄いのか何なのか知らないが、気配が読み取りづらくてならない。

 

 

「開けるぞ」

 声を掛け隣が構えたのを確認してから、ひやりと冷たい鉄のドアに手を伸ばす。鍵もなくすんなり開いたそこにあったのは。

 

 

 

 

 

「……本当に、現実味が薄いな」

「逃避するなよ、夢でもなんでもねェ」

「分かっている」

 

 

 

 ──冷気の漂う暗い部屋に、ホルマリンのような液体で満たされた人一人入る程の試験管が並ぶ。まるでどこかのゲームの世界にでも入ってしまったような光景に、頭が錯覚を起こしたようにくらりとした。

 

 息を大きく吸って、吐いて、……何があるか分からない、と気を張り直し、部屋の中へと踏み出す。

 

 

 

 

 

 何かがないかと辺りを見回し、並んだ試験管に差し掛かった辺りで。

 

「ぜろごーぜろ?」

 察知していた気配の主に、声を掛けられた。

 

 

 

 

 中身の入った培養器の前に座り込んで顔を伏せたクローンが、そこにいた。瞼は下ろされているが、恐らくは奥にあるのは昏い瞳だろう。

 

 

「……023」

「おかえり、ぜろごーぜろ」

 彼の製造番号という知らない知識がまた脳裏に浮かび上がり、その通りに口を動かす。返ってきたのは平坦な声。どうにも舌っ足らずのようではあるけれど、話は通じるらしい。

 

 

「うしろのひと、だれ?」

「……気にしなくていい」

 こてん、と無表情で首だけを傾げる023の問い掛けを雑にはぐらかせば、そっか、と存外素直に頷いた。拙い話し方もあって幼い印象を受ける。……オリジナルのことを把握していない、のか? おれの舌のように、どこか不具合が出ているのだろうか。

 

 

 

 

 ともかく。聞けることは全て聞いておこう。いつ後ろの男の正体に勘づいて戦闘になるかわからない。まずは、そうだな。

 

 

「023、クローンの……おれたちの設計図って何処にあるか、知ってるか」

「せっけーず? わかんないけどしょさいじゃないかな、ちかにある」

 おれがまず優先すべきは今の自分の身体の状態を知ること。その為の教科書となるのは、ここの科学者が盗んだという研究関連のものである。……書斎なんてものがあったのか、それも地下に。教わらなければ捜索に時間がかかっただろう。

 

「分かった。ありがとう」

「どーいたしまして」

 

 

 

 

 緊張の甲斐もなく、対話は穏やかな空気のまま進む。

 この調子ならば話を続けても構わないだろう、と023の隣へ腰掛ける。シルクハット男を目で促すが首を振られた。おれはともかく奴は恐らく自我を持つクローン全員から命を狙われる立場、警戒するのは当然か。

 

 

 

「おれたちの寿命、どのくらいか分かるか?」

「じゅみょー?」

 次に問うのは最重要項。オウム返しをする023は目を閉じたままゆる、と首を振る。詳しくは分からないらしい。

 

「ううん、わかんない。でも……もうみんな、いちねんもないとおもうよ。ぜろよんはちがいってた」

「……そうか」

 

 ……長くとも、後1年。何となく時間がそう無いことは理解していたが、事情を知る相手に言われるのはまた、来るものがある。

 

 

 

 

 

「……そういえば、お前はここで何をしてるんだ?」

 独特の、好ましいとはとても言えない匂いの充満した、広く暗く冷たい部屋に023は一人で座っている。好き好んでいるというならば奇特極まりない。そんな意図での質問に、依然目を開かないクローンは此方に顔を向け答える。

 

 

「まもってるの」

「……守る?何を」

「ばいようきを」

 

 そう言って、023は背後にある試液に満ちたガラス管へと軽く凭れる。

 

 

「このなかにいるのはぜろさんぜろ。……しゃあなさんがいなくなってから、おれたちだけでちょーせーしようとしてたんだけど、しっぱいしちゃった。しんじゃった。ぜろごーぜろはしらなかったっけ」

 

 

 ……ちょーせー。調整。

 即ち、延命のための措置。

 

 

 なるほど、研究者はこの培養器でそうした実験を行なっていたのか。そしてそれをクローンのみで調整を実行し、失敗した、と。

 

 

「でも、ばいようきがあれば、いつかせいこうするかなっておもって。おれはここをまもってるの」

「守るって、お前に出来るのか?」

 

 先程から見ていれば分かった。……恐らく、023は盲目だ。目が見えなかろうと強い奴は強いものだが、どうにもそうは見えない。

 

 

「むりかなあ。さいきん、あしもあんまりうごかなくなっちゃったし。みまもるくらいしかできないかも」

「……そうか」

 一瞬沈黙が落ちる中、とん、と肩を叩かれた。……見下ろす目から『同情するな』『早くしろ』と伝わってくる。

 言われなくとも分かっていると視線で返し、立ち上がった。

 

 

 

 

「話をありがとう。それじゃあ、023」

「うん、ぜろごーぜろ。うごけるうちに、オリジナルをおくれるようにね」

「……ああ」

 

 意思のあるクローンは全てオリジナルに殺意を抱いている。……分かっていたことだ。

 

 

 

 何も見えていないクローンを置いて、二人と一羽で地下の書斎へと向かった。

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 

 部屋を出て、023の言っていた地下室への行き道を探す。先程の場所が最奥であるし、階段があるとしたら今まで通った道のどこかだろう。

先程はそれらしきものは無かった為隠されているか、どこか覗いていない部屋の中にでも置かれているのだろうか。

 

 

 

「ポッポー!」

 来た通路を戻りながら探索を続けていると、後ろから声がかかる。廊下の一部の壁に張り付くように置かれた棚に寄りかかり、片手でずらしている男がいた。

 

「おい、こっちの棚だ」

「……隠し扉か」

 狡いことをする。一手間掛けてまで、誰にも知られたくないものがあるのだろう。棚に寄りかかった姿勢で平べったい扉を押せば、すぐに幅の広い下り階段が姿を現す。そのまま降りていく男を先達として、薄暗い中を進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 かつ、かつ、かつ、ぐちゃり。

 

 

「……チッ」

 硬い足音が粘着質なものに変わって、前方の男が不機嫌そうに片足を上げた。

 ……また死体だろうかと目を凝らせば。

 

 

 

見えたのは肉色。

 

「っな」

 ──今までのクローンとは全く違う、ヒトの形すら保っていないそれが複製体……005であると、知らない知識が告げていた。

 

 

 

 べしゃりと階段の灰白に落ちた人間サイズの肉塊に顔を顰めた男が振り返る。

「おい、これは元々『こう』なのか?人為的だろうと生まれつきだろうと、猟奇的なことには変わりねェが」

「多分、元々だ。005は……それでも一応、生きて動いていた、はずだと、思う」

 

 気分が悪い。目眩がしそうだ。『ここにいた』ときの、ないはずの記憶を思い出す。悍ましいとも、なんとも思っていなかったような。

 

 ……頭が軋む。

 

 

 おれの返答に更に眉間の皺を深め、オリジナルは吐き捨てた。

「どれだけ気が触れていれば、これをおれの複製と言い張れるんだろうな」

 

 

 

 

 

 

 あの肉塊を視界に入れてから自覚した頭痛に疼く前頭葉を支え、再度階段を下る。

 

 無心で足を動かしていれば、すぐに飾り気のない扉へと突き当たった。

 

「中には誰も居ない、か」

 先達はそう言いながら取っ手を引き、すんなり開いた部屋へと入っていく。後へと続くと視界に広がったのは先程の科学者の自室を思い出す、泥棒にでも踏み荒らされたとすら思えるほどに散らかった床であった。

 

 

「また、酷ェ散らかり様だな」

 

 床に机に何かの器具の上にさえ乱雑にばら撒かれた紙や、良く今まで崩れなかったなと感心するほどに積み重ねられている本。……片付け能力の欠陥、惨状としかいえない研究所の主であっても、流石にあの中には重要なものを混ぜてはいないだろう。見るならば幾らか整頓されている場所だ。

 

 

 

 目に付いた、おれの腰程の高さをしたチェストへと近付く。

 木で出来たそれは上部半分が本棚であり、満杯に学術書が詰め込まれていた。下部には引き出しが二つ。本の内容は理解しようと思えば出来るだろうが、今は不要だ。まずは引き出しを開けてみる。

 

 

 

 

「……薬、か?」

 

 引き出しの中身は小瓶であった。手のひらに隠れるサイズの茶色をした瓶の中には、楕円の錠剤が収まっていた。

 一つの引き出しにみっしり十本ずつ、常備薬だとしても随分と多い保管量だ。薬にも消費期限はあるというのにこんなに……一人で使っていたものではないのだろうか。

 

 数こそ多いものの、恐らくはどれも同じ種類。内ひとつをつまみ上げれば瓶と錠剤同士が擦れ合い、じゃらりと音を立てる。

 

 

 一体何の薬だろうか。

 瓶をひっくり返して注視しても引き出しの中をまさぐっても、この薬が何であるのかを指し示すものはない。不親切なことだ。使用するとすれば科学者本人かクローンなのだから外部の人間に言われてもただのいちゃもんでしかないだろうが。

 

 先程抜き出した一本だけを取り敢えず手に持ち、別の箇所を探索していたであろうタンクトップの方向に目を向ける。男はガラスの貼られた白い薬品棚を覗き込んでいるようで、その中にならば、この薬の正体が分かるものはないだろうかと近寄ると。

 

 

 

「……あまり近寄るなよ」

 額を抑えられ、押し返された。一体なんだと目で訴えれば、思いの外真剣な声が返ってきた。

「保管こそされているが万が一がある。薬物に耐性はないだろう」

「? なんだ、毒でもあったか」

「いや、覚せい剤だ」

 

 すい、と出てきた単語に硬直した。

 

 元の世界にも裏では蔓延っていた非合法の薬。生徒会として取り締まったことも幾度かあるような危険物があるのか、こっちの世界にも。……いや、あるだろうな。人間がいて医学がある以上、麻薬というのは存在するものだ。

 

 

 

「丁寧に使用記録まで付けてやがるな。安心しろヒョウ太、050には使われてねェらしい」

「……他のクローンには使われてたってことか?」

「感情の興奮状態を促す実験だとよ。失敗したらしいが」

 

 ……背筋が凍る話だ、本当に。

 危険物があると分かっている上、既に見ている奴がいるならば薬品棚をわざわざおれが覗く必要は無いだろう。遠目で棚を見ていれば、その中に自身の手にある瓶と全く同じものを見つけた。覚せい剤と同じ場所にあるなど、厄の匂いしかしない。

 

 

「まさか、これも危険物だったりするのか?そこのチェストにあったものだが……」

「貸してみろ」

 

 伸ばされた腕へ握っていた瓶を渡す。その手は躊躇なく蓋を回して開き、すんと匂いを嗅いだ。それで分かるものなのだろうかとじっと見ていれば、すぐに眉間の皺が深められる。

「……知らない薬。少なくとも市街に出回っているものではないだろうな、自家製か?」

 

 男は再度薬品棚へ向かって同じ薬瓶の辺りをがさごそと漁り、すぐに奥まった場所から何枚かの紙束を引き出した。

 

「これじゃないか、説明書。……『安定剤』?」

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 文字を追っているのであろう顔に、段々険しい影が彫られていく。ろくな事が書かれていなさそうだ。

 

 

 

「……はァ」

「で、どういう薬だった?」

 最後の紙を捲り終え、溜め息を吐く男へと問う。無言でおれを見下げる顔はいつもの顰め面よりも不機嫌そうに歪められていた。

 

 

 煮え切らなさに苛立って、語調を強めて再度聞き直す。

「なんだったんだ」

「……その名の通り安定させる薬だそうだ」

「何を」

 

 

「お前たちの、クローンの状態を。安定と言うより固定とした方が分かりやすいかもな」

「……? どういう」

 

 ……固定?話が見えないが、先を促す。

 

 

「クローン共が言っていたように、その余命はあと幾ばくか。……特に、急速に成長させた場合は比例してその生命が短命になるらしい。だからこの薬で体の状態を停滞させて、無理矢理生き長らえさせるんだと」

  

 劇薬だ、これは。と。

 話し終えてから、男はそう呟いた。

 

 

 

 

 ──こちらの世界の科学は知らないが。

 おれの中の知識を参照するならば、クローンの寿命が短い理由には主にテロメアの短縮や異常が挙げられるという。生物の細胞分裂、成長限度を決めているのがテロメア。男が言った話と当てはめれば、その機能を停止させる薬という、ことか?

 

 

 

 

 そんなことが出来るのか、……そんなことをしていいものなのか。

 

「常飲させるコストと体に掛かる負担を考えた結果、この薬は使われずに培養室での調整に置き換えたらしい」

「……だろうな」

 

 生命の構造に真っ向から反しているのだ。クローンとしての余命が来ずとも、無理に成長を止められた細胞が異常を起こす可能性は大きいだろう。

 

 

 

 

 

 ……最悪の場合、おれが生きる為にはこの薬を飲まなければならないことは頭に入れておく。返された小瓶を握り締めた。

 

 




テロメア云々は寿命に関係ないっていう研究があったりなかったりするらしいけど創作だからね、ファンタジーでもいいよね。
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