水の都で命は踊る   作:盆回

23 / 98
誰がために鐘は鳴る

 

 

「50人目も、ダメだったかあ」

 

 

 落胆と失望、その他大勢の失敗作。

 それが最初の自我だった。

 

 

 

 

 

 R.L-050。

 おれが試験管から生まれ出てすぐ、あの人は消えた。つまりはおれが最後のシリアルナンバー。不足点だけ調べられ、味覚と感情が欠けていると判断された五十体の内の、特筆することもない一体。

 

 

 きっとここで過ごした時間とシャアナさんと関わった時間が短いから、他の皆よりも創造主に対する献身が薄かったんだと思う。自意識もまた薄く、ただ生きているだけだった。死んでいないだけだった。

 

 

 

 

 

 ぼんやりとした自我と、植え付けられた使命感。

 吹けば飛んでしまうようなそれらは、役目ごと送り出されてふらふら揺蕩うおれ目掛けて落ちてきた意識に、簡単に奥へと押し込められた。

 

 

 

 

 

 沈んだ意識の中で、ぼんやり外を見ていた。

 くるくると変わる景色を見ていた。

 

 

 

 陽気に話し掛けてくる街の人を。

 敵意を向けてくる悪い海賊を。

 気にかけてくる大人を。

 胸を貸してくれる大人を。

 おくらなければならない人を。

 

 

 

 自分の体に入った、感情のある人を見ていた。

 

 

 

 押し退けようとはしなかった。そんな自我はなかった。皆で決めた役割も、ふわふわ、ぼんやりとした想いだったから。

 

 

 

 

 

 最初は見ているだけだった。

 ふと、表層をなぞってみようと思った。多分これが、おれの最初の自我だろう。

 

 

 

 困惑も、動揺も、なぞっていって理解した。

 傷付けられれば痛いこと。

 知り合いがいないのは寂しいこと。

 自分を出せないのは息が詰まること。

 

 

 なぞる度に、どうしてか日毎日毎に苦しくなって、平然と生き続けている表側の存在が分からなくなることもあった。

 

 

 

 それが強がりだと知った。壁が崩れて表側が泣けば、おれも一緒に泣いていた。

 

 

 

 撫でられることの穏やかさを知った。

 抱き締められることの暖かさを知った。

 

 

 なぞる。彼の行動を、言動を。意識の中で、喋ってみる。動いてみる。

 

 

 

 

 

 そうやって模倣して模倣して模倣し続けていれば、

 

 

 

 

 

 

「ぜろごーぜろ。おまえは、かんじょうをもったんだね」

「……うん、023」

 

 例え真似事であっても、確固たる自分が出来た。

 

 

 

 

「そっか。しゃあなさんのひがん、かなったんだ」

 穏やかに流れる声が、閉じた瞼と共に揺れる。023に見えてはいないだろうけれど、こくりと頷いた。

 

「うん。だから、オリジナルの代わりに、おれがシャアナさんのところに行けばいいんだと思う」

 痛いのはいやだ、なんて思うようになった。死にたいわけではない、とも。

 ……だけど、産まれ出た使命を果たすためなら、このつくりものの命は使わなければならないだろう。それがシャアナさんのためになるならば。

 

 

 

「そうかも。だけど、……くるなら、ゆっくりでいいよ」

 おれの髪をする、と梳き上げる手はひやりとしていた。殺意も害意も、親愛もないはずの、無色透明な手。

 それなのにどうしてかあたたかくて、救われるようで。

 

 

 

 

「きっとじゅみょうはどうしようもない。なら、いまもいちねんごもそんなにかわらないから。きにやむひつようなんてどこにもないから」

 

 

 

 

「おれたちみんなでまってるから、ゆっくりおいで。じゃあ、またね」

 

 

 

 

「……うん、またね。おれの兄弟」

 

 

 きっと、八ヶ月後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 050が話している。

 023と話している。

 050が泣いている。

 

 指が頭を貫いて。

 おれも、泣いて。

 

 

 ぱたりと雫が落ちたあと。

 引き摺り込まれるように、沈み行くように。

 羊水に揺蕩うように、意識の奥で揺られていた。

 真っ暗なようで視界は鮮明。みどりのぼやけた光が見える。

 

 ずっとここにいたのだろうか、この体の本来の持ち主──R.L-050は。

 

 

 

「ルッチ、大丈夫だよ」

 

 世界が暗くなる。050が瞼を下ろしたのだろう。……その名前で呼ばれるのは、随分と久しぶりのような。

 

 

「ちゃんといるかな、聞こえてるかな。……ね、自分のこと、そんなに責めないでよ」

 

 自責するな、なんて、無理な話だろう?

 これは悪徳であるとおれが定めた。許されない行為への安易な肯定など、おれの正義を揺るがすだけのもの。

 

 

「お前は自分を許してあげて。許してほしいならおれが許す。許してほしくないなら、おれが許さないから」

 

 

 

 許されたとして。

 この悪徳を、正義だと言われたくはなかった。おれの信じる、信じてきた正義は。

 

 

 

「この悪徳は悪徳。お前の正義じゃない、いけないこと。オリジナルが正義だなんて定義するんなら、おれがそれを否定しよう」

 

 

 

 悪は悪だと断じて欲しかった。

 そうじゃないと、おれが何なのか分からなくなるから。

 

 

 

「その悪は、本来お前に被さっていいわけがない責任、重荷だけど。せめて、おれも一緒に背負っていくから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。お前は、生徒会長の『ロブ・ルッチ』だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──意識が、浮上する。

 

 

 

 

 

 はっと、意識が覚醒する。

 手の中には温度が失われつつある023がいて、ぬめる赤に二人して染め上げられていて。

 

 

 

 ここにいるのは、たった、一人。

 けれど、今の出来事が都合のいい白昼夢などではないことは分かっていた。

 

 

 

「一緒に、背負ってくれるんだな、050……」

 喉から溢れた縋るようなそれに、自分でも驚いてしまう。……でも、仕方ないだろう?

 

 だって、数ヶ月振りに他の誰かがおれを『ロブ・ルッチ』と呼んでくれたのだから。それが例え己の声であっても。白い箱の中。無音の叫喚地獄の中で、何よりもの光に思えたって、しょうがないことだろう。

 ……少しだけ、頭痛が収まったような気がする。

 

 

 

 

 入ってきたときより確かな足取りで培養室を出る。血痕を辿るように地下へ降りて、『安定剤』をできるだけ抱え、薄灰色の研究所から外へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 

 さく、と足元から土の音。既に日は落ち、月の光が影を落としている。

 

「終わったか」

 未だぽた、と字面に赤を零すおれを、喉をくつりと鳴らす男が出迎えた。

 この男は最初の悪行を見届けてから、笑ってどこかに消えていった。一度踏み外したのなら途中で辞める筈がないとでも確信していたのだろう、腹立たしいことにその通りだクソッタレ。頭痛が再来しそうだ。

 

 

「ハハ、そう怖い顔をするな。そら、新しい服だ。そんな血塗れでは居心地が悪いだろう?」

「……」

 血液が染みて重くなった上着を地面へ放り、投げ渡された黒い服を無言で受け取って腕を通す。……罪が覆い隠されたようで、また息が詰まる。

 

 

「宿屋はもう取ってある。……安心しろ、こんな時代だ。返り血なんざよくあることだからな」

「……世紀末だな」

「なんだ、嫌か?」

「秩序の欠片もない時代ということだろう。大嫌いだ」

 

 

 

 

 

「さて、研究所はどうしたい? お前に任せる」

 壁に背をつけ寄りかかった男がこん、とくすんだ白を手の甲で叩く。任せるも何も、やるべきことは一つだろう。

 

 

 

 悍ましい実験場に手をつける。力を掛ければ呆気なく、容易く、ばきりばきりと罅が入っていく。

 

 

 

 

「……壊す。壊さなきゃいけない、こんなもの」

 

 

 

 

 虫の声さえ聞こえない闇夜に、倒壊の轟音が響いた。

 

 ざんざばらばら、ばらばらと崩れる研究所。下敷きとなっているであろう死体はいつか分解されるだろう。……誰にも見られることなく、自然へと還ることを祈った。

 

 

 

 

 

 

 土埃の舞う瓦礫に背を向けて、傍観していた男と並んで街へと歩き出す。

 

 

「どうだった?」

 血の匂いは。肉の感触は。失われる温度は。

 言外にそう訪ねてくる自称兄は、きっとそれらを好ましく思っている。

 

「どうもしない」

「くく、そうか」

 何が楽しくてそんなに笑うのか。

 ……分かりたくもない情緒だ。

 

 

 

 

──────…………

 

 

 

 宿屋で一人、水を浴びる。

 

 髪へと飛んだ飛沫とか、爪の間にこびり付いた血液とか脳漿とか肉片とか、それら全部を残らず洗い流す。洗っても洗っても洗っても落ちない血の匂いが、味覚が無いはずの口の奥に鉄錆のように残っている。

 

 

 生温い血を浴びることには慣れているはず、なのに。命を奪うことなど、あの世界ではあるはずもなかったから。

 

 前々から知っていた感覚なのに。

 まるで人を傷付けるのが初めてのガキのように、人体を貫く感覚が指から離れない。

 

 

 これが所謂強迫観念であるのだと聡い頭は告げている。けれど割り切ることなど出来はしない。例え己の内にあった存在に、共に背負うと言われたとしても、それだけは。

 鼻にまとわりついた匂いを幻覚として切り捨てて、赤く染まった服を洗って、落ちないからゴミ箱に放り込んで。そうやって、血の匂いをきっと完全に流した。

 

 

 

 

 

 生来のうねる髪を乾かすのもそこそこに部屋の明かりを消してベッドに向かい、シーツを引っ被る。

 狭くぬるい暗闇の中でぐるぐる、ぐるぐると、回る思考はたわいなく、止められず。脳髄が焼け落ちてしまいそうになりながら、答えなど出ない思考の渦に呑まれていた。

 

 023は気に病むななんて言っていたけれど、それならおれは、行かなければいけない。

 023の元に。

 みんなの元に。

 

「……なあ、050。おれは、どうすればいい?帰れるんだろうか、帰っていいんだろうか、……もし、帰れて、それで、どう、すれば……」

 

 

 

 もし帰れたとして。

 ころしてしまったおれは、あの世界に受け入れられるのだろうか。

 

 自分の内側に問い掛ける。……本当に情けない、傍から見れば人格分裂を起こして別人格に依存でもしている精神患者なのだろう、今のおれは。

 その客観視は出来ても、050の存在を心の底から信じているおれは、きっとイカれている。

 

 

 

「ルッチの世界のことは分かんないけどさ」

 

 勝手に口が動く。

 乗っ取られたように、いや、本来に戻っていると言った方が正しいのだろうか。

 

「世界が受け入れるとか受け入れないとか関係ない。おれは絶対に、ルッチを元の世界に帰すよ」

 

 決意の滲んだ言葉。050はがばりと起き上がって握り拳を作る。

 

 

 

「023の、みんなのとこ、シャアナさんのとこに行くのはおれの役目だから。ルッチは帰んないとダメ! だっておれがそうしたいんだもん。おれとまだ混ざっちゃってるよ、ルッチ。お前は050じゃない。……それでもし世界に受け入れられない、なんてことになったらその時は、その時に考えればいいんだから」

 ……随分と楽観的なことだ。おれの言動をなぞって本当にこれが形成されるのか?

 

 

 でも……確かに、そうかもしれないな。その時考える、行き当たりばったりか。それもいいかもしれない。

 

 

 

「……それに。最初の頃はそんなこと気にする殊勝さなんてなかったでしょ? お前には」

「ふ、は。言ってくれるな」

 感傷的になっちゃってるなあ、なんてふふんと笑う050。ここでのおれをずっと見てきた、おれよりも先に余裕を持った、産まれたばかりの幼い人格に苦笑した。

 

 

 

 ……ああ、目が冴えて眠れない。

 でも、この夜は独りじゃない。

 

 

 明かりを付けて、シーツを剥いで、同じ口を使ってなんでもないことを話す。

 おれの元の世界のことであったり、ガレーラの騒動だったりを、交互交互にぽつぽつと。共有しているおれたちにとっては既に知っている事も多いけれど、話すことそれ自体が大切だった。

 

 

 

 

 

 

 ──カーテン越しの空が白んで、朝が来たことを悟る。

 

 

 この悪徳は忘れない。己の罪は忘れない。……けれど、この語らいもこの光も忘れることはない。

 

 久方ぶりの孤独でない夜は、眠れなくとも苦しくなかった。

 

 

 

 

 




ルッチの愉悦部具合を下方修正しました。
1番好きなキャラなのに俺ルッチのこと何もわかんねえよ……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。