薬品保管庫を漁り終え、次に最も時間が掛かるであろうと後回しにしていたた本棚……というか、本の壁に相対する。扉のある一面を除き、残りの三面全てが棚で埋め尽くされ、その一つひとつの段には本がぎゅうぎゅうに詰め込まれている光景は圧巻と言うしかなく、先程から視界に入ってはいたものの最初に見る気にはなれなかったのである。
「この棚から目当てを探すのか……」
「それも、あるのかどうかも分からねェクローンの設計図をな」
分厚い医学書に劣化した記録帳、背表紙の剥げ落ちた辞書、リングの錆びたバインダー。そして時折明らかに製本の形をしていない紙束や、最早本ではないであろう何か等が乱雑に仕舞われている。乾いた埃とインクが混じった独特な匂いは図書館のそれによく似ていた。
「……検索機能でもあれば楽だってのに」
「可笑しなこと言ってないでとっとと終わらせるぞ」
乱雑、という言葉がこれほど似合う場所もそうはない。
しかしその乱雑さも、探す者にとっては意外な利点をもたらすこともあるらしい。整然と並んだ本棚であれば全ての背表紙を一つずつ追わねばならず、ブックカバーを装着されでもしていたら中身を見るまでしなければならない。だがここでは、手に取りやすい場所に置かれた物やよく取り出していたのだろう人の意識が介在した乱れが自然と目に付いた。
「──これだな」
部屋と同じく整理整頓などされていない本の山から目当てを探すのは困難かと思えたが、拍子抜けするほど簡単に見つかった。適当にしまったと見える、棚から半分飛び出していたバインダーにファイリングされていたのである。
「見つけたか。恐らく政府から盗み出されたのがそれだ。……持ち帰ってもいいが、今更か」
覗き込む素振りさえ見せない男は、理論については一切の関心がないらしい。
「その任務で始末しに来たんだろう? もっと興味を持ったらどうだ」
「理解出来んことに割くリソースはない。それに、指令には書類の奪還はなかったからな」
言葉の応酬をしながら頁を開き、数十枚に及んで綴られている内容を読み込む。
クローンの製造方法、正常な人体との異なり、成長段階ごとの調整方法。人体をタンパク質の塊として捉えている人間による、印刷された図面や数値の並ぶ表。無味無機質に受け取ってしまいそうな、けれど中身の異様さに恐ろしい現実に引き戻されるような、根本から倫理観など捨て置いた既存のものに加えて、その余白に走り書きの筆致による書き込み──おそらく科学者本人のメモ──がなされている。
文章の端々に現れる専門用語は聞き齧ったことのあるものから一切知らないものまで様々。何処でも見掛ける単純な単語すらも、その文脈の中では不気味な意味を帯びる。依然続く頭痛がコレを読んでいるだけで尚のこと激しくなるのは、きっと内容の難解さ故だけではないだろう。
ぱら、ぱら、ぱたん。
見終わって、考えて。おれは痛む頭を誤魔化すようにぐり、と眉間を押し込んだ。
「……駄目だな。粗方内容を浚ったが、理解が追いついたのは3割程度。で、『調整』ってのはンな素人に出来るものでもなさそうだ」
「そうか」
冷徹な返答。予想通りの温度。
当然だろう、此奴にとってはクローン体の命など──おれの命など、どうでもいいことだろうから。……それなのに何故、ここまで付き合ってきているのだろうか。
「だが、分かったことも幾つかある」
眉を顰めながら一度閉じたバインダーを再度開き、かろうじて理解の及んだ部分を指でなぞる。読み返すだけでような難度ではないのだが、一旦話の整理の為。断片的に掴んだ情報を纏める程度はできる。
「今のおれの体は成長が停止している状態だそうだ。下垂体からのホルモン分泌信号を堰き止めている、と。細胞分裂自体は行なっているらしいが……詳しくはわからん」
「テメェでそれならおれは尚更だ。そもそも前提知識もない」
「だろうな。ここの義務教育制度に期待なんざしてねェ」
いくら成長が止まっているとはいえ、細胞分裂が存在しなくては怪我さえ再生することはない。だから確実に細胞は活性している筈であるのに、このままでは今以上育つことはないらしい。あっても誤差程度。創造者がこの外見年齢で固定させたかったのか何なのかは分からないが。求めた人間の求めた姿……ということだろうか。推測は出来ても、確証はない。
「成長を再開させるには下垂体の枷の解除が必要。方法は……刺激、例えば電撃。はァ……やろうと思えば出来るだろうが、それをしてしまえば成長が促進される。まず間違いなく寿命は縮むだろうな」
「……死ぬまでチビのままか」
「あ゛?」
唐突な煽りに血管が浮いたのを自覚する。何故煽った? これがなければおれもテメェみたく2m超えてるはずだが???
……此奴の煽りに構うな、呼吸みたいなものだ多分。並行世界の自分相手に棚上げと言うなかれ、おれはここまで酷くない。
そう自分に言い聞かせ、ふー、と心を落ち着かせるように息を吐く。
「……二つ目。この資料から、おれの寿命の検討が付いた」
ぺら、と頁を捲る。そこに記されている無機質な数式の羅列は、細胞分裂の限界値や特定の因子の消耗速度を計算したもの。ごちゃりとした計算式の先に記載された数字を読み解いて出てきた数字。
それらを照らし合わせ──答えは出た。間違いであればいいと思う。けれど辻褄は合ってしまう。
「……おれの寿命は、あと八ヶ月。一年も経たずに死ぬってわけだ」